ヒーロー・グレイニンジャ

囚われのグレイニンジャ

第36話

 大学に所属する人間が講義や研究室でやることを終え、各々サークルで集まろうかという時間帯。

 所属している霊子変換学の研究室から一足早く抜けて、私達は大学から貸し与えられた部屋に居座っていた。部室の様に使うことが想定されていて、男女の更衣室と共用部に衝立を立てただけだが分かれている。

 自分もかなり早い時間に来ているのだが、仲良しマネージャー二人組が先に入ってイチャコライチャコラとしていた。

 入って来た私を見るなり、先輩はニンマリと笑ってくる。


「不機嫌そーじゃんゆきー」

「ぜーんぜん不機嫌じゃないでーす」


 嘘だ。不機嫌なのは自覚している。

 ばんえん先輩に頼ってきざむ先輩を実質的に陸上サークルのメンバーに、という話を進めて貰ったのだが、1ヶ月ほど前からきざむ先輩と連絡がほとんど取れなくなった。

 いつも昼には中庭で仮想ディスプレイを開いて本を読んでいるから、見つけるだけなら簡単だったのにそれすらもなくなってしまった。


「そー言えばさー」

「なーにー」

「ばんえん達今日休むってさー」

「達~?」

「あんやにせんじ、らいこにゆめもだってさー。」

「いつものメンバーだー」

「しかも今日だけじゃなくしばらくだってさー」


 実際、サークルのほぼ中心メンバーではあるのだが、その5人の欠席率は高い。

 それが意味することは、割と単純な答えが連想される。


「ぶっちゃけヒーローやってるよねーあいつらー」

「やってそー」

「先輩、言わないお約束です。余計な詮索をしないのが、お互いの為なんですから。」

「わかってるわかってるー」


 本当に分かっていたらそんなことを口にしない。


「案外サンボイルジャーだったりねー」

「いやー流石にそんな大物じゃないでしょー。サンボイルジャーって言ったら、合体マシンを支給されたりで、もう日本のヒーローでも両手の指に入るくらいのグループじゃん。」


 ほら分かってない。平然と話を続けるんだから。

 危機感のなさは恐ろしいものだ。今は落ち着いているが、私達が生まれた頃、大体20年程前にはヒーローの日常を狙った大虐殺が起こっている。それ以来ヒーローは、顔を出して世俗との関わりを断つか、そもそも顔を隠すかをするのが基本になった。


「でもさーどっちかって言ったらきざむの方がヒーローやってそうじゃないー?」

「あーわかるー。あいつ高校でばんえんと短距離のタイム競ってたんでしょ?ブロック4でもトップ争いに食い込むような化け物と。今でもなんだかんだ走れてるしもったいないと思ってたけど、ヒーローに専念する為に陸上辞めたって言われたら納得~。」

「そーそー。今回の音信不通も、それ関連だったりさー。ねー?ゆき。」

「振らないでくださいよ。」


 もし仮に、きざむ先輩がヒーローだったとしても、きざむ先輩はきざむ先輩だ。

 本当にヒーローだった時の日常を脅かさない為にも、そういう話はするべきじゃない。噂だけで、悪の組織の魔の手が届かないとも限らないからだ。

 それはそれとして、真実だったら別の覚悟も必要になるのだが。

 

 更衣室に入り、私服からマネージャー業の為の動きやすいハーフパンツ姿に着替える。少し前までは派手すぎない程度に勝負下着を付けていたのだが、きざむ先輩と会うこともなくなりすっかり無地一択になってしまった。

 冷静に考えてしまえば恥ずかしくなる程度には浮かれ過ぎだったが、気の抜きすぎも日常のどこかでボロが出てよろしくない。


 「ちょっ、ゆき!すぐに来て!」


 何やら慌てた様子で先輩から声が掛かる。

 髪を縛りつつ出てみると、二人して仮想ディスプレイに釘付けになっていた。


「どうしました?」

「これ!これ見て!」


 先輩が見せて来たのは、討論系のニュース番組の生放送だった。ニュースそのものに多角的な意見を発信することで人気を得た番組。

 先輩がシークバーを少し前の時間に戻すと、速報の文字が流れて来た。キャスターの前にカンペであろうディスプレイが展開される。


『速報をお伝えします。本日午前11時頃、居住ブロック4の南部住宅地において、悪の組織による破壊行為が確認されました。現在、OCSAFおよび現場に到着したヒーローによって事態は鎮圧されていますが、周辺には構成員が潜伏している可能性があります。付近にお住まいの方々には、冷静に情報を収集し、OCSAFや警察の指示に従って安全を確保するよう呼びかけています。引き続き、状況の変化にご注意ください。』


 女性キャスターが並び立てる情報は、言っては何だけれどよくある話だ。注意はしなくてはならないけれど、特別騒ぎ立てるような物でもない。


「これが、どうかしたんですか?」

「いいから、次。」


『今回の事件において中心となった住宅に住む有明岩市氏が、喉を引き裂かれた状態で発見され、搬送先の病院で死亡が確認されました。また、同宅に住む岩市氏の妻、40代の女性と、その子供である20代の男性、10代の女性の計3名の行方が現在不明となっています。』


「…………は?」

「これ、有明って、しかも、妹がいて、あいつ公認南部住宅地の実家暮らしでしょ…………?」


 否定したい。

 否定したいが、状況だけ見ればそれである確率が7割は超えていることは、明白だった。

 明らかに、きざむ先輩のことだ。


 首に巻かれたデバイスをタップし、きざむ先輩に通話をかける。


 出ない。


「ばんえんも出ない…………ほんとにこれきざむ…………だよねぇ…………」


 頭が、回らない。

 私にとって、あの人が何かと問われれば、その心根を気に入って男女の仲を求めているだけの相手。まだ何かという話じゃない。

 失われると言われても、元々私の何でもない。私から矢印はあっても、あの人からしたらしたら有象無象だろう。


 だからこそ、悲しい。

 あの人の大切になりたかったのに、その機会を壊された。

 悪の組織の被害者が帰ってくることは少ない。

 もし帰ってきても、洗脳されて虚ろな状態でしかない。



 


『ちょっと今調べてみたんですけど、この事件が起きる少し前に街中をすごい速度で走るグレイニンジャが目撃されてるらしいんですよね。』

『グレイニンジャと言ったら、クラウンブレッドの怪人ですね?なんかすっごい強いとかでOCSAFが重要指名手配している怪人。サンボイルジャーとか、フレンジールとかが全員集まらないと勝てなくて中々手こずっているらしいですね。』

『そうです。橋本さん、あなたはこの事件の目的って、なんだと思いますか?』

『なんでしょうね…………』


 毒舌で有名でよく炎上しているインフルエンサーが、目の前にディスプレイを展開して話始めた。

 芸人コメンテーターは何の用意もなく話を振られて困惑している。自分も情報を集めなくては、とディスプレイを開く。


『あ、これじゃないですか?行方不明になっている被害者の奥さん、大病院の院長を勤めていらっしゃったそうですよ。40代でこんな大きな病院を管理するって相当優秀なんだろうなぁ…………だから、悪の組織に狙われちゃったんじゃないです?』

『誘拐目的だと、そうおっしゃりたいんですね?』

『えー?誘拐目的じゃ、ないんですか?奥さんが連れ去られようとして、それを助けようとした旦那さんが返り討ちにあっちゃった。そういう流れに、僕は見えますね。』

『私はそうは思いませんね。』

『え?』

『これから話すのは私の勝手な推測で被害者の名誉を傷付けるかもしれないのですが…………

 グレイニンジャって、そういう個人を狙った犯罪には基本関わらないんですよね。組織間の争いで街中で大暴れしたりだとか、それこそ先月あった研究所の襲撃でも参加したのが確認されてます。おそらくですが、グレイニンジャはクラウンブレッドの中でも緊急性の高い案件に回される切り札的な存在なのでしょう。』

『えっと、つまり?』

『この誘拐事件、緊急性の高い案件ですか?高々一人、優秀な人材を手に入れるだけの誘拐事件です。』

『あーなるほど?つまり木嶋さんがおっしゃりたいのは、この奥さんが相当重要な人物ってことですか?例えば、彼女の運営している医院で発表前の新技術が開発されていて、それを奪う為に、襲撃したとか。』

『概ね、違います。』

『あれ?』

『それならば、医院にいる時、データと一緒に奪いに行けばいいのです。私が言いたいのは、奥さんか亡くなられた旦那さん。どちらかか、あるいは両方だと思うのですが、悪の組織の構成員だったんじゃないですかね。』

『それは…………突飛すぎでは?』

『突飛ではありません。こう考えると、辻褄は合います。グレイニンジャというおそらくクラウンブレッドの重鎮が、腰を上げた理由。それは、組織間の抗争、あるいは裏切り者の粛清だったのではないでしょうか。』

『木嶋さん、少々よろしいでしょうか?』

『なんでしょう、由倉さん。』

『その話は根拠に欠ける木嶋さんの妄想で、流石に生放送で話す内容ではありません。間違っていた場合、被害者の名誉に関わります。』

『ですが、真実だった場合、彼らを擁護していた意味が失われます。私が言いたいのは、裏がありそうな話で軽々に彼らが被害者であると断定するのは危険だという話です。その為の、議論型ニュース番組でしょう。今回私にその意識はないですが、悪魔の代弁者というやつです。』

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