第20話

 開戦のゴングは爆発という形で既に鳴らされている。

 地面を転がるマイテルティを怪人2体の前に放置してはいけないというのと、遠くなるグレイニンジャの背中に今更追いつけないという2つの要素によって、取り巻きのヒーロー達は目の前の2人の処理を優先することにしたらしい。

 裏に控えた魔法少女達は初手から惜しむことなく火力を出してきた。赤青黄のそれぞれのメインカラー三色に煌めく片手持ちのステッキ。

 宙を舞いながら「Rショット!」「Pシュート!」「Gシャート!」と各々が技名を叫び、それぞれの色の単発の霊力弾を発射してくる。

 魔法少女の戦い方は距離に依存する、と廻燐珠鬼はニドヘガル研究所で学んだ知識からそれに対応する為の選択肢を用意することにした。


「降魔招来・首引鬼女!!!」


 廻燐珠鬼が鮮やかな青色の炎を纏う。彼女の背後を揺蕩う羽衣の様な帯が、それに合わせてその身を伸ばしていく。

 魔法少女達が発射した霊力弾は、その帯によって打ち払われ廻燐珠鬼には届かない。

 

 魔法少女は数あるヒーローの種別の中でも、特にキメ技・必殺技の火力が大きい。必然的にそれを当てることに注力することとなり、基本戦術は自然と収斂し、大別して二種類に落ち着く。

 近接格闘で体勢的アドバンテージを取ることにより、必殺技への道筋を無理やりにでも作り出す近距離・短期決戦型。

 相手の致命打が通らない遠距離から霊力を削って、堅実に相手の選択肢を狭めていく長距離・持久戦型。

 

 廻燐珠鬼の霊力属性降魔は、二段階変身モードチェンジ時に最も多くの霊力を消費するので、そう易々と降ろした魔を交換することはできない。

 故に、四鬼転謳……藤原四鬼という4つの能力を持った鬼が1種類換算されていて手札の多いそれを重宝するのだが、それでは対応しきれないと廻燐珠鬼は判断した。


 首引鬼女

 首引きとは互いの首に向かい合わせで輪を掛け引き合う力比べだ。かつて平安時代の武士と命を賭けた首引きをした鬼の娘がいた。彼女自身はその武士に敗北こそすれ、それは相手が悪かった側面が大きい。

 その効果は肉体能力の強化……特に遅筋的な最大出力の増強。そして、帯の感覚の鋭敏化。

 そして、廻燐珠鬼自身は手札の多さを活用する為に、近接・遠隔どちらにでも対応シフトできる中距離を維持して戦う様に訓練されている。


 既に帯は魔法少女に向けて伸びている。

 迎撃とばかりに彼女らは2つの帯の端にむけて霊力弾を発射するが、そもひらひらと舞う様な軌道で進むそれに着弾する物は少なく、当たったとしても軽く弾いてその進行を少し遅延するのみで有効打にならない。

 この場には他にもヒーローがいるから援護が貰えるという判断の元、彼女達は逃走に意識をシフトした。

 3方向に分かれての全力飛行。生憎と木々に覆われた森の中で最高速度を出すには難しいが、それでも捕まりそうになった瞬間、手の空いた黄色の魔法少女の援護砲撃により妨害される。


 グレイニンジャの攻撃によってダウンしていたマイテルティが起き上がる。

 彼は爆発の衝撃で完全に現場の状況を失っていたが、目の前にあった魔法少女対廻燐珠鬼の構図を把握し、ならば5人組ヒーローの方がもう1人の少女と交戦中だという予想を立てた。

 彼の選択肢は2つ。

 先に目の前の廻燐珠鬼を攻撃し魔法少女と共に彼女を打ち倒すか、霊力ポールの破壊を優先して増援を阻止するか。

 軽い逡巡の後、最終目標である霊力ポールの破壊を優先することにした。破壊できればよし、仮に妨害されても隙は生まれる可能性が高い。妨害した怪人の相手をしていたヒーロー達が次の一手を刺してくれる。


「北海道~……ばっ…………?!」


 己の物理的最大破壊力の技を放とうとするマイテルティだったが、踏み込みの瞬間にその足、いや全身から力が抜けるのを感じた。倒れこそしなかったが、前のめりにたたらを踏んでしまう。

 

 原因は理解できなくても、現象は直ぐに理解できた。

 全身の霊力が凄まじい勢いで抜け出ている。そのせいで肉体の出力強化が減り、頭での動きと実際の動きが乖離した。しかも瞬間瞬間で霊力を吸われているのでこのままの出力では金属の塊である霊力ポールを破壊することはできない。

 何が起こった?!っと廻燐珠鬼の方を見るが、彼女は未だに魔法少女達を帯で追いかけている。

 ならばもう1人の、と周りを見渡すと、そこには片膝を付いてうずくまっているヒーロー2人、残った3人の剣による武器攻撃を軽やかに避けて回る拘束服を着た少女の姿があった。

 うずくまっている2人をヒーロー、と表現するのは正しくなかったかもしれない。なにせ彼らはヘルメットとタイツ状の霊装を失い、その素顔と私服であろうシャツを露わにしているからだ。


 目の前にいるだけで吸われ続ける霊力。彼らの生成量を超えたそれを受けて、霊装と肉体強化を維持する為に霊力の貯蓄はどんどん目減りしていく。

 業を煮やしたグリーンのヒーローが、攻め手を取り回しの悪い剣から格闘へと切り替えた。

 それを待っていたとばかりに、ヴァン・シェミラはあえて打ち出された拳を脇の下に入れる様にして避け、舐める様にその右腕に絡まり逃げられなくなったヒーローに顔を寄せる。

 そのあどけなくも女性らしい美貌に一瞬意識を持っていかれたが、流石はヒーローというべきだろうか。直ぐに切り替えて残った左手で背中を叩こうとした。

 しかし、その前にヴァン・シェミラはそのまま顔を彼の首筋に埋めその口を開く。

 

「いただきます。」


 彼女の犬歯は異常に発達し、妖しい輝きを放っていた。

 それを突き立てられた緑のヒーローは急速に力が抜け、首筋から順に霊装が崩れていく。

 弱弱しい拳は、彼女へと到達する前に力尽きた。

 虚ろな目をした彼は力むことができず、ヴァン・シェミラに体重を預けるがそれを支えてやる義理は彼女には存在しない。

 崩れるヒーローに最早興味はなかった。

 艶めかしく唇の残り香を舐め取り、次の獲物は誰だ、と言わんばかりに立ち竦むヒーローを見据える。

 

 気付けば、ヴァン・シェミラの周囲には血霧の様な赤いもやが走っている。

 彼女の霊力、渇精は無尽蔵に霊力を吸収する属性だ。

 己の霊力に他人の霊力を取り入れることこそがその効果なのだが、どこまで言っても他人の霊力。霊力は己の物以外と反発する。

 故に、取り込んだ霊力…………というより、取り込んだ他人の霊力と結合した霊力は異物判定を食い、彼女の体外に放出される。

 

 一定以上放出して飽和したそれは、まさに霧の様にその実体を露わにした。

 それでも、彼女の霊力であることには変わりがない。膨大な量の霧は、取り込んだ霊力を動力に彼女の支配下として活動を開始する。

 霊装を纏わない彼女の肉体出力は、一般人のそれを逸脱しない。

 なんなら筋力も体力も柔軟性も、長年の監禁によって発達することはなく劣っている。

 それでもヒーローらの攻撃を躱し続け緑のヒーローに致命的な一打を与えた技術は、その霊力自体を動かすことで反発を生み出し体を動かすという、奇しくもグレイニンジャの辿り着いた真髄である、偽纏と同質の物だった。

 そしてこの力の一番厄介なところは、彼女の霊力自体は一切目減りせず、ただの触媒として常に循環するところだろう。

 何せ、動力は他人から奪った霊力自身を使うのだから。 

 しかし、それは即ち常に彼女自身の霊力が満杯にならないことを意味する。

 故に彼女は、常に空腹感…………いや、空霊感、というべきだろうか。それを感じており、また、大量に霊力を吸収した時、排出されるまでの一瞬、満たされる感覚を得る。

 それが、ヴァン・シェミラの霊力の正体だ。


「ごはんたくさん!さいこう!」

 

 

 廻燐珠鬼と対峙している魔法少女達は、援護が来ること前提で時間稼ぎをしていたのだ。それがどうだろうか。

 5人組ヒーローの方はほぼ壊滅し全滅も時間の問題。マイテルティはまだ動けこそすれ弱体化。

 そんな誤算極まった状況で、赤と青色の魔法少女は廻燐珠鬼の帯から逃げ続けていた。

 布切れ一枚二枚を動かすだけの廻燐珠鬼に、魔法少女側は人間一人を動かさなくてはならない。それも、魔法少女側は木にぶつかれば即減速で捕縛されるというのに、帯側は多少の接触ならば木の表面を這ってそのまま進む。

 速度では圧倒的に負けている。未だに彼女らが捕捉されていないのは、偏に人数有利。黄色が援護に徹しているからだ。

 逃走で余裕がない赤と青に変わって廻燐珠鬼に攻撃を仕掛けるも、援護の合間では連撃ができず普通に霊力を集めて防御される。

 彼女達単体での勝ち筋は最早、廻燐珠鬼の霊力切れしか有り得ないと各々が理解していた。


 戦況は、マイテルティに懸かっている。

 しかし、悩みが彼の足を止める。目の前に提示された光景が、あまりに絶望的だからだ。

 

 そこで彼が下した決断は、やはり霊力ポールを破壊すること。

 ヴァン・シェミラによって節々に力が入らないが、それでも普通の人間よりは圧倒的だ。

 悪の組織の制圧・妥当という戦術的勝利は、もはや有り得ない。

 グレイニンジャの取り巻きの少女達は、想像もできない程に強力だった。


 ならば、ならば。

 戦局的勝利、逃げ出した研究員達とその護衛に、これ以上の戦力を追わせないことが最優先。


「この世に悪が栄えることはないのだぁぁぁぁぁ!!!」


 190cmを超える筋骨隆々の巨漢が、雄たけびを上げながら腕を振り上げる。

 吸われていく霊力に怯えるからいけないのだ。

 先のことを考えるから、考えてしまったから、一瞬絶望に飲まれて足を止めてしまったのだ。

 この一撃、一撃をこの機械に叩きこめば、自分が倒れた後に控えたヒーローが目的を達成する。

 気合を入れろ、覚悟を決めろ、平和を願え、正義を讃えろ、マイテルティ!!!と、自分を鼓舞するマイテルティ。


「トウキョウ!ケェェェェェン!!!!」


 全体重全霊力全気力を込めた大振りの拳が、霊力ポールの動力装置に向けて放たれた。


 衝撃と同時に舞い散る土埃。枯草ととももにそれが落ち切った時、そこには無傷の霊力ポールがあった。


「wh…………y………………?」


 霊力欠乏による意識の混濁。

 薄れる意識の中で、それは見えた。見えてしまった。


 廻燐珠鬼の背中の帯。

 両端がそれぞれ魔法少女を追いかけているというのに、その肩には、首裏には帯があるのに、なぜかマイテルティの足首に巻き付き、彼を後方へと引き摺ったのだ。


 廻燐珠鬼の帯は彼女の首の右肩で交差することで異常を感じないように細工されており、円となった部分を伸ばして彼女の服の中を通り、地面を這っていた。

 最初から、廻燐珠鬼の手札は3つあったのだ。

 魔法少女に2手しか使わなかったのは、マイテルティを警戒して余力を残していたというのが、結論。


 マイテルティの全力は無駄打ちとなり、彼は意識を失った。

 廻燐珠鬼の1手が、手空きになってしまった。

 マイテルティの方に伸びていた帯を回収し、今度はその輪を首に巻くようにして伸ばす。

 正面方向に3つの手。

 援護に徹していた黄色の魔法少女が、その新たな帯の標的となった。


 援護がなくなれば、捕まるのは早かった。

 それぞれに帯は巻き付くが、その道程はあまりにも曲がりくねった地獄絵図。


「首引き・乱舞!」


 廻燐珠鬼の全力の後退に、魔法少女達は抵抗できない。

 力のままに引っ張られ、逃げている間絡まった木々の中を衝突し続ける。

 いかに物理的な攻撃を防ぐ霊装といえども、その衝撃を全て殺す物ではない。むしろ、霊力による抵抗力が無い分、一撃一撃は良くても連撃は耐えきれない。

 少しずつ、少しずつ気絶へのカウントダウンが進んで行く。


 そして、唯一人、帯の絡みがない魔法少女がいる。

 首に巻き付けられた帯を必死に外そうともがき、全力で飛行に霊力を注ぐが、度重なる霊力弾の発射と飛行によって、彼女の霊力は底が見えていた。

 対して廻燐珠鬼は余裕があるとは言わないが、霊力を使ったのは帯を動かして稀に霊力弾を防御するのみ。そして、その膂力は霊力を使用した強化ではなく、降ろした魔によって変化した霊力の属性の様なもの。

 引き合いに使う物の効率が桁違いだ。


 あっという間に、黄色の魔法少女は廻燐珠鬼の前へと引きずり出された。


「首引きの鬼・食」


 霊力によって生み出された疑似的な鬼の顔面が、廻燐珠鬼の前に現れる。

 大口を開けたそれに向かって黄色の魔法少女は進むが、もはや彼女に泣く以外の抵抗はできない。

 虚ろな表情の赤と青の魔法少女もやってきた。

 3人仲良く鬼の口の中に侵入し、その顎によって噛み砕かれる。

 鬼の顔面が解除されて残ったのは、中学らしき制服の少女3人だけだった。

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