第29話

 世界間転移装置が開発されて以降の悪の組織同士の抗争は、基本的に削り合いの籠城戦だ。

 基本的にクラウンブレッドが販売する世界は生命が発生しなかった過酷な環境の地球を利用している。

 また、世界間アンカーから離れると世界間の繋がりもブレていき、そもそもの世界間転移装置の大きさも相まって、そう易々と移動できる物ではない。世界間アンカーから20mが安全圏、アンカーの移動等小細工と共に冒険しても、2㎞が限界といったところだろう。

 

 暴竜帝国は真っ先に籠城を選択した。開戦と同時に暴竜帝国の本拠地周辺をクラウンブレッドが包囲してから既に2週間。

 本世界では暴竜帝国に手を貸す組織とクラウンブレッドとで苛烈な抗争が続いている。

 何度か移動式の転移装置…………小型なだけに大規模な移動ができないそれによって簡易的なアタックが行われたが、待ち伏せ全開の場所に生半可な戦力で攻めたとて成果を残せる物ではない。


 状況は完全に拮抗。…………とはならず、日に日に暴竜帝国に協力する組織は増え続けている。間違いなく、暴竜帝国を操っている組織が裏で動いている。

 今のところクラウンブレッド本部の戦力は暴竜帝国の奇襲に備えて本部前に集結しているが、いつ捌ききれず挟撃の形になってしまうか計り知れない。

 クラウンブレッド側は万単位で戦闘員を転移する為の大規模な世界間転移装置を敷設しているのだが、定期的に転移してくる暴竜帝国の妨害によってそれも遅々として進んでいない。

 

「遅っせえな。建設の人員もっと割けよ。」

「無茶言わないでくれよグレイニンジャ。襲撃されている各地の支部や傘下組織への増援が必要で、ニル研からかなりの数の戦闘員を購入しても、カツカツなんだ。」

「何の不満があるのかしらねえけど、このやり方じゃうちに貯まった鬱憤晴らしたとこで鬱憤貯める先が変わるだけってことが分からない小物相手だろ。相手にすんなよそんな奴ら。そもそも、支部も傘下も本部におんぶにだっこで迷惑かけるだけ。最低限の自衛すらできないなら潰れちまえ。」

「そういう訳にもいかないだろう…………」

「知らねえよ。クラウンブレッドの冠にあやかって怠けてた結果だろ。短期決戦なら兎も角、総力戦で負けるのは単純に地力が足んねえんだよ。弱くて死ぬなら自然淘汰。さっさと死ね。」


 きざむは変身した状態で別世界にある指令室から転移装置の建設風景を眺めつつ、一定のリズムで抜き身の刀を指で弾いている。

 ヒタチの方も余裕はないようで、好き放題吐き捨てるきざむの相手をしつつも各地の怪人達と連絡を取り合っている。彼の足元で際どい衣装に猫耳を付けて体を擦り付けている妹役も、休んでいないのかどことなく動きが機械的でぎこちない。


 相変わらず右目しか見えず何を考えているのか分かりにくいグレイニンジャだが、それでも血走った眼球と隈の入った瞼を見れば、少なからずストレスを感じているのは確かだった。

 実際にきざむは前線基地に詰めたままで、暴竜帝国の襲撃があるや即座に対応に入っていた。

 しばらくの間テキストチャットを送るヒタチのタップ音ときざむの刀の金属音だけの無言の空間が続いたが、そんなきざむの姿に見るに堪えなかったヒタチが、連絡が途切れたタイミングで口を開いた。

 

「まだ膠着は続くんだ。一度休んだらどうだい?君、今冷静じゃないよ。」

「使えないゴミに呆れてるだけの平常運転でしかねえよ。仮眠は取ってるから十分だ。」

「そうじゃない。君は話してるときに他所事を考えてると、普段抑えている部分が駄々洩れになって饒舌だから分かりやすいんだよ。気にしているのはミスレルティックだろう?」


 それに対してきざむは答えず、大きな舌打ちだけを返す。

 悪の組織に国際法なんて物は存在せず、クラウンブレッドを本気にさせる為の先制攻撃。暴竜帝国からしたら、クラウンブレッドは暴竜帝国相手に躍起になってくれた方がありがたい。その間に、クラウンブレッド包囲網が完成すればいいのだから。

 その犠牲になったのが、ヒタチと全く別の任務についていた上級怪人ミスレルティックだ。

 挑発とばかりに送られてきた画像の通り、今も尚彼女は暴竜帝国の拠点の中に囚われている。

 目に見えて不機嫌さを増したそんなきざむの姿に、ヒタチは臆することなくそのでっぷりとした腹をさすって話を続ける。


「別にね、僕は君とミスレルティックの関係にとやかく言うつもりはないよ。」

「あいつとはもう何もねえよ。」

「そうは見えない。可愛さ余って憎さ100倍とはちょっと違うけど、君はミスレルティックにまだ未練が残っている。だからこそ、ミスレルティックを過剰に拒否しているんだ。」

「………………」

「この際だから一応忠告しておくけど、アンカーを破壊するとなれば彼女を救出する余裕はないよ。仮に君が独断で彼女の救出に向かったとしても、帰る頃にはアンカーは残っていない。君は目的を遂げられないし、僕たちは君という強大な戦力を失う。」


 聞いていないな、とヒタチはグレイニンジャの様子を見て察する。

 半目とも言えるようなうっすらとした視線を向けている時、何を言っても馬の耳に念仏だというのが、長年クラウンブレッドで活動してきた経験則だった。


「明日は休日だ。頭を冷やすついでに少し帰宅したらどうだい?妹さん、ブエルラギナに任せきりなんだろ?」

「るっせえなぁ………………」


 とはいえ実際問題、無数の上級怪人が集っているこの前線基地において、現行戦力における最大値、グレイニンジャが妨害工作の対処にあえて動く必要性は皆無だ。

 決戦が起こるにしても、攻める時に袋叩きの形になるのは暴竜帝国側も同じ。

 一時帰宅したとて、不都合が起こることはそうそうあり得ない。

 結局きざむはなんだかんだといいつプライベート用の黒いバイクに跨り、昇り始めた日光によって壊されつつある浅い暗闇の中に消えていった。

 

 

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