第6話 彼女は心配症

 部屋に閉じこもり、食べ物を買いに行く時のみどちらが外に出る。そんな生活が続いて1ヶ月近くが過ぎた。


 かなりインドア派な俺だけど、はっきり言ってこの生活にも飽きて来た。


 欲を言うなら、もっとみちると色んな場所に出掛けたいし、なにより。

 そろそろ、まともに職を探すのも有り得だと思う。


 ふと、ピンク色の壁掛け時計に視線を移すと、みちるが買い物に出掛けてから30分近くが過ぎている。いつもなら、15分くらいで帰ってくるのにな__


 買い物でもしてるのかな?


 しかし、みちるに出会ってから奇妙な生活が続いている。

 出会ったその日に同棲が始まって、みちるも俺も無職で、部屋でイチャイチャするだけの日々。


 悪くはないけど、なんだかなぁ?


 みちる自身はこの生活をどう思っているのだろうか?


 そんな事を考えていたら、ガラステーブルの上に置きっぱなしにしていた携帯がガタガタと音を立てながら震え始めた。そういえば、マナーモードにしてたんだっけ。


「うるせー」


 ガタガタと震え続ける携帯を手に取り、液晶を覗き込むとみちるからだ。


 慌てて通話モードにすると、携帯を耳に押し当てた。


「みちる?どーしたの??」

「あっ!優斗~!!

 今ね、友達に会って遊びに誘われたんだー!!ちょっとだけ、出掛けて来ていーい?」


 そりゃあ、そうだよな。みちるも俺も、1ヶ月近く部屋に引きこもってた訳で外に出たくなるよな。


 でも。みちるって、友達が居ないって言ってたよな?

 まぁまぁ、仲の良い友達って事かな?

 でも、まぁ、外に出るのは良い事だし。



「たまには出掛けて来なよ。楽しんで来てね」

「ありがとー!出来るだけ早く帰って来るね」

「分かった」


 いつもより楽しそうなみちるの声を聞いてホッとすると、部屋の掃除を始めた。みちるはどっちかと言うと、家事が苦手なタイプだ。


 出会った頃はまだ普通だったけど、一週間もすると、服は脱ぎっぱなしで使ったコップもそのまま。ゴミも溜めっぱなし。

 少しでも時間が空いたら片付けるのが俺の役目って、訳。


 まぁ、今は俺も無職だし、やれる事はやるけど……、みちるの手料理を食べてみたいつーのが本音だったりする。

 今まで、彼女居ない歴=年齢の俺からしたら、彼女の手料理って夢なんだよなー。


 そんな事を考えながら掃除をしていると、テーブルの上に置いて置いた携帯がまたもや震え始めた。みちるかな?


 なんか、言い忘れた事でもあるのかと思いながら液晶を確認せずに通話モードにした。


「もしもし?」

「あー、俺だけど分かるー?」


 てっきりみちるだと思って電話に出たのに、しんやかよ!そんな事を考えながらガックリしていると、しんやは一方的に喋り続ける。


「優斗ー!お前さ、最近付き合い悪くね?たまには遊ぼうよ!!

 今日さ、金を手に入れたんだ!!だから、パチンコ行きたいんだけど付き合えって!!!いいだろ?」


 パチンコか……

 そういや、みちるに出会ってから一度も行ってないな。みちるも遊びに行ってるし。ちょっとだけなら。


「いーよ。いつものパチンコ屋でいい?」

「いーよ。俺先に行ってるから!!」

「分かった」


 それだけ言うと電話を切り、ヒゲを剃って身支度を整えるとタクシーを呼んでパチンコ店に向かった。


 目的地に到着すると、「640円です」とだけ無愛想な運転手が呟いた。Gパンのポケットから財布を取り出し千円札を渡すと、お釣りが帰ってくる。それを、確認する事も無く財布に入れるとパチンコ店の店内に入った。



 店内に入った瞬間の独特な騒がしさに懐かしさを感じながら、スロットコーナーをうろうろしているとひたすらスロットをまわしているしんやが視界に入った。


「今、付いた」

「おー、今日は全然出ないわ!!」

「そっか……。じゃあ、適当に打ってくるわ」


 それだけ言って、良さげな台を選ぶと椅子に座りメダルを購入する。


 1000円……

 2000円……


 2千分のメダルを半分程使った所で、目に入った。ワクワクしながら、777を揃えて行く。


 それからも、バカみたいにあたりまくってメダルがメダル入れにぎゅうぎゅう状態だ。

 多分、10万くらいは稼いでいるだろう。しかも、まだまだ稼げそうだ。


 可愛い彼女は出来るし、スロットで大勝ち出来るし。最高!!あ、そう言えば、しんやにみちるの事を自慢したかったんだよな。


 今までは、しんやに彼女が出来てやっただの、胸がでかかっただの、どうでもいいような自慢話を耳が痛くなる程に聞かされてたけど。

 俺からしたら、あんな可愛い子が俺だけの事を想ってくれているという事が自慢なんだよ。


 みちるの甘えた仕草を思い出しながら、スロットのボタンを押し続けているとポケットの中に入れていた携帯が震えたような気がした。


 みちるかな?

 友達との約束が終わってアパートに戻って来たとか?

 そんな事を考えながら、目の前のスロット台を見つめた。


 今すぐアパートに帰ってみちると喋ったり、コミュニケーションを取りたいけど……

 この台、まだまだ出そうだし、勿体ないよな?


 どうせなら、こいつでガンガン稼いでみちるに靴をプレゼントしてやりたいんだよ。みちるってさ、服とかアクセサリーは沢山持ってるんだ。なのに、なぜか靴だけはボロボロな物しか持って無いんだよ。

 底が擦れまくったやつとか、表面が剥げたやつとか、汚れまくったような靴。


 だからずっと、みちるに似合いそうな靴を数足プレゼントしたかったんだよな。


 あー、でも指輪とか財布とかも有りだな。みちるの喜ぶ顔を想像しながら、スロットを回し続けた。


 ブー

 ブー

 ブー


 また、携帯が震えた気がしたからトイレに移動すると携帯の液晶を覗き込んだ。


 着信12件

 メール受信31件の、文字が目に入る。


「はぁ?」


 着信主が全てみちるという事を確認すると、メールの内容を送られた順に確認していく。


『優斗ー(^-^)今アパートに戻って来たよ!!』

『優斗は買い物にでも出掛けてるのカナ??( ´艸`)』

『お弁当買って来なくてゴメンね…』

『ゆーうーと!!!

 さっき電話したんだけど、何で出てくれないの?(;_・)』

『寂しいな(;_・)

 優斗に会いたいナァ』



 よくさぁ、大量のメールや着信があったら気持ち悪いって言う奴もいるだろ?でも、俺は微塵たりともそんな風には思わないんだ。


 寧ろ、ここまで俺に会いたがってくれるみちるに言いようもない幸福感を感じながら残りのメールを確認していく。


『優斗……。どこいるの?』

『ねぇ、返事してよ!!!』


 可愛い。可愛い過ぎる。

 メールを読んでいる間にも、みちるからのメールが届き続け、携帯はブルブルと震え続ける。


『寂しいよ……』

『なんか、体調が悪くなって来た…』

『優斗には二度と会えないのカナ?』

『優斗もあたしを捨てて逃げちゃうんだ?』


 へっ!?逃げるって大袈裟な!!


『こんな事なら優斗の事好きにならなきゃ良かったな。信じてたのに……』


 えーーー!!!

 別に逃げてる訳じゃないって!!

 大袈裟過ぎるだろ。


 何で、みちるはこんな考え方をするんだ?これじゃまるで、誰も信じれないみたいじゃないか?

 もしくは、自分という存在に自信を持てないような。


 まだ、確認してないメールを確認しようとした瞬間。


 ブー

 ブー

 ブー


 携帯のバイブの震えを手の平に感じた。


 着信 みちるさん


 その文字を確認すると通話モードに切り替え耳に近付けると、ゴクリと唾を飲み込んだ。なぜか無償に喉が乾く。


「優斗……?」


 悲しそうなみちるの問い掛けで、ふと我に帰るとゆっくりと口を開く。


「みちる。ゴメンね…。パチンコしてて、着信に気がつかなかったんだよね」

「パチンコしてたの?」

「そうだよ」


 みちるの元から逃げ出した訳じゃ無いよ。

 て、いうか逃げる理由なんて、無いじゃないか。


「いつ、帰って来るの?」


 いつ、帰って来ろうか。ぶっちゃけるとせっかくいい台に当たったんだから、ガンガン稼いで帰りたい。


「今やってる台がめちゃくちゃ出てるから、ある程度稼いだら帰るよ!!」


 なんか、いいな。

 これぞ、同棲って感じ!!!


「ある程度っていつ?夜になったりするの?」

「ああ。その可能性も有るかな」


 そう言った瞬間。


 ツー、

 ツー、

 ツー、


 電波が悪かったんだろうか?

 いきなり通話が切れて、切ない機械音だけが鼓膜に残った。急いでみちるに電話を掛け直すと、呼び出し音だけが鳴り続く。


 何だろう?

 用事が出来たとか?


 それにしても、おかしい。

 一旦アパートに戻ってみようか?

 こんな事でみちると喧嘩なんてしたくないし。


 皿に溜まったメダルを箱に詰めつつ、台を回していると、またも目に入った。嬉しいんだけど、面倒くさいなんて思っていると肩に手を置かれた感触がした。


 振り向くと、目だけ笑っていない不気味な笑みを浮かべたしんやが後ろに立っている。


「優斗~!お前また大勝ちかよ!!俺がやってる台なんてダラダラしてるだけだって~」


 ここで、出ている台を捨てるのも勿体無いし、丁度いい。


「しんやさぁー、この台やる?今、丁度当たった所だし!!」

「へっ?いーの?!」

「あー!いいよ!!ちょっと彼女に呼ばれて帰らないといけないんだよね」

「へ?優斗彼女出来たの?」

「うん!!」

「可愛い~?」

「やばいくらい、可愛い」

「へ~。ならさ、今度彼女の友達紹介してよ~!可愛い子ね!可愛い子!!」


 しんやさ、お前確か彼女居たよな?


 彼女がいるのに、他の女とも遊びたいだなんて馬鹿みたいに思えるけど、そういう奴らも意外と多いから、気にするような事じゃない。


「そのうちなー」


 それだけ言い残すと、メダルを持ってカウンターに向かった。勝って嬉しいはずなのに、みちるが気になってそれどころじゃないんだ。


 胸の中の不安がザワザワと騒いで気持ちが悪い……


 店から出るとタクシーを呼びながら換金する。意外とすぐにタクシーが到着したから、アパートの場所を告げた。

 タクシーに乗ってから、まだ確認していないみちるのメールの内容を確認しようとした瞬間。


 またもや、携帯が震えた。


 メールだ。


『優斗が帰って来る気が無いみたいだから、あたしはどこかに出掛けるね』


 ちょ!!今、戻ってる途中だってば!!

 そんな台詞を心の中で叫びながら、『もうすぐアパートに付くよ』と、メールを送った。



 タクシーがアパートの目の前で止まると運転手に千円札を手渡し、「お釣りは要らない」

 と、言うと走ってアパートに向かいドアノブに手を掛けた。


 __もしかしたら、もう。

 みちるは出掛けてしまったかも知れない。

 でも、メールを見て待っていてくれているかも知れない。そんな事を考えながら、開けたドアの先には荒れ果てた部屋。


 部屋一面に服と雑誌、お酒が散らばり、食べている途中の弁当が無造作に置いてある。

 このわずかな時間にいったい何が起こったんだろうか?異臭さえ漂っている気がする。

 靴を脱いで室内に入る。


「みち……る?

 遅くなってごめんね。今帰ったよ」


 恐怖心さえ感じてしまう。


「出掛けちゃったかな……?」


 そんな事を呟きながら、部屋を片付けると、床に無造作に転がっているお酒の缶を拾い水でゆすいで買い物袋に入れた。


「よし!綺麗になった!!!」


 部屋が綺麗になった事に充実感を感じて布団に横になっていると、室内に自分以外の気配を感じる。カチャッ。


 音がした方向に首を動かすと、バスルームのドアがゆっくり開き、表情のみちるが出てきて、視線が重なる。


 ヤバイ。

 どーなってんだ、これ!?


「みちる、風呂入ってたんだ?」

「うん。そう。

 どっかの誰かさんがあたしのメールシカトしてたから、下半身浴してた」


 いやいやいやいやいや……。


 下半身浴じゃねーだろ。


「いや。シカトしてた訳じゃなくて……、パチンコ屋ってうるさいじゃん?だから、着信音とバイブに気付かなくて……」

「そんな事ある訳ないよね!?」


 声を荒げてそう叫んだミチルは少し怖い。


「いや、本当に気付かなかったんだよ」


「えー…。普通さぁ、彼女からいつ電話が来るか分からない状態だったら、普通、定期的に携帯チェックするよね?

 それとも、優斗にとってあたしはどうでもいい存在な訳!?」


 どうでもいい存在って……

 そんな訳ないじゃん。でも、俺がスロットに夢中になっていたのは事実で……


「ごめん。スロットに夢中で…」

「ふーん。優斗はさぁ……、スロットとあたし。どっちが大事なの?」

「みちるだよ」


 みちるに決まってる。


「嘘つき!!」

「嘘じゃないって!!

 でも、沢山出たから夢中になっていたのは本当で……、ごめんなさい。

 結局、言い訳になっちゃうけど沢山勝てばみちるにプレゼント出来ると思って夢中になってた」

「えっ!!?プレゼント?」


 怒りが収まったのか。

 少しだけ……、いや、結構嬉しそうな表情で俺を見ているみちるがいる。


「いや、マジだよ。

 靴プレゼントしたかったんだー!!

 今から店行く?それとも、明日にする?」


 そう言っただけで、みちるの表情がどんどん楽しそうな表情に変化していく。


「今から行くーーー!!!」


 じゃあさ、そのビショビショに濡れたワンピース着替えなよ。

 つーか、服を着たまま風呂にでも入ってたのか?

 そんな突っ込みを入れるべきか、スルーするべきか迷っているうちに、みちるは服を脱いでバスタオルで体を拭くとメイクをし始めた。


 なんだかなー?

 でも、まぁ、機嫌が直ってよかったな。

 なんて、思いながらビショビショに濡れたバスルームの入り口を雑巾で拭いた。


「優斗~!!」

「ん?」

「そこ、ビショビショにしちゃってごめんね……」

「気にすんなって」


 そう言ったものの、気分は憂鬱だ。


「優斗~」

「ん?」

「あたしの事、嫌いになった?」

「好きだよ」


 好きだけど……、なんていうのだろう。

 何とも言えない気持ちを押し殺しながらメイクをしているみちるを見ていた。カーテンを開けっ放しの窓から、オレンジ色の薄い光が差し込む。


 それが、更に__

 俺を何とも言えない気分にさせてくれるんだ。


 みちるが好き。

 でも、みちるに対してなんとも言えない違和感を感じてしまう。


「優斗~」

「どうした?」

「あたしね……。プレゼントなんて貰うの初めてなんだ!凄く!!凄く!!嬉しい……な」


 たかが、プレゼントごときで子供みたいにはしゃいでいる、みちるが可愛くて仕方がない。そんなみちるをみていると、自然に口角が緩むんだ。


 今から、毎年バースデーに。

 クリスマスにみちるにプレゼントをあげよう。


 大丈夫……

 大丈夫……


 みちるは少しだけ傷付いているだけなんだ。


 みちるが少しだけ変なのは、今までが辛かったから。俺の手を伸ばしてみちるを辛い場所から救い上げるんだ。みちるが安心して暮らせる場所を作りたい。

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