第34話
ばっと、母さんの方を見る。
母さんもちょうどその存在に気付いたところらしく、口に手を当てて狼狽えている。
人違いなんて訳がない。
格好こそクラウンブレッドの光沢のあるタイツ調の衣装だが、切るのが面倒と伸ばし放題の髪はそっくりさんであってたまるものか。
玉座までの数十mの距離、霊装を纏っていれば少しのタメを要すが1歩で十分だ。
「おい、きょうこ!」
手を取ってこっちを向かせる。持っていた何十年熟成なんて高級ワインボトルが地面に落ちる。
間違いなく、きょうこだ。顔に染み付いたやる気のない表情は再現しようとしても中々できないだろう。
当の本人は、それに驚いた表情もせず、手を持たれたまま居ずまいを正した。
「私は現在、構成員KJ-4983であります。ありあけきょうこ、という呼称は当個体の旧名称と存じておりますが、あまり公衆の前で他言なさるべきではないと愚申致します、グレイニンジャ様。」
ふざけるな。
ふざけるな。
ふざけるな。
明らかに洗脳、記憶の上書きが行われている。
こうならない為に、俺はクラウンブレッドで戦ってきた。
何が起こっている、という問いならば簡単だ。
あのクソ親父が暴走した。
ただ、ゴールは分かっていてもその過程が問題だ。
確かに、俺はしばらく家にいなかった。
母さんも、ヒタチや俺程ではないにせよ戦争の関係で忙しかったのだろう。
それでも、ここに辿り着くのはおかしい。
どんなに裏目を引いても、ここに来るまでの間で誰かが止めるだろうという為の契約だ。
この本部に到着した時点で、それが咎められなければならない。
「どういうことだ!俺は妹がクラウンブレッドに関わらないことを条件に、ここで戦ってる!どうして誰も止めなかった!どうして、ここにいるのが許容されているんだ!」
俺の声が玉座の間に響く。
それ以外は静寂が流れている。
怪人の反応は大別して3つ。
そもそも俺の事情を知らず、何が起きているのかと困惑を浮かべた小物達。
俺の事情を知った上で、きょうこがここにいることを知らず困惑を浮かべる者達。
全てを知った上で、これを見逃して無反応を貫くゴミ共。
「落ち着け、グレイニンジャ。」
「あ˝あ˝ん?」
口を開く、という名の貧乏くじを引いたのは、幹部の列のど真ん中。
髑髏マークの前掛けを付けた怪人、ルイブル。
「その娘は先日ボスに献上された構成員だ。最早貴様の何でもない。黙ってその手を放せ。」
「知っていてどうして止めない!俺はその説明しろって言ってんだよ!」
「ボスの意思はお前の契約よりも優先されるからだ。」
当然だ、とばかりに幹部連中は首を振っている。
「てめえらの根幹に関わる契約を反故にするなんざ、正気の沙汰じゃねえだろ!ここにいるどれだけの怪人が家族の安寧の為に戦ってんだ!俺の契約が特別な訳でもねえだろ!」
当然だ、とばかりに下にいる一部の怪人は首を振っている。
「では言い方を変えようか。お前よりも、旧研究員GC-3459、現コードネームクモウを優先すると、ボスが判断されたのだよ。」
「誰だそいつは!」
「貴様の父親だよ。」
あのクソ親父が?万年素体を無駄にするだけの穀潰しが?
「ふざけんな!どうしてあのクズの為に俺が、A級怪人である俺が無下にされなきゃいけねえ!」
「その娘という献上品をいたく気に入っているのだよ、誰でもないボスがな。故に奴はコードネームを授かり、本部へと舞い戻ることになった。」
「ボスがボスがうるせえなぁ!てめえら聞いてんだろ!クラウンブレッドにいてもボス様の事情で家族は好き放題されるってよ!じゃあ戦争するしかねえだろうが!」
鞘の内側と刀身の偽纏によって吹き飛ばすように片手で背中の太刀を引き抜く。
下にいる怪人達は未だにざわめくだけだ。即座に判断できない羽虫共に頼るのが間違っているのかもしれない。
「グレイニンジャ様、手をお放しください。」
「るっせえなぁ!きょうこの声使って喋るんじゃねえ!」
今きょうこの体を動かしているのは、あくまでも空の器を動かす為、頭に流し込まれたプログラムでしかない。それを主人格というフィルターを通すことで、個人差を作る。
ヒタチのところの妹役が壊れるのは、そのフィルターに無理な重圧をかけることで崩壊するからだ。こいつには何も考えず、喋らせることもさせてはいけない。
速攻で流し込まれたプログラムをデリートして、きょうこの主人格を劣化する前に取り戻す。
羽虫だろうと、使えるのなら使いたい。下で燻っている連中を扇動できるなら嬉しいのだが。
「家族が大事なら武器を取れてめえら!この組織の問題は今露呈したぞ!」
「まってグレイニンジャ!いや、きざむ!」
母さんが俺の前に走ってくる。
「落ち着きなさい!ここであなた達が組織に反逆しても、直ぐに鎮圧されて終わりよ!」
「大体、てめえがあのクソ親父の手綱を握らないからこうなったんだろうが!」
「あの人は自由にするのが一番なの!わかりなさい!」
「その結果こうなってんだろうが!てめえはあの男を愛してても、俺はあのゴミクズになんの愛情も持ってねえよ!研究三昧で一度でも父親らしいことしたかよ!俺が家族だって胸張って言えるのは、きょうこだけだったんだぞ!」
「あなたの家族は私とあの人だけよ!その子なんて、ただただ国から押し付けられた人形じゃないの!」
「ざけんじゃねえ!てめえも!あの男よりマシってだけでクラウンブレッドの仕事だってほとんど家にいなかったじゃねえか!」
根本的に、この女も勘違いしている。
俺の幼少期がきょうことばんえんによって染まっているのは、両親との関わりが薄いからだ。
ただ、研究室に籠って俺と関わろうともしないあの男と、俺の意思を最低限汲み取ろうとするこの女。その差別点で母と呼んでいただけのことだ。
「俺が今てめえに求めるのは1つだよ!きょうこの洗脳を解いて、どんな形でも平穏に過ごせる場所を整えること!それができないなら、てめえは俺にとって母親でもなんでもない!排除すべきただの害悪でしかねえんだよ!」
「――――――――っ!!!」
こんなことで衝撃を受けるな。少し考えれば分かることを提示しただけだ。
イライラする。
こんな親を持ったことに。
「ルイブル!本部ビル丸々潰されたくなけりゃ、さっさとボスを説得なりしてその崇高なる御意思とやらを変えてこい!」
霊力が発見されて以降、質量もエネルギーも、その保存法則なんて物は崩壊した。
人間が生きている限り湧き出る霊力があれば、いくらでもエネルギーは取り出せる。
そして、
クラウンブレッドの本部は、雑にスラスターを噴いて地球の公転に合わせた動きをギリギリできる程度の小惑星だ。それの表面を押し潰す程度なら、全ての霊力を籠めれば可能だろう。
上級怪人ならばその程度で死ぬことはないだろうが、本部施設の全損と下級戦闘員、その他構成員がほぼ全滅したとなれば、組織としては終わりだ。
「できん相談だな。ボスの判断は絶対だ。」
今俺ができる最大の脅し。
こいつらには、俺を無下にしたらと、少し考えればこうなるということが、予想できなかった訳じゃない。
ボスがそう判断したから、そう行動するというだけの話なのだ。
純粋な組織への貢献だけで言ったら幹部に匹敵する俺が、クラウンブレッドの幹部になっていない理由。
それは、ボスへの忠誠心。
利益で動く合理主義、と自分をそこまで言うつもりはないが、大別したらそうなるだろう。それが、普通の感性。
狂信者共には、会話が通じない。
期待したのが間違いだった。直ぐに次の手を、と考えたところで視界の端に、素早く動く影。
太刀に霊力を籠めて、それを叩き落す。
蛇のように曲がりくねった黒剣が、母さんの目の前の地面に突き刺さる。その奥には、黒い甲冑を纏った怪人。
「グレイニンジャ。謀反と捉えて、相違ないか?」
「先に道理を
俺が霊力において最大容量というだけで、クラウンブレッド最強を名乗れない理由。
ヴランジャットと実際に戦ったことはない。
純粋に立場の問題で、嚙みつく必要もなかったから実状がどうなのか証明する必要すらなかった。
「やけくそに巻き込まれて壊滅と、要求飲んで俺とこいつの2人に安寧を与える、お前はどっちを選ぶんだ?」
「無論、貴様の制圧だ。」
「会話が成立しねえなぁ!」
「虚勢なのが透けている。貴様に自滅の覚悟など無い。少なくとも、貴様のその妹子のいる場ではな。現に貴様は今、この場にいる怪人同士を争わせ脱出の隙を伺っているだろう。」
下にいる怪人達は流石に睨みあうだけで動いていない。ヴランジャットという圧倒的な強者の参戦で、最悪俺に頼り切りの蹂躙戦闘すら成立しなくなった。
うざいことこの上ない。狂っているのに冷静に俯瞰して見れる奴程面倒なことはない。
だが、それでも、半分間違っている。
あえて無様に喚き散らして玉座の間に意識を集中させているのは合っているが、羽虫共はあればラッキーな一手。最初から、頼り切るつもりはない。
「グレイニンジャ様!」
「黙ってろ!」
きょうこの体を小脇に抱えて玉座の裏にある窓を蹴破る。
灰色の地平線と気圧ドームが見える。
正確には知らないが、何百階層なんてビルから自由落下している。惑星自体の重力は小さいが、居住区なだけあって地下に重力発生器が設置されている。故に、落下速度は地球と同じだ。
流石にこれだけの高さから落ちれば俺の霊装でも威力を殺し切れず、衝撃が中で大暴れして挽肉だろう。変身すらしていないきょうこは、一面にばら撒かれる。
ただし、仕込みなしで飛び降りたりはしない。
霊装の内側から、拳大の黄色い棒を取り出して握り折る。
すると、眼下のビルの壁を突き破り、黒いバイクが飛び出してくる。常用の物ではなく、装甲モリモリの悪の組織を隠す気のない物だ。
発信機を壊せば、そこに向けて飛び込んでくる様に調整してある。こんな大立ち回りに使うつもりはなかったが、そこは仕方ない。
足裏に小さな塊を作って偽纏で微調整しつつ、バイクに誇る。
霊力を注ぎ込み圧力で熱を生み出して推進剤を膨張させると、スラスターから噴き出して自由落下が減速する。
ウィリー状態で地面に着地し、全速力で入口に向かって走りだす。
世界間転移装置の起動権限が剝奪される前に越えなくてはならなかったが、流石にこの短時間では対処しきれていなかった。確かにこの施設は外からの侵攻には細心の注意を払われているが、内からの裏切りはそこまで想定されていないのだろう。
簡単に、雑木林の中に俺ときょうこを乗せたバイクが姿を現した。
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