第5話 彼女を沢山甘えさせたい

 みちると一緒に暮らし始めて2週間が過ぎた頃だろうか?


 普段はほとんど鳴らない、みちるの携帯電話の着信音が何度も何度も鳴り響いている。携帯の着信音が鳴る事自体は普通なんだけど、なんていうのだろう。みちるがやたらソワソワして、携帯を気にしている感じがするんだ。


「みちるー。電話出ないの?」

「うん。出ない」


 悩む様子も無くそう言うみちるに違和感を感じてしまう。

 別にさぁ…、疑ってる訳じゃないけど、電話の相手は男なんじゃないか?とか、考えてしまうんだよ。


 だって、みちるはモテそうだし……


「俺の事なら気にしなくてもいいよ。

 電話出なよ」


 ただ、気を使ってそう言っただけだった。


 それだけだったのに……。みちるの表情は明らかに怒りを含んだ色を見せている。


「優斗しつこいよ!!何で、電話に出ないといけない訳!?」


 って。何をそんなに怒ってるんだ。

 掛かってきた電話に出るなんて、普通の事だろ!?

 俺、何か変な事言った?


「い、いや。出たくないなら出ないでいいと思うけど、友達からの電話かな?

 って、思って。

 ほら、みちるは優しいから俺に気を使って2人の時間を作ってくれてるのかな…って思ったんだよ」


 そうだ、それだけだ。


「ふーん。優斗はさぁ、仲のいい友達って居るの?」


 へっ?俺の友達??

 みちるにそんな質問をされて、仲良くさてもらっている友人の顔が浮かんだ。


 1人は仕事をしている時に家賃をワリカンする為に一緒に暮らしていた、光一≪コウイチ≫

 背が高くて、クールで、いわゆるイケメンの部類。

 光一の友達にも良くして貰ってたけど、皆テンションが高くて、嫌いじゃ無いけど一緒に居辛い感じ。


 もう1人は学生時代からの友達のシンヤ。金髪でいっけん派手そうだけど、意外に根暗な部分もあって話しやすい。

 が、こいつはかなりの女好きで面倒くさい時が有るんだよな。


 だから、友達は居るけど、どこか孤独を感じて生きていた。と、いうのが紛れもない本音なんだ。


「凄く仲良くしている奴は、3人くらいかなー」


 友達が居ないとか言ったらいい印象持たれないだろうし、親友は3人くらいにしとこう。


「優斗は3人も友達が居るんだ……。羨ましいな。あたしは、信用出来る友達なんて居ないよ……」


 友達が居ないなんて言いにくい事だろうに、それを包み隠さず淡々と話すみちる。


「そうなんだ、みちるちゃんは優しいから友達多そうだと思った」

「少ないよ。しかも、信用出来る人は1人も居ない。さっき、携帯が鳴ったでしょ?」

「うん」

「相手は中学生の頃の親友なんだけど……」


 ん?中学生の時からの親友?

 なんだ、やっぱり友達居るんじゃん。

 喧嘩でもしてるとか?


「あたし、その子に裏切られたんだよね………」


 裏切られた?

 その言葉を聞いて胸を針でチクリチクリと刺されているような気分になった。


 だって、俺も経験が有るんだよ。

 俺は昔から、スロットが好きでよく打ちに行っている。しかも、ギャンブル運は結構いい方らしくて大勝ちも多い。

 そうなれば、必然的に一瞬で大金が手に入る訳だろ?


 そしたら、気分も大きくなったりしてさ、友達に飯を奢り続けたりしちゃう訳よ。次第に飯だけじゃ無く、「金を貸してくれ」って奴が現れて、言われるがままに金を貸してしまう。


 __そしたらさ

 金を貸した奴とは、音信不通になっちゃう訳。虚しいもんだよな。しかも、大金だったりするから尚更だよ。


 でも、俺には特別に物欲が有る訳でも無いし、守る人が居る訳でも無いから、困った人を見ると貸してしまうんだよ。


 頼られてるって事が嬉しくてさぁ……。つい。

 それだけの為に、貸してしまう。


 ところで、みちるはどんな裏切られ方をしたんだ?

 知りたいけど。その行為は治りかけの傷口に塩を擦り込むような行為だから、聞かない方がいい。


 俺がみちるの過去を聞いて、それを変えてあげる事なんて無理な事なのだから……。

 未来に幸せを。


「あのね」

「ん?」

「前にも話したけど、あたし整形してるでしよ?」

「うん」

「ねえ。優斗君は整形してる女って気持ち悪くないのかな?全部が作り物なんだよ?ねえ、作り物のあたしの事を気持ち悪いって思った事有るでしょ?」


 一点の光も含まない、死んだ魚ような濁った瞳で、自分を陥れるような内容の言葉を口にするみちるが可哀想で仕方が無いんだ。


「前にも言ったかも知れないけど、みちるを気持ち悪いなんて思った事は無い。

 気持ち悪いどころか、俺にとったら最高に可愛いんだけど~!!」



 どんな言葉を掛けたら、みちるが喜んでくれるかなんて分からないけど、少しでも笑って欲しい。

 俺がいっぱい愛するから、みちるはもっともっと自分に自信を持ってよ。


「ありがとう…。優斗は優しいね」

「いや、そんな事無いって!!

 みちるが大好きだから、愛してるから、笑って欲しいだけ!!」

「あたしの事、愛してるの?」

「うん!!」


 そう、返答した瞬間。

 微かに微笑んだみちるの表情を見て、自分の気持ちが伝わった気分になって、嬉しくなる。


「優斗は、今はあたしの事愛してくれてるみたいだけど、いつまで、その愛は続くのカナ?」


 えっ……。

 一瞬ビックリしたものの、


「俺は永遠にみちるの事を愛せる自信があるよ」


 自分が思っている言葉を口にする。

 だって、そうだったら幸せだろ?それに、ずっとみちるの事を好きでいる自信が有るんだ。


「永遠の愛なんて本当に有るのかな?

 だって、私がおばあちゃんになったらシワシワになっちゃうんだよ?

 それでも、優斗はあたしを愛せる?」


 年なんてみんな取る物だろ?


「愛せるよ」

「嘘だね。

 あたしが、おばあちゃんになったら優斗はあたしを要らなくなるー!!!永遠の愛なんて、綺麗事だよ!!!」


 みちるは、ちょっと病んじゃってるのかな?

 でも、根っ子はいい子だと信じている。


「そうなの?

 じゃあ、みちるも俺がおじいちゃんになったら、捨てちゃうんだ?」


 確かに、最初はみちるの顔に惹かれた。でもさ、好きになってしまったら、そんなの関係有るのかな?

 そんな事を考えていたら、みちるは首を横にぶんぶん振りながら涙を流している。

 そして__


「あ、あたし!!優斗がおじいちゃんになっても!シワシワになっても!!寝たきりになっても!!!大好きだよ!!」


 か細い声で、そう訴えてくるんだ。そんな風に言われた事なんて初めてで、嬉しくなって、舞い上がってしまう。

 この愛はきっと本物だよな?


「でしょ!!俺もみちると一緒!!!だから、もう、そういうネガティブな考え方するのはやめようよ」

「うん!最近色々あってネガティブになってたけど、優斗のおかげで目が覚めたよ!!

 優斗……」

「ん?」


 そう返事したと同時にみちるが俺の胸の中に飛び込んで来て、「優斗だーい好き」って言ってくれたのが幸せだったんだ。


 さっきまで、顔がぐちゃぐちゃになる程泣いていたみちるを腕枕してあげると、本当に幸せそうな表情で笑っている。

 なんていうか。

 感情の起伏が激しい子だよな。でもそれは、今まで沢山辛い事があったからで__


 そのうち、落ち着くんだ。


 だから、それまで。


 沢山、沢山、甘えさせてあげよう。


 そう思いながら、眠りに付いたみちるの髪を優しく撫でた。甘い匂いを感じながら自分も瞼を閉じた。

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