第16話

 世界軸というのは平行世界理論に近しい物だ。

 過去の学者達や論者が唱えた無限の可能性を包括した世界という表現はかなり正鵠を射ているが、無限の可能性の解釈が少し浅かったと言わざるを得ない。

 単純な話、そもそも地球という惑星が生まれた世界軸よりも、そこに何も存在しない世界軸の方が圧倒的に多い。というよりも、クラウンブレッドは未だに知的生命体が存在する世界を観測できたことはない。

 世界軸を移動しても、世界の座標とでも表現すべき物は一定だ。移動した先の世界で1m移動してから元の世界に戻ったら、移動した1m分最初の位置からズレた場所に出てくることになる。

 世界軸を移動するとそこに有った物同士の入れ替えが発生する。真空の宇宙空間に放り出されるなら、地球の資源が純粋に減っただけでまだマシだ。下手をすれば恒星のど真ん中で入れ替えが発生して、誰もが得しない結果になることだってある。


 クラウンブレッドの稼ぎの1つは、そんな数多の世界軸の周波数の様な物を設定し繋がりを固定する。その世界の調査・開発を行って周波数の番号を売ることだ。

 販売元の特権として、過ごしやすい世界軸はいくつも確保してある。

 今回J-SHOCKの技術奪取作戦前線基地として用意されたこの世界軸もその内の1つ。

 元々大気がある惑星で、軽いテラフォーミングと重力調整で人間が過ごしやすい環境にした物。

 公転や自転に合わせて次元間で位置を固定するアンカーと呼ばれる物があるが、それではクラウンブレッドの本部の様に出る場所が固定されるだけで拠点を動かすことはできない。

 しかしここは重量が軽い星らしく、そこらの宙域で拾った水素だのを燃料に簡単に移動できるとかで重宝されている。

 

 そしてもう1つ利点。

 その頭上には文明の光の妨害がない、満天の星空が映し出されているところだろう。


 地球から見た星の並びとは大きく違うそれも、きざむにとっては見慣れた光景な上に、そもそも元の並びも覚えてねーし、と興味の対象外だった。ぼーっとしながら顔に巻かれている赤い布をずらし、液体糧食を吸っている。

 しかしながら隣の廻燐珠鬼は星空が珍しいのか、全力で目を輝かしてそれを眺めている。きざむはそんな彼女に、研究所産の怪人でも乙女心なんてもん持ち合わせてんのか、と冷めた目を時折向けていた。

 車両団の中に軽く開かれた机の集団。周囲にはC級やD級の怪人や、意識のあるE級の戦闘員達が雑談して過ごしており、周囲には待機のコマンドを命じられている下級戦闘員が直立を維持して並んでいた。

 

 ふと、きざむは車両団の中に異質な車両があることに気が付いた。

 黒塗りのトラックやバン、突入用のオフロード車が無数に存在する中で、とヒタチの乗るアンテナだらけの指令車だけが、例外なのだ。

 ぱっと見はよくある古き良き既に効率的が故に最適化されていないコンテナトラックだ。車両と荷台部分は、他に並んでいるトラックとなんら変わらない。

 しかし、そのコンテナ部分がおかしい。

 他が荷台に収まるだけの幅だというのに、そのコンテナはやけに装甲が厚い。


「ようやくひと段落ついたよ。」


 やれやれ、といった雰囲気でヒタチがやってきた。

 

「どーなったん。」

「ひとまず、C級10人とブリジョラスは参加できることになった。」


 偏屈糞爺オルンコルのところのB級だっけと、ブリジョラスという怪人と関わりが薄いだけに一瞬どんな顔と能力だったか浮かんでこなかった。

 しかし、どんな怪人だろうと、その数では万全には程遠い。

 

「待つんか。」

「ああ。僕たちが本部を出て104分で到着したから、一時間半、それくらいで決行だと思っていてくれ。」


 こちらの戦力を増やすのに時間を使えば、逆に相手の戦力も増えかねない。

 そこの判断をするのはヒタチではあるが、吉と出るか凶と出るか。とはいえヒタチの仕事はこれでほとんど終わり。

 あとは現場がどれだけ成果を残せるかといったところ。緊張の糸は切れていないが、そのでっぷりとした腹をさすりながら妹役に膝枕をさせるだけの余裕ができていた。


「ところでなんだけど。」

「なんだい?」

「あのトラック何。」


 きざむは例のこんもり装甲のトラックを指差す。

 起き上がったヒタチはそれを見て、あー、んーと微妙そうな声を漏らす。

 なんだろうと思っていると、廻燐珠鬼が口を開く。


「あれは、先日クラウンブレッドがニドヘガル研究所から購入した怪人、ヴァン・シェミラを収容している房です。」

「収容?」

「ああ、僕が話すよ。君の嫌いそうな話だから、こじれないように。」


 なんでお前が答えるんだよ、と突っ込みそうになるが、それに先んじてヒタチが割り込む。

 

「ヴァン・シェミラはちょっと霊力属性が特殊でね。」

「その心は。」


 ヒタチが仮想ディスプレイを展開し、きざむに向けてメッセージを送ってきた。リンクを踏むと、そこにはコンテナの中と思わしき空間の中で倒れ伏している女の姿。

 伸びて散らかったその挑発は、彼女の足まで届かんとしている。さらにその隙間から漏れ出る腕や足は細く瘦せこけている。

 

「属性に付けられた名は『渇精』。近くにいる人間から、底なしに霊力を吸い取る力さ。購入した後に行ったテストだと、彼女がその気になったら、C級の怪人を何も抵抗させず干からびさせることができる。

 その性質上常に空腹感というか、空霊感とでも言うべき不足を感じているらしい。定期的に霊力を吸わせてあげないといけないし、彼女も命令自体は聞くけど隙さえあれば霊力を吸おうとしてくる。」

「何?それで誰かが被害に合わない様に霊力遮断剤がぎっしり詰まってるの?あの装甲。」

「それだけじゃない。念のため事故防止の生贄として、遮断剤の内側に下級戦闘員を詰め込んでいる。彼女が常に吸収している霊力の量は、下級戦闘員30人分の生成量とだいたい同じだったから、余裕を持って50人を入れてある。20人も保険がいれば、外で致命的なことが起こることもないだろう。」

「要は自分の意志で霊力の吸収は抑えられないし、捕食モードになったら際限なし?」

「そういうことだね。」

「そりゃ難儀なもん買ったな。C級を難なく倒せるってことはB級の中でも上澄みだとはいえ、ランニングコストかかり過ぎだろ。」

「なんなら特殊な例でランクって表現に難はあるけど、A級に片足突っ込んでると言っても過言じゃないね。」


 そこまで言って、つい先日気になる発言をしていたことを思い出した。

 

「もしかして、廻燐珠鬼を買うのにお得な~とか言ってたの、これ?」

「ああ。下手に有用だから処分するには惜しいけど、買い手も付かないからいい加減処分したかったんだろうし、廻燐珠鬼と離すのはあまりよろしくない。」

「その心は。」

「双子なんだよ、彼女達。だからか知れないけど、廻燐珠鬼だけはヴァン・シェミラの捕食対象になり得ない。彼女の世話をできるのは、廻燐珠鬼だけだ。週に1回、室内と彼女の体の清掃、Eパックの補給をしなくちゃいけない。」


 双子。

 廻燐珠鬼始めニドヘガル研究所の怪人は人口子宮出身だろう。

 現代の人口受精は人体で生成された卵子と精子から行わない。男女それぞれの細胞から生殖細胞を培養し、1つ1つ直接結合させることで疑似的受精卵を作る。

 通常の性行為による受精と違い、その過程で双子なんて物を間違って作り出す余地もなければ、人口子宮側も特別に用意しなければそれに対応していないだろう。

 はっきり言って人体創造において、双子という物は無意味としか言えない存在だ。

 ニドヘガル研究所が狙って双子を創造した理由がわからない。


 確かに言われてみれば、ディスプレイに映し出されたヴァン・シェミラの姿は今朝見たばかりの長髪の廻燐珠鬼と似通っている様に見える。

 当の廻燐珠鬼が特に何も気にしている様子がないのは、情という物が薄いのだろうか。それとも、ここにヴァン・シェミラがいる理由を察せていないのか、ときざむは複雑な気分になる

 

「…………で、ヒタチ殿。」

「何かな?グレイニンジャ。」

「こじれないように話せよ?」


 顔が見えないグレイニンジャと、顔が丸出しのヒタチ。

 その苦虫を嚙み潰したような顔に、改めてアドリブを含めた腹芸が苦手な奴だなと思うきざむ。導線を引き切った作戦ならまだしも、こういう予想外にこの男は弱い。

 伝えるつもりのなかった手札を無理やりオープンさせられ、どう答えるかと悩んでいる。

 

「…………まあ、分かるよね。ああ、そうだ。

 ヴァン・シェミラは敵がいる場所にコンテナ毎切り離して投下する予定だ。しっかりと、全力吸収の命令を出した上でね。」

「まるで核地雷だな。」

「その通り。一定範囲内のヒーロー、兵士、怪人。その全てを無力化して盤面をひっくり返す、最高の一手だ。」


 確かに聞いている限り、強力な一手だ。

 ただ、その運用において、きざむは容認できない部分がある。

 

「回収の予定はあるんですかね。」

「………………ないよ。ヴァン・シェミラは、1回限りの使い捨てのつもりだった。」


 コンテナを投下して霊力を吸収し続けるということは、こちらの回収班も近づけない。

 仮に回収の為に吸収を止めれば、近付かせない様にしていたヒーローが雪崩れ込んでくる。

 一撃で敵が全滅してくれればいいのだが、トラックに積んだコンテナなんて物を自由に動かすことはできない。結果的に、一発限りの爆弾として運用する訳だ。

 それを聞いて、ようやく血縁者を失う未来が見えたのか、廻燐珠鬼があっ、とでも言いたそうに口元を抑えている。


「本人は、納得はおろか理解もしてる訳ないっすね。」

「もちろん。ニドヘガル研究所から買って、何も聞かせていないよ。」

「……………………。」


 焦っているのが丸わかりなヒタチと対象的に、グレイニンジャの感情は本当に分かりにくい。

 なにせ、感情を読める場所が身振り手振りと右目しかないのだ。

 虚無のような黒い瞳に、ヒタチは飲み込まれるような感覚を得る。

 緊張が、止まらない。

 目の前の男がその気になれば、自分の命は刹那で溶ける。彼に足枷があることは理解していても、最悪の想定がヒタチの頭を過ぎる。


「廻燐珠鬼。」

「はい……。なんでしょうか?」

「コンテナの開け方は知ってるか?」

「はい。知っています。その権限も、持ち合わせています。」

「あいよ。じゃ、いこうか。」


 手に持っていた糧食の殻をテーブルに投げ捨て、きざむは立ち上がった。


「何をするつもりだい?」

「さあねー。どうなるこったら。」


 相変わらずの抑揚がない話し方で、ひらひらと手を振りながらきざむはコンテナへと向かっていった。

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