第22話
「それを返せ!!!」
――――運びやすい様にアタッシュケースを鎖で巻き付けて纏めていると、研究員の一人が騒ぎ出す。鎖に巻かれて動けない状態で元気なことだ。
顎髭を生やした中年の研究員。着地の時に地面を転がったのか、顔が盛大に汚れている。
返せ、の前に解放しろ、じゃないのかね。なんて下らない言葉尻を拾いたくなるが、ひとまず心の内に収めておく。
「それはお前達が触れていい物じゃない!
それは世界が、日本が、いや……家族が、娘や嫁が平和に暮らす為に使う物だ!」
…………そりゃ大儀なこって。
作業も終わったので、ひとまず騒いでいる研究員のネームプレートを確認してみる。
上山豪蒋
富士樹海極秘研究所・上等研究員
同・所長
要するに、トップ。
「この爆弾の責任者はお前か?」
「だとしたらなんだ!」
「いやね。俺らだって暇じゃないから、尋問とか拷問とか、それで駄目なら最悪頭かっぴらいて脳みそに電極ぶちこんでの記憶吸引とか。そういう手間のかかることしたくないのよ。
だから、協力的になってくれると嬉しいなーって、思うわけ。なんなら、このまま
「するわけないだろう!」
するわけない、か。
現実が見えていないのか、本当に高潔な心をお持ちなのか。
ならばこういう返しをするだけだ。
「言うまでもないが、クラウンブレッドに協力するなら家族がその保護下に入る。友好的な組織にも情報が行くから仮に事件に巻き込まれた時、無事に帰ってこれる可能性がグンと上がるぞ?
しかも、友好的つっても、ウチは悪の組織間でシェア率ほぼ100なモンを生み出しまくってるクラウンブレッドだ。
ある意味、家族を守りたいなら国家なんかよりも圧倒的な、世界で一番安全な庇護だ。」
馬鹿の内ゲバさえなければな、という皮肉はしっかりと喉元で留めた。それに関しては自分が一番実感している。
結局のところ、今悪の組織が勢力を持てているのはこれが全てだ。
国が、ヒーローが当てにならないから、もっと強い力を、と。
誰しも家族は愛おしい。
それが、他人の不幸の上に成り立っていたとしても。
俺にはそれを嘲笑することはできない。
その恩恵を享受している存在だからだ。
「別に絶対協力しろって言ってるんじゃないし、強迫してる訳でもない。もうこうなった以上、あんたに逃げ道はない。
そして、クラウンブレッドはJ-SHOCKの技術を手に入れる為になりふり構わない。それが終わった時、あんたはどんな状態なんだろうね?っていう事実を教えてあげてるだけ。
だから、ここであんたが協力の意思を見せてくれれば、こっちは尋問の手間が省けてお得。
あんたは最初から苦しい思いをすることもなければ、家族の平穏も約束されてお得。
win-winじゃないか、っていう慈悲なんだぜ?」
そして、この甘い蜜を捨てることができる人間など、存在しない。
ここまで懇切丁寧に説明してやったんだ。
これでこの男もクラウンブレッドになびく。
………………なびくはずなんだ。
なのに、なんだその眼は。
何故、まだ反抗的な眼で俺を見ている。
何故、ここまでの利点を言って頷かない。
何故、検討の余地すらないって顔をしてる。
苛立ちからだろうか。
自然と顎に力が入って頬骨が軋む音がする。
目線を合わせてやる。
ただし、鎖を持ち上げて博士を宙吊りにすることでだが。
「私は何があろうと貴様らに等、協力しない!
他人の犠牲の上で成り立つ利益は真の幸福ではない!
私は、娘に胸を張れる父親でありたい!」
「その綺麗事、記憶を全部抜き取られて後悔できなくなってからも言えるといいな。」
どうやらこいつは、程度の引いAIみたいにテンプレート並べる馬鹿だったらしい。
もう選択肢なんてものは存在していないという現実が見えていないのなら、娘との最後のお別れもできずに打ち捨てられればいいさ。
「すまない、りえ……すまない……いりこ…………」
言いたいことを吐き出すだけ吐き出して、泣いて謝るくらいなら最初から従順にしていればいい。
「グレイニンジャ!」
無駄に暑苦しくて馬鹿でかい声。
振り返るまでもなく、ドンメルル男。
「おせえよ。」
「すまん!」
そこには、ブリジョラスにミスレルティック。
C級以下は誰も連れていないところを見るに、研究所の方で後処理をさせているのだろう。
可能な限り戦闘員は持ち帰りたい。
廻燐珠鬼にヴァン・シェミラ。
目立った外傷もなければ霊力欠乏の雰囲気もない。どうやら霊力ポール防衛は問題なく成功した様だ。
ヴァン・シェミラは後ろに2人の男を引きずって、それを食事にしているらしい。おそらく5人組ヒーローの内の2人だろうが、意識があるまま悪の組織に連れまわされるのはさぞ恐怖だろうな。
「流石の手際だな、グレイニンジャ。あとは運搬するだけか?」
「見ての通り。こいつが責任者らしいから、優先して運ぶ。」
「了解した。」
辺りを物色したドンメルル男。
部下がいないから、研究資料のアタッシュケースとJ-SHOCKの入った金属箱を1人ずつで運べるとして、残った研究員は多少選別しないといけない。
最優先の上山博士は俺が運ぶとして、他は誰を運ぶべきか。
これで上山博士の協力があれば楽だったのだが、致し方無い。
選別はミスレルティック達に任せて休憩がてらそんなことを考えていると、ドンメルル男が廻燐珠鬼とヴァン・シェミラを連れてきた。
やけにキラキラした目をした廻燐珠鬼と、物欲しそうな顔をしたヴァン・シェミラ。
「こいつらを褒めてやれ、グレイニンジャ。あの人数差で、こいつらは勝利したんだ。俺たちが着いたときには既にマイテルティ達を地に伏せていた。」
「そら凄い。」
本当に想定外だ。
倒してしまっても、なんて冗談でふざけたことを言っておいて、本気で倒す奴がいるとは。
単純にマイテルティと廻燐珠鬼は俺の見立てだと甘く見積もって同格。ヴァン・シェミラという未知数があったとはいえ、凄いことだ。
「よーやった。」
「いえ、私の成せる仕事をしたまでです。私よりシェミラちゃんの方が……」
噓つけ。
口角上がりっぱなしだし、頭がドンドンこっちに垂れ下がっているぞ。
まあお望みなら否定する必要もない。
頭を撫でてやると、でへへ、なんて気持ち悪い声を出していやがる。
「シェミラ、まだ食い足りないか?」
「まだおなかすいた。」
「後でたらふく食わせてやる。」
「やったー!」
こっちは単純でいい。
ふと、耳に入ってくる異音があった。
動物の鳴き声みたいな、と最初は思ったが、それにしては長い。
なんだ、なんだ、と周囲を見渡すと、遠くに黒い影が見える。
「ミスレルティック!上山博士を連れて先に行け!」
「どういうこと?!」
「増援だ!」
見えたのは黒いバイクだ。
未舗装の悪路を平然と走ってくる頭のイカれた馬鹿は、考えるまでもなくヒーローか怪人。昨晩散々B級クラスを撃破された暴竜帝国が、今更戦力を投入してくるとも思えない。
ミスレルティックに上山博士を渡す。ドンメルル男とブリジョラスも、それぞれ研究資料と金属箱を抱える。
「支援だけでいい!任せたぞ!廻燐珠鬼!シェミラ!」
「はい!」「はーい!」
黒い影に向けてフリントロックピストルを構える。できれば先手を打ちたいが、と狙いを定めていると、黒いバイクの上の物体がしっかりと見えてきた。
ああ、畜生。知った顔だ。
「あの虚無僧、ヒーローかよ………………」
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