第25話

 前線基地を動かすのは簡単で、基準世界にある世界間アンカーを動かし、その動きに合わせて小惑星自体に推力を与えればいい。

 現在基準世界ではブリジョラスの乗ったトラックが世界間アンカーを運んでいる最中だった。

 動けない戦闘員達や倒したヒーローは研究員達や資料を優先したのでほとんど回収できていないが、それ以外は概ね全てを手に入れることができた。

 クラウンブレッドの勝利と言って過言ではないのだが、アンテナまみれの指令用トラックの中は多少ピリついた空気が漂っていた。


「ほんっっっとうに、ブエルラギナはタヌキだね。」

「それ。」

 

 戦闘が終わって気の抜けた上級怪人達は、変身を解いてゆったりと過ごしていた。

 肴には巨大化したヴァルトルレディとタロスロボの激戦がディスプレイに映されているのだが、それでもピリついているのはヒタチだ。

 彼は遅参したブエルラギナについて怒りを隠さない。

 しかしながら、それはきざむ含め他の怪人達も概ね同意見だった。

 事前の話では一切なかった戦力の投下。しかも、日和見を決め込んでいたのでなく新兵器のお披露目会をする最高のタイミングを見計らっていただけ。拠点に帰ればこれを恩だと言ってくるのが目に見える様だ。

 作戦の最高責任者や現場で命を張っていた怪人達からすれば、最初から手を貸せと言いたくもなる。

 とはいえ、それも勝っているが故の余裕なのだが。


「うみゃうみゃうみゃ」

「うひひひ………………」


 椅子に体重を預けているきざむだが、その両手には花…………というには少し異質な空間が流れていた。

 

 左腕にがぶがぶと嚙みついているヴァン・シェミラ。

 好きに食ってよし、と言われてきざむの霊力を吸っているが調整は上手い様で、生成量ぴったりを吸い取っている。長く細く、という理想的な搾取の常識を心得ている。

 それでも火傷を冷やす氷嚢を持っているところに、彼女が食べ物に対する感謝「いただきます」の精神が宿っていることを悟らせてくれた。

 

 右腕にはウキウキで頭を撫でられている廻燐朱鬼。

 最初は庇いに庇われてお荷物になっていたと自虐していた彼女も、きざむによる頭撫でによって徐々にその顔を輝かせ、なんならブンブンと触れる犬のしっぽが幻視される浮かれ様だった。


 当のきざむは特に気にする様子もなく、タロスロボにボコボコにされているヴァルトルレディを眺めていた。

 彼女はかなりの時間粘ってはいるのだが、容赦なく殴られ銃撃されとボロボロになっていく。順調に彼女の動きが鈍っていき、タロスロボのエネルギー砲発射という必殺技によってヴァルトルレディの霊装は砕かれた。

 今頃本体が空中に投げ出されているのだろうが、使い捨て前提の彼女に脱出用の装備は与えられているのだろうか、と疑問に思った。


「あれってそのまま地面に衝突してべちゃり?」

「そうじゃないかしら?霊力が尽きてるから意識もないでしょうし、使い捨て前提なのにそこまで配慮しないと思うわ。」


 うへえ、とその様子を想像してしまったきざむ。確かに処分される怪人の汚名挽回の本当に本当の最後のチャンスとしては優秀かもしれないが中々に悪辣だな、という評価に落ち着いた。


「ところでヒタチ博士、成果の方はどうなの?」

「んー……まあ今のところは芳しくはないね……

 研究資料は電子的データだったから、暗号化の解読は拠点に戻ってからしかできないし面倒だけど、これは時間の問題でいつかは解ける。

 爆弾は、ひとまず箱のままで適当な世界に持っていって開封、問題なければ解析開始。こっちはそもそも解析できるか運任せ。」

「そんな分かり切ったことじゃなく研究員達の方だろ、ミスレルティックが知りてえのは。」

「はいはい。一応簡易的な尋問は始めているけど、自分達はJ-SHOCKの詳細は知らないの一点張りさ。」

「本当にありえそうなのが怖いわね。責任者も確保したのでしょう?」

「上山博士だね。彼はしぶといね~。最初こそ色々怒鳴ってたけど、我々を解放しろしか言わなくなっちゃったよ。」

「省エネっていう尋問の心得を理解してるんじゃないか?」

「黙ってても頭かっぴらくだけって教えても理解してねえ馬鹿なだけだよ。まだ希望があると思ってんだろ。さっさと帰って記憶抜けば最速だ。」

 

 好き放題言うきざむの言葉に、辛辣だがそれもそうかと静まる。


 


 クラウンブレッドの本部へと戻ってきた怪人達は、各々の私室に戻ってゆったりするか、それぞれ派遣されてきた派閥への報告に向かっていった。

 ドンメルル男に倣ってではないが無所属であるきざむは、腕の治療を済ませ破れた私服を着替えれば、特に用事がある訳ではなく部下2人と時間を過ごしていた。

 ふと、ヒタチの研究室に行こうと思いついたきざむ。


 こじんまりした私室兼研究室とは違い、彼の派閥が共同で利用する研究室。その二階部分の覗きガラスから、きざむは俯瞰している。

 体育館程の大きさのその部屋の中には現在、ところ狭しと戦利品が並べられていた。

 戦利品、とは今回入手した研究員達。

 彼らは恭順を示せば、多少の洗礼は受けることになるがそのままクラウンブレッドの構成員になることができる。しかし、数時間経って未だにここに残っているのは、それを拒んだ愚か者達。

 確かに重要な情報を無理矢理引き出すことはできるが、電極の本数もそれを扱う人間もそこまで多い訳ではない。

 

 そんな中で、優先的に頭を裂かれた人物。

 上山博士。


 人間の記憶というのは流し込むのは簡単でも、抜き出すのは容易ではない。

 電極を突き刺した状態で質問をして脳裏に浮かべさせる必要がある。

 つまり、今頭皮を剥かれ頭蓋骨を剝かれ。脳が露出した状態で拘束されいている上山博士は、意識を保ったままということだ。

 

 一番重要な役回りなだけに、ヒタチが専属で聞き取り調査を行っている。


「ほんと、馬鹿な奴だよ。」


 その言葉に何が籠っているのか。

 隣で聞いた廻燐朱鬼は、深い闇を感じることになった。

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