第33話

 急ぐ手術でもないんだから麻酔くらい掛けてやれよ、と研究室という名の救急治療室を眺めて思った。

 今時医療ミスなんてものをするとも思わないが、この甲高いミスレルティックの悲鳴は鬱陶しい。

 まあ、開戦の狼煙になるなんて無様を晒した怪人への罰でこの程度ならば安いものだ。


「一時はどうなるかと思ったけど、すごい戦果だね…………A級3人、B級推定21人。独断専行があったとはいえ、文句の付けようもないよ。」

「そりゃどうも。」

「どんな手品だい?」

「実力。」


 結果は出した。これで文句を言われようものなら逆にここで暴れてやるところだった。

 ヒタチとしてもそれでいい、とばかりに作業机でリラックスしている。ここまで大規模な戦争ともなれば流石に疲れた様子で、その裸体を濡らした薄手の布に包んだ妹役に肩を揉ませて、気持ち悪い面を晒している。正直発奮するなら自室でしてほしい。


 周囲を見る。 一般研究員用の研究室を見る為のマジックミラー。電子機械用のパーツやら試薬やらが棚にところ狭しと並べられている。ヒタチ専用の、個人研究室。

 …………ここ、大別したらこいつの自室だった。


 冷静に考えたら邪魔しているのはこっちだった。回収のどさくさに流れてきてそのまま居座っていただけだ。

 ヒタチからしたら、これからストレスなくハッスルするところに謎の迷惑人が押し寄せてきているところだ。

 

けえる。」

「うん、お疲れ様。」


 外に出て扉を閉める寸前、なにやらやかましいどたどた音が聞こえてきた。邪魔者がいなくなってお楽しみを始めたらしい。

 

「え、何事ですか?」


 外では廻燐珠鬼が立ったまま控えていた。流石に戦闘後で霊力が足りないのか霊装も解除し、無骨なワンピースを晒している。

 今はもう防音極めた壁によって完全に途絶されているが、ただならぬ音によって事件事故かと慌てている。


「気にすんな。」

「え、いや、」

「入ってもいいけど、邪魔するだけだぞ。」


 5秒程停止して意味を理解し、顔を真っ赤にしてボッと爆発した廻燐珠鬼。流石に普段の態度から、あの妹役がそういう役割であるというのは把握していたらしい。

 それはそうと、今は任せた仕事を完遂したか確認しないといけない。

 

「仮想演算デバイスはどーなったよ。」

「一応、修理班に渡してみたのですが…」


 そういってデバイスを腰の収納から取り出す廻燐珠鬼。受け取って確認すると、細かい傷が消えている。明らかに新品だった。

 暴竜帝国の本部攻略中に連絡が来なかったから壊れている、として廻燐珠鬼に修理に出すように命じていた。


「特に故障部位が見当たらない、経年劣化以外は健全なままだと。念のため、新品にデータを移行してあります。」

「そ。」


 首にデバイスを巻きつける。反応はあった。特に何事もなく、仮想ディスプレイが展開され、通信機能も良好だ。

 存在自体が無駄の極みである自室に戻る最中、無性に寂しさを感じた。人肌が恋しい。

 後ろを歩く無垢な人形は、正当な報酬。俺が命を賭けて戦い、組織から与えられた物だ。

 だったら、好きにしても構わないだろう。だって、俺の所有物だから。

 

「廻燐珠鬼。」

「はい。いかがなさいましたか?」

「伽に来い。」

 

 顔は見ない。

 こいつの意思なんて関係ない。どうせこいつも、俺の横に立てるだけの器はない。ただの、うざったらしい意識のあるオナホールでしかない。

 いっそのこと手足が無ければ逆に楽なんだが、と思わなくもないが。


「かしこまりました。子はいかがなさいますか?」

「あ?」


 足を止める。言っている意味が分からない。

 振り返ると、唇を嚙むようにして震えている廻燐珠鬼がいた。

 

「妊娠せぬように子宮口を自分の意志で閉じられるように改造されていますので。基本は閉じておりますが、グレイニンジャ様がお望みならば、開くことも可能です。怪人としてではなく、“女”として私をお使いになるというのであれば、始まる前におっしゃっていただきたいです。

 余談になってしまいそうですがご存知ないようなのでご説明致しますと、基本機能として10ヶ月以上の妊娠も可能ですので、そういった趣向も、対応可能です。」


 蒼白な顔を見せないでほしい。

 道具であると認めるのなら自我を出すな。

 

 人間であると、主張してくるな。


「…………もういいよ。何もしないから。」


 萎えた。純粋に。

 余計なことを考えた気がする。


「シェミラは何してる?」

「シェミラちゃ…………ヴァン・シェミラは、世界ナンバー11-030987で収容コンテナごと待機中です。」

「呼べ。」

 

 1人部屋に戻ってコーヒーを入れる。

 純粋に疲れてか自然とまぶたが落ちてきた。しかし、体の芯が熱くて眠りに付くようなものではない。


 しばらくそうして瞑想のような状態でいると、廻燐珠鬼がシェミラを連れてやってきた。

 呑気な顔してごはんだー、みたいに目を輝かせているシェミラとは正反対に、まだ不安そうな顔をしている廻燐珠鬼。

 もう何もするつもりはないというのに。

 

「4時間後にボスへの報告がある。それまで待機してろ。」

「はーい!食べていい?!」

「ペース配分は考えろ。」

「りょうかい!」


 右手にシェミラが噛みつく。

 生憎と生産量が馬鹿げているだけあってもうほとんど全快だ。冷静に考えたら頭がおかしいな。

 そもそも自分の脳みそが狂っているからA級能力者なんてものになっているのだが。


 4時間程そうして堕落してそろそろ出る準備を、といったところで来客があった。

 廻燐珠鬼に対応させる。しばらくして彼女の後ろには、付き人が1人。


「グレイニンジャ、その…………」

「気にするな。」


 ミスレルティック。培養治療が終わったのか、3本指程の太さの阻害機が突き刺さっていた左腕は綺麗なものだった。

 

 美人だ。

 身を清めたことによって、それは如実に表れている。

 それを隠す仮面もなく、私服であろうピンクのコーディネートが映えている。


「お礼だけは、言わせて。ありがとう。あなたがいなければ、私はまだ地獄の中だった。」


 気にくわない。

 いや、もうその段階は過ぎた。


「そ。」

 

 テーブルに置いてあるソーサーからコーヒーカップを拾う。シェミラが邪魔くさかったが、なんとか届いた。

 しばらく放置しただけあって、中身は完全に冷めてしまっていた。

 さくっと飲み干し、次を入れ――――


「だる…………」

「すぐにお拭きします!」


 カップの持ち手が割れて残っていた中身が膝周りに全部ぶちまけられた。火傷の心配こそなかったが、ついでとばかりに被弾したシェミラが、ううー、と唸っている。

 どんまい。

 

 割れた原因は力み過ぎだったかもしれない。

 それでも、それを認めるのはなんだか癪だった。

 


 王の部屋の前には門番がいるものだ。

 平和ボケによってそんな風習も一時は廃れていたのだろうが、争い溢れる悪の組織ではそんな回顧が行われている。

 最上階にあるボスの謁見の間。

 

 装飾華美な扉の前に、黒い甲冑に身を包んだ男がいる。

 名をヴランジャット。

 中世の騎士の名前をそのまま持ってきているそうだ。正直、俺以上に命名センスがない。


 俺の後ろには直属である廻燐珠鬼とヴァン・シェミラ。あと、ミスレルティック。

 ミスレルティックを元の派閥であるA級怪人クライベントの所に戻す気はない。ある意味戦犯的な部分もあるこいつが、手の届かないところで何をされるか分かったものじゃない。

 

 いい加減、俺も派閥に属するべきかもしれない。派閥争いなんて物が面倒で巻き込まれない様にとしてきたが、潮時だ。

 とはいえ、選択肢は多くない。ブエルラギナ…………母さんの派閥が一番楽だろう。もし他に所属するとしても、ヒタチのところが一番マシだ。


「汝の忠誠は何処か。」


 ヴランジャットの決まり文句。

 ボスから最も信頼された戦士。

 

 ボスの部屋に入る怪人には、必ずこの質問がされる。正直、何度も同じことを言わなくてはならないので面倒だ。


「俺とクラウンブレッドの関係は相互利益だ。忠誠なんてものはない。

 お前らが俺に利益をもたらす限り、俺の力はクラウンブレッドの為に振るわれる。至極当然の理屈だ。」


 告げるだけ告げて扉を開く。

 理にかなっていなければ何も言わず斬りかかってくるので、特に気にすることもない。

 経験者のミスレルティックは元より、廻燐珠鬼達もしっかりと突破した様だ。


 中に入ると玉座が1つ。上段に存在するそれを、一段下がり扇状に囲む9人(扉の前にいるヴランジャットを入れて総数10人)の幹部連中が並んでいる

 そして、その末席にはニコニコ顔のヒタチの姿。彼含めて霊装を纏っていない幹部は3人しかいない。

 どうやら我が母君は出世争いに負けたらしい。次の空席が出るのはいつになることなのやら。

 真面目にヒタチの派閥に入ることを検討してもいいかもしれない。なんだかんだで、あの男の下は楽だ。無茶を言うのはどのトップも同じ。

 ならば、一番現実が見えていて配慮に関しては理解のある男がいい。


 ブエルラギナ、母さんは下段の怪人の最前列にいた。

 仮面に隠れてその表情はわからないが、業腹なのは間違いないだろう。


 玉座の周りでは、接待用の構成員達が簡易的なテーブルとそれに乗せるワインやら果物やらを運んでいる。

 ボスは無垢な少女がお好みとかで、よく傍使いを交換している。そんな様を見て俗なものだと内心嘲っているのだが。


「は?」

 

 一瞬、理解が追い付かなかった。


 だってそこには、絶対にいるはずのない人物がいたから。

 

 有明刻の妹、有明香子が、そこにはいたのだから。

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