第17話

 ――――――今更自分が正義だの慈愛だのと語るつもりは毛頭ない。

 クラウンブレッドの作戦に従って幾人ものヒーローや怪人を始末してきた。

 中には命を落とした人間もいただろう。

 親の被害者なんて物を語れる時期は、とっくの昔に過ぎ去っている。

 

 それでも、守りたい一線はある。

 というより、形成されてしまったのかもしれない。


 妹の影がちらつく。


 馬鹿は嫌いだ。

 何も考えず目の前に出てきた事だけを処理するだけの無能とは関わりたくもない。

 無知を容認して突っ込むだけならそのまま死ねばいいと思っている。


 それでも。

 無知であることを望まれた人間は違うだろう。


「なあ、廻燐珠鬼。」

「はい。なんでしょうか。」


 コンテナの開閉装置へ番号を入力している手を止めて振り返る廻燐珠鬼。

 その顔には言い表せない様な苦々しい感情が張り付いている。


「ヴァン・シェミラは好きか?」

「………………わかりません。でも、失いたくはありません。」


 どこまで本気なのだろうか。

 ニドヘガル研究所で彼女達がどういった環境だったのか、俺には見当もつかない。

 それでも、彼女達に姉妹としての意識は確かにあると信じたい。

 なら、俺はそれを見逃すべきではない気がする。

 

「知ってるか?怪人ってのは、役に立たなきゃ適当に処分される。」

「もちろん、存じています。」


 何度も見てきた。

 脳内がぐちゃぐちゃになって醜いうめき声しか出せなくなった奴。

 ボスや上級怪人の怒りに触れて肉片になった奴。

 

 …………捨て石として死地に向かわされた奴。

 

 バルコンドールみたいな奴は何人死んでも知ったことではない。奴は自分の意志でクラウンブレッド、悪の組織に所属して、捨て石になったのだから。

 洗脳された連中も、思うところが無いとは言わないが仕方ないと割り切れる。現代において誘拐される可能性がある、ということが分かっているのに悪の組織に捕まるのが悪い。それが嫌なら、それを否定できる様に努力するべきだ。


 それでも、こいつらは違う。

 廻燐珠鬼達はそうであれと望まれて生まれてきた存在だ。

 そこに拒否の可能性も、拒絶の選択肢も与えられなかった。


 無知であれ、と。そう望まれた存在。

 これを肯定し、死なせることは、俺にはできない。

 してしまったら、俺の人生の半分を否定してしまうから。


 コンテナのロックが解除され、上下に備え付けられた閂替わりの太い金属棒が左右に抜かれていく。

 観音開きに解き放たれたコンテナの中身は、先ほど映像で見た物のアングルを変えただけだった。

 中央で大開脚して座っている少女。雑に伸ばされた髪が顔に落ちてその顔の大半が隠されている。

 その下には物理的拘束服。通常の拘束服は背中に搭載されている霊子駆動仮想生成器でベルトを生み出すことで対象者の動きを封じる物。しかし、彼女の霊力の性質上それができないのか、予め体のあちこちに走らせたベルトを電気駆動モーターで巻き取る旧世代の物が採用されている。

 さらに気になったのは、装甲の内側に収納用のコックが取り付けられている。この中に、生贄用の下級戦闘員が詰まっているのだろう。


 彼女は今、霊装を纏っているわけではない。彼女の霊力そのものが、他の霊力を欲しているのだろう。

 それをリラックス、自然体と呼ぶべきなのか、満たされていないストレス状態が慢性化しているだけなのか。

 ヴァン・シェミラはウトウトでもしてたのか軽く俯いていた顔を上げて、正面にいる廻燐珠鬼と俺を見据えて首をかしげる。


「あれ?しゅきちゃん?………………もうおそうじのじかん?」

「いや、今日は掃除や補給ちゃうんよ。そもそもうちら、もう研究所におるわけやあらへんのやし、お仕事、せなあかんのよ。」

「えー?なーにー?うしろのひとはー?ごはんー?」


 遠慮も警戒もなくコンテナの中に入っていく。

 霊力が吸われていく感覚というのは、かなり新鮮だった。汗を無理やり排出させられ、それを一瞬で失われる冷やかさというべきだろうか。そんな感覚。宇宙飛行士が真空に放り出される時、レベルはこれよりも高いが近しい物を味わうのかもしれない。

 この程度ならば俺の霊力生成量を超えていないとはいえ、昨晩はC級の怪人5人と推定B級のヒーローと戦った。

 軽い休息でそれなりに回復したとはいえ、今の霊力総量ストックは少し目減りしている。このまま霊力を吸われ続けて回復が遅れるのは、俺個人単位ではあまりよろしくはない。


 廻燐珠鬼の霊力を模倣した物を生成し、それで薄く全身を覆ってみる。

 吸われる霊力の量は大して変わっていない。多少減った気がするが、こんなものは誤差の範囲だ。

 廻燐珠鬼がヴァン・シェミラから霊力を吸われないのは、恐らく魂の形が近いから。

 近似オマージュ贋作パクリでは、見る影もないということだろう。

 ならば、本物の贋作ならば、本物の近似と同程度の効果が生まれるのでは?


「グレイニンジャ様。如何いたしますか?」


 如何、か。

 立ち尽くす俺に不安を感じたのか、廻燐珠鬼が口を開いた。

 俺が実現不可能なことで、誰かに期待を持たせるつもりはない。


「???」

 

 ヴァン・シェミラの前で屈んで伸び放題の髪を掻き上げ、その隠された顔を露わにする。

 確かに、廻燐珠鬼とそっくりな目鼻立ちをしている。

 それでも廻燐珠鬼の様な美しさという概念に彼女は存在していない。

 ヴァン・シェミラを表現するのは儚さ。廻燐珠鬼が大理石とガラスによって彩られた城ならば、切ってそのままの丸太を立て掛けただけの手入れがなければ崩壊する城。

 見ようによっては美を感じることはあっても、雑に組まれたそれは単独では存在し得ない。


「今霊力を吸っているのは俺だけか?」

「うん。おにいさんごはんたくさんもってるから、ほかのひとたちはおやすみしてあげたほうがいいかなって。」


 見えにくい。

 

 変身というのは、霊装を纏うことによって自分有明刻という存在を自分グレイニンジャに書き換える為の物だ。

 旧世代の霊力能力者は、自分自身を魔術師だの超能力だのと定義することで超常を宿す。

 自分を超常の存在だと信じ込むのは難しい物だ。なにせ、霊力という物は目に見えず、意識しなければ何も益を与えてくれない。

 霊力が日常生活に浸食してきたことで、幾分かそういった認識は変わってきているのだが、凡人自分という存在を能力者自分という形に変えた方が効率がいい。

 霊力が強い人間というのは頭がおかしい異常者だということは、重々自覚している。しかし、A級能力者だのと呼ばれている俺よりもそういった変身しない能力者の方がイカれていると思っている。


 そして目の前にいるのはそちら側の人間。つまり変身を介すことなく超常を起こす側の存在で、さらにその中でも異端児。

 霊力の解析が進まない。

 霊力には多かれ少なかれ特徴がある。これまでの経験で培ったそれを継ぎ接いで似せていくのが、今の俺の常套手段。

 初めて霊力の再現まで3年の月日がかかった。

 それと同じことをするのだ。


 やらなければこの子は何も理解しないまま、この後地雷として捨てられる。

 それは、許せない。

 それを許したら、俺は糞親父あいつと同じ土俵に落ちるから。

 香子を命のやり取りをする場所に立たせないっていう主張に筋が通らない。

 俺にできる範囲で、この子を生存させる最前手を打つ。


 ………………………………ああ、分かっている。

 クラウンブレッドの上級怪人としては失格の、最低なやり方がある。

 特に今は組織の命運を賭けた作戦前。失敗したらどうなるかわからない賭けに、

 このことを理解しているから、ヒタチが俺にこの情報ヴァン・シェミラを伏せていたんだろう。


「食っていいぞ。」

「わーい!ごはんー!」


 無邪気な物だ。

 差し出された手に嬉しそうに飛びつくヴァン・シェミラ。

 満面の笑みの彼女と対象的に、カメラ越しにこの様子を見ているヒタチが苦い顔をしているのが目に浮かぶ様だ。


「いっただっきまーす!」


 ヴァン・シェミラが俺の手首に噛みつく。左手から霊力が抜けていく感覚。噛みつかれた場所から霊装が崩れていく。

 急激な霊力消費に貧血の様な頭が浮くような感覚がする。ここまで霊力を持っていかれるのは久しぶりだ。


 掴んだ。

 引き出せ。

 調色しろ。

 塗り固めろ。


「あれ?あれ?たべれない?あれ?」


 唐突に吸い出せなくなった霊力にヴァン・シェミラが困惑して、甘嚙みだった所を強く噛んでくる。霊装は肘まで砕けていて手首は霊力が通っているだけで生身だから純粋に痛い。

 ヴァン・シェミラの頭を軽く押してその体を離す。

 霊力を吸うのに俯いたせいで、またその顔が完全に隠れてしまっている。何かないかと思案すると、自分が作業時に前髪を上げる為のスプリング式ヘアバンドがある。部分的に霊装を解除し、腰からそれを取り出してヴァン・シェミラに付けてやる。

 飾り気の無い真っ黒で地味な野郎のお下がりで申し訳ないが、今日を間に合わせるだけならこれでいいだろう。

 

「この後たらふく食わせてやるよ。今はこれでおしまい。」

「えーまだおなかすいてるのにー」

「我慢しろ。余裕ができたら、好きに食わせてやるから。」


 ひとまず効率にだけ目を瞑れば、ヴァン・シェミラを御すことができることは証明できた。

 彼女を霊力を贋造し、体を覆えばいい。

『偽纏甲冑』

 自分の霊装と反発して霊装が脆くなるわ、攻撃用に霊力を出力したら崩れてしまうわで、作って名付けたはいいものの中々いい所がないクソ技だが、こういう面倒な相手に使うにはちょうどいい。

 そもそも俺は霊力属性の偽装の為だけに、威力がない見かけ倒しの爆発を起こすなんて馬鹿みたいな霊力の使い方をしている大間抜け。それに比べれば安いもんだ。

 

「付いてこい。」

「え?いいの?」

「命令するまで俺以外から霊力は吸うなよ?」

「うん!」

 

「廻燐珠鬼。」

「………………はい!」

「余計なことしないか見張ってろ。」

「はい!!!」

「ちょ、しゅきちゃん?!ついてかないとだめなんじゃないの?!」


 廻燐珠鬼がヴァン・シェミラに抱き着いている。困惑顔のヴァン・シェミラを見てひとまずの満足を得た。あとは、目下一番死傷率が高い案件を潜り抜けさせるだけだ。

 外に出るとヒタチが想定通りの苦い顔をして待ち構えていた。


「貰っていくぞ。元々廻燐珠鬼のおまけ、なんだろ?」

「ああ。こうなったからには構わないよ。それよりも、消費の方は大丈夫なのかい?」

「別に。2時間くらいの休息がパーになったくらいだ。自由に動かせる戦力じゃないとはいえ、それでA級相当の戦闘員が増えるなら、御の字だろ?」

「………………まあ、いいさ。僕が望むのは作戦の成功だけだ。くれぐれも頼んだよ、グレイニンジャ。」

「仕舞い良けりゃ全て良しだろ。」

「あえてリスクを負う理由にはならないよ。」


 こいつの立場ならそうだろう。だが俺がクラウンブレッドに所属している理由は、あくまでも守りたい物を守る為なんだ。

 俺は香子を守る為ならなんでもするし、その道中で誰かを守りたいと思ったなら多少無茶くらいしたいんだよ。


 そうでないと、こんなクズの集まりでやっていくことは、できないから。

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