第21話
車両であれ人間であれ、森の中で走るというのは柔らかい腐葉土の上ということもあって困難を極める。
霊力によって身体出力を上げようと、むしろ地面に沈み込んでバランスを崩して逆効果だ。
それ故に、逃走中の研究員やその護衛達は霊力によって熱した空気を噴出することで空中を進む、フライングボードを用意していたのだろう。
しかし、霊力に糸目を付けない埒外の化け物にとって、そんな悪路は存在しないも同然。
グレイニンジャ、きざむは森の中をフライングボードの集団に向けてアスリート走りで全力疾走している。
そのからくりは、贋造によりガラスの様な半透明の素材をフライングボードに向けて一直線に敷き詰め、快適な状態で走っているという物。そして、霊力を込めるだけ込めて、肉体が耐えられるだけの最大強化。
それでも尚、きざむの霊力生成量を超えていない。収支がプラスな状況に、ヴァン・シェミラに吸われるよりは楽だな、なんて舐めたことを考えている。
しかしながら
きざむが接近していることを気が付いたのか、連射型の霊力弾が飛んでくる。
対組織犯罪武力制圧部隊、通称
霊力というのは、他人と同じ価値観を共有することで強化される。そう易々とできることではないが、5人組だの3人組だのといったヒーローが多いのは、そういった事情もある。
そして、その仕様を最大限利用したのが、OCSAFの兵士達だ。
過酷な訓練によって同質の霊装を得た特殊部隊。迷彩柄の軍服型霊装と、支給された霊力銃を備えた彼らは、まさしく軍隊だ。
とはいえ正義感を持ち得てもヒーローになれなかった落ちこぼれの集まり、という側面も無くはないのが悲しいところだろうか。
単独では
そこだけを見れば流石に全力を出した国家と1組織では規模が違うと言えるのだが、数に頼って1を倒すことを目標にするということは、クラウンブレッド産のソフトボール大の転移装置を投げ込まれるだけで阿鼻叫喚の地獄絵図になるという話でもある。
しかし、ここにいるグレイニンジャ、きざむは
雑に前方に生み出した壁によって、霊力弾は全て弾かれる。
群雄割拠のヒーロー・怪人の世界において霊力の多さが取り柄であるグレイニンジャにとって、その程度の攻撃は削りにすらならない。
しかしながら、研究員達の苦し紛れなのか知れないが時折実弾が混じっているのがいやらしいな、と愚痴を溢したくなった。これまではなんとも思ったことはなかったが、自分達は良くても霊装を纏っていない問題児が最近部下になったばかりだ。
「レイブルショック!」
青い光の攻撃。
光線と呼ぶには少し広い一面を覆う攻撃に、さすがに前方の壁に供給する霊力の量を増やすきざむ。
攻撃は止んだが削られた壁を修復するよりは、とそれを爆破することで廃棄して新たな壁を生み出し突き進むグレイニンジャ。
フライングボードの一団から飛び出して来たのは、目元だけ隠されたバイザー型のヘルメットと青のマントが特徴的なヒーロー。
きざむはその名前を曖昧にしか憶えていないが、居住ブロック1で活動している結構有名なヒーローだったと記憶していた。
光という形での広範囲霊力放出。直撃していれば全身に防御用の霊力を使わされていただろう。
特に自身の霊装に少しでも不安を感じてしまえば、中途半端に必要以上の強化してしまい無駄な霊力を消費することになる。
そいうった意味で、かなりいやらしい属性をお持ちのことで、とそのヒーローへの評価は下った。
グレイニンジャは驚異的な速度で接近している。
ヒーローは遠距離での迎撃を諦め、意識を接近戦に切り替えた。
彼が腕に霊力を集中させると、その周囲に2つの渦が生まれる。
対するグレイニンジャも、右腕に黄金の籠手を生み出した。
「
「虚爆籠手!」
爆発。
正面からの拳のぶつかり合いだったが、その爆発の衝撃は上空へと異常な動きを見せ、グレイニンジャの腕もそれと同じように打ち上げられる。
バランスを崩したグレイニンジャに勝った、と口角が上がるヒーロー。
「スラッシュサイス・ディストラクション!」
グレイニンジャのがら空きの胴に向けて全力の回し蹴りを放つ。
衝撃。
ただし、ヒーローの後頭部に、という注釈付きだが。
無防備な状況でほとんど霊力が込められていなかった霊装は紙の様に貫通し、出血こそないがあまりの衝撃に大きく息を吐きだして脳震盪を起こす。
何が起こったかは簡単な話で、光の攻撃の最中に囮としてグレイニンジャの皮を着せた人形を射出し、本物のきざむは木の上に避難。フライングボードを追いかけつつ、攻撃に専念したヒーローを後方からピストルで撃ち抜いた。
キャリアの長いきざむが一番多用する戦法なだけに、その手口を初見で見破れる物はそうはいない。
それでも、倒れ伏すヒーローには他のB級達が単独で接敵したら拮抗しただろうな、という高評価を下すことになった。経験の薄い廻燐珠鬼では苦戦どころか敗北すら当然の様に有り得た。
――――――廻燐珠鬼の方はどうなっただろうか。このヒーローと同じような評価のマイテルティとその他ヒーローの圧倒的な数的不利の中に放置してきたが、流石に時間稼ぎに徹すれば負けることはないと信じたい。
心配はしつつも、足を止めることはできない。腰のロックにフリントロックピストルを戻し、追跡を再開する。
とはいえヒーローが向かったことで多少安心したのか、10台から成るフライングボードの集団は進行方向に注意を向けている。
中央に研究員数名とOCSAFの兵士2人の乗ったフライングボードが4セット。それを囲む様にOCSAFの兵士だけが6人程乗ったフライングボードが8台。
木の上からの襲撃に、OCSAFの兵士達は気が付いていなかった。
ジャラジャラという金属音が鳴り響いて、ようやく彼らはその存在を認識した。
「偽纏・連鎖抱撃」
きざむの黒いロングコートの袖から湧き出た無数の鎖が、OCSAFの兵士達に向けて放たれた。
OCSAFの兵士達は霊力銃で自分達に向けて飛んでくる鎖を攻撃する。
しかし、崩れない。
鎖を構成する輪1つ1つに込められた霊力の量が、彼らの霊力弾を遥かに凌駕しているからだ。
そしてなによりフライングボードを動かして避けようとしても、鎖はそれを追ってくる。
実態は鎖1つ1つの霊力を変化させその反発力を調整し方向転換と加速をしているのだが、しっかりとそれを爆発で偽装している。
故に、兵士達はその鎖に触れれば爆発する、と誤認した。
爆発というのはすべての生物に共通する恐怖らしく、その誤認こそが必要以上に彼らを怯えさせる。
1人、また1人と護衛の兵士達をフライングボードから叩き落としていく。
研究員達が乗ったフライングボードにも、魔の手は辿り着いた。
鎖は霊力の塊なので霊装を纏った物を弾くが、生身の人間にはただの鎖でしかない。
1人、また1人と研究員達が鎖に巻かれていく。
乗っている者の全滅した護衛のフライングボードが、バランスを崩したり木に衝突したりで脱落していく。
そんな中、あえて運転手だけを残した研究員用のフライングボードに、きざむは降り立つ。
4つのボードにそれぞれ1つ積まれた古き良きアタッシュケース。
十中八九、研究資料。
今乗ったボードに積まれた1m程の立方体の金属箱。
十中八九、爆弾現物。
鎖に縛られてもがいている白衣の人間。
十中八九、研究員。
必要な物はすべてそろった。
ボードに鎖を巻き付け運転手の兵士を突き落とし、緩やかにボードを胴体着地させた。
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