第35話

 本部での活動ができなくなった以上、きょうこを戻す手立ては1つしかない。

 少なくとも、それが出来る場所を俺は1つしか知らないというのが正解か。

 それでも、時間に余裕はない。追手は差し向けられる。

 

 馬力14000㏄とかいう現代技術の粋を集めた化け物を全力で吹き飛ばす。

 どうしてスラスターなんて物が付いているのか。それ自体を推進力にする為じゃない。その答えは、普通に走らせたら車体が浮いて話にならないからだ。

 このレベルになれば、最早車体の形状によるダウンフォースなんて物は当てにはならない。後方210°自由可変のスラスターで無理やり地面に押し付けなくては、グリップが維持できない。

 なんなら聞いた話ではあるのだが、スラスターだけでは押し付けが足らず、化け物レベルの吸気を下に向けて減圧を利用した吸着まで利用しないと成立しないとか。移動することによって新たな空気を得なければ真空になってエンジンが止まるとか。

 ここまで来れば、安定して亜音速域に到達する。


 一般人が何かが通ったと認識する頃には、既に突風が巻き起こっているだけだ。

 下手にハンドルを曲げると一瞬でコントロールを失う。カーブは偽壁を利用して傾斜を付けて走る。

 

 閑静な住宅街という枕詞を一瞬で破壊しつくし、弾丸の様にバイクは進む。

 きょうこはここまでの荒々しい強行軍のよって意識を失っている。霊装込みでようやく耐えられるだけの横Gを生身で食らったらそうもなる。


 ごくごく一般家庭向けの住宅。

 あの女の表向き大病院の院長という肩書によって所有が認められた一軒家。

 外に止めて破壊されても困るから、バイクを引いて家の中に入ってく。

 

「ただいま。」


 決別の意味も籠めて、言ってやった。これが最後の帰宅になるだろう。

 別にそれ自体に文句はないが、木製の古臭い家だった。

 柱に刻まれた傷跡は、きざむ10歳で止まっている。

 もう、なんの興味もない。


 霊力ポールを降りると、研究室には光が灯っていた。

 居るとは思っていなかった。すでに本部に移動してここは撤収済みで、設備だけは残っているのではという一縷の望みに賭けて来たのだが。


「よう、クソ親父。」

「きざむか。」


 あの男は相変わらず物理キーボードを叩いて何やら長文を作っている。

 いつもは培養液によって埋められているカプセル型の調整装置は空だった。あまり良いことではないが、誰かを引きずり出して液を使いまわすしかないかと思っていたのだが、そもそも貯めなおすところからしないといけないらしい。


「どうして、そいつを抱えているんだ?」


 普段はここに誰かが来ても自分の仕事優先で片手間に対応する男が、珍しくも手を止めてこちらを見ていた。


「お前が余計なことしてくれたからだよ。」

「余計?何を言っているのかよくわからんが、察するに霊力学の発展に貢献するのが、余計だと?」

「お前は存在自体がこの世の余計、余分だろうが。」


 苦言も程々にきょうこの体をカプセルに入れて注水を始める。

 黄緑の液体に浸されていく。

 演算装置を起動し、オプション選択画面が表示されるのを待つ。この研究室が設置されてから更新されていないだけあって、15年以上前のモデルでグレードが低い。起動時間の長さにイライラする。


「何をするつもりだ?」

「言わないとわからないか?」


 こいつは今、俺にとって路傍の石だと認識されているから、生きているだけだということを理解していないらしい。

 復讐は無価値だ。

 害を成す存在を排除するのは理に適っているが、最早害にもならない存在を殺したとてだ。

 もうこの男に奪われる物もない。守らなくてはならない物は、既に失われた。

 完全に停止させられていた演算デバイスはまだ起動に時間がかかりそうだ。バイクに体重を預けて、入口を見据える。


「もう目障りだから失せろよ。」

「私は、お前の父親だぞ?何故無下にされなくてはならん。」

 

 家族の情なんて物はなかった。

 どちらかと言えば、あの女を母だと認識していたのが間違いだった。

 この男は、あの女の男だという認識で排除できなかっただけだ。


「俺にとってはお前じゃなくて、きょうこの方が家族だった。それだけの話だ。」

「理解ができない。ただの押し付けられた子供だ。国という低俗な括りを維持する為の、ただの見苦しい楔だ。」

「あの女も同じようなことを言ってたな。でも、あの女が発した言葉よりも、お前のその言葉には同意できない。お前は、俺を家族として見ていない。

 もうあの女を母だとも思ってないし歪んでいると思うけど、それでもあの女は俺を愛しているのは理解できる。だからこそ10年の間、あの女の期待に応えられる様にクラウンブレッドに所属してた。やりたくもない、怪人活動を続けていた。」

「私も、お前のことは愛しているさ。ただただ、血の繋がりは大切だ。育てるのは自分の子供が良い。その子もクラウンブレッドに攫われたと言えば、表の社会ではそれで終わりなのだ。それを好きにするのが何故いけない。」

「それは論点をずらしただけの回答だ。俺を家族として見ているって擁護じゃなく、きょうこを家族じゃないと否定することになんの意味がある。

 そもそもお前の中では、研究が第一だ。そして、ろくすっぽ結果も出ない研究を肯定してくれた、研究の次に優先する愛すべき女。その子供が、俺だ。

 俺はお前とあの女の愛は否定していない。

 あの女は少なくとも俺とお前、等価に愛してくれていた。家族の体裁を保っていた。お前と同じ様にきょうこへのスタンスで不満はあったけど、それでも家族だと認識できた。」


 演算デバイスが起動した。

 それが可能ということは知っているが、本職ではないだけあって、具体的な使い方は知らない。

 知識があること前提で組み上げられた程度の低いユーザーインターフェースから、手探りで洗脳を解除して本精神を引っ張り上げる操作をするのは骨が折れそうだ。


 あの男は流石に俺を物理的に止められないことは分かっているらしい。

 作業用のデスクの前から動いていないが、 身振り手振りが無様に騒いでいる。

 

「きざむ、お前は何も分かっていない。私の研究は、人類を発展、延いては、人類というカテゴリーそのものを救済する研究だ。大元たいげんとして、お前達を恒久の幸せに導く為に、私は命を賭しているのだよ。」

「知ったことか。現に今、俺の愛すべき家族が失われようとしている。それは、俺の不幸だ。」

「違う!それは家族ではない!お前の家族は、私と、かんなだ!」

「そろそろ黙ってろ。邪魔になるなら殺す。」

「きざむ!」


 うるさい。

 ゴミが俺に指図するな。


 洗脳解除自体は難しいが、洗脳の初期化は直ぐにでもできる様だ。少なくとも、これでフィルターとして使われているきょうこの本精神が摩耗することはなくなる。


 実行をすると、内部では霊子波長を利用してきょうこの脳内が弄られている。

 脊髄反射からか苦しそうな顔をするのが心苦しい。


「きざむ!それは私の最高傑作だ!私がクラウンブレッドで、研究を続ける為の贄だ!」


 ゴミが演算デバイスの操作パネルの前にいる俺の肩を引いてどかそうとする。

 霊装によって肉体が強化されている俺を、生身の人間がどうこうできる訳もなく、惨めな呻き声を上げるだけになったが。


「邪魔になるなら殺すと、言ったよな?」

「父を殺すのか?」

「何回も同じことを言わせるな。」


 そろそろ面倒だ。


 人間が一番確実に死んで、かつ苦しむのは呼吸困難だと思っている。

 

 気管を指で削り取る。

 そう多くない鮮血が飛び散る。多くない、といっても流血沙汰に慣れ親しんだ怪人基準ではあるのだが。


 かひゅっ、と何を言っている様に口を動かすが、全て喉から漏れ出ている。喉を抑えたところで、呼吸ができる訳でもない。


「まあ、せいぜいするよ。俺の人生の邪魔者さん。復讐に意味はないって主義だったけど、手間のかかった仕事を終わらせるのと同質の達成感だけはあったよ。」


 足元がおぼつかず倒れこむ。

 陸に上がった魚の様にバタバタと暴れ、目を見開いて手をこちらに向けているが、何も同情は湧いてこない。

 本当に、ただただタスクを1つ完了した程度の物だ。


 通知音が鳴り、洗脳の初期化が完了した。再度演算デバイスの操作パネルを弄る。今度は、本意識覚醒の為の操作を探さなくてはならない。


 爆発音が鳴り響いた。

 入口には硬いだけの偽壁を敷き詰める様に置いてきたが、それを破壊して追手が来たらしい。


「クソがよぉ!」


 ひとまず緊急性の高い部分、最低限のきょうこの保存はできた。

 業腹だが、逃走するしかない。


 調整装置のカプセルを叩き割り、きょうこの肉体を取り出す。

 バイクによって、傾斜の付いた通路を突貫する。


「グレイニンジャだ!突っ込んできたぞ!」


 どうやら追手に選ばれたのは、ドンメルル男が筆頭だった。その右手に携えられたハサミを掲げ、通路の入り口を占拠している。


 邪魔だ。

 クラウンブレッドは、俺に取って邪魔でしかない。


 オートモードを起動してきょうこをシートにロックし、俺自身はバイクから飛び出す。


 ドンメルル男のやり口は知っている。

 右手の強烈な一撃を入れる為に、相手のペースを崩す。何もさせず、勝つ。

 その為に、多種多様な体術をこの男は持っている。

 

 しかしそれは、俺の、グレイニンジャの戦い方でもある。



「絶技・偽纏参剣連」


 クラウンブレッドで得た、俺の最強の技。

 ハサミを砕き、霊装を砕き、身を切り裂く。


 この男には、感謝はある。

 だが、俺の障害になった。


 倒れこむドンメルル男を足場に、バイクのシートへと飛び乗る。

 荒れた室内を下級戦闘員を潰しながら走り、壁をぶち抜く。


 こうして、クラウンブレッドの上級怪人である俺は。


 悪の組織でも最も厄介な組織、クラウンブレッドに追われることとなった。

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