第18話

 ――――廻燐珠鬼とヴァン・シェミラが戯れている。

 主に廻燐珠鬼が怪人として~だのと説教臭いことを言ってそれをあまりよく理解していないヴァン・シェミラの頬を挟んでぷんすかしているだけだとも言えるのだが。

 作戦前だというのに緊張感のないことだと思うのだが、まあ唐突に双子の片割れを失うと知って、俺が詳しく説明しなければヴァン・シェミラの有用性だのと考えるのは、当然ではあるのだろうか。

 

 増援組が到着するまであと10分程。

 霊力増強剤の効果が出始めるのがだいたい20分。

 いい加減休憩も終わりか、といった時間帯になって、下級戦闘員がEパックの特殊アダプターから増強剤を注入する為に長蛇の列を作っている。

 クラウンブレッドというか悪の組織において一番惨めなのは、洗脳されて自分の意志すら完全に消去された下級戦闘員ではないと思っている。

 ランク付けなんて物が無意味な程低い霊力を補う為の下級戦闘員。彼ら彼女らはそれによってEランク相当の力を得ている。

 

 逆に言ってしまえば。

 天然物のEランク相当の戦闘員は意識がない下級戦闘員と同等の扱いを受けているということでもあって。

 直立不動の長蛇の列の中でやけにソワソワしているのはそういった悲しい人間でもある。

 奪われるだけの無力な一般市民から、奪う側である悪の組織に所属することで虚栄を得ようとした馬鹿な連中だ。

 国主導でヒーローに子供の憧れを誘導する現代においても、それを捻じ曲げ単純な憧れで入ってくる馬鹿も多い。

 そういう奴に限って、自分は怪人になれると信じて疑わないくせに霊力が弱い。自分の在り方を定義できていない、流されるだけの間抜け。

 ただの戦闘員として扱われる天然E級を一般的に怪人として扱われるD級に上げるよりも、D級怪人をヒーロー側の平均値と言われる推定C級に押し上げる方がよっぽど効率的だ。使い捨ての戦闘員にそこまでコストを割いていられない。

 栄華な生活を望んでいたのだろうが、現実は内臓を抜き取られて飲食できるのは味の薄いEパック用洗浄液だけ。

 文句を言おう物なら洗脳されて意識を消去され、実質的に死んだも同然。

 命令を出しても下級戦闘員と違い、思案と拒絶が入るから面倒この上ない。こいつらを捨て駒にするのに一切良心が痛まないのが救いではある。


「グレイニンジャ様方、こちらを。」


 雑用の女性構成員がボトルを持ってやってきた。

 俺も経口摂取の増強剤、まあ替えの効かない怪人用の物は、後遺症が無いただの興奮剤ではあるのだが、それを飲まないといけない。

 それが3本。ヒタチの伝達ミスか味を楽しめとの気遣いなのか。おそらく多忙を極めた末の前者だろう。

 Eパックである部下2人は専用の補給口があるのだが、液体なので経口摂取でも多少効果は落ちるが微々たる差なのであえて止めはしない。


「いただきます。」

「なーにー?これ?」

「飲まないとダメだよ、シェミラちゃん。」

「わかったー。………………!!!おいしい!なーにこれ!」

「ほんまや!めっちゃ甘い!メロン?メロンソーダやわ!」

 

 元々苦味のある液体だった物らしいが、文句が出たとかで上級怪人用の物は林檎味からコーラ味まで数十種類存在している。

 俺はメロンソーダ派な訳で。特に指定のない部下二名も同じ物を持ってきたらしい。

 …………そのうち廻燐珠鬼に本当のメロンの味を教えないといけないかもしれない。

 

 部下2人は大喜びだが増強剤に関してはヒーロー側の方が優秀で、数少ない悪の組織よりも優れた技術を持っているのが羨ましい。

 拳銃型のアンプル注射器を使って首筋に打ち込めば、数十秒で増強剤の効果が表れる。しかも後遺症なし。

 クラウンブレッドも躍起になってその技術を手に入れようとしたが、時すでに遅く根幹部分の情報は地下深く。倒したヒーローから回収した現物を解析し、注射器の方はシンプルな構造で直ぐに再現できる物だったが、アンプルの中身の方は特殊な製法をしていて未だに解析に至っていない。注射器に仕込まれた機密保持用の回路によって、ヒーローが未使用のまま倒された時は周囲に放出されて直ぐに気化してしまうそうな。

 今回の作戦もこうならない様に、というのがヒタチがここまでこの作戦に本気な理由の1つだろう。


「あら、こんなところにいたの。」

「相変わらずてめえは辛気臭せえなぁ、グレイニンジャ。」

 

 五線譜を模した鎧にバイオリンの様な武器の女と、右腕にクラブの様な巨大なハサミを取り付けた男。

 相手するのが面倒この上ない、今回の作戦の同僚だった。

 遠慮もなくテーブルを挟んで反対側へと座り込んだ。


「辛気臭さいと思うんなら絡んでくんな。俺の見えないところで野垂れ死ね。」

「まあそういうんじゃねえよ。てめえはそれでも隣のお二人さんは違うだろ。よろしくな、嬢ちゃん達。俺はドンメルル男。この右手でヒーロー共を真っ2つにするやべー男だ。」


 ガチャンガチャンと誇らしそうに爪を鳴らす脳筋。

 クラウンブレッド黎明期からの怪人だそうで、誰の派閥に入らないことを宣言して依頼があれば気前よく力を貸す男だ。

 その性質上、同じく派閥に属さない俺とはよく同じ任務を遂行することになる。正直認めたくはないが、怪人としての基礎的な立ち回りはこの男から学んだといっても過言ではない。

 元々公務員だったらしく脳筋ではあるが基本に忠実で、自分に処理できないと判断した無茶無謀は控えて与えられた部下への配慮も欠かさない。

 怪人という括りであるならばこの男は理想の上司とでも言える。古い言葉で言うならば有能な体育会系、とでも称するべきだろうか。


「私は廻燐珠鬼と申します。長ければ珠鬼、とだけ呼んでいただければ。

 ニドヘガル研究所の出身で至らぬ身ではありますが、以後、よろしくお願いいたします。ほら、シェミラちゃんも。」

「あいさ!ヴァン・シェミラだよ!しゅきちゃんとはふたごなんだー!」

「へえ、そいつは珍しい。おいグレイニンジャ、お前にはもったいねえから俺の部下に寄越せよ。」

「死にたいなら好きにしろ。」

「冗談だよ!せっかくこんなかわいい子達もらったんだ、絶対に失うんじゃねえぞ?」


 そういう意味で言ったんじゃないのだが。まあ今も万全ではない霊力をゴリゴリ吸ってくれているヴァン・シェミラが、俺しか御せない隠れた地雷だなんて情報開示したところで説明が面倒臭いだけだ。

 B級怪人程度じゃ運用はおろか共にいるだけでいつか涸れてしまうだろう。


「「かわいい………………」」

「ふふっ、かわいいかわいい。」

 

 赤く染まった頬を全く同じ動作で抑えてぽっと上がっている単純娘達をクスクスと笑っているミスレルティック。

 ドンメルル男がしたんだから、お前も自己紹介でもすりゃいいのに、なんて思っていると目線が通う。

 自己紹介すればいいんでしょー?わかってるわかってるーとでも言いたそうな、腹立つにやけ顔をしている。絶対心の中で言っている。

 両手の甲で顔を覆うように頬杖を突いているのも、もうなんか大体常に頬杖突いている俺と被っていて腹立つ。

 というかさっきからこの女が足を絡めてくるので、蹴りで追い返している状況で鬱陶しいことこの上ない。

 

「珠鬼ちゃん、シェミラちゃん、私はミスレルティック。グレイニンジャの女だから、気軽にお姉さまって呼んでいいのよ。」


 ………………………………


「女、ですか?」

「そ。グレイニンジャとは10年来の付き合いで、の方でも突きあいがあるってこと。」

「あっち?つきあい?つきあい…………?あ、突きあいっ!………………!」


 ピンと来ていなかったであろう廻燐珠鬼がその意味に気付いて額まで赤く茹で上がる。

 廻燐珠鬼は中途半端な情操教育で性知識と恥じらいを教え込まれただけに面倒だ。性接待そういう目的で用意されていないであろうヴァン・シェミラは全く理解しておらずキョトンとしている。


「ミスレルティック。」

「あら?何か間違えたかしら?全部純然たる事実だと思うのだけど?」

「俺が次に口に出すのは何か、分かってるよな?10年来の付き合いさん?」

「もちろん。」

「「死にたいなら遠回しなこたぁ言わず首だけ差し出せ。介錯してやるから。」」


 無駄にハモった常套句。

 座ったまま背中の太刀を抜いてミスレルティックの首筋に刃を寄せる。

 何度もこんな茶番を繰り返しただけに一切動じないのも腹立たしい。

 

「でもあなた、そう言って本当に切ったことないじゃない。」

「本当に自殺志願者なら切るさ。ただの馬鹿なら、馬鹿なりに命の使いどころがあるだろ。」

「もう、素直じゃないんだから。」

 

 太刀の霊装維持に必要な霊力を切って霧散させる。

 ついでに未だにはわわ、なんてのぼせている廻燐珠鬼の頭を軽く引っ叩いておく。


「えっと、にんじゃさんとおねえさまは、こいびとさんってこと?」

「違う。あとこいつをお姉さま呼びすんな。」


 ついでに手を伸ばして廻燐珠鬼の奥にいるヴァン・シェミラも叩いておく。

 不服そうにむうーなんて膨れているが、呼ばれたくないのだから仕方ないだろう。


 ………………本当に、若気の至りだ。

 この女は元々母さん、つまりブエルラギナが幹部候補まで出世する前、ただのC級怪人兼科学者だった頃、同じ派閥に所属していた。

 今では既にトップがヒーローによって討伐され派閥は分裂・解体されたのだが、当時は霊力強化研究においてクラウンブレッド内でも随一だったそう。

 

 当時10歳だった俺は、8歳の最初の測定から異常な速度で霊力を伸ばしてA級能力者も確定だのと騒がれていた。そんな俺をクラウンブレッドに繋ぎとめる為の機嫌取りに選ばれたのがこの女だった。

 当時まだまだC級能力者だったミスレルティックだが、歳も5つ差でそう離れておらず豊満ながら整った体系の長身で顔立ちも良く、容姿端麗を体現した存在と言っても過言ではなかった。そんな二人を掛け合わせてあわよくばA級とC級の子供を、なんて考えだったのだろう。

 

 本当に何も考えていなかった俺の人生の一番の汚点の時期。

 毎日の様に別の女を宛がわれ、この女は妊娠することもなかったが知らされていないだけで俺の子供がいてもなんらおかしくない。むしろ、いない方がおかしい程度には酒池肉林を楽しんでいた。

 今の時代、細胞さえ手に入ればいくらでもその人物の子供が作れるとはいえ、実は自分の子供が~なんて文脈、気分が悪いことに変わりはない。


 今では他のいもうとができた上に俺が拒絶する様になったから平穏な暮らしではある。

 それでも、この女だけは今でも俺の一番の女だと思い込んでいる。

 

 だから、こいつの相手をするのはとてつもなく嫌だったんだ。

 

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