第19話
B級怪人ブリジョラスは、両腕に巨大な二連装の砲門を持った男だった。
偏屈爺、ときざむが称する人物が率いる派閥に所属しているというのが分かりやすい仏頂面。きざむが気の欠けた悲観的な仏頂面なら、彼の仏頂面は男気と任侠に満ち溢れた、と表現するべきだろうか。
兎にも角にも。怪人が出揃ったからには出撃となる。
彼らは高くなりつつある日光を尻目に森の中を駆け抜けていた。
行進の速度は下級戦闘員に合わせてそう早い物ではないが、その数と隊列の美しさには目を見張る物がある。
隠形に意味はない。
そもそもここは相手側が隠し研究所として用意した
前線基地への詳細な入口こそ分からなくても、ここに来た時点でそのおおよその位置は把握されている。対策は全て正面から叩き潰すしかない。
究極的な目的はJ-SHOCK…………霊子破壊爆弾を手に入れればいい。
その為の作戦目標は3のうちいずれか。
研究員の誘拐。
研究資料の奪取。
霊子破壊爆弾そのものの確保。
研究所への入口はグレイニンジャ、きざむが夜のうちに発見している。
森の中に転がっている大岩。そこの一部が、分かりやすく擦れた跡がある。ただし、擦れた跡に苔が生え始めているそれは
少し離れた位置にある巨木が、一本丸ごと中身がくり抜かれている。人1人がちょうど上下に移動できるそれこそ、本当の研究所への入口。
開ける手順など知ったことではない。
到着と同時に、ドンメルル男が雄叫びを上げながらその右手を巨木へと叩きつける。
ハサミを閉じると、抵抗がないかのように大木の幹を半分程切り裂く。勢いそのままに肩から大木にぶつかると、大木は周りの枝葉をへし折りながら倒れていく。
中に見えるのは補強用の金属板と移動用の霊力ポール。それごと切り裂くそのハサミは見事な切れ味という他ない。
中を覗き込むが、底は深く淡い光しか見えない。
そこでミスレルティックが腰に下げていた拳大の玉を2つ、穴の中へ無造作に落とす。
クラウンブレッドの深奥、世界間転移装置の最小形態。最悪失っても構わない下級戦闘員を別世界の送り込み、世界間アンカーで固定。起動すればいついかなる場所でも最大15体の下級戦闘員を呼び出すことができる。
しかしながら究極の利便性の代償として、向こうの世界で小惑星だのデブリだのに戦闘員保存用の宇宙カプセルが衝突して事故を起こす可能性が存在はするのだが、1つ失っても4つ程携帯しておけば、余程運がない怪人でもなければ必要な時に使えないなんて事態には陥らないだろう。
上級怪人達の仮想ディスプレイに下級戦闘員達の視界映像が映し出される。
投げ入れた30体の内、20体は通信途絶。どうやら事故があったのではなく単純に下にあったトラップによって処理された様で、残った10体はしっかりとそのトラップ、固定霊子放射砲3門を破壊した。
安全が確保されたことを確認し、上級怪人達が順に縦穴に突入する。
C級やD級の一般怪人達も防衛用のC級5体を残して突入し、残った下級戦闘員達は破壊された霊力ポールに代わる仮設のポールを設置し始めた。
研究所の中は表の組織も裏の組織も大差はない。汚れを見つけやすい白とセメントそのままの灰色。天井にはダクトと実験用の液体を運ぶパイプがぎっしりと詰まっている。
湾曲した通路を見るに、施設は円とその中を
「中央部分はグレイニンジャ達、右周りに俺とミスレルティック、左周りにブリジョラスと捜索班のC級組が行け!残りはここを死守だ!」
ドンメルル男の適切な判断に、
Ⅰ字ならともかく十字路だった場合、中央を超えたところで囲まれる可能性があることを考えれば、戦力的な人手が一番多いグレイニンジャを行かせるのが正解だ。
扉が出てくる毎にD級怪人達を中に入らせ、戦闘がなければそのまま捜索をさせつつグレイニンジャ達は次の扉へ。
捜索が始まり10分程。なるべく下級戦闘員は使いたくないという我儘を通すきざむの為に、この班に一番D級の怪人や天然E級の戦闘員が配分されているのだが、それに底が見えてきた。
それだけ広大なこの施設、捜索をしているD級怪人達から副産物である一般研究員の確保や極秘研究資料等を確保したとの報告はいくつか上がっているが、本命は未だ影も形もない。
副産物の研究員の中に情報を持っている人間がいればいいのだが、他の研究室に入れられている時点でそれは淡い期待でしかない。
どうやら通路は十字だった様で30分が経った頃、交差点に
ここまで来てヒーローどころか対組織犯罪武力制圧部隊、通称
それどころか、周囲を捜索している他の班からも交戦の報告は来ていない。
様子がおかしい。
そう判断したきざむは、一度足を止めた。
――――――どちらにしても、この広さだと人手が足りなくなる。もし俺ならどこに隠す。
普通に考えたら、一番時間が稼げる入口と反対側。しかし、それではどん詰まりだ。
脱出口があるならそれもあり得るが、周囲の森を俺含めた怪人総出で一晩探してそれらしい形跡は見つからなかった。その上、そんな物があるなら暴竜帝国が来た時点で研究員含めて全員逃げ出していないとおかしい。
唯一の出入口を監視されているから、出られなかったと考えるべき。
……………………唯一の、出入口。
「上級怪人全員!今すぐ入口に戻れ!」
『何?!グレイニンジャ、どういうことだ!』
グレイニンジャの珍しく慌てた声の通信に、彼らの中に動揺が走る。
「これだけ時間が経ってる!もう電撃戦の価値はねえ!それより、この施設から出ようと思ったらどこから出る!戦力がどこにも配置されていないってことは、ある一点に集中させてるってことだ!」
『『『!』』』
そう告げるが早いか、C級怪人達の霊力通信が途絶する。
それは、国が主導する研究所故に人の命を保証するはずという思い込みで、誰も端から考慮していなかった可能性。
最初からもぬけの殻では、怪しまれて裏があることを悟られてしまう。
「連中、研究所を研究員ごと切り捨てて囮にしやがった!」
遅れて、爆風。
「目ぇ離すな!気ぃ抜くな!来るぞ!」
その声は部下2人に届いたのだろうか。
狭い通路の中を走るその風は何処にも逃げることなく、何者にも邪魔されることはない。
何せそも、邪魔する物は吹き飛ばすのみだからだ。
その風圧に耐えきれなかったD級や、一部のC級怪人が通路の中を飛んできた。C級ともなれば霊力による肉体出力の上昇で、この程度の風を飛ばされない様にするだけなら可能だろう。
つまり、このC級達は攻撃を受けて霊力を削られたということ。
きざむは最悪の想定通りで一周回って笑いすら起きてきた。
自分自身も飛ばされない様にしながら、抱き合って風を耐えている廻燐珠鬼達の前へと移動する。
目を離すな、と指示したはずの廻燐珠鬼が目を瞑っているのを見て、また後でお仕置きしないとな、なんて心に誓う。
飛んできた怪人をいなし、余裕があれば手足を掴んで地面に下ろす。そんな気遣いもむなしく、後ろにいる部下2人以外が吹き飛んでいくこと数十秒。今度は逆方向に人が転がる程度の風が吹くこと若干短く数十秒。
そこでひとまずの安息。しかし、のんびりしている時間はない。
「すぐに入口に戻るぞ!」
「はい!ほら、シェミラちゃん、行くよ!」
行きは30分、帰りは2分。
一目散に走り抜け、入口が地獄絵図になっているのが目に入る。
倒れて積み重なった怪人、戦闘員の山。
その奥には入る時には気が付かなかった巨大な研究室。中にある機材は、先の爆発でほとんどが見るも無残に破壊されている。
足止め兼、研究資材の隠滅。合理的で嫌になるな、と悪態を付きたくなるきざむだが、そんなことをしている余裕はない。幸いなことに縦穴の霊力ポールはまだ生きている様子。
「シェミラ!お前この高さ飛べんのか?!」
「ちょっとむりです~」
しょうがない、とヴァン・シェミラを小脇に抱え、追跡妨害が甘いことに感謝しつつ7mの跳躍を行うきざむと、その後を追う廻燐珠鬼。
ポールを上がる間に他の上級怪人の状況を確認するが、流特に経験豊富な面子があつまった今回のB級には、流石にダウンした者はいない。各々入口に向けて走っている。
きざむの目に入る光が強くなってきた。そろそろ地上が近い。
上の連中が時間を稼げているといいのだけどなんて、一連の考えは甘かった。
「北海道~
ああ、そういえばヒタチが回収ミスったとか言っていたな、なんて思い出す。
偽装用の大木のから
良い一手だ。
ここで霊力ポールが破壊できれば大多数の上級怪人が地下に幽閉され、脱出には時間を要するだろう。さらにはそこで孤立した最初の怪人を囲んで倒せる。
その最初の怪人が、最も自由度が高く、最も強力な霊力を持ったA級怪人、
「偽壁!」
偽装用に爆発させる余裕はない。自分の色のまま霊力を込めて壁を蹴りつける。
贋造は、色を付けるだけでなくその下地すらも作る属性。それを単調な一枚板として、マイテルティと霊力ポールの間に出現させた。
間に合わせとはいえ、A級能力者の出力全開の霊力だ。マイテルティは砕くことができず、顔面からぶつかる。
マイテルティと霊力ポールの間に挟まる様に外へと飛び出し、廻燐珠鬼も続いて出てきてヴァン・シェミラと共に霊力ポールの動力部を囲む。
周囲を見渡すと、打倒されたクラウンブレッドの怪人・戦闘員達。
対して立っているのは、名前も憶えていない小粒な5人組ヒーローと3人組魔法少女。
+マイテルティで、上級怪人を一人狩るならば確かに十分な戦力だ。
「グレイニンジャ!昨晩は敗北を喫したが、今日こそは負けん!正義は必ず勝つのだ!」
「素直に全員下に閉じ込めとけばいいものを、欲張って作戦をご破算している奴が良く言う。」
「Shut up!貴様らを倒し、今度こそ破壊すればよいのだ!!」
マイテルティはグレイニンジャを見据えて拳を振り上げる。
そんな物を相手にしている予定も余裕も、きざむにはない。
既に視界の端に捉えた、フライングボードで逃げる一団。
「廻燐珠鬼。」
「はい。」
「ヴァン・シェミラと一緒に
大きく息を吐いて気合を入れなおす廻燐珠鬼。その目には、しっかりとした覚悟を感じる。
「了解しました。ですが、こういう時言わないといけない物が…………」
「何?」
「2つあって、どちらを言えば…………」
「あくしろ。」
「ベツニタオシテシマッテモカマワンノダロウ!」
「………………それニドヘガル研究所で教えられたの?」
「はい!」
あまりのくだらなさに脱力してしまい、戦場に余計な知識持ち込ませんな、と後でニドヘガル研究所にクレームを入れておこうかと本気で悩むきざむ。
「ちなみにもう1つは?」
「ココハマカセテサキニイケ!」
「それちょっと用法違うかな。んな場合じゃねえわクソが。おいヴァン・シェミラ!」
「はーい!」
「下から来る奴以外は好きに食ってよし。」
「わーい!」
と、無邪気に飛び跳ねるヴァン・シェミラ。
そんなやりとりを待つ程、ヒーローも甘ちゃんではなかった。
「にぃ~がたぁ~!!砕!」
マイテルティの大きな体格を利用した振り下ろし攻撃。
普通に考えれば、逃げ道は後ろか横しかない。
しかし、目的はマイテルティの後方。避けて普通にスタートするのでは、無駄話と同じくらいのタイムロスだ。
故に、前に、上に、跳ぶ。
「じゃあね~」
驚愕するマイテルティの肩を踏みつけ、その足に金色の鎧を作り出す。
「虚爆具足。」
その爆発は虚なはりぼてだとしても。それを偽装するために使われた霊力は膨大だ。
故に、その反発力だけはすさまじい物を生み出す。
前に転がるマイテルティと、前へと跳躍するグレイニンジャが、そこにはあった。
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