第二戦目 清冽の地
この世界には、セラディア王国のみに生息している自然界最凶の生命体が存在する。
土の中に巣を築く緑色の蜂、与えられた宿命によって姿形は異なっているが、体長10mm
の小型サイズもいれば、加えて40mm程度の大型サイズもいる。
最大で体長15cm程の個体も発見されており、羽が無い個体も存在してるなど、形状は一定していない。
なかでも凶暴なのは兵隊蜂。強靭な顎を持ち、一度刺されると致死率85%の毒性の針を持つ。
頑丈な肉体で、簡単に潰されることを知らない昆虫。
虫とは思えない記憶力があり、一度逃した獲物は忘れずに追い続ける執着心。
攻撃力などを含めて個体は様々だが、唯一共通してる点は、生存可能でいられる冷気、優れた連携力。
たとえどんな危険な境地だろうと、命を挺して女王蜂を守護精神力。
昆虫界からも人類からも恐れられる生態系===彼らの名は"ワニグマン"。
➖清冽の地➖
セラディアの兵は今日も独賊の討伐任務を実行し、そして意味もなく死んでいく。
兵士達は国のため、それとも統治者の女王のため、一体誰のために出口の見えない戦争に参加しているのか?
セラディア王国の陸軍も空軍も水軍の兵士達は皆、各地で点在する独賊を恐れているが、その反乱者よりも恐れられている組織がある。
それは“悪党“
第参・第肆氷団は紛争は頻発しているものの、誇りをかけた闘争であるため、信念を持つ兵士同士の被害だけで済む事が多い。
第壱氷団・総統大氷団は王族達が暮らす王宮や軍司令部などの機関があるため、目立った紛争は起きない。
戦争なら武器を持たない民間人が犠牲になるのは付きものだが、第弐氷団は他の氷団とは比べものにならないほ紛争が多発しており、特に北部方面は“ハチのス”と呼ばれ、正規兵や市民も被害に遭う事が多い激戦地。
麻薬は横行、誘拐や脅迫などの凶悪行為、殺人率は年々高まり王国内で治安が懸念されている。
北部方面の警察団は武装マフィアに買収され、事実上の街を牛耳ってるのは残虐非道の人間。
賄賂を受け取っている警察は機能しておらず、余りの治安の乱れに王国政府は軍に治安維持を確保する、役割を果たさせようとしているが、軍も軍で各地の独賊の対処をしなければならず、リスクが拡大するばかりおろか、負担が増加するだけだった。
北部方面は兵士不足で、軍すらも頼りにならないと感じた市民は、民間警察団を結成して自分達の周辺を犯罪組織から守る。
マフィア・ギャング・正規軍・民間警察団、そして独賊。
武装蜂起した組織同士の抗争が日々絶えない。
第弐氷団・北部方面は貧困と富裕層の差が激しく、当然ながらスラム街も多い。
特にその中でも過酷を強いられる寒冷スラム街“陸条會”(ろくじょうかい)。
他のスラムよりも低温区域、その原因は海沿いの街だからだ。
目に映るだけで肌に寒気を感じる海雪(雪で海が覆われている風景)鼻の中は投棄された廃棄物の異臭が馴染む。
耳は常に金属音が鳴り響き吹雪の様に止む気配がない、心は「無価値」だと錆びた鉄の様に受け入れてしまう。
スラム街の住人は皆そうなのだ、彼らは生活をしていく内にそうなったのではない、生まれた瞬間から順応しているのだ。
住民達は捨てられたガラクタを細工し工夫して暮らしている、家を建て金属類は溶解炉で溶かし、裏で軍事特需をする事で生活の資金源となる。
粉雪がパラパラと頭と肩に落ち体中は真っ白になる、白い息を吐き、汚れた冬着で寒さをしのぐが住民達の頬は真っ赤かである、大量のゴミ山に登り鉄くずを探す若い大人もいれば、腰が曲がり元に戻らなそうな高齢者、小さな体で鉄くずを背負いカゴに入れ続ける幼い子供。
この街では、布や鉄は人の命よりも最優先される。
胸を抑え呼吸が荒く容態が悪い老人がフラフラと歩く、近くでタバコを吸っている数人の住民達が
が心配する素振りを見せる。
住人Ⅰ「じいさん、大丈夫か?」
老人は突然に息が止まり、力が尽きたように膝から崩れ落ちて倒れる。
老人が意識を失って倒れ込んだ瞬間、近くにいた数人の住民達は期待していたかの様に老人の衣服
を奪い合う。
死んだ老人が身に付けている服を、むさぼる様に取り合い、服の引っ張り合いの乱闘をする。
住人Ⅰ「よし! 死んだぞ!」
住人Ⅱ「上着は俺が貰う!」
住人Ⅲ「ふざけんな、コレは俺のだ!」
住人Ⅳ「これはアタいのだよ!」
住人Ⅰ「離せ、このババア!」
住人Ⅳはフライパンで住民Ⅰと応戦する。
数名の争いをしてる場を、白色で黒と茶色の斑点かかった神秘的な動物“雪豹“が通り過ぎる。
雪豹は本来肉食系で、狩りの際は草食性の動物を追いかけて捕食するが、この雪豹は追いかけられる側に回り、必死の思いで“何か“から逃げている。
醜い争いの場を雪豹が通り過ぎ、その次には自転車で一匹の雪豹を追いかけ回す、薄着の少年不良達。
数名の不良達は猛スピードで自転車を走らせ、投げ縄を振り回し、発狂しながら遊び心で雪豹を追いかける。
暴走運転で服の取り合いをしていた大人達を轢く寸前だったため、住民Ⅳは走り去っていく不良達に怒号を放つ。
住人Ⅳ「危ないだろうが! 親の顔を見せろー!!」。
無視して不良少年達は雄叫びを上げ、発煙筒(煙幕)を焚かせながら、止まる事なく自転車を走らせる。
無用となった器物の中には、軍が無断で放棄した銃火器や装甲車などもある。
乗り物が捨てられれば、それを改良して住居にする工夫も出来るが、忘れてはいけないのは“人を殺める”兵器であること。
陸条會では、投棄された不発弾などが爆発して死者が出る事故も発生している。
民を守る兵士が、知る事なく民を殺しているのだ。
それとも、スラムの人間は人間扱いされていないのかもしれない。
実は陸条會の子供達の間では、都会では考えられない変わった遊びが流行っていた。
その遊びとは、“独立国家ごっこ“。
縦型の国旗を自分達の基地に立てる、そして敵国同士で国旗を取り合い、その国旗をビリビリに破った国の勝利となる。
敗北した国は、勝利した国の従属国にならなければならない掟がある。
攻めることもあれば、守る事もあり、四六時中遊びは絶え間なく続き、旗取り合戦とも呼べる。
遊び方は素手の暴力攻撃・柔らかい放出攻撃は許されているが、鈍器など死に至らしめる攻撃は禁止。
無法地帯にルールなど無に等しいのに関わらず、独立ごっこでは謎の暗黙ルールだけは守る。
例え冗談半分の遊びでも、セラディア王国で独立国家の国旗を掲げるだけで、子供とはいえ罰せられる。
だが王族からしたら、スラム街などに住んでいる汚れた子供など眼中にも入れたくないのだろう。
今日もまた、多くの少年達は独立国家ごっこを楽しんでいる。
そんな陸条會の中では、最近建国されたばかりの国がある。
その国名は、“ビリオス共和国“。
どうやって捨てれたのか分からない廃棄機関車に黒色の蜂のシンボルマークが描かれた緑の国旗を立て、20歳にもなっていない11人の少女少年達は内外の敵国から自分達の領土を守る。
千草竜心 役職:女王陛下
耳にもかからない程のベリーショートな髪型、仲間に的確な指揮を命じられる。
まだ14歳、平均的な身長で男勝り。(メンバーの中では美形の類に入る、本人は自覚無し)。
亀太 役職:首相
メンバーの中で1番の年長者。やや短気だが仲間思いの男。愛称はカメ。
紙氏 役職:参謀総長
長身で坊主ヘアの女性。姉御肌。
2丁拳銃を披露できる程の射撃の腕を持つが、遊びの際は銃器は禁止なので普段は使用しない。
アラキ 役職:騎士団長
長髪で恵体、ノークタ人と亜仁の混血(髪が亜仁、他はノークタ人の遺伝パーツ)。
自称“戦闘タイプ“と連発して呼称するが、メンバーの中では1番の不器用者で、トラブルを起こした際の言い訳は、
「俺は戦闘タイプだから、戦闘以外は頼らないで」。
下古 役職:財務大臣
女性メンバーの中では1番の肥満体、自分の容姿とは裏腹に面食い。
守銭奴でケチくさいところもあるが、金銭感覚は狂っておらず、倹約家。
六角 役職:環境大臣
メンバーの中で1番の肥満体で大柄。動物好き。
近似体型の下古に恋心を抱いているが、下古からは恋愛対象に見られていない。
甲一 役職:外務大臣
埃(ほこり)がへばり付いたレンズ眼鏡をかけた男の子。
常にボロボロの物理本を持ち歩き、知恵が豊富な博識人。
独立ごっこには興味がないらしいが、スラムでは特にやる事がないので暇つぶしで付き合っている。
紙絵 役職:衛生大臣
紙氏の三つ下の妹で、大人びた姉と違ってヤンチャな性格。
甘い物が大好きで、仲間には黙ってこっそりと手に入れたお菓子を独り占めしている。(スラムで菓子類は高級で、そうそう手に入らない代物)。
坊主頭ではないが、千草よりも短髪。
凛太郎 役職:警察団統合官長
亀太の次に年長者、仲間内では1番の常識人で温和な性格の男性。
平均的な体格だが、戦闘は不向きらしく、後方で作った料理を皆んなに配給する役割。
咲 役職:???
メンバーで1番の最年少。無口で無表情の小柄な女の子。
普段から寡黙で何を考えているのか分からず、何故か常に短機関銃を片手にぶら下げて持ち歩いている。
(銃自体は破損してるので、弾を込めても発砲は出来ない)。
ハイノラ 役職:技術大臣
陸条會で唯一のハミナス人、咲の次に最年少で年齢は9歳。
子供ながら壊れた機械品を修復可能したり、銃器なども独自で改造する事も出来るメカ
オタク。遊び仲間の中では1番重宝されている。
極寒の中、ビリオス共和国の11人の子供達は廃棄機関車を基地として拠点活動している。
独立ごっこの主な活動は、見張りと防衛。
11人しかいない小国は、順番に警戒しながら四方八方して見張る。
まず機関車の屋根に亀太が腕を組んで堂々と立ちながら警戒。
亀太が任されている役は、国旗の最後の砦。
下では4人が機関車を囲む様に警戒する。
北は紙氏・南はアラキ・東は六角・西は紙絵と咲が歩哨に立ち、前方を見張る。
見張は何よりも重要、一晩中続く独立ごっこは夜も油断は出来ない。
遊びとしては少し大袈裟かもしれないが、旗を取られれば即敗北となる一回限りの勝負。
本気の勝負は一回きり、現実の世界でもそうだ。
機関車の中では、ハイノラが自らの手で製作した“固定式大型望遠鏡”で、窓から数十キロメートルの距離を観察、敵が来たら女王に身の危険を知らせる係。
他にもハイノラが廃棄物を使い、製作した双眼鏡は各自1人一個は配られている。
凛太郎と甲一は、女王の身の周りを世話する使用人。
そして女王は、チェスターソファーに背もたれして、紅茶を飲みながら呑気にくつろぐ。
千草「あー、極楽極楽、あー極楽」
建国して日が浅いビリオス共和国だが、ゲームのルールを忘れたわけじゃない。
まだ他所の国とは対戦はしてないが、国旗を立てた以上、必ずどこかの国が攻めてくるはず。
何人かは軍隊で使われている鉄棒代わりに、金属製のお鍋を頭から被る。
くつろいでいた千草だが、仲間達の仕事ぶりを視察に向かう。
機関車から出た瞬間、アラキが見張りをサボり、積んだ土嚢をソファー代わりにして寝そべっている姿が視界に入る。
千草「アラキ! サボってないでちゃんと仕事をしろよ!」
アラキ「うるせー、俺は戦闘タイプだぞ、歩哨なんてやってられるかよ」
千草とアラキは口論している時に、南方面から下古が走ってこちらに向かってくる。
下古は巡回から戻り、息を切らしながら女王に報告しようとする。
下古「ハァー、ハァー、ハァー、ハァー、」
千草「どうした下古? 何かあったのか?」
下古「ハァー、ハァー、あのー・・・ハァー、ハァー」
千草「この豚! いつまで息切れしてんだ、早く報告せんか!」
下古は息を整え、視界で捉えた危険を女王に報告する。
下古「南から敵が接近している、数は11人!」
千草「どこのグループ?」
下古「先頭に“シーマ”がいたから、多分“黒狼界”(こくろうかい)」
黒狼界は、陸条會で最大派閥の独立国。
首相は24歳(もうすぐ25歳)の大人、ホフヌング人種のシーマ。
彼は子供の頃から素行が悪く喧嘩に明け暮れ、スラムで縄張り争いをしてきた。
陸条會で暮らしている人種の割合は、9割が亜仁が占めており、残りはホフヌング人とノークタ人。
他のスラム街でも同様で、ハミナス人は早々に見当たらない。
唯一のハミナス人のハイノラは、陸条會にとって稀有な存在である。
黒い国旗を掲げ、警戒もせず歩行前進してビリオス共和国の領域に入る。
仲間を引き連れているシーマは、2メートル近くある高身長、黒浪界の中で一際目立っている。
千草「ほらみろ、お前のせいで戦争だ」
アラキ「戦闘なら望ところさ、奴らをぶちのめしたら“失敬“はチャラだぜ」
甲一「それを言うなら“失態“です」
視界に捉えているのは11人だが、数は互角ではないと判断する千草。
黒狼界は今1番勢力を拡大している国。
他国を攻めて領土を吸収している、その情報が確かなら他にも敵はどこかに潜んでいるはず。
シーマは勝利を確信して自信満々な表情で、ビリオス共和国のメンバーに問う。
シーマ「よう、貧乏人ども! お前ら国を作ったんだってなー、建国おめでとう! そんでもって今日で崩壊だ! 残念だったなー、作って何日ぐらい、一週間ぐらいか?」
シーマは煽りに煽り、空に向かって高笑いをするが、本人がいじられるネタは豊富。
千草「見てよ、いい歳して子供遊びをしてるよ」
紙氏「こんな大人にはなりたくないねー」
シーマ「言うなー! 他にやることがねーんだよ!」
紙氏「仕事しろよ、貧乏人」
甲一「この場合は、“無職“と呼称するのが一般的です」
シーマ「クソーー、正論だから言い返せねー!・・・でも今日の俺は大人だぜ」
紙氏「ようやく気づいた?」
シーマ「普段なら暴力でチャチャッと終わらせるが、俺も“穏はん“を教えてもらった。
アンタらが大人しく国旗を渡して、俺達の配下になれば誰も痛い目に遭わずに済むぜ?
これこそまさに“穏はん“的な解決だろ?」
甲一「それを言うなら“穏便“です」
ビリオス共和国「ブッ! クククク(小笑い)」
指摘に指摘されまくったシーマは、拳を握り締め、堪忍袋が切れて怒りが爆発する。
シーマ「・・・何が平和だバカヤロー!! 全員ぶっ殺す!」
紙氏「はなからこっちも、そのつもりよ」
紙氏は本物の軍用拳銃をシーマに向ける。
シーマ「オイ!? 鉄砲はルール違反だろ、破るつもりか! そんなことしたら・・・」
紙氏「相手が死ななければルール内でしょ?」
紙氏は引き金を引く、銃口から飛び出てきたのは茶色い液体。
その液体はシーマの顔面に命中(拳銃を改造したのはハイノラ)。
予想外の攻撃に驚くが、もっと驚くのはこれからだった。
シーマ「なんだこれ!? 臭い、泥水か!」
紙氏は笑みを浮かべ、冷静に答える。
紙氏「ウンコと小便」
銃マニアの紙氏は、どうしても実戦で拳銃を使用したかったので、ハイノラにお願いして、本物拳銃をおもちゃ鉄砲に改造してもらった。
そこまでは良かったが、問題なのは、飛び出す玉物が致命傷を与えないとはいえ、痛みを感じるだけでも、その時点でルール違反。
そこで更に改造して、おもちゃ鉄砲から水鉄砲に変更。
しかも、弾となる水は、自分達の固形排泄物をバケツに入れ、自分達の液体排泄物で固形を混ぜ溶かす。
液体だけとなった排泄物を、水鉄砲に装填。
“大小便鉄砲“の完成。
(紙氏は2丁持っているが、他は1丁ずつ携行している)。
シーマ「皆殺しにしろーーーー!!!」
シーマの天にまで届きそうな怒声雄叫びの合図と共に、黒狼界とビリオス共和国の領土争いが開戦する。
紙氏は2丁の拳銃で応戦、アラキは叶った願いの戦闘に闘志が入る。
アラキはシーマと直接対決を持ち込むが、シーマの怒りの鉄拳で、まさかの1発ノックアウト。
千草「アラキ!?」
シーマ「死なない程度ならボコボコにしていいんだよなー、テメーら全員、イッテンコロリンダだ!」
アラキは弱い訳じゃない、戦闘タイプを自称するだけ腕は立つ。
だがシーマとの経験値の差で喧嘩負け、ただでさえ少人数のビリオス側は、あっとう言う間に劣勢に立たされる。
ビリオス側の失態は、普段から怒り心頭のシーマを更に火を付けてしまった事。
だがビリオス側には、とっておきの切り札はまだある。
千草「全員、基地まで退却!」
地面で伸びているアラキを置いて、機関車まで下がるビリオスメンバー。
シーマ「逃がさねー、降伏も許さねー!」
後退する千草達を、シーマは猛攻で追いかける。
だが次に失態を犯したのは、黒狼界側だった。
シーマは追うのをやめ、何かを視界に捉え立ち止まる。
機関車の屋根の上から、そして南側の窓から軍用機関銃が顔を出す。
シーマ「まさか!?」
実はこの機関銃は本物であるが、人に致命は負わせない。
しかし、同時に普通の機関銃ではない。
故障していた機関銃を修復して、水鉄砲に改造。
本来の機関銃性能を引き継いでおり、連発で弾を発射できる上に、水鉄砲でありながら威力も高い。
*もちろん弾は、排泄物なのでご安心ください。
シーマは無鉄砲に近づいてしまい、連発水鉄砲を近距離で浴びせられる。
亀太「十分に近づいてくれたおかげで、的が定めやすいぜシーマさん」
ハイノラ「これなら、紙氏並みの腕前じゃなくても当てられるよ」
シーマ「ぐぅ!」
シーマは顔がひきつり、上や正面から撃ちまくられ、黒狼界側は反撃が困難になる。
黒狼側
「クサ!! これウンコじゃねーか!?」
「ていうか地味に痛くない!」
「シーマさん、一旦撤退しましょう!!」
それでも戦争は簡単には終わらない。
怯む黒狼側だが、シーマだけは違った。
一旦は敵の異色の攻撃で後退するが、心の体制を整え、再び敵の基地に突進する。
シーマ「糞がなんぼのもんじゃない! 普段から俺達の体にはウンコが宿ってんだよ!」
伊達に首相を務めている訳じゃない事が、行動で分かる。
敵の雨の様な攻撃に怯まず、飛ぶこんで行くシーマの背中を見せられ、士気が高まり後に続く仲間達。
この攻撃で撤退する事を予想していたビリオス側は、敵の勢いは波の様に増したので、最後の切り札を出す。
籠いっぱいに入った、片手程度の小さい水風船を投げまくる。
中身は当然排泄物。
用意周到のビリオス側も、生半可な気持ちで独立国家を築いたのではなかった。
しかし、既に排泄物を浴びせられまくった黒狼側にとって、もはや泥水以上に汚い新たな攻撃などをどれだけ浴びせられても、士気は下がらない。
黒狼側
「シーマさんに続けー!」
「ウンコがなんぼのもんじゃない!」
「“こいつ“を使え!」
黒狼側の何人かは、敵の攻撃避け代わりに、戦闘不能となったアラキを盾にして前進する。
亀太「アイツら、アラキを盾にしてやがる! なんて汚い奴らだ!」
紙氏「その言葉を吐くのはやめて、私達も十分に汚いから」
機関銃の弾も切れ始め、敵を基地まで接近を許してしまった。
黒狼界に残されている仕事は、ビリオス共和国の国旗を破る捨て去るだけ。
千草「こうなったら白兵戦じゃ!」
白兵戦に持ち込んでも、人数はほぼ互角とはいえ戦力は桁外れ。
それでも諦めずに、ビリオス側は敵と戦う。
亀太は国旗を凛太郎に持たせて、機関車の屋根に登ってきたシーマと一対一の勝負となる。
シーマ「カメ! 今日でお前らの国は終いだ、覚悟はいいな!」
亀太「喋んなよ、ウンコの匂いがうつるだろ」
シーマ「ウンコをかけてきたのはオメーらだろが!」
首相同士の殴り合いが始まる。
女達も女王自らも、体を張って乱戦する。
乱闘のどさくさに、女王の胸をボディータッチする者もいる。
千草「おっぱいを触るな!(殴打)」
ビリオス側は劣勢だったが、更なる劣勢が降りかかる。
何と黒狼側の増援が到着、人数は11人。
まずは南から攻めて、敵の集中を誘導、反対側の北から同時攻撃するのが、黒狼界の軍事作戦だった。
多勢に無勢になった事で、状況は完全に一変。
一対一だった首相同士の対決も、増援部隊に亀太は押さえつけられ、凛太郎も国旗を取られてしまう。
ビリオス共和国の敗色が濃厚となった、その時!。
15メートルくらいの距離からハンドベルの音が鳴り響く。
“カランカラン、カランカラン、カランカラン“
陸条會では鉄の音など珍しくはない、むしろ嫌と言うほど聞き慣れている。
しかし、このハンドベルだけは違った、子供達は聞き覚えのある音で、争いの手を止め、全員が音の方に目を向ける。
ハンドベルの音を鳴らした人物は、明るい水色の輝くような質感の髪、どの人種よりも大きな眼、それは“クリスタリウム人“。
そして冬には似合わない、白く大きめのビーチハットを被った、美しい大人の女性。
聖母の様に微笑み、旗取り合戦をしている子供達の群れに近づく。
子供達は、その気品のある女性に見覚えがある。
千草「・・・先生!」
シーマ「やべぇ! なんてタイミングだ、お前ら急いで家に帰るぞ! こんなウンコまみれの体でお菓子なんて食えるか!」
黒狼界の子供達は、大人のシーマ首相に続く様に急いで帰路する。
千草は、突然に現れた“先生“と言う女性の胸に、誰よりも早く1番に飛びつく。
乱闘で汚れまみれになっていたが、その先生と言われている女性は、そんな事はお構いなしに、千草を抱き受け止める。
包容力で陸条會の貧しい子供達をまとめる女神的存在。
彼女の名前は“アスク×リビオス”
職業は大学の教授。
普段は第二氷団の大学の生徒に授業を教えているが、暇が出来れば陸条會に顔を出して、学校に通えない貧しい子供達に、損得勘定なく無償で勉学を教えている。
しかし、アスク先生が陸条會に訪れるのは、週に一回あるか無いかの頻度。
独立国家ごっこでは不思議な事に、先生が街に訪れると一時停戦するという現象が起こる。
アスク先生は、冷え込んでいる陸条會を母性力で暖める、不思議な魅力を持っていた。
最初は誰もが先生を警戒していた、道徳心のかけらも無かった陸条會で都会の教授なんて異様な存在。
アスク先生は美麗で、強引的な行為に欲を高める住民もいたが、クリスタリウム人はハミナス人の次に位の高い、高等人種。
もしクリスタリウム人のアスク先生が、陸条會で死体として見つかったら、政府から危険区域認定され、住民達は住処を失う恐れがあるからだ。
アスク先生はそれが承知の上かは千草は知らなかったが、どちらにしてもスラムの子供達は先生が大好きだった。
千草が先生に対して好意的な印象を持つきっかけとなった出来事は、先生の“叱責“。
普段はお人好しで温厚な性格の彼女だが、一度だけ教育者の片鱗を見せた事がある。
紙絵が、悪ふざけで壊れていた銃をハイノラに向けていた時に、空だと思っていた銃が暴発。
弾が飛び出し、弾は当たらなかったが、ハイノラの顔をかすめる。
あと数センチずれていたら、ハイノラはこの世を去っていた。
この現場をたまたま近くにいた、アスク先生は2人を正座させて1時間以上も説教をした。
「命は一つしかないのよ!」
「冗談でも銃を友達に向けるのはやめなさい!」
同じセリフを何度も繰り返した、ついでに千草達にも先生の怒りは飛び火している。
決して自分の私情で怒りは表さず、人の為に怒れる彼女は教育者の鏡だった。
今後2度とこんな事がない様に、陸条會にいる全ての子供達にある“条件“を出した。
*喧嘩をする際は、人を殺めてしまうかもしれない武器などは禁止。
子供同士なら素手だけを心掛けること。
*決まりを破った者には、お菓子を渡さない。
これが先生の決めた条件、子供なら喧嘩する事は理解しており、それを考慮した上での先生との約束。
だが例え子供でも、よそ者の意見など聞く耳は持たないのがスラム街に住む人間達の特徴だが、“菓子“という言葉で子供達は決まりを守る。
スラムではお菓子は高級食材、アスク先生はカゴいっぱいに入れた菓子類を持ってきて、約束を守った子供達に配っている。
もし破った子にはお菓子は配らない、子供達はそれを恐れている。
近くにあるのにお菓子を食べられないのは、スラムの子供にとっては大きな絶望。
だから皆んな先生と交わした約束は守る。
そう、独立国家ごっこの鉄の掟を考えたのは、アスク先生だったのだ。
掟だけじゃない、遊び方も全てアスク先生が考えた。
元は独立国家ごっこは、遊びではなく喧嘩が根源だった。
子供の喧嘩に国旗を取られたら負けというルールを課した事で、独立国家ごっこに繋がった。
国旗を失った者の負け、その遊び方で醜い争いと憎しみの連鎖に終止符を打てる。
ルールを守れば助かるとは限らない、でもルールが人を助ける時も多くある。
独立ごっこは一時休戦して、ビリオス共和国は安定感を取り戻す。
アスク先生が持ってきてくれた焼き菓子を、1人一個ずつ分けて、食べながら各々自分の武勇伝話を先生に伝える。
焚き火を囲んで、まず最初にアラキが語る。
アラキ「今日も俺の活躍で、国が“存そく“できたなー」
アスク「それを言うなら、“存続“ね」
亀太「お前何もしてないだろ、ていうかお前いたっけ? ていうかお前誰だっけ?」
千草「アラキ、今日はお前1人で基地の掃除をやれ、それで汚名はチャラにしてやる」
アラキ「ハッー!? ただでさえ自分の事で手がいっぱい何だぞ、ていうか何で俺はこんなに臭いの? 洗っても洗ってもウンコの臭いが落ちねー」
紙氏「先生、今日は私の初の腕前を披露した記念日となります、私のおかげでビリオス共和国は平和を保てました」
凛太郎「紙氏が取り柄を活かせたのはノラ(ハイノラ)のおかげだろ、ノラがいなきゃ、さっきの戦争は確実に負けてた」
六角「うんうん」
千草「いいや、先生のおかげよ、先生が参上しなかったら、今頃アタイ達は黒狼界の下に付いてたはず」
アスク「みんなのおかげで、みんなの手柄。どんな事も1人じゃ成し遂げられないんだから」
ビリオス共和国が建国して日が浅いのは、メンバーがそれぞれ売れ残りだからだ。
独立国家ごっこが始まってから、陸条會の子供達は負けを許さないグループを作り始める。
腕っぷしの強いアラキ、紙姉妹、下古、甲一などは、少しエゴイスト上に自分の価値観を見出してくれない理解者がおらず、孤立していた。
ハイノラと咲は、異様な存在感のせいでどこのグループにも属させてくれなかった。
亀太と凛太郎は、自分達の国を建国する前、他で同じグループに属していた。
しかし、グループの合わない方向性に嫌気が差して、何度も亡命を繰り返しながら、自分達の合う国を創設した。
亡命理由
「仲間を見下す奴がいるから」
「負けた時に、誰かのせいにするから」
千草と六角も、それぞれ他のグループに属していたが、敬愛しているアスク先生がビリオス共和国の最高顧問の役職に就いたので、亡命を決意する(六角は単にお菓子が手に入りやすいと思ったから)。
ビリオス共和国は余り物の集合体。
それ故に、戦力もばらつきがあり、バランス力は取れていない。
それは皆んな、百も承知、万が一どこかの国に吸収されても誰も文句は言わない。
戦力は劣っていても、仲間の結束力はどこのグループより保っている、それがメンバー達の開放感とと安心感を得られ、同時に幸福感も得られている。
千草は国のトップに座る女王は、アスク先生を指名したが、先生自身が千草の秘めた王の素質を見抜き、メンバー達の同意を得て千草を推薦。
先生の計らいにより、千草は女王の座に着く。
セラディア王国の古き伝統では、昔から国のトップに立つのは“女“と決まっている。
その古くから続く風習は、民族の見解の違いがあろうと、変わる事はない。
セラディア国民ではこの様に認識されている。
この世界の創造主は“雌”、全ての始まりは“雌”だからと。
焼き菓子を食べ終え、アスク先生の本業となる、授業が始める。ビリオスメンバー達に言語と算数を教える為に、黒板代わりとなるガラス板にペンキ筆を使いながら、分かりやすく授業を進める。
先生の授業は決まって、言葉と数字。
将来、スラムの子供達が社会で自立出来るための最低限の基礎知識を身に付けさせる。
戦闘タイプのアラキは居眠りをしている、甲一は習った事をスラスラと紙にメモをしていく。
他のグループの子供達も集まってきて、先生の授業を真剣に聞く。
アスク「それじゃ少し休み時間にしましょう」
先生がそのセリフを放った直後に、ラッパの音が聞こえてくる。
子供達は先生が鳴らす、ハンドルベルに聞き覚えがあるが、同様に突然街に鳴るラッパの音の正体も理解していた。
休み時間の間に、子供達はラッパが聞こえてくる方向に走って向かう。
亀太「・・・また奴らが来たみたいだな」
紙氏「先生と同じ日に来るなんて、初めてじゃない?」
スラム街にラッパを鳴らす者の正体は、“独賊“。
陸条會の街の中心にカーゴトラック(荷台トラック)を停車、3名の軍服を着た亜仁の独賊が、両腕を背中に回し仁王立ちする。
おでこには自分達の国旗が入ったハチマキを巻く、トラックの先端にも国旗を掲げている。
今回来たのが初めてではない、姿を現す事は少ないが、たまにやって来ては自分達の国に勧誘する
そして大勢のスラム民衆に自分達の思いを力強く告げる。
独賊「我々は野蛮なセラディア王国から自由を望む解放軍であります! 横暴極まりないセラディアに反体制運動を実行中、我々は戦力増強のためあなた方に力添えを求めている! 我々の闘志に賛同するものは歓迎する! 共にセラディア王国からの解放される日を迎えようぞ!」
この街に来ては決まって同じセリフを吐く。
この独賊達は、他のスラムでも貧困の人間を勧誘して、自分達の国に連れて帰る。
彼らは諸外国から銃を密売して、軍事資金源としている。
そのおかげでそれなりに裕福で、王国各地で秘密裏に革命活動を進めている。
独賊の盛大になる勧誘に、しばらく沈黙が続いたが、1人が独賊になる決意を持ち、革命に参加する。
そして後から続く様に、1人、また1人と。
前の勧誘で5人、今日の勧誘で陸条會の4人の住民が独賊となった。
年齢や体格にバラつきはあるものの、健康的な男性が荷台に乗り込む。
独賊のリーダー格が、ある青年に目が行く。
その青年はスラム出身である事は分かるが、身なりが整い、他の住民とは違って清潔感もあり、黒いポロコートを着用している。
それだけじゃない、亜仁は短髪が特徴の種族で男女共に長髪は遺伝子的に不可能。
それなのに耳を隠すほどの髪の長さで、毛髪も太くなくサラサラ、目つきは細長で少し鋭いが、一瞬女性と見間違う程の美形でスタイリッシュ。
泥ネズミの様に汚れているスラム住民達の中に入ってしまえば、圧倒的な異彩は放ってしまう。
独賊「そこのキミ?」
青年「・・・」
独賊「キミは健康そうだね、何よりもキミから可能性を感じてしまう。どうだろう、我々の同志に入るつもりはないか?」
青年「・・・」
独賊「・・・悪いようにはしない、約束するよ」
??「やめときな」
近くのゴミ山に座っている、日本刀を持った無精髭の青年が異彩を放つ青年の勧誘を静止する。
独賊「誰だねキミは?」
正体を聞かれた無精髭の青年は、名を名乗る。
九西「オラッちは、“九西白斗“(くにし・びゃくと、)。
そいつは“大東清士郎”(だいとう・せいしろう)。
話の続きだが、その大東を仲間に加えない方がいいと思うぜ」
独賊「なぜだ?」
九西「その男は敵にすると厄介だが、味方にしたらしたで後悔する、それでもいいなら勝手にどうぞ」
独賊のリーダー格は、大東に期待の眼差しを向けていたが、同時に恐怖心もあったので、九西という男の忠告を守り、4人の新しき同士を連れて陸条會を去る。
今日来た独賊が、人を見る目が無く大東を仲間に加えるという選択肢は間違っていると感じたのは、その場にいた住民が思った。
全ての住民達が九西と同意見、大東清士郎を飼い慣らせる人間はこの世界に誰一人としていない、例えアスク先生でも、大東の心を開かせる事は不可能。
大東は10歳の頃に、子供同士の喧嘩で相手を殺害まで追い込んでいる。
しかも凶器を使わずに素手で、過失ではない意図的に殺したのだ。
スラム街で殺人は珍しくない、だが子供が子供を殺すのは、道徳の授業を受けていない住民でも衝撃的だった。
殺害したのは1人じゃない、彼は判明しているだけで後4人殺害をしている。
しかも彼が殺害した数の中には自分の両親も含まれている。
これに関しては親が毒親だったのか、それとも確執があったのかは分からないが、殺害時は11歳。
幼い頃から悪性のある異質の存在で、住民達からは“凶蜂”として恐れられている。
それに謎なのは大東の“収入源“。
住民の誰もが、彼が鉄を拾う姿や働いてる姿を見た事はない。
それなのにも関わらず、端正を保ち、スラムではそうそう手に入らない革靴、ボロコートなどを手に入れている。
噂では、闇社会の人間と深い関係にあり、裏で怪しげな取引をしているという噂があるが、これも確証はない。
そもそも、それなりの資産があるのに何故陸条會から抜け出さず、現在も住み続けているのか?
彼の存在は危険なミステリアス感を漂わせるが、友達になるには悪魔に立ち向かう様な勇気な心が必要。
恐らく大東をよく知っているのは、彼と常時、長らく共にいる“九西白斗“。
大東の圧倒的な闇の存在感で隠れているが、この男も謎と危険の二文字の魅力が浮き出ている。
彼は陸条會のスラム出身ではなく、他のスラム街で生まれ育った。
大東との出会いや関係は謎、判明してるのは彼にも殺人経歴がある。
大東は5名だと判明しているが、九西は判明してるだけで“12人“、その中には子供も含まれている。
千草は、遠のいて行く大東の背中を眉間にシワを寄せて、殺気を放つ様な血相で睨む。
実は千草と大東には、浅い因縁があった。
3年前、千草は地元で1番の親友を大東に殺されている。
生活の種となる鉄くずを、親友の男の子とその父親と共同作業して行く最中に、突如大きな爆発が起きる。
軍が投棄した不発のビックバン弾が、最悪の形で自発的に爆発したのだ。
千草は距離を取っていたので、ほぼ無傷状態だったが、親友と父親は近距離で爆発を喰らい、命は助かっても、いずれ命に届く重傷を負う。
周りにいた住民は誰も助けようとはしなかった。
“陸条會では、命などゴミに等しい” 人が死ぬ事は珍しくはない。
陸条會に医者はいない、包帯や薬も限られており、どの家も他所に分ける程の量はない。
例え医者が居ても、2人とも助かる確率は低い。
父親の方は左腕と右脚が無くなっており、虫の息。
男の子の親友は、両足が吹っ飛び、足から血を流しながら「痛い、痛い、」と泣き叫ぶ。
2人とも時間の問題だった、千草は涙を流しながら必死に「助けて! お願い誰か助けて!!」。
その懇願の言葉が届いたのは、たまたま近くにいた大東清士郎だった。
親から大東の話は聞かされていた、関わるなとは言われていたが、今は緊急事態。
千草は大東に「お願いです! 助けてください、2人を病院まで運ぶのを手伝ってください!!」
神の様に祈り願いをするが、助けを求めた男は神ではない、“悪魔“。
大東「治療なら任せろ」
彼はそういい、懐から拳銃を取り出し、親友親子を撃ち殺した。
大東の予想外の行動に千草は呆然、大東は何事も無かったように千草に背中を向けて去る。
数十秒後に大東の背中に激痛が走る。
千草は怒りで平常心を失い、手元にあったドライバーで大東の背中を勢いよく刺した。
女の子の力では、致命傷を負わせる程は刺さらなかったが、大東は生まれて初めて深傷を追う。
大東は殺そうとした千草を容易に殺す事は出来た、しかし何故か大東は千草を殺さずに、むしろ何かを期待したかの様に不気味な薄笑いを浮かべる。
それから3年経ち、千草は大東に対して憎しみを抱いているが、同時に疑問の“感謝“も抱いていた。
あの時、周りにいた人間は誰も2人を助けようとしなかった、むしろ救いの手を差し伸べたのは悪魔の称号が相応しい周囲から凶蜂と呼ばれている男。
あの時は爆発に巻き込まれた2人を見て取り乱してたが、冷静に考えた結果、2人共もう助からる可能性は低かった。
息が止まるまで、この世の地獄とも言える骨折と皮剥ぎの同時刑を長時間苦しみ続ける。
大東の行動通り、“解放“こそが1番の治療薬だったのかもしれない。
見捨てるのは悪魔ではない、だが天使でもない。
千草は親友を失った事で、早くも死を身近に感じ、早くも学んだ。
それを教えてくれたのは、アスク先生ではなく、謎の男、大東清士郎だった。
“この2人はいずれ、セラディア王国の歴史に名を刻む人物となる“
アスク先生も含め、ビリオス共和国の子供達は少し早めの夕食を始める。
焚き火の上に土鍋を置き、米入りのスープを温め、子供達は皿替わりに空の缶詰めを待ってきて、それに注ぐ。
今日は仲間内で集まっての2回目の夕飯、料理は凛太郎が担当。
独賊が現れた事で、本日の夕飯の話題は独賊で持ち切りとなる。
亀太「毎度毎度わざわざ遠くから、こんな貧相なスラム街までご苦労なこったよな」
アラキ「ああ、どうせ今日連れて行かれた奴らも捨て駒だろ、そんな匂いがプンプンする」
紙氏「それでもここよりかはマシだと思って判断したんでしょうよ」
凛太郎「そうだろう、前もさっきも、皆んないい年頃ばっかりがあの車両に乗る。
あの独賊達の思想にはさほど興味がなく、単に死ぬ前に贅沢がしたいだけさ」
下古 「独賊って皆んな金持ちなの?」
六角「ここよりかは」
甲一「過去に第弐氷団に置かれていた独立国家“ロサンテス・サブルス”は、麻薬商売で数百億ゼンの売り上げを得たと記録に残されています」
下古「数・・・百億!」
アラキ「革命関係ないじゃん、ただ金集めしてるだけじゃん」
亀太「甲一、お前随分と軍や独賊に付いて詳しいよな、まさか将来の夢は独賊か?」
甲一「バカ言わないで下さい、お遊びとは違います、体が弱い私に革命行動は適任ではありません」
そう、千草達がしているのは単なる独賊を真似た遊び。
でも今日現れた独賊は遊びではなく、本物の独賊。
おもちゃや水鉄砲ではなく、人を殺める事が出来る本物の銃を持ち、戦場で本当に人を殺す。
それが独賊なのだ。
亀太の一言で、場の空気が変わる。
亀太「でも俺達も、さっきの奴らと同じ位置が回ってくる・・・いつかな」
千草「・・・そん時が来たらどうするの、独賊になるの?」
アスク「ダメよ、そんな命を投げだ様な真似をしちゃ」
ビリオス「!?」
アスク先生は無償でスラムの子供達に読み書きを教えているが、見返りを求めていない訳じゃない。
先生が求めているのは、戦争が無い国を築く“変革”。
アスク先生は、千草達に陸条會に訪れてから一度も口にしなかった本心を、この日初めて打ち明ける。
アスク先生が望んでるのは、戦争もスラムも差別も偏見も無い平和なセラディア王国の変革。
実は先生は正教会生まれの人間、幼少期から信仰教育を受けており、そして自分を育てた司祭達の目的は真の平和を築く事を誓っている。
その為には蔓延している憎しみの連鎖を断ち切り、若き子供達を正しき道に歩ませる事、それが先生の目標でもあり、夢でもあった。
自分以外にも、正教会出身が大弐氷団にある各地のスラム街で同様に働きかけている。
謎に包まれていたアスク先生は、独賊に近い存在でもあった。
アスク「だから独賊になんかなっちゃダメ、世界は広いんだから、楽しみを自分なりに探しなさい」
千草は本心を打ち明けた先生をより好きになった、同時に憧れた。
亜仁には無縁の質のある髪と長さ、それに比べて自分は同種の男と変わらない短さ。
自分はまだマシな方、紙氏なんて数ミリ程度の毛しか頭から出してない。
ある時、千草はその悩みを伝えた事がある。
水色の髪色
長髪
大きく、宝石の様に光輝いている瞳
先生が羨ましく、亜仁でいる事に自己嫌悪を抱いていること。
先生はその相談を受けて、否定もせず肯定もしない答えを出してくれた。
千草を座らせて、先生は自前の化粧材料で、千草の顔をおめかしする。
泥や炭だらけの肌を石鹸で洗顔して、化粧水で肌に透明感を与え、口紅で唇を塗る。
そして手鏡で顔に輝きを増した千草を見せてくれた。
千草は初めて自分の顔をまともに見たと感じた。
いつも汚れまみれの皮を被り、その皮を剥がした事はなかった。
鏡だって曇ってるのばかりで、顔もハッキリと確認は出来たことが無かった。
アスク「無いものな無い、ある物で勝てばいいのよ。だってホラ見て、千草は先生なんかよりもこんなにも可愛くて綺麗なんだから、この茶色のかかった髪だって、先生は羨ましいわー」
千草の将来の夢は、アスク先生みたいな教育者になる事、道のりは遠いが、そうと決まれば陸条會を捨てて、親元を離れなければならない。
ここでアスク先生は“失態“を犯してしまった事に、本人もビリオス共和国の人間も気づいていない。
忘れてはいけない、“陸条會では、人の命よりも利益が優先される”。
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