第7話 逃走

今月は家賃と光熱費を支払う事が出来た。

給料の残りも7万近くある。


これで何か一つ電化製品を揃えよう。

炊飯器も欲しいし、洗濯機も欲しい。


「ねぇなおやー。洗濯機か炊飯器買おうと思うんだけど、どっちがいいかなー?やっぱり炊飯器かなぁー?ご飯食べたいし」


物の少ない部屋に、物が一つ増える事を喜んでくれると思った。


「あれ?まだ金あるの?」

「う、うん。ちょっとだけど・・・」

「いくらあるの?まあ、いいや!今から金おろしにいくぞ!!」


彼は、私の手を握ると引きずるようにしてコンビニに向かった。


コンビニに着き、ATMの前に行くと彼は私にピタリと寄り添うようにしてATMの前に立った。


嫌だ。

嫌だ。

嫌だ!!!


こんなのプライバシーも糞も無い。いくら彼氏でもこんな事するなんて異常。

って事は、分かっているのに・・・。


真横で睨んでいる顔の彼に恐怖を感じ、暗証番号を入力していくと、画面に【残高¥69016】という文字が映し出された。

彼はその数字を見てニヤニヤしている。


「なんだ。まだ沢山あるじゃん!この前さ、お金はもう無いっていったよね」


コンビニの定員に聞かれないようにする為なのか小声で、そう言う。


「う、うん。まだ、残ってたみたい。ほら、生活費とかもかかるからもうあんまり無いかと思ってたの」

「へー。どうかねー。まぁ、嘘を付いていた事は許すから3万5千円貸して」

「う、うん」


彼の言うことには従った方がいい。私の脳が体がそう叫ぶ。

従え。

従え。

逆らうな。


彼に、3万5千円を渡すとコンビニを出た。

ここから向かうのはまたパチンコだろうが、

私はパチンコという場所が好きじゃない。


ギャンブル自体、興味が無いから行っても暇だし、タバコの匂いがキツイし。何より、もし彼が負けたらと考えると怖くてたまらないんだ。パチンコ店なんて無くなってしまえばいいのにと、本気で思う。


そんな事を考えていたら。


「おい!5千円やるから、これで食料買ってて。コーヒーと砂糖とミルクは忘れるなよ!!」


なんだか偉そうに、私に5千円を差し出す彼。

そのお金私のなんだけど。なんて口が裂けても言ったらいけないから、5千円を受け取りスーパーに歩いた。5千円だけど、戻って来て良かったと本気で思う。


スーパーに着くと、ウキウキしながら買い物を始めた。そういえば。

一人でゆっくりと買い物をするなんてどれくらいぶりだろうか?

彼と付き合ってからは、常に監視されていたし、お金だって自由に使えなかった。


なんだか彼が近くに居ない事に安らぎを覚えながら、インスタントコーヒーと砂糖とミルクをカゴに入れた。


他には何を買おう。

そんな事を考えながら、店内をウロウロする。


アパートにあるものは、お鍋とフライパンだけで、冷蔵庫すらない。おまけに、ガスコンロも無くカセットコンロで料理をするからなるべく火が通りやすい物などと、考える事は盛り沢山だ。


とりあえず、インスタントラーメン、パスタ、ジャガイモをカゴに入れ再度店内をウロウロする。


お惣菜コーナーを見たら美味しそうな弁当が沢山ならんでいておもわず、唾を飲み込んだ。最近は米も、肉も、魚も食べていない。


ふと、実家で暮らしていた頃を思い出す。

料理が好きな母は、私が仕事から帰ると沢山のご飯を作って待っていてくれた。


そんな生活が当たり前の生活だと思っていたから、今まで母親に感謝する事なんて無かったし、母親の作るご飯が特別に美味しい物だと思った事も無かった。


でも、今一番食べたいのは母が作ったご飯。


そして、今なら私は彼から逃げ出す事が出来るんじゃない?きっと、彼はパチンコに夢中になっていると思うし。


でも、もし彼がパチンコに行かず私を見張っていたら・・・?

また、逃げ出す事に失敗したら?

そんな事を考えただけで、足が震える。


でも、帰りたい。

私はカゴの中に入っている商品をレジに持って行き支払いを済ませると店を出て、周りを見渡した。


多分、彼は居ない。


これからしようと思っている事を考えると、彼の姿は見えないのに・・・

手足の震えが止まらない。


私は、公衆電話に近付くとタクシーを呼んだ。


早く。

早く。

早く、来て。

一秒、一秒がとてつもなく長い時間に感じる。


もし、こんな所を彼に見られてしまったら?

ああ、やっぱりこのままアパートに戻るべきか?

ほんの数分の間で、色々な考えが頭をよぎった。


きっと、そんなに長い時間は待たされて居ないと思う。タクシーがスーパーの駐車場に入って来たから、そこに向かってダッシュで走り乗り込むと、実家の場所を告げた。


タクシーに乗り込んだ瞬間、体中の力が抜け悪夢から解放された気分になり、目頭が熱くなる。


良かった。

助かった。


タクシーから見える景色がどんどん変わって行く。その景色が見慣れた景色に変わって、数分後には実家が見えて来た。


アパートを借りて、まだ1ヶ月過ぎて居ないのに、解約したいなんて言ったら、お母さんは何て言うだろうか?

お父さんは怒るかな?


でも、それでいい。

あのアパートには戻りたくない・・・。


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