第37話

 ブロック化計画によって日本の特徴であった小さな工場等はどんどん閉鎖されていった。

 まあ、止めを刺されたという表現が正しいのかもしれないが、少なくともそれらに属していた人間は企業もしくは国の施設によって羽を伸ばしている。監視の中という条件付きならば好きにできる以上、こちらの方が楽でいいのだが。


 そんな脱線した話はさておき。

 ブロックの外には、打ち捨てられた過去の遺産というものがそれなりに残っている。旧世代ならばそこによからぬ若者達がたむろすることもあっただろうが、現代ではそうもいかない。

 要は見てくれだけ虚勢を張る不良が存在していても、本職の方々が力を持っていては可愛い物で。

 そも危険だと分からない脳の足りない者が寄り付けば、頭数だけは無限に回収したい悪の組織によっておいしく頂かれる。故に、長期間彼らがそこに居ることはない。


 周囲は腰程の草木生い茂る平野なのだが、その工場跡と思わしき建物はポツンと残っている。

 おそらくブロック移住の際、この建物の持ち主は抵抗をしたのだろう。

 まだ制度が安定していない時期でもあったが故に。職に溢れていた人々を高額な補助金で雇う人海戦術によって、住宅街の撤去作業は異常な速度で進んだ。持ち主が後悔した頃には何もない平原が広がっていたと。


 人気のないはずの廃墟。

 そこには、2つの場違いな存在があった。


 1つは、カラフルなフルフェイスメットと特徴的な翼のマークが刻まれたタイツ調のスーツに包まれたヒーローの姿。

 彼ら彼女らは、そこを目的地として明確に決め打ち、霊力によって編まれた翼を使いふわりと降り立つ。

 居住ブロック4で活動するヒーロー、サンボイルジャーだ。

 

 1つは、そう時間が経っていないことが伺える戦闘の跡。

 剣閃と打撃にって刻まれたそれは、自然を破壊しつつ建物から放射状に広がっている。まるで、建物を守って長時間戦い、そこに残った敗残兵だけを撤収した様な。


 まるで、だの、様な、という表現もおかしな話だ。

 たまたま近くの居住ブロック11へ向かう街道を通っていた車両が、戦闘の爆音を聞いて通報した結果、サンボイルジャーが出動することになったのだから。

 宙を漂うプリズン・オブ・ダイダロスに詰めていたサンボイルジャー達がここに現着するまで、通報から30分と経っていない。

 それは比喩や予測ではなく、事実であると断言できる。


 散々に戦闘員達が倒されて敗戦濃厚、その上ヒーローがやって来るとなれば、襲撃する側だった者達も撤退に専念するしかないだろう。

 建物を守っていた側も、その追跡に興味はなかったのだから。


 サンボイルジャー達は蔦や枝葉によって汚された建物の中へと歩を進める。中にある機材は粗方持ち出され、外観から得る印象以上に広々としていた。

 ほこりの跡を見るに直近の生活感はあるが人影はない。静かな室内に彼らの足音が響く。

 

「もうとっくの昔に逃げたんじゃない?」

「あり得るな。グレイニンジャとて、我々と相対すればどうなるか分かっているだろう。」

「もしそうなら今から追っかけても追いつけないし、周りを警戒してるOCSAFに任せるしかないでしょ。」

「でもさ、でもさ、グレイニンジャがほんとに…………だったら、これ以上どこに逃げるの?なんの為に、逃げてるの?」

「とりあえず、警戒しながらこの中捜索しようか。離れすぎて各個撃破はされないように。」


 とはいえ、1階は風通しが良すぎて探すものもない。もしかすれば地下室なんて物もあるのかもしれなかったが、それはないだろうとサンボイルジャー達彼らにはわかっていた。

 1階を軽く見て回り、全員そろって階段を上がる。

 そして登った先、かつて事務所として使われていたであろう部屋に彼はいた。

 

「よう、サンボイルジャー。」

「お疲れだな、グレイニンジャ。」


 黒いコートの下に鎖が巻かれた灰色の袴。肌を隠す赤い布は解れて戦中の幽鬼を表すかの様に彼の顔を一部だけ曝け出している。カロスピンクがそれを見てあっ、と声を漏らすが、直ぐに平静を保とうとする。

 グレイニンジャは大型の装甲二輪に体重を預け脱力している。そのリアには急ごしらえが見て取れる形で座席が打ち付けられ、虚ろな顔をした少女が縛り付けられていた。

 その様子を確認し、サンボイルジャー達はグレイニンジャの元へと近付いて行く。

 

「戦う気も、逃げる気も、なさそうだな?」

「そりゃぁーねぇ。わざわざお前らが来るのを待ってたんだから。」

「街中にわざと姿を現しては、クラウンブレッドの怪人と交戦して逃げ出す。そんな行為を続けた結果が、俺たちを呼び出す為だと?」

「もちのろん。」


 グレイニンジャはケラケラと乾いた笑いを吐き出し、愛おしそうに全身が煤けた少女の髪を撫でている。服には極限状態でよく使われる洗浄液の跡である赤色が刻まれ、彼らの物資不足と逃避行を物語っていた。

 

「何故?その子、有明香子ちゃんの為にヒーローが、表の社会の力が必要なら、その期間中に何度も接触できた筈だ。あえて俺たちである必要がどこにある。」

「いや、シンプル信用の問題。クラウンブレッドに喧嘩売った以上、どこで寝首を搔かれるかわかったもんじゃない。組織のスパイ溢れる表の社会を、俺は信用していない。プリズン・オブ・ダイダロス以上に安全な隔離施設を、俺は知らないんだよ。」

「クラウンブレッドの怪人であるお前を、プリズン・オブ・ダイダロスに入れることはない。あそこは、無辜の民と正義の灯の為の拠点だ。」

「………………、ね。」


 大きなため息。

 はいはい、分かっていますよと。既定路線を行くかのようにグレイニンジャは霊装を解除した。

 その気怠さを感じる動きに、好感を覚える人間はそうはいないのではなかろうか。

 

 姿を現した有明刻は、誰の目からしてもみすぼらしいといって違いなかった。

 埃に塗れているのは言わずもがな。彼が普段持ち得る気迫は失われ、眼窩は落ちくぼみ、薄暗い室内だというのに判別できる程に濃い隈が刻まれている。

 

「こいつは、運が悪いだけの被害者だ。お国のせいで、悪の組織に所属するクソみたいな親を押し付けられてって、大人の都合を押し付けられただけ。潔癖である人間に、必要な手を貸す。それがヒーローってもんだろ。」

 

 きざむは話ながら、膝を突き、手を突き、頭を地に付ける。

 元々過度の睡眠不足。それを霊装で無理やり動かしていた状況だっただけに、その生身の動きは酷く醜く緩慢だった。


「どうか、この子を救ってやってほしい。この通りだ。」

「ずいぶんと身勝手で軽い頭だな。これまで多くの人間の幸福と人生を奪って来た人間の言葉とは思えない。誠意・罪悪感・熱意、その態度からは、今上げた全てを感じない。」

「その通りだ。俺はこの土下座なんてポーズに、何一つの価値も感じていない。生憎と、懇願とは無縁の人生だった。難しいなら自分でなんとかしよう、無理でも相応の対価さえ払えばなんとでもなる、って認識でいままで生きて来た。

 自分でも、この行為に対価としての意味はあるのか、理解していない。今回、初めて誰かの善性に縋らないとどうにもならないことにぶち当たった。

 だから、この子の安全っていうゴールへの打算でしか、頭を下げていないのは認める。ただ、俺の主張を合理的に、公平に、判断してほしい。俺が今願うのはそれだけだ。その上でなら、絶対にこの子は救われると確信している。」


 きざむが顔を上げると、そこには歪なにやけ面が張り付いている。皮肉でも言っているかのように、さもこう言われてお前達が断ることはできないだろうと。

 

「つらつらと…………よく口が回るな。」

「あの日から、時間だけはあったからな。何度でも言おう。この子は被害者だ。研究員でもなく、スパイでもなく、戦闘員でもない。怠惰で我儘だけど押しに弱くて流されやすい、ただの女子高生だ。そうなる様に、俺が干渉し続けた。

 悪を救えと言ってるんじゃない。悪である俺が守ってきた無垢を、引き継いでくれと。そう、無辜の民の味方に頼んでいるだけなんだよ。」

 

 カロスレッドは動かない。

 カロスピンクはその失った冷静さが隠し切れず、バイクの上のきょうこに向けて今にも駆け出しそうにしている。抑えきれないと見越したカロスブラックによって、肩を掴まれているのでそれは起こらないのだが。

 

「レッド、気持ちは分かるけどひとまず彼の拘束を。少なくともグレイニンジャに抵抗の意思はないでしょ。この男がここまで命を張る妹という楔があるんだから、そう問題も起こらないと思うよ。」

「そうね。少なくとも、彼が私達に反逆することはないでしょう。それに、クラウンブレッドの情報は貴重よ。尋問の必要がない協力的な情報提供者ともなれば、その価値も高い。それこそみたいに潜入してるスパイに暗殺されかねないから、プリズン・オブ・ダイダロスに入れるのも有りな選択肢じゃないかしら。」

「………………わかったよ。」


 カロスレッドがきざむに向かって歩いて行く。腰の霊装を一部解除し、中から手錠を取り出す。表の社会製の粗悪な変身阻害機だ。

 その出力は不安定かつ膨大な霊力によって破壊されてしまうからあくまでも保険であり、意識を刈り取ってから使用することが推奨されている。

 それを見て、これからどうなるかを察したきざむ。


「頼んだぞ、妹を。」

「…………」


 顎が打ち抜かれる。

 正座のまま後ろに倒れるきざむの顔は、最後まで笑顔のままだった。

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悪の組織の“元”上級怪人 妹の為にヒーロー始めます @miyu_lasp

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