第24話
プリズン・オブ・ダイダロスの円筒が蓋を開ける。サンボイルジャーはあの円筒にある加速レールから射出されることで、現地への高速移動を実現する。
正直、ここでこの手を出されるのは一番しんどい。どこにでも出現できる強力なヒーロー。研究所側は、一番この場に適した手札を用意していた。
「お前らは走れ!移送組を援護しろ!」
廻燐朱鬼とヴァン・シェミラに指示を出す。
サンボイルジャーの参戦は、これまで俺が散々用意しようとしていた保険を全て用いて対処する様な案件だ。
そして、その余裕を用意する前に奴らは来てしまった。ならば、ここでオールインするしかない。
今ドンメルル男達とサンボイルジャーが接敵するのはまずい。
サンボイルジャーが単純に強いからだ。たとえ相手がB級の上級怪人3人でも、普通に戦いになる程度には。しかも、守るものがある状態ともなれば話も変わってくる。
これまで参戦が無かったのは、何かの狂いで研究所側が後手に回ったのだろう。フライングボードを止める前に来なかったのは不幸中の幸いだ。
ここでの最善は部下2人をそちらの戦いに向かわせて確実に勝利条件を満たし、目の前にいる虚無僧野郎を俺が単独で相手する。
走りだした部下2人を尻目に足場を固め、ヒーローに向けて拳を…………
衝撃音。
「………………は?」
土埃が舞い散り枝葉が頬を叩く。吹き飛ばされる様な物ではないが、霊力が込められた後の残滓の様なものが混じっているのが全身に不快感を与えてくる。
落ち着いた先にいたのは、決めポーズを決める5人組のヒーロー。
「勇気と共に在りし燃える心!カロスレッド!」
「勇気と共に在りし大海の抱擁!カロスブルー!」
「勇気と共に在りし闇夜の守護者!カロスブラック!」
「勇気と共に在りし雷鳴が如き力!カロスイエロー!」
「勇気と共に在りし癒しの極致!カロスピンク!」
『我らサンボイルジャー!』
通知音。
デバイスをタップし仮想ディスプレイを開くと、2件の通知。
ドンメルル男、ブリジョラス、ミスレルティックが交戦中。
後手後手だったのは、こちら。
当初の想定通り、クラウンブレッド側の戦力が足りていなったというだけの話。青マントのヒーローがあっさり倒されたのがあちらの想定外だっただけで、他の場所にはしっかりと追跡用の戦力がかなりの量配置されていた。
護衛対象の方が拮抗できているこの状況、そりゃ不確定要素成り得るこちらを先に処理してから増援に向かうよな、と。
「グレイニンジャ!そしてその部下達!お前達をここで倒して研究所の人達は返してもらうぞ!」
「クソがよぉ………………」
無駄だと分かっていても文句の1つも口にしないとやっていられない。
虚無僧のヒーローが突っ込んで来る。
鎖による飽和攻撃。最早霊力の出し惜しみはない。
しかし、1つ1つ拳で打ち払われダメージは皆無。
サンボイルジャーの方は廻燐朱鬼とヴァン・シェミラが当たりに行った。
2人共空中に避難し廻燐朱鬼は水の砲撃を連射することで攻撃、ヴァン・シェミラは霊力を伸ばすことでサンボイルジャーを捕まえようとしている。
「サンヒートリング!」
対するサンボイルジャー側は、その拳に魔法陣の様な円を発生させる。
それを天高く掲げると光線が生み出され、腕ごと動かして角度を調整し、廻燐朱鬼とヴァン・シェミラを光線が追いかける。
太陽光を霊力によって無理矢理収束させたそれは膨大な熱を生み出し、身を捻って躱した彼女達の肌を焼く。ヴァン・シェミラは前の戦闘で得た貯金をごっそり使って減衰しきった様だが、廻燐朱鬼の方はそれを直撃させ和服型の霊装の端が焦げている。
サンボイルジャー達はそれぞれ位置を変え彼女達を囲むようにしてそれを放つ。
5本の光線に押されて2人はどんどん地面へと誘導される。
こちらも余裕はない。
鎖を超えた虚無僧のヒーローが高くジャンプし、そのマントを靡かせている。
下手なことをしたら掴まれてさっきの無様の再演だ。
後ろに引きつつ太刀を引き抜いて振り回す。ひとまず格闘の間合いに入れさえしなければいい。回転を利用して常に斬撃を目の前に用意する。
ヒーローは身を捻って拳を打ち込もうとしてくるが、即座に刀の軌道を調整して阻止する。
射撃音。
意識外からのそれは、目の前のヒーローの物。拳を構える傍らで、逆の手で拳銃を用意していた。手に衝撃が走り刀を取り落としてしまう。
貫通はしていない。行動には支障はなし。
こっちもやることはやっているのだから。
射撃音。
流石にこいつも意識外だったらしく、その肩に銃弾を食らう。
中頃を砕かれたがまだ霧散していない鎖が、この戦場のいたるところに散らばっている。
少しずつ、少しずつ、バレない程度に動かして霊力の導線を作り、その先でピストルを権限させた。流石に無茶苦茶すぎて頭を狙ったが左肩に逸れてしまった。
とはいえ、それなりのダメージを与えた及第点。
無防備なところに直撃を貰い肩を痛めたのか、今度はヒーローの側が距離を取る。
「やるな…………」
手元に拳銃を作り出し、ヒーローと構え合う。
そういえば今日初めてこの男の声を聴いた。
お茶らけたテンションの高い話し方しか知らなったが、その声には緊張と覚悟が滲んでいる。
「お褒めいただきどーも。俺も、あんたを強者だって認めるよ。よーいドンなら負ける気はねえけどな。」
「私も、お前に負ける気はさらさらない。」
「どうだか。……名前だけ聞いていいか?」
「天輪仮面。」
「だっせ。というか古臭。うちのドンメルル男も大概ダサいけどそれと同レベル。」
「そういうお前はグレイニンジャ……グレーとクレイ、粘土か?爆発を操ると聞いていたが、戦った感じそうではないらしい。体を名で表してしまっているが、それはいいのか?」
「ご名答。まあ、あんたくらいのが相手じゃなけりゃ、気付かれたとこで処理するからなんてこともない強者の余裕って奴。」
こうしている間に、廻燐朱鬼はサンボイルジャーの猛攻を凌いでいる。ヴァン・シェミラが近付いて来た相手の霊力を吸い、即死の一撃を狙っても数に押されて上手く行っていない。
レッドの攻撃によって、廻燐朱鬼がヴァン・シェミラを巻き込んで吹き飛ばされる。
それを好機だとして、レッドは巨大な砲撃銃を生み出す。
「ブレイブチャージ!」
他の4人が砲門に手を当てると、サークルを介して砲門の中にエネルギーが流れ込んでいく。
太陽のエネルギーが臨界し、砲門からはまばゆい極光が漏れ出してきた。
…………地面が揺れている。
「残念ながらここまでだ。」
「その様だ。」
2つの射撃音。
至近距離での撃ち合いで、互いに狙ったのは頭。
天輪仮面は圧倒的速度で避けて右肩に被弾する。その反動で銃を取り落とし、後方へと吹き飛んでいく。
グレイニンジャが喰らったのは、眉間ど真ん中。
そう、俺本体じゃなく、その目の前に生み出したグレイニンジャの皮を被せた人形の、眉間のど真ん中に着弾した。
「偽骸
この人形の中身は結論霊力。
俺だからできる馬鹿げた消費量で、偽纏をつかって筋肉を再現。もちろん、脳みそなんてものはない。
人形が天輪仮面を追走する。
俺は、走り出す。
「「「「「ブレイブショット!!!」」」」」
サンボイルジャーの必殺技が放たれた。
廻燐朱鬼もヴァン・シェミラも、どちらも地面に尻を突いて動けない。
間に入り込む。
左腕で受け止めた。
圧倒的霊力。
押し負けている。足がどんどん後ろに滑っている。
これに対抗するには、左手腕の霊装に霊力を集中するだけではダメだ。
全身の肉体出力の強化。
右腕で左腕を押し出す偽纏。
これでもって、ようやく拮抗した。
それでも、太陽の熱が肌を、霊装を、魂を焼いてくる。
長い時間が過ぎた様に感じる。
エネルギーの塊が消失した。
左腕の、いや、肩から腹にかけて霊装が吹き飛んでいる。
左腕に至っては変身前に着ていた春物のジャケットが千切れて無くなり、熱に焼けて皮膚が赤みがかっている。
「なっ、お前………………!」
「グレイニンジャ様!」
サンボイルジャーが全力の必殺技が止められたことに動揺している。結構ギリギリではあるのだが。
廻燐朱鬼が駆け寄って来る。
泣きそうな面だ。
「撤退だ。シェミラ共々走れるか?」
「私たちは、そうですが……グレイニンジャ様はその傷と消耗では逃げ切れません……!」
消耗、ね。
確かに、天輪仮面への全開戦闘と今の防御で霊力はほとんど残っていない。
とはいえ、それも俺基準で残っていないだけで霊装の修復もできれば肉体の強化もある程度ならできる。
それよりも。
「まあ、大丈夫っしょ。」
地面が揺れる。
ドスンドスンと、一定のリズムで。
天輪仮面との戦闘中にデバイスに届いていたメッセージは2件。
後から来た方のメッセージは、ドンメルル男達の戦闘を知らせる物。
では、もう1つは?
「ほんっとにもー…………うちのお母上様はおいしいところだけ持っていきやがる…………」
揺れの主がどんどん近付いてくる。
見えてきたのは、巨人。
赤い煽情的なドレスを着て、古臭いSMチックな仮面を付けた女。
美造怪人ヴァルトルレディ
メッセージの正体は、増援の知らせ。
新型兵器のテストも兼ねて、とのことだ。
霊装の巨大化の実験をしているのは知っていたが、まさか60mは超えている物を作り出しているとは。
プリズン・オブ・ダイダロスの円筒が再び開き、5色のロボットが射出される。
サンボイルジャーの合体ロボ、タロスロボ。
サンボイルジャー達は背中に翼を発現させ去っていく。
デバイスから着信音。
走り出しつつ仮想ディスプレイを展開すると、ミスレルティックの顔が映された。
『無事かしら?』
「まー無事と言えば無事。そっちは?」
『例の新兵器さんのおかげでヒーローは瓦解したわ。残ったヒーローも狩って、今前線基地に入ったところ。研究所からも続々と戦闘員達がお土産と一緒に戻ってきているわ。あなたのところにいた研究員達も、下級戦闘員を投げておいたからじきに回収できるはずよ。』
「そりゃ僥倖。」
上空では巨大化した鞭とタロスロボのメイスが火花を散らせている。
あの戦いの巻き添えでぺしゃんこにされることもなければ、俺たちは無事前線基地に戻ることができるだろう。
クラウンブレッドによる霊子破壊爆弾の技術奪取作戦は、色々とあったが完全勝利で終わることができそうだ。
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