暴竜帝国組織間抗争
第26話
心の中で暇だなぁ、という呟きをしたのは何度目だろうかと自嘲してしまうきざむ。そんな彼は今、大学のベンチで大きく足を投げ出してあくびをしている。
視線の先ではディスプレイが展開され、そこではニュース番組の配信が流れている。今の話題はクラウンブレッドによる研究所襲撃について。
女性キャスターは一般市民用にかなり検閲が入った内容しか言わない上に、ヒーロー達は目標を守れたことになっている。
その過程で何人かのヒーローが行方不明になっていることについて哀悼の意を表しているところから、世間的に死んだことにして再利用されている事実を隠したいらしい。
芸人のコメンテーターがクラウンブレッドを撃退したことに対してヒーローを讃えていたのだが、唐突に毒舌な知識人枠で呼ばれている討論系のインフルエンサーが本当はヒーロー側負けてるんじゃないの、と発言したことでそんなことは有り得ないとコメントは大荒れになっている。
常に何か一枚を羽織っているきざむとしては珍しくTシャツ一枚という軽装だが、夏も近付いてきて汗ばむようになってしまった。
一応きざむにはベンチではなく木陰に逃げるという選択肢もあるのだが、つい先日地面で寝る時下に敷いていたジャケットを失った。流石に地面に頭を付ける気は起きないので実質的にベンチ一択となった訳だ。
きざむが自身の所属している程度の低い研究室に先刻提出した論文の題は『霊力の固有波紋(仮称)の検出と識別。それを利用した生体認証の可能性。』
とはいえ、他人からしたら存在証明自体されておらず眉唾であるそれを、機械で認識しようと思ったらどういうアプローチをしたものか。
きざむが大学生活の暇つぶしに選んだテーマは、それである。
実績用に適当な基礎理論と粗筋だけ書いて、仕上げはクラウンブレッドの研究員に投げた物を投下したきざむは、その論文が彼の所属する研究室の研究対象として認証されるまでの間本格的に暇になった。
「きざむ先輩、お疲れ様です。」
「んー?んー。」
薄目を開けて入ってきたのは美しい黒髪の女性。薄いピンクのワンピースが映えているな、という感想を抱いた。確か名前は駆動雪だったはず、と会うのは数日ぶりだというのにすでに拙くなった記憶から名前を引っ張り出してきた。
伴炎の所属している陸上サークルのマネージャーがいったいどうしたのだろうかと疑問に思ったが、まあ知った顔への挨拶かな、程度にしかきざむは考えていなかった。
しかし、ゆきがベンチの隣に座ってきたことを知って上体を起こすことになった。
「お隣失礼しますね。」
「なんやなんや。」
「お昼を食べようかと思いまして。」
そんな彼女の手には風呂敷に包まれた多段の弁当箱。
ぼんやりとしていて気が付かなったが、太陽は頂点で輝いている。
それにしてもここじゃなくていいだろうと文句を言いたくなった。興味もない相手との無駄に長い話をすることはないと、適当なことを言って離れる為に言い訳を考え始めるきざむ。
「きざむ先輩はお昼食べましたか?」
「ノー。」
「どこかに食べに行かれるんですか?」
「サー。」
「よかったら、私のお弁当いかがですか?」
「エー。…………え?えぇ?」
きざむはやる気のない返事を返していたが、予想外の言葉に戸惑うこととなった。
困惑するきざむを気にする様子もなく、ゆきは膝の上で弁当を広げて行く。
上段には仕切りで半分に分かれた雑穀米と白米のおにぎり。中段にはところ狭しと詰められた肉料理。下段には茶色と緑色中心の健康的な野菜料理とデザートにリンゴ。
「ばんえん先輩にお料理習っていまして、その練習にお弁当を作ってるんですよ。いつもはみんなで味見しながら食べるんですけど、今日は全然人がいなくて……」
「へー。」
中身を見ている。
第一段階は突破、とゆきは心の中でガッツポーズを取る。
ばんえんのアドバイスによれば、興味が無ければ本当に一瞬で視線を移す。そして、デコ弁どころか多少の飾り付けすら許さない程に華美な中身は好まない。
栄養と味の二点を重視することにより、露骨に私はあなたをスルーしますといった対応から一歩先に進んだ。
さらにそこで料理におけるばんえんの名前を出すことにより、きざむの中で一定の味が担保された。
「んー……どしよ。」
「この後らいこ先輩達と出かけないといけないので時間もないんですよ。一緒に減らしてもらえませんか?」
それでもきざむが悩むのは、何か裏があるのではという警戒。それを取り払わないことには、食欲が
「ま、もらおかね。箸ちょうだい。」
いよっしゃあああああああああああああ!!!
雄たけびを心の中で押しとどめて声に出さなかったことを自画自賛するゆき。満面の笑みで自分の箸と用意しておいた漆塗りの箸を取り出すが、次のきざむの一言で凍りつく。
「割り箸じゃないんだ。」
「あっ………………」
――――まあいいんだけどね。応える気はないし、そのうち消えてくでしょ。
「うまい。」
下味がしっかりと染み込んだからあげを頬張りながら、きざむはそんなことを考えていた。
隣ではゆきが頬を赤く染めてプルプルと震えている。
普段から弁当を大人数で分け合っているというのであれば割り箸を用意して然るべきだ。だというのに気合を入れて一品物の箸を用意しているというのは、単純に誰か一人を狙い撃ちしているのが透けている。
ゆきは別に好意を隠している訳でもないが、それにしても自分の物より豪華な箸を用意するのは気合の入れすぎだ。
「ごっそさん。」
「おそまつさまでした………………」
「うまい」と「ありがとうございます」を繰り返すだけの食事会が終了した。
「おーっすきざむ~」
ゆで蛸になったゆきが弁当を片付けていると、遠くからきざむを呼ぶ声がした。
きざむが振り向けばそこにはばんえん、あんや、せんじの陸上サークル組が大学内の売店で買える串肉を片手にやってきた。
濃い色の肉の串を持ったばんえんとせんや。白っぽい色の肉を串に刺したあんや。きざむはそれを見て目を細める。
「牛肉派と話すことはない。帰れ。」
「その論だとあんやしか話せなくね?!」
「あんやっていう例外がいるからお前とせんやが豚肉という選択肢を捨てて牛肉を選択した異端者だって分かってんだよ。」
「…………お前の豚肉鶏肉信仰は中学の部活顧問の受け売りだろ。牛の脂は脂肪にしかならないって話のやつ。」
「おうよ異端者。なんか文句あっか。」
「お前も牛肉食うくせに……」
「俺はもうアスリート気取ってねえからな。」
ケケケ、と乾いた笑いをする捻くれ者に脱力しながら詰め寄るばんえん。羞恥に打ちのめされている敗残兵に生暖かい目を向けつつきざむの前に立った。
「んで、きざむ今日暇?」
「時間があるって意味なら暇。付き合うかって話なら内容による。」
「……この後買い物行こうと思ってるんだけど、どう?」
「何を買いに。」
「服。華月堂がリニューアルオープンしたから、夏服見に行かね?」
「んー……」
「ちなみに拒否権はない。」
「んー………………」
服かぁ、と悩む様子を見せるきざむ。丁度新しい枕(ジャケット)を欲していることを考えたら、今買い出しに行くのはありかもしれない。そう考えつつも、正直面倒くさい、動きたくない、という感情が押し寄せてくる。
「あれ?ばんえん先輩達も華月堂に?」
「え?」
「この後らいこ先輩とゆめ先輩とで行く予定だったんですよ。」
「いいじゃん。いいじゃん。じゃ、ゆきちゃん達も一緒に行こうよ。」
ちょうどいいから、と言わんばかりのばんえんによって買い物行進が確定してしまった。
「かえりたい。」
「かえらせない。」
「ここまで来たんだからいい加減腹を括りなさいよ。」
ばんえんにヘッドロックで強制連行されているきざむがじたばたと暴れている。呆れたらいこに尻を叩かれ、むくれた表情を見せつつも諦めて歩き出すきざむ。
ええ……?という心の声が漏れ出る様な困惑顔のゆきだったが、ばんえんが向けてきた熱い視線にその意図を悟る。
要するに、これくらい無理に連れ出さないとこいつは付いてこないぞ、と。それを実演してみせたのだ。
目の前には巨大なピロティ型のビル。一階は風通しよく食べ歩き形式の飲食店が立ち並び、流動的に人々が舌鼓を鳴らしている。
和気藹々?としている7人組の大所帯は流石の騒がしさに視線を集めつつ、ビルの中に進んでいく。
「あっ、タコス。」
「早速脱線してんじゃねえ。」
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