第23話

 ――――ピストルで狙うには流石に遠い距離。

 グングンと迫って来る虚無僧ライダー。

 例の改造藁防止ヘルメットを被っているのがとにかく分かりやすい。

 

 虚無僧ライダーの後ろには誰もいない。

 そもそも1人で来たのか、それとも急ぐ余り置いてきたのか。


 ドンメルル男達は既に走り出している。しかし、重量物を抱えていることもあってその行進は遅い。霊力による身体強化を加味しても文字通りの人並みの速度しか出ていないのでは、まず間違いなく追いつかれるだろう。

 ゴールである世界間転移装置までは数キロ。それまでの時間を稼がなくてはならない。


 くっきりと輪郭が見える位置にまで来た。

 すると、虚無僧ライダーの方も左手で何かを向けていることに気が付く。


 柔らかい地盤に木の根、何が落ちているかわからない状況で、片手運転。

 諸々機能が搭載されたオートマチックバイクなのだろうが、それにしても無謀。

 

 その上、掲げているのは拳銃。

 頭のおかしい運転の上、射撃までしようというのだ。


「シェミラ、廻燐朱鬼の後ろから離れるな。実弾が飛んでくる可能性がある。」

「はーい。」


 霊力による攻撃ならシェミラの霊力属性の特性上、減衰させることで対処できるだろうが、物理現象を利用した攻撃に対しての対抗手段が彼女には存在しない。

 物理的衝撃のほとんどを吸収してくれる霊装を纏えていないというのがとても危険だという事が分かっているのかいないのか、気の抜けた返事だった。

 

 相手とは互いに補足し合っている以上、小手先は仕込めない。

 俺の射撃のタイミングはシンプル。

 当てれると判断した瞬間。

 動いていない分、有効射程はこちらが上。そして、技というほどではないが、偽纏はここで役に立つ。

 肉体に仕込んでいない偽纏は支えがないだけにそのまま吹き飛んで行ってしまうが、発射の瞬間だけでも全方向から均等に手を押さえつければ、ブレることはない。


 確実に当てれる距離だと、判断した。

 狙ったのは当てやすい胴体。

 俺の偽纏の要領で発射される霊力弾に人体を貫通する程の威力はない。どちらかと言えば、ゴルフボールを発射している様な物だ。

 しかし、込められた霊力の量は膨大なだけあって着弾さえしてくれれば、その衝撃は絶大な物となり骨も折れれば吹き飛ばされもする。


 発砲は同時だった。 

 俺が放った弾丸はしっかりと目標地点まで進んだ。しかし、弾かれる。

 ハンドルを握っていた右腕で逸らされ遥か後方へ。

 虚無僧が放った弾丸は、俺のピストルに命中した。

 ピストルは砕かれ、後方に吹き飛ばされつつ霧散する。

 

 こちらの射撃を弾くのもおかしいが、ピストルとはいえ霊装の一部。霊装は霊力を纏っていない攻撃を無力化される。これは防弾チョッキとかを着ているみたいなもんじゃなく、霊装の中で衝撃を散らしてくれるからだ。

 故に、この弾丸は霊装によって放たれた物。そして、霊力銃の最大出力なんてたかがしれている。

 壊れる覚悟で放ったとしても、まだ発射用の霊力が残った俺のピストルが、こんな風に吹き飛ばされるなんてことはない。

 

 虚無僧姿が霊装じゃないのは昨日確認している。

 つまり、あのつまらない話が長くて面倒なうざったらしい男は、霊装の部分権限なんてものを習得している。

 霊装は、自身はこうであると信じ切った形を表に出す物だ。そこに付属する武器は、あくまでもその完成品の一部。

 故に皆、変身という形で自分の魂のラベルをヒーロー/怪人という物に置き換える。

 戦闘を行っている今の俺はグレイニンジャ。有明刻が霊装を行使することはできない。

 ラベルを置き換えた後なら多少の融通は効くが、そういった自分自身の魂そのものを騙す領分は、出力の低さと会得難易度の高さから廃れていった、前時代の魔法使いウィッチ超能力者エスパーの物だ。

 

 要約、あいつ頭おかしい。

 とはいえ、虚無僧の恰好からしてわかり切っていたことではある。


 ひとまず防御と迎撃だ。

 袖口から鎖を射出し、俺の全身を周回するように漂わせて突貫する。

 走りつつ2つの鎖を虚無僧に向けて飛ばすが、突然ウィリーを始めたと思ったら、その直後バイクが空高く跳ね上がった。

 流石に急すぎて軌道変更もできず鎖は地面に突き刺さり、虚無僧の姿を追いかけるがバイクは木の高さを超えて枝葉によってなんとなくの場所しかわからなくなる。


 そして、発光。


 次に目に入って来たのは赤い姿。

 赤いタイツに黄色いマント。後光のような物を環状に背負い、目元にはスポーツタイプの鋭利なサングラス。口元と頭には黄色い布を巻いている、ステレオタイプの覆面系。

 

 速い。


 それが、第一印象。

 

 発光は変身の証。そして、その直後に木々の隙間から空中で奴の姿を補足した。

 だというのに、俺は斜め後ろにいる廻燐朱鬼の目の前まで移動することになった。

 衝突する鎖と虚無僧ヒーローの拳。

 変身ヒーローとはいえ、空中から出していい速度じゃない突進。廻燐朱鬼は完全に反応できていなかった。

 そして、ヒーローの拳に込められた霊力も膨大で鎖が簡単に砕かれた。

 

 明らかに俺に届くレベルの能力者。

 

 着地と同時に再度突っ込んでくる。

 これは横にいなすと決め、その拳を腕で受けようとした。

 そして、掴まれた、と気付いた時にはもう遅かった。


 体は回転を始め、足は浮いている。肘や肩は衝撃ではなく捻りによって、体の中で悲鳴を上げている。

 投げ技を食らった。それも柔道系じゃなく合気道系。

 霊力の属性やら出力なんて関係ない純粋な格闘技。いつも通り甘んじて霊力の消費覚悟で出力任せに弾き飛ばそうとするが、しっかりと掴まれて離してくれる気配はない。

 

 このままでは顔面から地面に叩き付けられる。

 それ自体にダメージはないが、これだけの動きをする相手にそんな隙確定の一手を与えたくない。多少無茶してでもこの一瞬で抜け出さないといけない。

 

 ………………無理だ。この姿勢から打てる手が少なすぎて対処しきれない。


「風鬼・舜風!」


 いつの間にか二段階変身モードチェンジを済ませていた廻燐朱鬼が、虚無僧ヒーローを俺ごと宙に浮かせた。

 流石に想定外だったのか、俺の体を地面に押し付ける為の前傾姿勢で力の行き場を失った。

 

 何が起こっているのかの理解の差は大きい。

 こいつが頭で処理するまでの間に、俺は左手で背中の太刀を思いっきり引き下げた。


「偽纏・突孤脚!」


 刀の鞘と足の偽纏。

 まるでサッカー漫画のようなオーバーヘッドが、ヒーローの肩にめり込む。

 想定外の攻撃に腕を掴んだ手が緩んだ。この機を逃さぬ様に出力最大の霊力を腕に込め、俺の右腕はヒーローの手から大きく弾き飛ばされる。

 

 しかし、ヒーローの手から離れその体も吹き飛ばしてその場しのぎはできたが、これだけの虚を突いた攻撃でも霊力でしっかりとガードされている。攻撃自体のダメージは皆無だろう。

 距離を置いて消耗戦を仕掛けたいが、あの速度にどこまで対応し続けられるか。


「すみません、私を庇って……」

「別にいいよ。それよりナイスサポート。」


 多分、こいつはA級相当の能力者。

 霊力の総量と生産量で負けていることはないだろうが出力は拮抗し、肉体強化の技術・効率は明らかに俺より上。その他の基礎的な戦闘スキルもしっかりと持ち合わせている。

 廻燐朱鬼が対応しきれないのは仕方ない。なんなら、この作戦に参加している他のB級連中でも普通に負ける枠のトップヒーローだ。


 だというのに、俺はこいつの名前も存在も知らない。

 これだけの戦力がヒーロー活動をしていて、その存在すらを捕捉できないクラウンブレッドではない。

 突入してきた状況や変身後の恰好からヒーローだと判断したが、暴竜帝国を雇っていた組織の虎の子を連れてきたと言われた方が頷ける。

 それくらい、目の前のヒーローはいびつだ。


「とりあえず前には出すぎるなよ。今みたいな庇いもできなくなる。」

「はい!」


 廻燐朱鬼達はいれば庇わなくてはならないが、いなければそれはそれで泥沼の霊力削りになる。

 というか、そういうサポートに一番向いた奴を連れてきたはず。

 

「シェミラはあいつの霊力食ってんだろうな?!」

「ぜんぜんたべれない!」

「なんで!」

「はやすぎ!」

「そりゃそうか!」


 ヴァン・シェミラの霊力に纏わりつかれるあの感覚と今の発言からして、しっかりと捕捉しないと霊力は吸収できないらしい。

 こいつは敵全体に負荷を掛けるタイプかと思っていたが、案外少数向きの拘束に使うのか。周囲に漂わせてる霊力で変な動きをするのは知っていたが、それも霊力の減衰以上に案外俊敏にやれるのかもしれない。

 持久戦より、短期決戦向き。霊力ポールを守った時も全体的にヒーローを弱らせて廻燐朱鬼が攻撃を防ぐことを想定して任せたが、真実はさくっと敵を倒したのか。

 

 一番堅実な勝ち筋は見えている。

 俺があのヒーローを廻燐朱鬼のサポートで動きを抑えて、ヴァン・シェミラが接近して霊力を一気に吸う。

 

 そう思っていたが、どうやら誤算があったらしい。


 首のデバイスから通知音が鳴り響く。

 それと同時に、木々ですら隠しきれない程に巨大な、空高く移動する物体が目に入り込んできた。

 5色の塗装をした宇宙戦艦、といった風体。円を×の字刺し合わせた様な胴体と、その中心に取り付けられた巨大な楕円の筒。

 それは、居住ブロック4に住む者なら一度は見ている物。


 それどころか、悪の組織で活動しているだけにもう見るのは5度目だ。


 その戦艦の名前は…………


「プリズン・オブ・ダイダロス………………!!!」


 サンボイルジャーの、巨大ロボ………………!!!

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