第2話 退路を断たれる。

 車外に投げ出された時の衝撃か、高橋の身体中に痛みが走る。

 それでも彼は生き延びる為に来た道を戻る。

 手にした自動小銃すら重たいと感じた。

 装甲車で来る途中に怪物はあまり姿を見せなかった。

 だが、徒歩で戻る彼の前に緑色をした猿のような怪物が姿を現す。

 手にはこん棒や尖らせた棒など、原始的な得物。

 高橋は即座に彼らを狙撃する。弾は無駄に出来ない。

 数だけは居る相手だが、銃で仲間が撃ち殺されると怯む。

 更に殺し続けるとさすがに高橋を襲うのは無理だと判断して、逃げてゆく。

 それを何度も繰り返した。

 高橋は悟った。

 装甲車の車列に怪物は警戒して、襲ってこなかっただけだ。

 こうして、一人で歩いていれば、奴らは獲物だと思って、平然と襲って来る。

 危険極まりない事態であった。

 「確か、あの緑のヤツはゴブリンとか言ったな。あれは猿並で簡単に殺せるが、デカいヤツはカールグスタフを使うしか無い」

 自動小銃が効かない怪物との戦闘ではたった一発しか砲弾が無い無反動砲しか頼りが無かった。なるべく、危険な生物との接触は避けねばならなかった。

 そうなると、拓けた獣道を進むのは危険だった。これだけ拓けているとすれば、多分、ここは巨大な怪物が通る場所だ。森の中には怪物が潜んでいる可能性は高いが、それでも巨大な怪物との接触を避けるにはそれしか無いと高橋は判断した。

 茂みを掻き分け、森の中を進む。なるべく獣道に沿っての移動をせねばならなかった。それでもやはり、ゴブリンや液状の怪物であるスライムなどと接触した。

 弱いとは言え、弾薬が消費されていく。残弾数を数えながら、何とか門までは持たせないといけないと高橋は焦っていた。

 

 茂みと戦闘の繰り返しで歩みは遅い。

 計算では三日以上を費やさないと門に到達しない。

 自動小銃の残弾数はマガジンで残り7本。荷物は軽くなったが、心許ない。

 野営をするが、とても危険過ぎて、眠る事が出来ない。

 ただ、体を休めるだけであった。

 翌朝、高橋は再び、歩き始める。

 門まで残り20キロ地点まで到達した。

 双眼鏡で周囲を確認する。そこで高橋は絶望的な光景を眺める。

 門に向かって、多くの巨大怪物の移動が確認された。

 あのドラゴンにも匹敵するような巨大な怪物の群れ。

 どうやら、怪物は何かに引き寄せられるように門に向かう習性があるらしい。

 つまり、このまま門に向かえば、一人であれらと対峙する事になる。

 完全に死しかなかった。生き延びるためにはこの地で救援を待つ他無い。

 だが、食料は残り二日分。それ以上となれば、現地調達しかない。

 確かに蛇や蛙、昆虫のような生物も存在する。ただ、それらが自分の知っている生物とは限らず、毒なども考えれば、到底、口に出来るはずがなかった。

 「詰んだ」

 高橋は思わず、口にした。自棄になった。

 多分、このまま、ここで死ぬ。

 怪物に殺されるか餓死するか。

 無尽蔵に現れるゴブリンやスライムだって、銃弾が無くなれば、戦えないかもしれない。否、狼や熊みたいな怪物だって居る。そうなれば銃が無くては無理だった。


 退路を断たれ、救援を待つしか選択肢が無くなった高橋はとにかくここで待てるようにするしか無かった。

 まずは怪物から身を守れる場所の選定である。

 怪物に見付からない場所。襲撃を受けても応戦が可能な場所。

 そんな場所を求めて、森の中を彷徨う。

 丁度良い洞窟があった。

 人間程度が入れる程度の大きさ。洞窟の奥も左程、深くない。

 高橋はゴブリンなどの巣穴じゃない事を確認して、そこに野営地を設営した。

 心許ない食料。部隊が全滅した場所に戻れば、レーションの残りなどはあるだろうが、移動距離を考えれば、危険しか無かった。

 自動小銃の分解整備を始める。

 その日は幸いにも怪物と出逢う事は無かった。


 食料は少しづつ、消費するにしても1週間が限度であった。

 そして、水は二日が限度であった。

 高橋は現地調達を視野に入れる。

 湖まで戻る事は出来ない。だとすれば、水分が多い蔦などを切断して、水を出す。

 量こそ僅かだが、渇きは何とかなる。

 高橋はこうして、籠城を決めた。


 孤立して、三日が経った。

 その間にゴブリンの群れを2度、撃退した。

 残弾数は残り56発。無反動砲はまだ使っていない。

 残弾数を気にして、銃に着剣をした。

 これからは白兵戦も意識しないといけない。

 そうなれば、相手がゴブリンと言えども強敵だ。

 いよいよ死期が迫っている。高橋は覚悟を決めつつあった。

 銃剣の刃と砥石で研ぎあげている時に女の悲鳴が聞こえた。

 女の悲鳴。

 仲間が救援に来たのかと思った。

 慌てて、全ての武器を以って、外に飛び出す。

 悲鳴の方へと駆ける。森を抜けるとそこにはあの赤い鱗のドラゴンが居た。

 そして、そのドラゴンと戦う一人の金髪女性。

 白い肌を覆う甲冑。明らかに自衛官では無かった。

 だが、彼女は長剣でドラゴンと対峙しているのだ。

 勝てるはずがない。

 高橋は一瞬、怯んだ。

 だが、女性は何かを叫ぶと虚空に青い光が放たれ、ドラゴンを傷付ける。

 なんだあれ?

 高橋はそれが何か解らなかった。だが、ドラゴンは一瞬、動きを止めた。

 高橋は慌てて、無反動砲に砲弾を装填する。そして、構えた。

 「そこをどけ!」

 女性に向かって、怒鳴る。その声に女性は反応して、慌てて、射線から離れた。

 無反動砲が火を噴いた。砲弾がドラゴンの腹に撃ち込まれ、炸裂した。

 戦車並の鱗とは言え、ヒート弾はその鱗を吹き飛ばし、腹を裂いた。

 ドラゴンは悲鳴を上げた。苦しみながらその場に崩れ落ちる。

 高橋は無反動砲を投げ捨て、自動小銃を構える。

 裂かれた腹から内蔵が見える。その内蔵に向かって、銃弾を撃ち込む。

 弾倉が空になるまで撃ち込み、高橋は疲れたように立ち竦む。

 「大丈夫か?」

 高橋は女性に話し掛ける。

 すると彼女はよく解らない言語で答えた。英語すら理解が難しい高橋にはまったく通じない。ただ、敵意は無いようだった。彼女は剣を鞘に納めた上で話し掛けているからだ。

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