第32話
――――――互いにA級・B級能力者を惜しまず投入した戦いなだけあって、遠目に見ても戦場は地獄絵図だった。炎に氷に水に突風に。流れ弾を見るだけで放出系の属性持ちが好き放題やっているのが伺える。
この場所自体はほとんど地球と同じか、少し植生が原生林に近いだけの土地だ。霊力の衝突によって砂埃が舞い散っている。
「戦況はどーなってんの?」
『いいと思ってるのかい?純粋に一手遅れてるよ。』
投げ捨てるようなヒタチの言い草に、それはそうだろう、としか思わなかった。
クラウンブレッド側の戦力は結集しているとはいえ、所詮本部の防衛戦力を残した余剰戦力。対して暴竜帝国側は後先もクソもない全戦力を入口方面に投入している。
だからこその本部内で10日間の潜伏が成り立ったという話でもあるのだが、攻める側からしたらたまったものではない。
「まあ、無茶した分の埋め合わせはするよ。」
『当然だ。目的は明白とはいえ、何も言わず出て行ったんだからね。キッチリと遅れた分は挽回してもらわないと。』
普段は飄々としたこの男にしては珍しくもかなり頭に来ているようだ。
まあ、突然あてにしていた最大戦力が消失すれば苛立ちもする。しかもそれを取り戻すにはアタックを早めなくては最悪ロストまであり得るとなれば。それこそ俺が一番嫌いな誰かの手で後戻り出来なくなる案件でしかない。
ミスレルティックを抱えたままとはいえ、今回は研究所襲撃の様に焦って雑な霊力消費はご法度。緩い足場の上で2人分の体重を前に進めるのは大変だ。
「グレイニンジャ…………」
「何。」
「いや、ちょっと…………」
めんどくせえなと思った。不安なのはわかるが戦闘では役立たずなんだからちょっと黙ってて欲しい。
木々の隙間から木材で組まれたお立ち台の残骸が見えてきた。周囲にはヴォルパンサーの爆発によって吹き飛ばされてきたであろう戦闘員達があちらこちらに転がっている。
早くこの荷物を誰かに任せて戦いに向かわないといけない。
そこら辺にメルル男でもいれば楽なんだけどな。あいつなら女一人前線基地に返すくらいなら余裕だろう。
所詮B級、俺が参戦すれば捲れる。
戦場自体が見えて来た。
雑魚共がじゃれ合っている。
めんどくせえ。
邪魔くせえ。
どうして俺はこの女を抱えている。
非合理の塊だ。
さっさと全滅させれるだろう。
有象無象は鎖で吹き飛ばせばいい。
それなりにできる奴は後回しでいい。
走れ走れ走れ。
非合理を極めろ。
理性を信じろ。
乱戦の中で、明確に俺を見据える男が現れた。
肌が全て茶褐色の鱗に覆われている。体格が大きいのは霊力による虚栄な物ではなく、そもそもの肉体に筋肉が備わっているらしい。実に不合理だ。
結局のところ、霊力こそが全てだ。
あいつも俺に勝らずとも劣らない、究極に匹敵する霊力を持っているのは、肌で感じた。
だからどうした。
「降りろ。」
「え…ここで…?」
戦場ど真ん中。霊力による守りがなければ、流れ弾1発で命に係わる状況。
「死なねえよ。全部殺せば。」
イライラする。何も考えたくない。
合理性を突き詰めろ。
最速で、殺せ。
身軽になった俺は駆け出す。人類の英知であるフォームもクソもない、力任せに走るだけの前傾姿勢。武器は構えない。不合理だ。
対する男は極太な尾を振って迎撃をしてくる。戦いの中で背中を見せる必要があるのは攻撃方法としてどうなんだろう。不合理だ。
霊装っていうのは、要は人間をすっぽりと覆うロボットに入っているのと同じ。
馬力は本人が籠めた霊力の量と、その負荷に耐えうる肉体を持っているかでしかない。
お前の攻撃如き、俺に敵う訳がないだろう。
真正面から受け止める。
無駄に力む必要もなければ体勢なんてものも関係ない。霊力さえ上回っていれば、全ての衝撃は無力化される。左腕一本あれば十分だ。
この攻撃の弱いところは、失敗した時に尻尾と背中という最大の弱点を晒していること。
変身というのは精神性が重要だ。
ヒーローが数人でチームを結成するのは、その方が互いに影響し合い、精神性が安定・強化されるからでしかない。
暴竜帝国は、恐竜というフレーバーを全体に与えることで、変身先を操作している。統一された価値観で、全体の底上げしているのだ。
まあ恐竜が、こういった攻撃に思考がシフトしてしまうのも無理はなし。
だが、こっちは人間様だ。
知恵と知識と経験の粋を集めていかなる生物をも駆逐する。その中でも目的の為なら手段を選ばないことの極みである忍者様だ。
恐竜だ?太古の支配者だ?本能でしか動けない獣風情が、しゃしゃり出てくるな。
異常な動作で停止した尻尾に驚いて、逆回転をして逃げ出そうとするが動かない。動かせない。動かさせない。
尾には偽塊を纏わせ、円形にしていく。
こいつの霊力は解析できた。塊の方はこの男の方の霊力にする。反発で消耗するのは、俺の手元だけでいい。
短期的に見れば少しもったいないが、身体出力の強化に霊力を注ぐ。
この男は力比べとばかりに、いや力比べを強制されているのだが、それでもちんけな人間にすら勝てない。大した手間もかからず、恵体であろうその体が浮き上がる。
「恐竜サマが人間サマに力で負けてりゃ世話ねえなぁ!!!」
叩きつける。叩きつける。叩きつける。
雑魚共が巻き込まれてあちらこちらに吹き飛んでいく。
関係ない。
俺の手を煩わせる、愛すべき雑魚が無傷なら、それでいい。
挽回だぁ?
しゃらくせえ。
ミスレルティックも、
全部俺がやればいい。
全部俺が助ければいい。
「ははははははははっ!!!A級いっぴき始末かんりょお!!!」
動かなくなった。
霊装が砕け散り持っていた尻尾がなくなったことで、私服を晒して吹き飛んで行く。
楽しい。
踏みにじるだけというのがどんなに楽なことか。
ミスレルティックは俺の横に立たせたのが間違いだ。
俺の横に立たせたのは、分不相応な期待を与えただけだった。
大切なら、箱の中に仕舞っておくべきだった。
だから、こんな面倒ごとになったんだ。
クラウンブレッドで怪人活動をするにつれて、悪の組織に染まることの意味を知った。
ここにいると、他人の尊厳を踏みにじることで、自分の安寧を得ている。
知性は確かに重要だが、そもそもプライドは大切だ。
失ったらそれはただの獣と一緒だ。
だからこそ、俺は他人のプライドを尊重する。
俺に向かってくるならそれをねじ伏せる。
手を貸してほしいとリスペクトを持って言われれば、断るつもりはない。
ただ、それはプライドを切り売りする行為でしかない。
俺はそれを軽蔑する。
俺の隣に立つのは、互いに与え合える存在でないといけない。
俺は、ミスレルティックを性欲の捌け口以上に見れていないことを自覚した。だから、ミスレルティックを性欲から切り離して、拒絶するようになった。
怪人として、付いてきてほしいと。
愛なんて物を、自分に自覚させて欲しいと。
それでも、ミスレルティックは俺に付いてこれなかった。
赤の他人に無償の善意を与え続けるだけは、俺には無理だったんだ。
やがて、洗脳兵士達を使うことすら、プライドもクソもないと悟ってしまった。
一人が楽だと、気付いてしまった。
俺は俺を軽蔑している。
きょうこを守るのに、
ただ一人、無償の善意を向けられる相手に、俺自身は役に立てない。
気が付けば周囲はそれなり以上の怪人に囲まれていた。派手なことをしすぎた様だ。
B級?A級?そんなことは雰囲気でしかわからないが、どこまで行ってもゴミ同然でしかない。
自分の情けなさにイライラする。
もっと合理的に動けるはずだ。
もっと効果的な一手を刺せたはずだ。
全部、押しつぶせばいい。
「ははっはははははははは!!!」
笑いが止まらない。
鼓動が鳴り響く。
先まで感じていた温もりが、体内から溢れ出る燃えるような熱に塗りつぶされていく。
正面から叩き潰す。
最強の霊力を持つ俺にとって、合理的だ。
燃料をくべろ。
足りない分は俺から支払え。
霊力を練り上げるのは得意だろう。
霊装から溢れるような霊力をもって、怪人の集団に飛び込んで行く。
燃えるような右手と、冷めていく左手。
殴って、蹴って、潰して。
俺は、孤高だ。
「グレイニンジャ様!」
最近、聞きなれた声だ。
「廻燐珠鬼、ミスレルティックを連れて行け。もう少し暴れる。」
まだ潰し足りない。
もっともっともっと、殺すのが、俺の仕事だ。
「いえ、もう爆破工作は完了しました!皆撤退に移っています!」
なら連絡寄こせや、と思って左手で首筋のデバイスを霊装越しにタップするが反応がない。
攻撃を食らった覚えもないし、霊力が溢れて機器がイカれたか?
人を踏みしめて歩く感覚というのは心地がいい。
身の程を弁えないから、こうなるのだ。
弱肉強食は、お前達の方が理解していたんじゃないのか?暴竜帝国。
老若男女問わず、周囲には元怪人、元戦闘員達がくたばっている。
クラウンブレッド側は名前のある怪人を優先的に回収しながら撤退を開始していた。
暴竜帝国は世界に取り残されない様に意識の残っている者から我先にと霊装を解除し、クラウンブレッドに追従している。
今更抵抗したところで、後の祭りだ。
「くだらねえ。」
実に下らない結末だ。
暴竜帝国はその生殺与奪を、クラウンブレッドに握られた。
頬に風が当たっている。
いつしか、顔に巻かれている布が解けて落ちていた。攻撃を受けた訳ではない。戦闘に霊力を使いすぎて、霊装自体がほつれている。
顔が割れるが、知ったことではない。どうせここにいるのは、悪の組織の怪人だけ。
それも、今は味方の連中と、戦利品として食われるカスだけだ。
クラウンブレッドは、勝利した。
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