第8話 本音

実家に帰り、自分の部屋に入ると少しだけ懐かしい感じがした。

それと同時に凄く安心して、今までの疲れがドッと体を襲ってきたから布団を押し入れから出して横になった。


体が布団に沈んでいくような感覚に身を包まれ眠りに落ちた。


数時間後

私は跳ねるようにして布団から起き上がる。


「ごめんね。玄関にあゆみちゃんの靴があったから部屋見に来たんだけど、起こしちゃったね。母さん、あゆみちゃんが帰ってきてくれたのが嬉しくて、沢山ご飯つくったから好きな時に食べてね」

「あ、ありがとう」


母さんだって分かった瞬間、胸の動機が落ち着いていく。


ぶっちゃけてさ、目が覚めた瞬間。

私が居る場所はアパートで、目を開けたらパチンコに負けた彼が立ってるかと思ったんだ。また、殴られるかと思ったんだ。


私は部屋を出ると階段を降りて台所に向かった。ああ、炊き立てのご飯の匂いがする。


「あ、あゆみちゃんもう食べる?母さん張り切って沢山作ったのよー。唐揚げにハンバーグにエビフライ!!全部あゆみちゃんの大好物でしよ?」


久しぶりのお母さんのご飯。

いつも通りのお母さんのご飯なんだけど、何でだろう・・・。

口に入れて噛むと涙が止まらない。

何よりも、美味しいよ・・・。


ご飯を食べ終え部屋に戻った瞬間、電話の子機が鳴り響いた。


プルルルル

プルルルル

プルルルル


その音が、やたら無機質に聞こえて怖い。だって、電話の相手は彼だと思うから。


「もしもし」

「あゆみ?」

「うん。そうだよ」


きっと、怒鳴られる。文句を言われる。

そう思っていたのに、彼の声は優しい。


「あ、あのな。今まであゆみに苦労させてごめんな。俺・・・。人に優しくされたのが初めてで、嬉しくて、あゆみに甘えきっていた。本当にごめんなさい」

「もう、いいよ」

「許してくれるって事は、アパートに戻って来てくれるのかな?」

「……」


アパートには戻りたくないのに、彼が可哀想でたまらない。彼の事は可哀想だと思うけど、もう一緒に暮らしたくはない。


「あ!!そうだった!!!俺さー!今日パチンコで大勝ちしたんだよねーー!!あゆみ、炊飯器が欲しいって言ってたじゃん?買おうよ」

「……」

「俺の話聞いてる?なんか喋ってよ」


一生懸命、喋り続ける彼の声を聞いてると・・・。不思議だな。


可哀想だって思う反面、憎くて憎くて仕方がない。


今まで彼に対する感情は恐怖だけだったのに。どんだけ殴られても、蹴られても。

恐怖しか感じなかったのに・・・。

今、私が彼に対して抱いている感情は憎しみ。まるで、今まで我慢していた不服、怒りの気持ちが今にも喉から溢れ出しそうだ。


それは、言葉になって少しずつ、少しずつ溢れて行く。


「なおやと一緒に居ると殴られるから、怖い」

「だから、もう殴らないって。約束する!!」

「今まで何回その約束した?」

「……。そ、それはそうだけど」


溢れ出る。電話だと何を言っても殴られないから、怖くない。


「なおやは、私が悪くなくても殴るでしよ?何でも暴力で解決しようとするでしよ?それが、嫌」


電話でしか言えない、本音。


「確かに今まではそうだったけど、俺も反省してる。だから二度と暴力は振るわない」

「信用出来ないよ。ずっと殴られ続けた私の気持ち分かる?痛くて、怖くて……」

「本当にごめん。ねえ、、、

どうしたら俺の事また信じてくれる?」


どうしたら、また信じれるか?

そんなの、分からないよ。

ううん。今は、彼の事信用出来ない。

一緒に居たら恐怖しかないもの・・・。


「俺、今から手に根性焼きする」

「は?」

「こんな事であゆみの信用取り戻せるなんて思えないけど、俺があゆみを傷付けた痛みを忘れないように今からする」

「え、え??止めてよ」


意味が分からない。

何で、そういう事になるのだろうか?

彼の考え方が理解出来ない・・・。

そんな事を考えていたら。


「止めて欲しい?」


うん。そんな事したら、体に傷が残るし、痛そうだし・・・。


「うん。そんな事して欲しくない」

「だったらさ、少しだけでいいから会って話しようよ。俺、今あゆみの家の近くに居るんだ。ほら、公園の前にある公衆電話から電話してるんだよ」


ゾクリ・・・。

背筋を汗が流れたような感触がした。


だって、わたし。

彼に住んでいる町は教えた事があるけど、家の場所まで教えていない。


「嫌だ。今はまだ話したくない」


部屋中の窓の鍵を閉めながらそう答えた。


「何だよ!人が優しくお願いしてるのに!!とにかく、来るまで待ってるから!!」


彼はまるで叫ぶかのようにそう言うと電話を切った。彼が近くまで来てる?

心臓がバクバクと音をたて、変な汗が毛穴から出てくる。


もちろん、彼に会いに行く事はしなかった。


だって、私分かってるんだよ。

もし私と彼が会ってしまったら、彼はまた暴力で自分の思い通りに私を扱うだろうし、私はその暴力に支配され彼の言う事を聞くしかなくなるって。


あんな生活、二度としたくないんだ。


私は部屋から出ると台所に向かい、母と話をした。

彼氏と一緒に暮らしている事。

もう、彼とは一緒に住みたくない事。

アパートを解約したい事。


母は私に実家暮らしをして欲しかったみたいで、私の要求をニコニコしながら受け入れてくれた。


そんな母にひとつだけ言えない事がある。

それは、彼にDVを受けている事だ。


好きな人に殴られているだなんて、口が裂けても言いたくないし、母に無駄な心配を掛けたくない。


ううん。

本当の事を言うと、私はまだ。

心のどこかで彼の事が好きだから、親に彼の悪い所を知られたくないんだ。


だから、暴力の事も、パチンコの事も、仕事の事も、彼の生い立ちの事も、何ひとつ話す事なく隠した。


まだ、心のどこかで【いつか、彼が普通になってくれる】って、思っていたんだ。

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