第31話

 開戦の火蓋はクラウンブレッド側が起こした。

 宣戦布告から1か月、ついに完成させた設置型世界間転移装置。地質学的な価値のあった岩肌は削り取られ、電気と霊子によって制御される機械とケーブルによって周囲は埋められている。

 径100m単位での移動が可能なそれにより、万人の兵士を送り込む。

 戦闘員達目にまず真っ先に入って来たのは無数の銃口。

 クラウンブレッドによる世界間転移装置の建造前に行われた連続爆弾転移。元々あったであろう防御の厚い根幹部分を除いた転移施設はそれにより破壊されたのだろうが、それならそれでとばかりに転移装置を移設し、新たに爆破範囲外に施設を建造している。

 アンカーの位置も許容範囲内で動かされている。視界内にそれらしい施設は存在しない。しかしながら、どこまで行っても弱点は剝き出しにせざるを得ないのが世界間アンカー弱いところだ。それ故に、入口に戦力を集中させればよいという話でもあるのだが。


 蹂躙劇が始まる。

 のこのこと出てきたクラウンブレッドの戦闘員達に向けての霊力弾の掃射。その出力はOCSAF等、表の世界で使われる程度の霊力銃とは比較にならない。機器の変換効率も、そもそもの戦闘員の出力も。

 外縁にいたクラウンブレッドの下級戦闘員達が吹き飛ばされ、地味な貫頭衣の男女が舞い散る。


 しかし、それはただの肉壁。

 文字通り一騎当千の上級怪人達も、流石に数万の下級戦闘員達に待ち構える形で囲まれている状況では蹂躙されるだけだ。

 状況把握と貯めの一瞬。最も全力を注ぐであろう初撃さえ透かしてくれれば、それでいい。

 クラウンブレッドの戦闘員達が消え去る。

 

 膨大な霊力の高まり。その場所は、戦闘員達がいた場所の中心地点。

 そこにいたのは、クラウンブレッドに所属する5人のA級能力者の1人。

 ドロドロに溶けた金属を繋ぎ合わせた様な霊装。

 名をヴォルパンサー。

 身に宿した霊力属性は、爆破。


 爆音は遠く離れた本部施設にも届いていた。


「始まっちゃったわね…………」


 それは、牢に閉じ込められたミスレルティックにとって、終焉の鐘でもある。

 最初の頃は互いに妨害をしていたのか何度も爆発音が鳴り響いたが、しばらくの間は静かなものだった。

 

 元々希望なんてものはなかった。

 暴竜帝国が勝てばそのまま虜囚のまま。よくてこのままペット扱い、悪くて洗脳チャレンジで捨て駒化か廃人か。

 クラウンブレッドが勝てば世界間アンカーは破壊され、ここ暴竜帝国の本部はこの知的生命の存在しない世界に未来永劫幽閉される。

 

 独り言が増えたな、とミスレルティックは自虐する。

 ここしばらくまともな扱いを受けていないのだ。それもしかたない、と鼻で笑うしかなかった。

 服は必要ないと奪われ、その豊満な肢体を隠すのは防寒用の半透明な合成布一枚だけ。

 

 まだ一々抵抗していた初期の頃に与えられた生傷自体は既にほとんど治癒しているが、雑に左腕前腕部に打ち込まれた変身の阻害機が痛々しい。本来手術によって骨に沿う様に取り付ける物を、突き刺す形で強引に付けられている。

 まだ拘束が厳重だった時に付けられたのだが、これだけの時間経てばそれは癒着し、もはや自力で外すことは不可能。暴竜帝国の上級怪人によって凌辱される中で、反応を楽しむ為にやられたことだ。限界が来て自殺したいと思った時のチャレンジになら、引き抜くのもありだろうか?

 

 一時は精神的に不安定になっていたが、反応が希薄になったことに苛立った怪人により、興奮剤であろう薬を入れられている。

 手先が震えるのが傷による物なのか、薬の禁断症状によるものなのか。

 少なくともアンプルによって打ち込まれた薬が、依存性の高い物であることはこの数週間で理解した。今は脳が冴える感覚を味わうが、こんな思考が回るだけの脳細胞がいつまで続くのか。

 とはいえ、どちらかと言えばこれだけ頭が冴えているのに、戦争が激化して忙しいのか相手をする人間が来なくなったことの方が精神に来る。

 

「グレイニンジャとは……もう会えないかな…………」


 グレイニンジャが彼女を拒絶し始めて、もう5年近くなっている。

 最初は相談したブエルラギナの思春期だから、という説明に納得して、毎日の様に行われていた夜伽が無くなったことに少しの心の寂しさと肉体的な物足りなさを感じていただけだった。

 そも、グレイニンジャも拒絶してしばらくの間は、代わりを求めるように女を漁っていた。

 一時の気の迷いならいいが、純粋に飽きられてしまったのかと悩んだものだった。グレイニンジャが豊満な肉体をした彼女と正反対な、身体的に線が薄い女を選んでいたのも不安を煽った。

 

 それでもグレイニンジャが口では嫌だ嫌だといいつつも、任務では彼女の隣に立ち続けたのが唯一の救い。

 元々他人を見下す傾向の強いグレイニンジャが相棒として、対等に見てくれているという優越感だけが残った。

 そういった自信からかC級能力者認定だった霊力もいつしかB級にまで上がり、上級怪人という肩書になったのも大きい。


 本格的な拒絶が始まったのは、彼女には正確にわからないが2年程前から。

 こちらから話かけなければ眼中にもないといった反応。それも、最低限の事務的な会話しかしなくなった。

 専門怪人である彼女からすればわからなかったが、日常の中で彼を何かが変えたのか。


 その行為の醜さ自体は、理解していた。

 自身がグレイニンジャの一番であると吹聴すること。

 妹をクラウンブレッドに関わらせないという契約を結んだという事実に、目を閉ざしたこと。


 グレイニンジャというビッグネームの愛人という過去に縋っているだけで、自分はもう、クラウンブレッドの中では数いる戦闘員の1人でしかないということ。

 

 寂しい。

 それが、全て。


 結局のところ、グレイニンジャの女という立ち場は、何人かのおかずがいても主食が自分だったという事実。共に食すのが納豆だろうと魚焼きだろうと、米という土台があってこそだ。

 誰かの一番であるという事実は、実際の薬剤よりも麻薬でしかない。

 

 愛されたい。


 愛されたい。


 もう一度、グレイニンジャ胸の中に……………………


 


「あああああ…………首痛ってぇ………………」


 特徴的な倦怠感を包み隠さない声。

 嫌だ嫌だといいつつ、なんだかんだで手を出してしまう、そんな男の声。

 それがこの薄暗い牢の外、無骨な金属扉の外からしている。


 そんな聞きなれた声が、ここでするはずがない、と幻聴を疑うミスレルティック。

 爆発音は確かに、開戦の合図のはずだ。

 クラウンブレッドが暴竜帝国に仕掛けるなら、まずA級の最大火力にて入口にいる戦力の大半を屠るだろう。

 そういった入口でのテロを避ける為に、本部施設は離れた場所に設置される。

 まだ爆発から数分と経っていない。


 そもそも、救助隊が来る訳がない。

 本部施設の強襲は電撃戦でなくてはならない。特に今回は暴竜帝国の味方がいることが透けている。長引いてしまえば、外からの挟撃に合うからだ。

 最速で暴竜帝国のアンカーの破壊工作を済ませ、クラウンブレッド側が用意したアンカーから本世界に脱出。

 殴り返しが来る前にクラウンブレッド側のアンカーを停止すれば、暴竜帝国はおしまい。他の組織からしてもそれ以上、この場所にこだわる必要もなくなる。

 誰が取り残されるリスクを負って、助けに来てくれるというのだろうか。


 それも、妹の為に戦う男が。


 ガチャリ、と物理キーが回る音の後に扉が開いた。

 

「うぃーっす。」


 ああ、この男はそうでなくては、とミスレルティックは思った。

 本気になっていると思われること嫌悪感を抱く、結局のところ子供だ。どこまでも自然に、やれば後が楽だからやっているというスタンスを崩さない無駄なプライドの高さ。


 赤い布によって隠された肌、隙間から見えるのは虚無の眼。黒いロングコートを羽織ったその姿だけを見れば、さも待ち合わせに来た言わんばかりの自然体。

 

 もう用はないとばかりにその手から金属の鍵が落ちる。


「助けにきたぞ。」

「なんで、ここに………………?」


 まだ始まったばかりでは、と告げるまでもなくグレイニンジャが部屋に入ってくる。


 「なんでも何も。開戦してから走ってくるの面倒だったから潜伏してた。」


 10日くらいかな、とあっけらかんと言う。

 身を隠す布を無遠慮にひっぺがし、ミスレルティックの状態を判別している。グレイニンジャに裸を見られること等すでに慣れ親しんだというのに、今更恥じらいが生まれて陰部と胸を隠してしまう。

 いや、今更というのは違うな、と冷静に考えてしまうミスレルティック。単純に、清めていない時間に、そも、暴竜帝国の男達に、汚された自分を見てほしくなかった。

 そんな様子に軽く鼻で笑うグレイニンジャ。

 どうでもいいことを気にしてんな、と。

 言外でこの男はよく語る。


 グレイニンジャは腕を貫通しているのが霊装阻害の機器だと判別すると足を見るが、そちらは特に問題がないように見て取れた。

 グレイニンジャは鞄からボトルを1本取り出す。赤い液体の入ったそれは肉体の洗浄液。雑にミスレルティックにぶちまけ、ボトルも捨てる。

 そして、体を隠せと首に掛けている鞄から取り出した女用のバイクジャケット。水色のラインが入ったそれは、グレイニンジャのバイク趣味が始まる前に疎遠となったミスレルティックには、初めて与えられた物だった。

 

「走れるか?」

「流石に早くは……歩く程度しか……」

「そ。しゃーない。」


 もう用はないとばかりに鞄を投げ捨て、ジャケットを着たミスレルティックを小脇に抱えると、彼女からは悲鳴が上がる。


「もうちょっと大切に扱ってくれてもいいんじゃない?」

「具体的には。」

「抱っこ。」


 そんな抗議にジトっとした目線を向けるグレイニンジャ。

 

「2つ、いいたいことがある。」

「歳のことを言うならキレるわよ?」

「…………お前霊装纏えないんだから、正面から攻撃来てもしらねえぞ。」

「正面からの攻撃をあなたが避けられない、なんてことあり得るかしら?信頼よ信頼。」

「もう一個。お前もう25だろ。抱っこて、そんな歳かよ。」

「やっぱり歳のこと言う!昔からだけど女の子の扱いがなってないわよ!」

「もう女の“子”じゃないって話をしてんだけどなぁ…………わっかんねえか。」


 大きくため息を突いてしゃーねえ、とばかりにミスレルティックを抱きかかる。

 

 心臓の鼓動が重なるのを感じた。

 彼女の巨大な胸が潰され、胸の中心と中心が直接接触するほどに熱い抱擁。

 なんやかんやといいつつ素直ではないだけで、その腕に籠められた力とやけに早い鼓動にグレイニンジャの喪失感を理解したミスレルティック。


「ありがと。」

「まだ言うには早いかなぁ。」


 くだらないやり取りをしつつ、彼らは走りだした。

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