第10話 彼女は僕に無職希望

 ガチャリ。

 玄関の鍵が開く音が聞こえた後に、ドアの開く。


「みちる。おかえり」

「優斗!だだいま~!!」


 いつもなら、疲れきった声で「だだいま…」と言った後に速攻で布団の上に寝転がる、みちる。でも、今日はいつもと違うみたいだ。


 みちるの両手には、パンパンに膨れ上がったスーパーの買い物袋。そして、どこか嬉しそうな表情を浮かべたみちる。


「優斗~。今日はカレー作ってみようかななんて思って材料買ってきたよ~!!」


 約束を覚えていてくれたんだ。

 俺の為にみちるがご飯を作ってくれるって事が純粋に嬉しくて、気分はハイテンションだ。


「マジで!?めちゃくちゃ嬉しいんだけど!! ちょー、楽しみ!!」

「ちょっとー!そんなに、期待しないでよ!!失敗した時がキツイ!!」

「あはは。失敗しても大丈夫だってー!!

 だって、みちるは料理するの初めてなんだろ? みんな、はじめは失敗しながら上手くなっていくんだから。大丈夫!」


 そう言うと、嬉しそうな笑みを浮かべてスーパーの袋を開ける、みちるが可愛い。


「優斗ありがとう!!できるだけ、失敗しないように頑張る!!それにしても、スーパーって安いね!!飲み物とかも、コンビニより安いから沢山買ってきちゃったー!!

 重くて、手がズキズキするよ」


 確かに、スーパーの袋重そうだったもんな。


「今度は一緒に買いに行こうよ」

「うん!!!」


 お肉、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ。

 カレーの材料を袋から取り出すと、みちるは料理を始めた。


 トントン、トン。

 台所から聞こえてくる、野菜を切る音を聞いているだけで幸福感を感じてしまう。


「優斗ー!時間かかるけど、大丈夫?」

「大丈夫だよ!何か手伝う事があったら、言ってね。って、俺、料理出来ないけど……」

「大丈夫だよ~。

 優斗はテレビでも見ながらゆっくりしてて」


 みちるにそう言われ、テレビをつけて適当な番組を見て時間を過ごした。

 みちるが、料理を初めて一時間は軽く過ぎた頃にカレールーの香りがして、


「優斗ー!!どうしょう!!!」


 不安げな表情を浮かべたみちるが、俺の元に寄ってくる。


「どうしたの?」

「カレーはいい感じに出来たと、思うんだけど……、ご飯がパサパサになっちゃって!!

 ごめん。 今から炊き直す」


 パサパサって、水の分量間違えたのかな?


 そう思いながら台所に向かうと、炊飯器のフタを開けてご飯を取って食べてみた。確かに、少しパサついてるような気はするけど、全然問題ない。


「全然大丈夫だよ~」

「本当に?」

「うん!食べよ~」


 みちるは嬉しそうな、表情を浮かべると皿にご飯をよそおって、カレーをかけた。


 その皿と、スプーンを部屋に運びテーブルの上に置くと「いただきまーす」と言って食べる。みちるはカレーを口にする事なく、不安そうな表情で俺の顔を見ている。


「味……。おかしくないかな?」

「美味しいよー!!」

「本当に?」

「うん!」


 そう言うと、さっきまで不安そうだったみちるの表情がパーッと明るくなった。それを見て、俺は本当に幸せだと思ったんだ。


 でも、最近はみちるにばかり頑張らせてるような気がして、申し訳ない。


「みちる…」

「ん?」

「みちる最近仕事始めたの?」

「そうだよー」


 やっぱり……。仕事してたんだ。なのに、俺は……。でも、とりあえず面接だけでも決まったし。


「やっぱり、そうだったんだー。

 俺もさぁ、そろそろ仕事しないといけないなって思ってて……、今日職安に行ったんだ。

 で。まだ、受かるかどうか分からないけど、面接決まったから俺も出来るだけ早く働くようにするね」

「うん…。

 でもさ、別に無理しなくていいんだよ?

 ほら、優斗はこの前まで働いてたんだから、ゆっくりでいいと思う!」

「でも、働いてみちるを楽させたい!」

「あー! 気にしなくて大丈夫だよ!

 あたし、結構貯金有るし! 

 それとも、優斗は欲しい物でもあるのかなー?」


 何か思い出したかのように、その場を立ち上がったみちるはクローゼットの中を物色すると、ピンク色のキラキラした小物入れを取り出した。


「ねえ、ねえ。この部屋って、テレビくらいしか無いじゃん?」

「ん?」

「時間を潰すものだよ。

 でね……、ゲームを買おうと思うんだけど、何がいいかなぁ?」


 へ!?

 ゲーム?みちるはゲームが好きなのか?

 なんか、ちょっと嬉しいかも。だって、俺もゲームが好きなんだよね!


「ゲームなら、家にあるから持って来ようか? って、みちるゲーム好きなの?」

「え?あたしは、ゲームしたことないよ。

 なんだ~。優斗ゲーム持ってるんだー。

 じゃあ、優斗の家からゲーム持って来よう!!」


 みちるは喋りながら、小物入れを開けると、中から札束を取り出した。


「で、このお金でカセットいっぱい買おうよ~!!そしたら優斗も退屈しなくてすむでしょ? 」


 へっ?


「その金どうしたの?つか、しまいなよ……っ」

「あ……。これね……。

 宝くじ当たった事が有るんだよねー!とにかくゲーム買いに行こうよ!そしたら、優斗は仕事をしたいなんて言わないよね?」


 なんだ?

 俺が、仕事をするのがそんなに嫌なのか?

 普通、逆だろ!!!

 彼氏が無職の方が嫌だろ……。


「えっと、仕事しないとみちるに申し訳ないかな。って、思って」

「なんで?」

「いや、彼氏が無職とか嫌じゃないの?」

「全然ー!!」

「俺は、ちゃんと働いて金貯めて、みちるとの将来の事を考えたい!!」


 そう、言うとみちるは嬉しそうな表情を浮かべた。


「だからさー、俺も早く働いて一緒に頑張ろう!!」

「なら、別れよう…」


 へっ?

 うん?

 別れる?

 別れるって、何なんだよ……。みちるが言っている事の意味がわからなくて、ついつい声を荒げてしまう。


「言っている意味が分からないんだけど!?」

「だって、優斗は仕事するんでしよー?」


 はあ……。

 普通、するだろ。

 俺が仕事をするって言ったから、別れるって事なのか?


「そりゃー、するよ。

 だって、このまま。みちるにだけ働かせて俺だけダラダラしてるなんて嫌だ」

「優斗は、何も気にしなくて大丈夫だよー」

「いやいや。俺が大丈夫じゃないし」

「じゃぁ、別れよう」


 …………

 ………………


 会話が成り立たないって、こういう事ですか?


「だからさ!何でそこで別れるってなる訳?」

「だって、優斗が仕事するって言うから!!」

「働いたらいけないの?」


 そう言うと、涙をボロボロと流し始めるみちる。


「ま、前付き合ってた人が浮気してて、トラウマなの!」


 へっ?

 浮気?トラウマ?


「え…っと。仕事に行ったら帰って来ない日が続いて、ある日突然帰って来なくなったの……。だから、優斗が仕事を始めたら帰って来なくなる気がして怖い……」


 そんな事があったのなら、辛い気持ちも分かるけど、


「俺はちゃんと帰ってくるし、俺達の将来の為に働きたいだけだよ。

 そんな事言ってたら、俺、一生働けないじゃん……」

「優斗…。あと、ちょっとだけ……。ちょっとだけでいいから仕事しないで。

 まだ、不安があって……。 でもね。

 優斗の事、信用出来て来ている所だから……、あと少しだけ待ってくれないかな?」


 不安なのも分かる。幸い俺もまだ金があるし、あと少しの間だけなら無職でもいいかなって思ってしまったんだ。


 ぶっちゃけ。みちるに出会わなければ、まだまだ無職生活を満喫していただろうし。


 それに__

 もし、俺が仕事をしてみちるに嫌われてしまうのは怖かった。大好きな人が目の前からいなくなってしまうかも知れないのは怖いよ。


「分かった。今はみちるも不安な状態だし、俺も金があるから、無職でいいかー!!

 だからさ、みちるも早く俺の事を信用してよ?俺は浮気する気なんてないし」


 なんて、言ったものの。

 今の段階で、自分がみちるに信用されていないという事実が結構キツイ。


 色んな思いを胸に戸惑っていると、甘い、甘い香りが優しく俺を包み込んでくれた。この匂いは、俺がみちるにプレゼントさした香水の香り。


 __みちるは俺がプレゼントした香水をちゃんと使ってくれているんだ。

 そんな、些細な事で幸せを感じる。


 みちるが一緒にいてくれるだけで、小さな事も幸せだって思える自分を心底幸運な人間だと、思える。


「優斗……。ありがとう。

 我が儘言っちゃってごめんね……」


 申し訳無さそうな台詞とは対照的に、怪しい雰囲気を身にまといながら、俺に甘えてくるみちるとの距離がぐっと縮また。


 そんなみちるを″まるで、小悪魔みたいだな″なんて思いながら抱きしめる。

 と、瞼を閉じた。

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