第27話

 女性組と別れ、男性用の店に入ったきざむ達男衆。

 あんやとせんじはズボンを探しているのか、少し離れたところでせんじがジーンズを足に当ててサイズを見ている。

 ジャケットをクルクルとロール状に回してクッション性を確認しているきざむに、ばんえんが口を開いた。

 

「ぶっちゃけさ、きざむ。」

「なんじゃい。」

「お前ヒーローやってる?」


 そういう見方をされるのかと少し肩透かしを食らったきざむ。

 現代において「こいつヒーロー活動してるんじゃ?」という疑問を抱くことは多い。

 単純にそのヒーローが活動している間、所謂中の人が存在しない時点で周囲の人間はおかしいと思うだろう。

 それでも、それを口に出すのはご法度だ。なぜなら、ヒーローというのは単純に社会の為の滅私奉公の英雄であり、またその命は一般人よりも悪の組織に狙われやすい。

 もし仮に正体が知られれば、日常が危険に侵されることになる。

 故に、身近な人がヒーローだと思っても、何も言わず感謝を捧げるか危険に巻き込まれない様に距離を取るのが鉄則。


「やってない。そもそも、やってる暇なんてねえよ。」

「暇……?」

「なんだよ。」

「お前基本ゲームして読書して疲れたら寝るだけだろ………………???」

「ぶち殺されたいんか貴様。」


 余りにも舐め腐った評価に流石に腹が立った。喧嘩なら買うぞ、と詰め寄るが、ふと冷静な思考が帰ってきた。

 成果報告用の論文(を、クラウンブレッドの研究員に任せる為の基本骨子)を作ったり、怠け者きょうこの世話したり、ゲームしたり本読んだり昼寝したり。

 クラウンブレッド関係なく暇なんてものは存在し得ない。

 し得ないはずだ、と反論を考えるだけ考えて悲しくなってきたきざむ。一発小突こうかと思っていた拳を解くことになった。


「暇なんですね。」

「うるせえ。」


 顔を逸らしたきざむにまるで奇特な玩具を見るかのような顔をして詰め寄るばんえん。

 追撃を躱す為には平常心こそが重要だという持論から、あくまでも無表情に努めるきざむだったが、最終的にその顔のあまりのうざさから根負けして手にしたジャケットで顔を叩く。

 大したことはないが傷物にしたジャケットに、妥協だけどこれでいいかと購入を決意した。未だに暇なんですね?暇なんですね?と詰めてくるばんえんばかの耳を引いてせんじとあんやの元へ向かうきざむ。


「どー?決まった?」

「うん。決まったよ。通気性もいいし、ロングなのが気にならない。」

「ユポニーブランドはやはり質実剛健を地で行っているな。どれも履き心地に文句の付けようがない。趣味に合う物がないのが残念だ。」


 さっぱりしている2人組なだけあって、グダグダと選ぶ様なことはなかった様子。せんじの手には裾上げ用のピンが刺さったスウェットが乗っている。

 しかしながら、ピアスにブレスレットにチェーンネックレスやら。全身がシルバーアクセで覆われたあんやには合う物がなかったらしく、少し寂しそうな顔をしている。

 先ほど食べたタコスと大して変わらない値段の支払いを済ませ、裾上げを終えて外に出るが、女性陣からの連絡は未だにない。悲しいことに、時間が長いのは男性衆こちらではなく女性陣あちらだった様だ。


「どうする?どうせあと1時間はかかるだろ。」

「いや流石にそれは言い過ぎでしょ。…………言い過ぎだよね?」

「言い過ぎと断定できないのが恐ろしいところではあるが。」

「突撃しよーぜー!見てるのが下着だったら裏目だけどそれ以外ならオールオッケー!」


 せんじ達を見ると深く頷いたことで自分の考えが共有されたことを悟る。

 女と買い物なんてなんの罰ゲームだと。必要がない物まで目についたら手をだす連中に付き合っていられない。

 女、というのは主語が大きかったな、と自分の思考を修正するきざむ。特に約1名。

 絶対に買い物に付き合ってはいけない奴がいる。それに付き合える女性陣の精神性は理解できないが、少なくとも地雷原に自ら突っ込むことはないと。


「まあ、適当に時間潰してようか。」

「そうだな。きざむ、どこかいい場所を探してくれるか?貴様のセンスが一番信用できる。」

「んー……5階のテニスでいんじゃね。隣のスムージー屋が美味いらしいから終わったら一杯行こうぜ。」

「ちょちょちょ、なんでそんなに一致団結するかな?!」

「「「買い物お化けゆめがいるからだよ」」」

 

 それからきっかり1時間後。

 ダブルスを楽しむきざむ達の前に、手ぶらの女性組がやってきた。

 訝しむ男性組に、たはは、なんて笑いながらゆめが答える。

 

「いやぁ……服、買いすぎちゃって……3箱送ってきた。」


 配送サービス。それも3箱。

 聞いているだけで頭が痛くなるような回答に、いかに自分が危険な提案をしていたか察したばんえんが目線で謝ってきた。だろ?と目線で返す3人に渋い顔をしている。

 

「ゆめもやるー?テニス。」

「やるー」


 反省しているのかしていないのか。そんなばんえんの誘いに、ゆめはテナントの端にある円柱に駆け寄ると、そこに霊力を注ぎ込む。すると円柱の中頃が開き、中から白色のラケットが出てきた。

 また、その前にあるくぼみに足を入れると、薄い光の膜によってゆめの靴が覆われる。


「きざむっちペアよろしく~」

「えー」

「えー、じゃない!」

「お前弱いじゃん。」

「強いもん!いや、強くはないけど!弱くないもん!」


 やいのやいのと絡んでくるゆめにげんなりとしたきざむ。

 巻き込まれる前にとすでに退避したあんやにイラッとしつつ前を見ると、そこにはせんじとらいこの姿。ゆめを中にいれたばんえん本人が消え去っている状況に、なんでだよと言いたかったきざむだが、そんな暇はなかった。

 

 中央にボールが落ちて来る。

 ここで行うテニスとは、霊力の使用が禁止されている競技テニスとは異なり霊力を弾き合う遊びとしての側面が強いスポーツだ。

 ラケットのガット部分と靴の膜は、円柱に流し込んだ霊力によって形成されている。

 そして、売りとして地面とボールには管理者の霊力が流し込まれている。


 すなわち、やっていることはグレイニンジャの偽纏と同質。霊力同士の反発力により高速化したテニスを楽しめるということ。

 一般人でも楽しめる様に円柱によって込められる霊力は制限されていて、ヒーローと上級怪人のそれと比べてしまえば児戯のようなものだが、それでも霊力によるドーピングというものは侮れない。

 数十年破られていなかった100mの世界記録9.58秒の壁は霊力黎明期にたまたま霊力の扱いに長けていたサラリーマン兼業の趣味寄りのアスリートによって突破され、流石にマズイと競技スポーツ全般において霊力を禁止された。その時打ち出された6.38秒というスコアは記録抹消という結果となっている。

 それはそれとして、遊びでスポーツをするならば話は別。


「いっくよー」

「うぃー」


 らいこの打ち出した強烈なサーブ。

 通常のテニスでは全力で走ってギリギリといった距離に落とされたそれも、地面を蹴る一撃一撃の格が違う。

 余裕で追いついたきざむが打ち返すが、低めな球だった。それに反応してせんじがネット際まで突っ込んでくる。ネット前に落とそうとしたせんじだが、威力を殺し切れなかった。

 枠内は捉えているが抜け球として精細を欠いた球は、無反応のゆめの横を通り過ぎてテナントに張られた物理ネットによって阻まれた。

 AI制御の得点表に15-0と記載され、ゆめの前に新しく生成されたボールが落ちてくるがプルプル震えて唇を噛みしめる彼女には拾うことができなかった。


「…………あのー、ゆめさん?せめてラケット振らない?けっこういい位置に飛んできてたよ?」

「…………ごめん、無理かも。」

「はったおすぞ。」


 やる前に気づけや、というじとーっとした目を向けられ焦るゆめ。思ったよりも球速が早くて対応しきれなかったらしい。

 涙目でばんえん達にヘルプを求めるが、既にばんえんあんやゆきで信号の様に3色のスムージーを啜っていた。


「はーやくーしろー」

「ゆめー、逃げ出すとか許さないわよー」

 

 ひええ、という情けない悲鳴と共に蹂躙劇が始まった。

 実力的には、きざむ≧らいこ>せんじ>>>>><越えられない壁>>>><越えられない壁>>>><越えられない壁>>>>>>ゆめといったところだろうか。

 主にきざむとらいこがラリーを行い、らいこが溢す球をせんじがカバーする。

 一見拮抗している様に見えるが、実質的に1対2。きざむが体格とセンスで無理やり成立させているだけで、らいこは限界の先があるがきざむにはない。

 結局、大敗を喫することとなったきざむだった。


 駐車場自体がどんどん小さくなる世の中において、駐輪場なんて物はその狭い駐車場の端も端。畳が入らない程の小さな空間に押し込まれている。

 そこには普段使いの黒いバイクに跨りヘルメットを着けるたきざむを見送る人々がいた。心が折られて虚無顔のゆめを、らいことせんじがからかい、ゆきが慰めている。

 

「じゃ。」

「じゃーなー。」


 ばんえん達の移動手段はレール車両だが、きざむの移動手段はバイク。もう一度集合なんて面倒なことをしたくないきざむは、自然と現地解散となる。

 手を振るばんえんには目もくれず走り出したきざむは仮想ディスプレイを起動し、あるアプリケーションを確認する。

 ミュートモードにしていたクラウンブレッドの裏通信アプリ。無数に溜まった通知を見て通信を繋げた。

 

「なんじゃい。」

『ああ、グレイニンジャ。ようやく繋がったね。』


 覗き見防止に黒ずんだ線が入ったそこに映し出されたのは、数日ぶりに見るクラウンブレッドの研究員ヒタチの顔。

 

『ちょっと君に頼みたいことがあってね。』

「内容による。」

『結構重大だよ。』

 

 テキストチャットに表示される画像。そこには磔にされ、全身を血で赤く染めたクラウンブレッドの上級怪人、ミスレルティックの変身前の姿があった。

 


『暴竜帝国が、宣戦布告してきた。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る