第28話
夕暮れを背にしてグレイニンジャは太刀を振るっている。斬られているのは暴竜帝国が洗脳に使用しているベーシックデータ、鱗を模した霊装を着せられている下級戦闘員達。
戦っている森の中にはグレイニンジャの軌跡を表すかのように、霊装を砕かれて無地な服を曝け出した男女が倒れ伏している。
群れの中に時折混ざっている怪人も、グレイニンジャからしてみれば上級怪人の中でも上澄み以外は誤差とも言っていい。そこらに生えている雑草を掻き分けているだけだと言わんばかりにゆったりとした歩調で進んでいる。
しばらくそんなことを続けていると視界が開けてくる。
そこには大昔に隆起が発生して断裂したのであろう大きな断崖絶壁が存在した。それを見上げるグレイニンジャは、その岩肌の余りにも綺麗な、歴史を感じる横線模様に感嘆の声を上げてしまう。
そんな地質学的に貴重な空間だというのに、ふっ、と空間が歪み中から下級戦闘員が湧き出てきた。
「やっぱだめだな。停止信号、全然効いてないわ。」
『まあ、この数からして想像はついてたから、だろうね……としか。』
「どこがやらかしてくれたのやら。」
暴竜帝国との開戦の原因である霊子破壊爆弾の責任者であるヒタチに、今回の件の総指揮は委ねられている。
そんな彼は音声のみの通話越しでもわかる程に憔悴しているのがわかるほど落ち込んでいる。
とはいえ霊子破壊爆弾の重要性は高いだけに、余所の派閥の研究員を入れなくてはならなかった彼の心境は察するに容易い。霊子破壊爆弾の技術がクラウンブレッド全体の利益になるだけに、それを突っぱねることは不可能だった。
周囲を見渡せば戦闘の跡が随所に残っている。特徴的な木々や岩肌を抉り取るようなそれは、ヒタチの派閥のB級怪人、微塵怪人フィッグラントの戦闘の物だ。
潜入に特化した霊力属性を持った彼は先鋒として派遣されたのだが、途中で連絡が途切れてしまった。体を小型化するという彼の特性上、一時的にデバイスが機能不全を起こすのでそれ自体は戦闘に入ったということなのは分かる。
続報がないということでその結末は簡単に察せられる物ではあるのだが、それでも確認は必要ということで、強襲と撤退を任せたらピカイチであるグレイニンジャが投入されたという訳だ。
群雄割拠の悪の組織の中で武闘派を名乗るだけあって確かに戦闘員の層が厚いな、と空き缶を潰す様に戦闘員を無力化しながらきざむは考えていた。
「たでーま。」
「おかえりなさい、グレイニンジャ様。」
「おかえりー」
来た道を戻ると、廻燐珠鬼とヴァン・シェミラがきざむの赤い車体にサイドカーが後付けられたバイクの前で待っていた。
こちらにも襲撃があった様で暴竜帝国の戦闘員がそこらに転がっている。本拠地に向かって進んだグレイニンジャとは比較にならないが、それでもかなりの数を処理していた。
とはいえ主に戦闘をしていたのはヴァン・シェミラだった様で、廻燐珠鬼には疲労の色は見えない。対してヴァン・シェミラは頬を紅潮させやけに上機嫌だ。
サイドカーに廻燐珠鬼を、タンデムシートにヴァン・シェミラを乗せてグレイニンジャが走り出す。
中・遠距離戦で役に立たないヴァン・シェミラがタンデムシートなのは当然ではあるのだが、廻燐珠鬼はそれに少し不服そうにしている。
『ところで、グレイニンジャ様。』
『なんじゃい。』
『暴竜帝国は、なぜクラウンブレッドに戦争を仕掛けて来たのですか?』
通信越しに廻燐珠鬼が疑問をぶつけてきた。周辺警戒に集中して欲しかったきざむだったが、そもそも伏兵がいるのに先から往来しているクラウンブレッドの輸送車が襲撃されていない訳もないか、と神経質になりすぎていることを自覚する。
『……宣戦布告と同時に飛んできた要求は、こないだの研究所襲撃で得た情報の全開示と確保した研究員の引き渡しだな。』
『ですがそれは、後ろにいる組織の都合ですよね?暴竜帝国は技術系には疎い組織です。クラウンブレッドという最も敵に回してはいけないと言って過言ではない組織に喧嘩を売ってまで、霊子破壊爆弾を得たいと思ってるとは考えられません。』
『んー…………』
どう説明したものか、と頭を回すきざむ。
『まず大前提、なんでクラウンブレッドに喧嘩売ったらダメなんだ?』
『それは、世界間転移装置を始めとしたクラウンブレッドの製品に対して一斉に停止コマンドが送信されてしまうからです。特に世界間転移装置が止まってしまえば、中にいる人間は完全に別世界に幽閉されてしまいます。』
『そ。でもって、向こう側にある世界間アンカーの基部を破壊しちまえば、クラウンブレッドですら無限の世界からランダム転移でもう1回引き当てる奇跡を待つしか無くなる。』
『え?こわい。』
『安心しろ、シェミラ。クラウンブレッドが使ってる世界はメインのアンカーに加えて各地に3つはバックアップアンカーが設置されてる。もし世界間転移装置とメインアンカーが壊れて取り残されたってなったら、火星宙域にあるアンカー用のメイン支部から救援が来る。他所に売ってる世界もどこかの支部にはバックアップアンカーが設置されてるから、本世界に霊力通信さえ通じてればクラウンブレッド側にはよっぽど詰みは起きねえ。』
『なーんだ。』
『話脱線したけど、そんな訳で暴竜帝国側からしたらリスクしかねえんだわ。でも、今回そのリスクが踏み倒された。ウチの製品は根幹部分がブラックボックス化されてて、解析しようとして下手に中を弄ろうとすると、物理的にも霊子的にも電気的にも。あらゆる方法でぶっ壊される仕組みになってる。』
『暴竜帝国には、解析は絶対に不可能……?』
『要はただの覇権争いなんだよ。霊子破壊爆弾は建前っつーか、本質的にはクラウンブレッドを下すことによる副産物。「俺たちはクラウンブレッドが付けた首輪を外せるぞ」「みんなでふんぞり返ってるクラウンブレッドを倒そう」って大々的に喧伝してんだ。』
『つまり、暴竜帝国は他の組織による増援という勝利の道筋が明確に見えているから、一番の功労者になる為に率先して宣戦布告を?』
『まあ、負ける想定で喧嘩売るキチガイは中々いないだろ。問題は、その裏にいるのがどの組織か、俺らには一切見えていないこと。とりあえず暴竜帝国っていう舐めた真似してくれたパンチグローブと覆面を引っぺがす。本体と
傘下や協力組織を除いた暴竜帝国とクラウンブレッドの純粋戦力の評価はおおよそ1:1。これに関しては技術系の組織でありながら髄まで武闘派組織な暴竜帝国とほぼ対等なクラウンブレッドがおかしいのだが、これまでその戦力評価を覆してきた切り札の1つが失われている状況はよろしくない。
泥沼になることを予想して、きざむは純粋な嫌気が刺していた。
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