第4話 我慢が出来ない男

 彼と一緒に暮らすようになって、すぐに彼の異常な部分が見え始めました。


 なんて、言えばいいのでしょうか?

 金銭感覚がおかしい?

 生活能力がない?


 この、2つの言葉を掛け合わせたような彼の異常さ。彼の一日はパチンコから始まります。開店と共にパチンコ屋に向かい、閉店と共に帰宅。


 私からすると、ギャンブルなんかで生活するのは怖いので普通に働いて欲しいのですが、彼をそう説得しても機嫌が悪くなるばかりでなかなか話も進まず、数週間が過ぎました。


 その内に彼は負けが続き、もっている金が尽きると、私の財布からお金を抜いてパチンコ屋に通うようになりました。


 金が尽き後が無くなった彼は、この頃から感情の上がり下がりが大きくなってきました。


 パチンコに勝つと、有り得ない程ご機嫌な彼。反対に、パチンコに負けると機嫌が悪くなり、物に八つ当たりをする彼。


 実家から、持ってきた小さなテーブルも使い物にならない状態にされました。


 最初好きになった彼とは全く別人のようになってしまった彼。彼と一緒に居たら普通に生活していく事も難しい程にギャンブルに金をつぎ込み、負ければ物を破壊していく。


 このままじゃ生活なんて出来ない。

 本気でそう思う程の荒れ果てた生活。


 でも、優しかった頃の彼を知っているから、別れたくない……。


 出来れば、優しかった頃の彼に戻り、仕事をちゃんとして欲しい。


 でも、それが無理なら別れるしか無い、そんな、気持ちで彼に自分の気持ちを伝えました。


「このままのあなたとは一緒に暮していけません。仕事をして欲しいし、物を壊すのも辞めて欲しい。私はなおやの事が好きだけどそれが出来ないんだったら別れるしかない」、と。


 そう言った瞬間、彼は右手を大きく振り上げ、私の太ももを軽く叩くと静かに話し始めました。


「やっぱり、お前も俺の事捨てるんだね。分かってたよ。親にも捨てられてる用なもんだし。ごめんな!しっかりしないといけないって分かってながらそれが出来なくて。

 でもさ、俺はあゆみの事が凄く好きだから、もう一度だけチャンスを貰えないかな?

 俺、ちゃんと働くし、二度と物を壊したりしないって、約束するから!」


 ちゃんと働く。

 物を壊さない。


 それは、私が彼に対し望んでいた事。

 彼が私の気持ちを理解してくれたかと、思い嬉しくてたまりませんでした。


「ありがとう。それを守ってくれるなら一緒に居よう」


 あたしがそう言うと、彼は本当に嬉しそうな顔で笑ったんです。でも、多分これが暴力の発端だったんです。


 その後、彼はパチンコに行かなくなりましたが仕事がなかなか見つからなかった為、思い切って私が働いているスーパーの店長に彼氏が働きたいと思っているという事を伝えたら採用してもらえる事になりました。


 これで、何もかもが上手く行く。

 私は、そう信じていました。


 一緒に働いて、仕事が終わると手を繋いで帰る。お金は無いし、ご飯も好きなだけ食べれない。


 でも、これから二人で頑張って少しずつ生活用品を揃え、少しずつ、少しずつ、幸せになっていけると信じていました。


 でも、彼が働き始め2日後に夢は脆く崩れました。


 いつも通り仕事をしていると、突然店内に響き渡った彼の怒鳴り声。

「こんな仕事辞めてやる!!」という、声と共に彼が店内から出て行く姿が見えました。


 何が彼をそんなに苛立たせたのか?

 何故、こんなにもわずかな時間で仕事を辞めてしまったのか?

 理由一つ分からないまま、彼は仕事を辞めてしまいました。


 とりあえず、今日の仕事を終えてアパートに帰ってから、何があったのか彼に聞いてみよう。

 もしかしたら、よっぽどの事があったのかも知れないし……。そんな事を考えながら、レジを打ち続けました。


 無事仕事を終えると、店長を含む数人の職場の人に「彼氏とは、別れた方がいいよ」とだけ忠告を受けました。


 急いで服を着替え、店を出た瞬間……

 自動販売機の影に隠れていた彼が、私の前に現れると、ニコニコしながら「帰ろう!」とだけ言い、私の手を握り締めてきました。


 結構遅い時間だから、心配して迎えに来てくれたのかな?

 なんて、思いながら人通りの無い夜道を二人で歩きました。


「ねぇ、仕事辞めちゃったみたいだけど………。なんかあったの?」


 そう、聞くと。


「ああ!俺に仕事を教える担当の奴が、最悪だったんだよ!!」

「え!何かされたの?」

「ちょっと、間違えただけで注意してくるし、疲れて休んでたら怒るし。しまいには、タバコ吸いに行こうとしただけで、怒るんだぜ?」

「え……?それだけ?」


 そう言った瞬間彼は黙り、わたしの体を思い切り突き飛ばしました。

 その反動で体は畑に転がり落ちましたが、恐怖心で服の汚れを気にする余裕も無しに、ただただ彼の動きから目が離せませんでした。


 次に何をされるのか?

 それだけを考えながら、街灯の灯りだけをたよりに彼の動きを見ていました。


「いい加減そこから出て来たら?土で汚れて汚くなるよ」


 何かしてくると思っていたのに、彼はニッコリ笑いながら手を差し伸べてきました。

 その手を掴み立ち上がると………


 腕に

 太ももに

 背中に

 激痛が走りました。


 だって、さっき手を差し伸べてくれたはずの彼が、ひたすら私を殴ってるから……。


 暴力から逃げる為に身を丸め体中に力を入れる私と、憎しみを込めた目つきで私を睨みひたすら殴り続ける彼。


 殴られている間ずっと、彼という存在に怯え、彼から逃げ出したいとだけ考えていたのに…………。彼は私を殴り終えると、泣きながら謝って来たんです。


「俺、どうかしてた。だから俺を見捨てないでくれ」って……


「あゆみの事が本気で好きなんだ」って……


 そんな口先だけの都合のいい話して……

 と、思う反面。

 私が彼を見捨てたら、彼はまた途方に暮れてしまうんじゃないかという気持ちがありました。



 ううん。

 私の本音はそんな優しさじゃなく、私自身が彼と離れたく無かっただけなんです。

 だって今まで生きて来た中で、彼ほど私に優しくしてくれた人は居なかったから………。

 離れたく無かったんです。


彼と一緒に居たいあたしと、殴る事を我慢出来ない彼。この先、どうなるかなんて普通に考えたら答えなんて出てるのに…………。

もしかしたら、明るい未来が待ってるかもなんて…………。


そんな夢を見ながら彼と一緒に居る事を選択しました。

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