第9話 絡み付く恐怖

実家に戻ってから3日が過ぎた。

毎日夜遅くに、彼からの謝罪の電話が来るが、彼とは会っていない。


彼が居ない生活は素晴らしいと初日は思っていたのに・・・。

体の疲れが取れ、空腹が収まると、彼の事が気になってしまう。


その大きな原因は、アパート。

彼と一緒に暮らすのは無理だったから解約したんだ。そして、今日の午前中に父が荷物を取りに行ってくれた。

荷物は驚く程少なかったから引っ越しは簡単だったらしい。


「そういえば部屋の中に男が居たから追い出したけど、あれはお前の彼氏なのか?」

「うん……。でも、すんなり部屋出てくれた?」


それが、気掛かりだった。


「おう!俺が部屋入ったら挨拶も無しに走って逃げたぞ!!あの男は駄目な奴だな!!」

「そっか…」


走って逃げたんだ。彼が走って逃げる姿を想像したらおかしくてたまらない。

だってさ、彼はいつも喧嘩が強い事を自慢していたんだ。そんな彼が挨拶も無しに走って逃げるなんて、想像つかなくて笑えちゃうよね。


私は食事を済ませると部屋に戻り、電話の子機を見つめた。今日も深夜になれば彼から電話が掛かって来るはず。


彼とは一度真面目に話さないといけない。そんな事を考えていたら、誰かに見られているような感覚がして体がブルリと震えた。


もしかして、彼に見られてる?体が冷たくなるのを感じながら窓鍵の確認をすると、全ての窓の鍵はしっかり閉まっていた。


これは、視線?

もしかして、彼に見られてる?

体が冷たくなるのを感じながら窓鍵の確認をすると、全ての窓の鍵はしっかり閉まっていた。


「だよね……」


ちゃんと鍵を閉めた記憶もあるし、私の部屋は二階だから誰かが入って来るなんて有り得ない。きっと、彼という存在に怯え続けていたせいで、神経が参っているんだろう。

そう、ただの気のせいだ。


「だよね……」


ちゃんと鍵を閉めた記憶もあるし、私の部屋は二階だから誰かが入って来るなんて有り得ない。きっと、彼という存在に怯え続けていたせいで、神経が参っているんだろう。

そう、ただの気のせいだ。部屋中のカーテンを閉めると布団の上に横になり漫画を読んで時間を潰す。


彼から逃げて平和になった。

彼に怯える事の無い生活に戻れた。


なのに__


この、当たり前の生活に刺激の無さを感じている私が存在している。


狭い部屋の中で特にする事も無く、安全を考えたら外に出る事も出来ずに、ひたすら暇を持て余す。


気が付けば外が暗くなり始めると共に彼からの電話を待っている自分がいた。


やっぱり、私はどこか変なんだろうか?

自分で自分に抱く不信感を拭い切れない。

違う。


私が彼からの電話を待っている理由は別れる為なんだ__


色々考えて、彼と一緒に居たら辛いから、怖いから、別れる決意をしたんだ。ただそれを伝える為に、彼からの電話を待っているんだ。

何度も自分にそう言い聞かせ彼からの電話を待ち続けた。


でも__、いつまでたっても電話の着信音が鳴る事は無かった。

もう、私の事は忘れてしまったんだろうか?

もしかしたら新しい彼女が出来たのかも知れないな……


でも、それならそれでいいじゃない。

そうなれば、彼が私に執着する理由も無くなって私は自由になれるんだから……

なのに、そう考えると悲しい気分になる私がいる。


不思議だな。

散々傷付けられて来たはずなのに……、こういう時に思い出すのは優しかった頃の彼。

彼が優しかった時期なんてわずかな時期だったのに、何故かその頃の彼の事だけ思い出す。


この日以来、深夜に電話が来る事は無くなった。それは彼が私の事を忘れかけている証拠なのかも知れない。

ちょっとだけ寂しい気もするけど、彼とはこのまま関わらないのが一番いい。


少しずつ、少しずつ何かが変わっていく。

数日前まで濃く残っていた体中の痣も薄くなり、痛みも楽になった。外に出る事が怖かったのに、買い物に出れるようになった。


このまま彼の事は忘れて、ここに居れば普通の暮らしが出来るんだ。そんな事を思いながらスナック菓子の袋を開けた瞬間。


「あゆみー。ご飯出来たから食べなさい」


母に呼ばれリビングに向かい、お腹いっぱいご飯を食べて部屋に戻った。


本当は窓を開けたいが、それは怖いからクーラーをかけて布団に入った。

クーラーだけじゃなく、真っ暗なのも怖いからテレビを付けっぱなしにしてザワザワとうるさい室内で眠りに付いた。


数時間後。


ガサガサ。

ボリボリ。

ガサガサ。

ガサガサ。

ボリボリ、ボリ、ボリ。ガサガサ。


不気味な音で目が覚めてゆっくりと瞼を開けると、誰かが私の部屋で何かをしているシルエットがテレビの薄暗い光でボンヤリと見える。そのシルエットは紛れもなく彼だ……


何で、彼がここにいる?


ボリボリボリ   ボリボリ

・・・・・・


「あっ。もう、バレちゃった?」


何で彼がここに居るのだろうか?

彼は、私が食べかけていたお菓子をむしゃぼりながら、私の顔を凝視していた。驚きのあまり声も出せない私に、彼は一方的に話し続ける。


「びっくりしたー?」

「……」

「あーあ!!本当はもうちょっとしてから驚かそうって思ってたのに」

「……」

「なぁ。俺から電話来なくなって寂しかった?本当はもうちょっと寂しがらせてからびっくりさせたかったんだけどな」


彼はこの異常な行動を、サプライズか何かのようにニコニコしながら話し続ける。


とりあえず。

彼を刺激しないようにしなきゃ・・・。

私は冷静な自分を演じた。


「び、ビックリした!!あのさ」


言葉を選ぶ。


「んっ?」

「いつから、この部屋に居たの?」

「3日前」


ああ・・・・・・

得体の知れない視線を感じた、あの日。

彼はもうこの部屋に居たのかも知れない。

って!!3日!!?


「あの、どこに隠れてたの?」


私がそう聞くと、彼は笑いながら押し入れの中に入り「ここ、ここ」と、手招きをしながら顔を覗かせた。

そういえば、ここに戻って来て布団を出して以来押し入れの中なんて見ていない。


恐る恐る、中を覗くと。

押し入れの奥で体育座りをしている彼の姿があった。その横には、濁った色のペットボトルが数本。


「その、ペットボトル何が入ってるの?もう、腐ってるんじゃない?」


恐ろしい程に冷静な私が居る。

彼はペットボトルを私に渡すと。


「大丈夫。大丈夫。これ飲み物じゃ無いから!!ほら、あれだよ。あれ。オシッコが我慢出来ない時にこれにしてたんだー。俺、頭いいでしよ?」

「そ、そうなんだ」


怖い。

気持ち悪い。


「あゆみの部屋汚したくないから、ちゃんとペットボトルにしたんだよ。誉めてよ」

「ありがとう」


意味が分からない。

部屋でそんな事するなんて、不潔だ!


「あのさ、俺……。あゆみにどうしても謝りたくてここに来たんだ」

「大丈夫だよ。怒ってないから」


だから、早く出て行ってよ。


「ねぇ、今から俺の謝罪を見てくれる?」

「うん」


そう言った瞬間、彼は真剣な顔をして押し入れから出てきた。その、右手には鈍い輝きを放つ刃物を持ち、わたしにジリジリと近付いて来る。


「あゆみ?そんな驚いた顔してどうしたの?ハハハハハハ。可愛いー。もしかして、刺されるかと思った?」

「いや、なおやはそんな事する人じゃないって信じてるから大丈夫だよ。ただ、刃物にビックリして」


本当は刺されるかと、思った。


「だよ。俺はあゆみには危害加えないよ。だって、あゆみは俺の事を理解してくれる唯一の人だから……。なのに、グスッ。今まであゆみの事傷付けてごめんなさい。グスッ

今からさ、けじめをつけるから俺を見てて」


そう言いながら土下座する彼の姿にビックリした。だって、彼はプライドの高い人だと思っていたから・・・。


「じゃあ、今から謝罪の意味で自分にけじめをつけます!!見ていて下さい」


そう言ったかと思ったら、彼は自分の手の甲を刃物でスーッと斬り始めた。

傷口は浅いみたいだが、手の甲からは赤い血がうっすらと滲み始める。


「あゆみ!!見てる?」


そんな彼の行動から目を反らすが、彼はそれを許さない。

私ね耳元に唇を寄せると。


「見てる?見てる?見てる?見てる?見てる?見てる?見てる?見てる?見てる?見てる?見てる?」


何度も、何度も、繰り返す。

嫌だ。

好きだった人が傷付く所なんて・・・

見たくない。何故か、そう思った。


「ねぇ、どうして?どうして俺の気持ち見てくれないの?」

「怪我してる所なんて見たくない…」

「あゆみは優しいんだね。なのに、そんなあゆみを俺の右手が傷付けた!!だから、この手に罰を与えないといけないんだ。こんな、傷じゃ駄目だよね?もっと、深く切らなきゃ許してくれないよね?」


・・・・・・。


「い、いや。別にもう怒ってないから。気にして無いから…。そんな事しないでよ」

「こんな俺を許してくれるの?」

「う、うん」

「じゃあ、今から一緒に逃げよう!!ほら、あゆみの親って苦手なんだよねー。だから、駆け落ちしよう。俺が一生守るから」


それは、嫌だ。

なんて、返事しよう・・・・。

彼と会話すると使う言葉を選ばないといけないし、本当の事が言えないから辛い。


そ、そうだ。

親には悪いけど・・・。


「あのね、私この部屋から出れないの」

「え、何で?」

「親に体中の痣がバレちゃって……。当分、家から出るなって言われたんだ。居なくなったら警察呼ぶって」


心臓がバクバクする。


「俺がやったって、、、言ったの?」

「ううん。それは言ってないよ。と、とりあえずさ、この部屋から出た方がいいよ!うちの親いきなり部屋を覗き見したりするし!」

「へぇ、あゆみの親。俺達の恋を邪魔するんだ」


彼は、そう呟きながら諦めた表情で刃物を見ている。


話は通じない。

狂ったような表情。

彼という存在。

何もかもが、私の何かを壊していく。

バラバラに・・・。


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