第15話

 風呂に入った後手入れをしていないのかその長髪を好き放題に投げ打ち、まるで幽鬼の様に彼女は眠りに付いていた。

 それでもきざむは、普段の後頭部で纏めている時は幼い印象だった廻燐珠鬼に、少しの女性らしさを感じた。感じてしまった。

 そんな一端の男が横に立っているというのに、彼女は無警戒に眠りに付いてしまっている。

 しかしながらどんな端正な寝顔だろうと、パジャマがはだけて見えそうになる綺麗な形をした胸元だろうと。性欲なんて俗な物よりも心の内から湧き出る物がある。


 規則正しい呼吸音。

 鼻を摘まんでみる。


 一瞬乱れるも、口を開いてまた規則正しく呼吸を開始した。

 口を塞いでみる。


 1、2、3、と数を数えて20個。

 生命の危機を感じ始めたのか、嫌そうに顔を背けようとするが、それを逃がすことはない。

 40を超える頃に、ようやく目を見開いてベッドから転げ落ちる。


 はぁ、はぁ、と荒げた息をしながら顔を覗かせた。


「おはよう、ちゃん。いい朝だね。」

「おはようございます、さん。」


 頭の上に3つのハテナが浮かんでいそうなその姿に、きざむは黙って後ろにあるソファに座って肘を付く。

 表情こそいつも通り感情が読みにくい仏頂面だが、その額に青筋が走っていることに廻燐珠鬼は気が付いてしまった。

 

 すわ寝坊か、とホテル備え付けのデジタル時計に目をやるが、時間はまだ朝の5時。

 今日の昼は霊力ポールを利用して7号目か、あるいは行けそうなら頂上を目指すからと、9時にホテルを出る予定だった。

 きざむの助言により準備時間を1時間と見積もって、デバイスには7時から10分おきにアラームをセットまでしたのだ。そもそも寝坊している訳がないと悟るが、それなら尚のこときざむが怒りを見せている理由が分からない。


 ハテナマークが10個を超えた所で、きざむは自身の首に巻かれたデバイスに向けて指を差した。

 開け、という意味だと判断して、自身のデバイスにワンタッチ。

 展開された仮想ディスプレイに表示される、30個の通知を示すマーク。

 しかも表の回線ではなく、クラウンブレッドが敷設して一部の悪の組織しか使えない裏の回線を利用するアプリケーションの物だ。デフォルトで仮想ディスプレイをブラックモードで展開し、覗き見を防止する機能が付いている。


「へ?」

「わざわざナイトモード付けて寝たんだ~、って感じ。」


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『トラブル発生だ。寝てたとこ悪いが、変身して人目とカメラに気を付けて、地図で送った地点まで来い。』23:19

『ヒーローどころか敵対組織が潜伏している可能性が出てきた。注意して移動しろ。』23:35

『動いているなら返信しろ。』23:39

『起きたら連絡しろ。』0:12

『そのまま寝てろ。』2:00


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「…………………………………………………………」 

 

 きざむからの個別チャットを見て蒼白になっていく廻燐珠鬼。

 合間に挟まれる、共有チャットによるタスク進行の報告。自分が熟睡している間に何度か戦闘行為が起こり、既に研究施設の場所の特定に加えてクラウンブレッドの前線基地まで設置されたらしい。

 しかも中身を見る限り、グレイニンジャ単独での行動で、だ。幾度となく暴竜帝国なる組織の戦闘員を薙ぎ払い、そんな戦闘行為に慌てたのか偽装が甘くなった地下施設への入口を発見したそう。

 

 そこまで見て廻燐珠鬼は、この小旅行は任務の間の待機ではなかったのか、と問いたくなった。

 が、が、が、一拍置いて冷静になれば、どれだけ待機中で、どれだけ楽しい観光中でも、任務中は任務中ではある。

 きざむからしてみれば命懸けで戦ってる最中、援護に連れてきた部下を呼び出しても返事が無くて、それが朝まで気持ちよさそうに寝ているところを見たら、と。完全にブチ切れ案件だった。


「もういいから、さっさと身支度済ませろ。」

「ふぁい!」


 

 ――――――そんなこともありつつ。

 観光ブロック3の外れの森の中を変身した状態で歩くきざむと廻燐珠鬼。一見何も違和感のない森の中、彼らがある一点を超えたところで空間が歪んだ。

 簡易的な仕組みかつ突貫工事で備え付けられた世界間転移装置。本部程偽装が効いていないだけに、二人の姿は唐突に消え去る。

 コンマ数秒の視界の暗転の後、二人の目に入って来たのは黒色の運送用の車両団。

 きざむの案内でアンテナが無数に取り付けられた一台の荷台に2人は入り込んだ。

 

 中には設置型の高精度演算型デバイスによって展開された仮想ディスプレイに囲まれたヒタチがいた。

 どうやら本格的に休みなしでオペレーションをしているらしく、心なしか頬に付いた脂肪まで燃焼してこけはじめている気がしてくる。

 通信中だったので入口で待機している二人だったが、話している最中ですら時折電源が切れた様にガクッと項垂れるのが一見哀愁漂っているが、隣にメイド服姿の妹役を配置していることで、きざむとしては哀れとは思えなかった。


「お疲れだな、ヒタチ。」

「ああ、流石に一晩頭フル回転は堪えるな。とはいっても作戦が佳境に入ったら、僕は後ろで偉そうにふんぞり返っているだけの無能になるんだから、前準備に文句も言ってられないよ。」

 

 通信が終わったタイミングを見計らって話かけると大きく息を吐きだし、ビジネスチェアに体重を預ける。その乾いた笑いと極端に軋む椅子が痛々しい。

 

「状況は?」

「芳しくないねー。とりあえず、B級がミスレルティックとドンメルル男の2人、C級は9人を連れてこれたけど、これ以上はどうにも。」

「我らが日本国の本気を舐めてるとしか思えない人数だな。全然足りてない。」


 目標をスムーズに運搬する為の撤退用の道を確保するのにC級を使ってと考えたら、雑に考えてB級の怪人と拮抗できるだけのヒーローがいればいるだけ、捜索できる人数は減る。

 目標である、研究員、研究資料、J-SHOCK本体の3つをなるべく多く確保するとなれば、最低でもB級5人か、C級にグループを組ませる前提で20人程、追加してくれないと足りないだろうと、きざむは概算する。

 

「仕方ないだろう。元々期限は最大2週間の予定で、そこに向けて人数を揃えるつもりだったんだから。」

「頭であるお前の敵が多いから集まらないだけだろ。」

「幹部出世レースの敵って話なら確かにそうだけど、J-SHOCKの重要度を考えたらそんなことを言っている場合じゃないんだけどね。

 その点、ブエルラギナは賢いね。派閥の怪人を貸したりなんて直接的な支援はしてくれないけど、バックアップとして騒動役と周辺警戒を真っ先に請け負ってくれたよ。もし失敗しても、仕事はしてたって言い訳作りが完璧だ。」

「逆にその程度の根回しすらできない奴に幹部になって貰いたくないんだが。」

「それもそうだ。」

 

 そんな会話をしていると廻燐珠鬼は中身に付いてこれていない様で、視線が宙を彷徨っている。

 それでも何やらブツブツとつぶやいて理解しようとしているのは健気と表現すべきなのかなんなのか。


「廻燐珠鬼。」

「…………はい!」


 唐突に声をかけられて、廻燐珠鬼は背筋をピンっと伸ばして緊張している。

 

「お前今の状況どこまで理解してる?」

「えっと、作戦の本命がこの森の中にあって、ヒーローが来る前になるべく早く攻略するのが理想ですがクラウンブレッド側の戦力が足りていない、というところまでは理解しています。」

「まあ、補足はいるけど概ねあってるからよし。」


 廻燐珠鬼は望まれている答えを出せたと思ってほっと胸をなでおろすが、貧乏くじを引かされている、というのは理解しているのだろうか、と口に出すか迷うきざむ。

 そもそも敵はヒーローや国の戦力だけではなく、第三勢力である暴竜帝国の怪人も含まれる。この森の中にいた暴竜帝国の戦力は夜の間に粗方片付けたが、増援がこないとも限らない。

 運が悪ければ逃げ道すら失う、まさしく死兵寄りの役割が自分達だ。

 

「あの、グレイニンジャ様。」

「んー?なんやらほい。」


 おずおず、といった様子で口を開く廻燐珠鬼。

 今朝の失態を気にしているのか、自分の機嫌を伺われている感覚を味わうきざむ。

 確かにあまりの快眠さに徹夜の頭でイラッとはしたが、そもそもナイトモードを付けるなと指示しなかった自分の落ち度だと言い聞かせている。

 気にしない様に本人はなるべく明るく受け答えしているつもりだが、廻燐珠鬼から緊張感が抜けている様子はない。


「J-SHOCKの奪還作戦の本命がこの森、というのは寝耳に水ですが理解できました。

 ですが、聞いている限り多くのしがらみを乗り越えてまで手に入れようとしているJ-SHOCKという技術は、昨日の会議では重大性の強調だけで、具体的な情報を手に入れていないという風体でした。

 しかし、実際に作戦を運用している限り、実損を覚悟するやり口が見て取れます。これは、本当に雰囲気でしか情報を持っていないのでしょうか?

 いったい、どこまでグレイニンジャ様やヒタチ様は情報を得ているのですか?捜索するにあたって、詳細な情報を頂きたいです。」


 それを聞くのか、ときざむは少し驚いた。

 これまでの受け答えから、ニドヘガル研究所から簡単な基礎知識だけを流し込まれただけのただの間抜けだと思っていた。

 しかし、これ以上の失態は許されないと自覚する緊張感。しっかりと自分で作戦の違和感を覚えることができる考察力。その違和感を解消して手柄を立てる可能性を上げる為、情報を失態を犯した相手に求める豪胆さ。

 どれも、ニドヘガル研究所産どころか普通の怪人ですら持ち得ない者も多い代物だ。

 どうやら昨晩の失態は本格的に、この悪の組織の怪人のお仕事スイッチをOFFにした自分のせいだったと理解した。

 この怪人は、相応に使えそうだと、考えを改める。

 念の為にヒタチにアイコンタクトで許可を求めると、「な?使えるだろ?気に入っただろ?」と言外に語っているようなニコニコ顔で返された。

 それはそれで腹立つ顔だな、と思いつつ、廻燐珠鬼の方を見据える。

 こいつは、この作戦の後も部下として使ってもいいかもしれない、と。


「確かに、J-SHOCKの中身は俺とヒタチは把握してる。」

「なら、」

「他言はするな。」


 ――――――他言すれば、間違いなく無用な混乱を招くから。


「J-SHOCKの正式名称は、霊子破壊爆弾。


 ラグビーボールくらいの筒の中にいれた特殊な霊力を起動すれば、周囲の霊装を丸ごと消し飛ばした挙句、霊力自体もほとんど使い物にならなくなる。しかも、その影響力は、空気滞留時間が異様に長い上、年単位での土壌汚染付き。

 まさしく毒にも薬にもなる、霊力社会を揺るがす大問題児だ。」


 

「それは、毒にしかならないのでは?確かに怪人との戦闘において、霊力を使えなくして通常兵器の有用性を高めるというのは理解できますが、それを差し置いてもデメリットが大きすぎます。」

「現代において霊力が使えなくなるのは、確かに致命的な毒だ。

 小さいところだと、お前も付けてる通信デバイスにパーソナルコンピューターから置き換わった演算デバイス。

 大きいところだと、霊力ポールなんかの短距離移動手段に、人が操作しなきゃいけない様な精密機器の生産アームなんかもだな。

 年々加速度的に電気製品から需要を奪って、人の生活を豊かにしてるのは事実。」

「やはり、何故?現に今、私達がそれを横から奪い取って悪用しようとしています。最初から、生み出すべきではなかったのでは?」

「簡単な話、お優しいお優しい表の世界の技術は、倫理観0で実験できる悪の組織の持ってる技術から2歩3歩どころか100歩遅れてんだよ。」


 代表的な物を上げたら、世界軸転移装置と能力者ランクだろうか。

 

 クラウンブレッドが開発した世界軸転移装置は言わずもがな。技術云々どころか、表の世界では悪の組織側で実用されていることを、欺瞞ではないかと未だに疑われることすらある。

 大体の組織が拠点を隠す他に様々な利用をしているこれだが、世界軸を移動するというのは複雑で、基礎理論を確立するまでの間に多大な犠牲の上に成り立っている技術だ。

 表の世界では別の世界軸に移動するところまではできても、その後この世界に帰還する為の設備を用意できていない。

 

 霊力の能力者ランクというのは、悪の組織側が設定した物だ。

 毎秒の様に生み出される霊力の『生産量』

 また、それを使わない限り貯めておける量『貯蔵量』

 貯めた霊力を一度に放出できるだけの『放出量』

 精神状態によって日に日に変化する3つの量を多角的に測定し、変動幅を見極めるだけの測定機器。

 表の世界では、それは未だ世に出回ることは達成できていない。

 持ち運びができない様な大掛かりな機械であることも相まって。せいぜい、壊滅させた悪の組織から押収した後の、機密保持回路でブラックボックスが破壊された後、無理やり修理した劣化品だけだろう。

 悪の組織というのはこれがあるから、下級戦闘員用の汎用洗脳データという物を作れたと言っても過言ではない。


「つまりこんだけやばい代物、悪の組織側がいつ開発するのかわかったもんじゃない。

 だから偶然、表の天才が先んじて発明できたこれを、あえて先に開発、研究をする。

 そして、悪の組織との戦闘で、使えるだけ使う。悪の組織側がこれを実用化した頃には、表は多大なノウハウを身に着けているから対策の1つや2つ用意しておけると。

 残ったのは普通の炸裂弾の方が効率いいようなお間抜け兵器と、ボロボロになった悪の組織側の戦力って訳。


 って、いう理想論を実現しないと、表の世界はいつまで経っても悪の組織側にいいようにされっぱなしだから、否応なしに表の頭使う人達はGOサイン出すしかなかったのが答え。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る