第14話
「いいお知らせと悪いお知らせ、どっちが聞きたい?」
『唐突だね、グレイニンジャ。』
眩い月明りの中に星の煌めきが映える美しい夜。
グレイニンジャに変身したきざむは、観光ブロック3の中心から離れた適当な大樹の幹に登って体重を預けていた。
廻燐珠鬼がグラスを空にするや否や喫茶店から逃げ出し、昼間は適当に観光ブロック3の名所を回り、見るもの全ての目新しさに狂喜乱舞して疲れ果てた廻燐珠鬼をホテルに寝かせた後、単独で付近の森林を捜索していたきざむ。
その眼前には、淡い光を放つ仮想ディスプレイが展開されている。
そこに映し出されるのは、クラウンブレッドの研究員ヒタチの顔。休んでいないのかその眼の下には隈が出始め、額と首には冷却シートが貼られていて、彼の後ろでは妹役の構成員がチアコスを着てボンボンを振っている。
『あえて僕が持っている悪い知らせから、っていうのはどうかい?』
「いいね。聞かせろ。」
『バルコンドールが初日から発見されて、巨人化系ヒーローのランドールマンに叩き落されて逃げ帰ってきたってお知らせ。
殿というか生贄というか、その撤退の為にウチの怪人と今回ニル研買った怪人、合わせて6体、ロストです。嫌になっちゃうね。』
「ほんと使えないなあいつ。」
『というわけで、クラウンブレッドがJ-SHOCKの情報を、少なくともブラフまでは嗅ぎ付けていることが早速ばれた。これで警戒度がグーンと上がったと思うから、一応そっちも気を付けてくれ。』
「なるほどね。」
大きなため息が重なった。
それと同時に、遠くで大きく爆発のような音が鳴り響き、閃光が走る。
『それで、そっちの知らせっていうのはなんだい?』
「まずはいい知らせからだ。」
『ふむ。』
「とりあえず、本命がここなのは多分確定したぞ。」
『おおー!確かにそれはいい知らせだ!して、その理由は?』
「それじゃあ、悪い知らせだ。」
そう告げるときざむは、仮想ディスプレイの下部に浮いていたカメラ偏光用の仮想レンズを動かし、首のディスプレイに搭載されたカメラへ映る物を、自身の顔から先程から鳴り響く爆音の方向へと変えて最大望遠にする。
そこに映し出されたのは全身タイツ型の霊装を纏ったヒーローと、爬虫類のような鱗だらけの霊装を纏った怪人が、霊力の衝突による火花をまき散らしながら戦っている絵面だった。
よく見てみれば周りにはすでに打倒された低級戦闘員が何体も沈んでいる。
「他所様は何も考えずに特攻していったみたいだな。」
『はぁ……………………戦っているのは……暴竜帝国のガリンザって怪人かなぁ……
「単に金を積まれて実行部隊として暴竜帝国が雇われただけじゃねえの?ウチの工作員と同じかそれ以上に情報早いってことは、ウチよりラッキーなのか規模が大きいのか。ダイニバ重工、それともRYUKYU辺りかね?
ヒーローの方はエセアメリカンヒーローのマイテルティか。顔出し専業で暇な奴だから、技術情報の守り役としては適任だわな。
どちらにせよバルコンドールが見つかったもクソもなく、めでたく警戒度MAXになった訳だ。明日の朝までには追加でヒーローが招集されんじゃねえの?」
『そうだねぇ………………結構面倒な事態になったなぁ。さて、どうした物か。』
「一応、今廻燐珠鬼も連れてワンチャン狙いしてもいいけど、失敗した時のこたーどーなってもしらねーぞとだけ。」
『んー………………』
暴竜帝国が警戒網に引っかかったのか計画的に襲撃できたのか、事の始まりはわからないが、少なくとも戦場の位置から研究施設の場所はこの近辺だとおおよそ見当がついた。
この機に乗じて盛大に動くメリットとしては、ライバルである暴竜帝国のガリンザという怪人と、守備についているヒーローのマイテルティを漁夫の利で簡単に倒せる可能性があること。
リスクとしては、研究施設の正確な位置を掴めていない以上、グダグダ捜索している内に他の戦力に駆けつけられたら元も子もないということ。
研究所側は襲撃されたともなれば近隣のヒーローに包み隠さず救援要請をしているだろうし、そもそも常駐している戦力がマイテルティだけなんて可能性は薄いだろう。予備戦力があって然るべきだ。なにせ、暴竜帝国側が投入している戦力も、ガリンザだけなんて断定はできない。裏を突かれた時用の戦力が研究所内にまだいる筈。
グレイニンジャ(A級)と廻燐珠鬼(B級)だけで倒せればよし。
その為の上級怪人とニル研産の高ランク能力者の怪人配置ではあるのだが、あくまでも捜索中、突発的な戦闘となった場合にどんな相手でも無理なく
万が一どちらかが負傷、あるいは
しかし、このまま暴竜帝国側が押し切ってJ-SHOCKを手に入れる可能性を考えたら、この場をそのまま放置するという選択肢は存在しない。
『現状戦力を打倒しつつ、様子見、するしかないよねぇ…………』
「まあ、いいけど。急げよ?そこの2つを倒すのはいいけど、過度な連戦する気はさらさら無いからな。」
『分かっているよ。どちらも倒して余裕があるなら、捜索もしてくれっていうのでどうだい?』
「そりゃあね。メッセージは送ったし、その頃には廻燐珠鬼も着いてるでしょ。ささっと場所だけ見つけて、ささっと逃げ出しますよっと。」
きざむのやることは決まった。
木から滑る様に降りつつ、空中で背中の太刀を引き抜く。
疾走。
やわらかい腐葉土の上を走っているというのに、その歩みは静かな物だった。
戦いに明け暮れる2人の戦士に気が付かれることなく、グレイニンジャは近くの木の裏を取ることに成功した。
「し~ず~お~か~………………正拳!!!」
「ぐうううおおおおおおおおおおお!??!?!?!」
ガリンザという怪人が、霊力によって強化された肉体から放たれる拳を腹に喰らい、砕かれた霊装の破片を舞い散らせて吹き飛ぶ。
とはいえ、流石は武闘派で知られている暴竜帝国が重要機密の奪取に差し向けた怪人というべきだろうか。直ぐに腹の霊装を修復し、マイテルティに向けて叫びながら突進する。
しかしながら、傍から見てもその決着は透けている。
単純な話、霊力の瞬間出力も、その操作技術も、どちらもガリンザの方が圧倒的に低い。腹に受けた攻撃を霊装で受け切れておらず、衝撃が完全に体に響いている。
霊力という物は確かに万能で、確かに変身という利用方法はパワードスーツの様に人間を超えた力を発揮できる最も効率のいい戦闘手段と言われているが、所詮は生身の人間に鎧を着せているに過ぎない。中にいる人間は、どこまで行っても人間の枠組みを超えられないのだ。
「千葉・蹴りィィィィィ!!!」
頭部を狙った回し蹴り。今度の攻撃、ガリンザはしっかりと腕で物理的なガードはできてはいるが、霊力的には完全に出力で負けて霊装が破壊されている。しかも中身をしっかりと破壊されたらしく、彼の右腕はおかしな方向にへしゃげている。
「愛媛~
しかし、そこで悶絶する時間はない。前腕部すべてを使った手刀が、ガリンザの胴を打った。無様な悲鳴を上げながら地面を転がり、全身の霊装が砕け散った。
「正義は勝つ!!!ラブアンドピース!フハハハハハ!!!!!
――――――――ッ!!!」
殺気、なんて物を感じ取ったのかもしれない。
勝利のVサインを高らかに掲げていたマイテルティが、体をねじりつつバックステップを踏む。
しかし、無意味。
視界に入ってきたのは、深く腰を落とし右手のみで刀を上段に構え、両手の甲同士を合わせる奇怪な構え。
その正体を知らなくても分かるような、明確な死刑宣告の波動を感じる。
黒い外套に赤い布。暗闇の中ではその奥から覗くその右目だけが、月明りを反射して浮かんでいるように見えてしまう。
「絶技・偽纏参剣連」
そこにいたのは、剣士ではない。
確実に、如何なる手段を使おうと相手を仕留める為の存在、すなわち
霊力という物は、他人の物とぶつかると反発する。
霊力を一か所に圧縮すればするほどその反発力は増大し、火花を散らす様になる。廻燐珠鬼が外的存在を身に宿すことで、霊力の消費が大きくなるのはそれが原因。
逆に自分の霊力を右手と左手、それぞれに集めて押し付けても、それは粘性が高い物質の様に混ざり合って均一になるだけだ。
即ち逆説的な話をしてしまえば、両の手にそれぞれ別の霊力を纏うことができれば強大な反発力を生み出すことができるということ。
きざむの霊力属性は『贋造』。
廻燐珠鬼の『降魔』は、自分の霊力を降ろした魔の物に変換するフィルターを通す様な物だ。それに対して『贋造』は、自由に、そして直接的に、きざむが望んだ形に変化させる。
きざむは自分の霊力属性を絵の具を作るようなものだと理解している。
目の前に出された
数多の研鑽の末に得た、無限の配色。
作り置きはできても、直ぐに乾燥してダメになる。その場その場で一から調合することになる。
それを目の前の人間を見本に、真っ白な人形の上に塗り付ける。
出来上がった芸術品、
それを鎧の様に身に纏うことで、偽物の人間が完成する。
そうして繰り出されるのが、偽纏の銘。
絶技、と自分ですら胸を張って恥じることなく宣言できるだけの技量の上に成り立つ物。
足のバネを使って飛び上がりつつ、合わせた手の甲の間に強烈な反発力。
袈裟切り
右脇下に左手を動かして刀の鍔頭を迎え、強烈な反発力。
正眼突き
刀を持った手を右に流し、刀身の反りを押し付けて強烈な反発力。
横薙ぎ一閃
普通の剣術と違い、繰り出すのに力を籠める体勢など関係ない。
決まった場所に必要な部位と必要な霊力があれば成立する究極の3連撃。
霊力のぶつかり合いは、物理法則ではなく霊力の弱い方に力が向く。きざむの絶妙な霊力調整により、きざむ自身が1撃毎に加速することとなる。
マイテルティも、1撃目はしっかりと反応して右腕を剣閃に差し込んだ。
当然の様に霊装を砕かれ脇腹をかすめつつも、重要な臓器を守ることに成功する。
しかし、2撃目はモロに胸のど真ん中を打ち据える。
それでも、流石というべきか。全身から全力で霊力をかき集め、その2撃目も浅く皮膚の表面を掠めるに留まった。
その場に残ったのは、残り少ない霊力と薄くなった見せかけだけの霊装を纏った、無理な体勢で浮いてしまった全身タイツのヒーロー。
鮮血が舞う。
残心なんて物は、
『お見事。初手からキメ技を使ったけど、消費は大丈夫かい?』
「まあ、まともなの2、3人なら余裕で処理できる。それに、初手からキメ技ってのは違う。」
『どういう意味だい?』
「初期投資が一番の節約って話。」
『なるほどね、道理だ。』
「こいつらの回収は任せるぞ。」
『ああ。こちらもあと2時間もしない内に到着する。』
倒れたヒーローや怪人は貴重な素体だ。
回収して洗脳できるならばそれが理想だが、優先順位が違う。
2つのお宝と無数の小石を放置して、暗闇の中にきざむの姿は消えていった。
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