第13話

「ストロー引っこ抜いてみろ。」


 ――――――しゅんとした廻燐珠鬼を尻目にサンドイッチを頬張る。やはりサンドイッチは塩気が強いくらいが一番だ。


「何ですか?これは………………え???」

「スプーン。」

「え?…………え?」


 管の先に広がる匙の部分を四方八方から覗き見るが、どんなに見ても形は変わらない。

 ニドヘガル研究所にスプーンストローの知識くらい教えておけ、という文句を言うのは流石にニッチすぎて理不尽だろうか。

 そもそもニル研の怪人を表の顔のまま連れまわすこと自体が間違い、というのはさておき。


 スプーンの使い心地も慣れ親しんで、試しにストローでメロンソーダを飲んだらお気に召した様で凄い勢いで水面が下がっていく。

 俺のスプーンの件はまあ不快だけど経験不足で見逃すとして、アイスは本当に味がしなかった。バニラの香りは強いが、無いようで、あるような味を追い求める、レモン水を飲んでいる感覚が一番近い。

 一般人が食べても全く味を感じなかった物を一心不乱に食べる様には、少し思うところがある。


 遠くからエンジン音が聞こえる。

 どうやら同好の士、というには自分はひねくれているが、四輪か二輪か。どちらにせよこの爆音ならば速度を求めている人間なのは間違いないだろう。

 というかそうあってほしい。爆音だけを求めている馬鹿も時々いるのが、現実の無情さではあるのだが。

 しかしよく考えてみれば、その無情さのおかげでバイクに静音モードなんて物が搭載される様になったのだから、静音モードを良く使う人間にとってはありがたい存在ではあるのか。


 

 何故、俺たちは観光ブロック3を目指しているのか。

 ひとえに、『J-SHOCK』なる技術の奪取の為だ。

 

 普通に考えて、ヒタチがあそこまで本気になる技術の情報を、国が簡単に組織に明け渡す訳がないのだ。

 金、人、資材。

 これらの動きからその存在を隠しきることは不可能でも、事前に欺瞞ブラフを仕込むくらいは当然する。

 昨日の会議の後、廻燐珠鬼すら交えずに行った真の『会議』。

 そこで提示されたのは、全国各地の研究施設。その全てを現在進行形でしらみ潰しに捜索しているデータだった。 

 

 その結果、最有力候補となったのが、ここ富士。

 観光ブロック3の西部樹海内に”ある”、と噂されている施設だと。

 確かに、クラウンブレッドの工作員ですら実在を確証できていない施設というのは、国家レベルでの重要機密を扱うのに適しているだろう。

 まあ、その噂が真実ならば、ではあるのだが。


 ブラフへ向かった3人にはじきに、わざと発見される様に命令が下るだろう。こちらがブラフにしっかりと引っかかっている、というブラフを張るために。

 ただし、ブラフがブラフである確証はない。裏の裏をかかれる可能性を考慮して、ギリギリまでブラフとして手に入れた3つの候補地も捜索しつつ、本命にはいかなる状況でも撤退できる最大戦力を送り込んで、最悪外れても他の援護へと動ける様にする。

 これがヒタチの考えた、真のプラン。


 ブラフとして使われる施設なのだから、本命程ではないにせよ相応に防御策は講じられているだろう。

 故に、他の3人が発見された場合ブラフに援軍を送り込む余裕等存在せず、捨て駒になるということになる。

 本命の油断を誘う為だけに、B級怪人3体を喪失ロスト前提の作戦。

 ヒタチの本気が伺える。


 生贄になる3人には哀悼の意を表するが、ちょっと考えれば分かるあんな見え見えのブラフに乗せられるのが悪い。

 最大戦力が手持ち無沙汰ってところに、違和感とか覚えないのだろうか。案外フィッグラントあたりは、保身に走っているかもしれないが、自分が期待されていると思い込んでいるバルコンドールの態度は本当にギャグのそれだった。

 

 

 ……………………ところで、最後に残ったメロンソーダを必死に飲もうとして、スプーンの部分のせいで上手く飲めていない間抜けをどうするべきだろうか。

 グラスを傾けて高い位置にある穴の場所まで液体を上げて飲もうとしているのを、初めてなのに賢いと判断するべきなのだろうか。

 そもそもストローなしで普通に呷ればいいということに気が付かつけない事実を、嘆けばいいのだろうか。


 まあ、ここは裏技を教えておけば何も思うことはないだろう。

 廻燐珠鬼からグラスを奪と、ふぇ?なんて間抜けた声を出して目を点にしている。

 ストローを抜き出しすっと半回転。口を付けていた方を下にして、幅広のスプーン部分を上に。

 見るからに顔がぱぁっ、と輝き、おおお、みたいな心の声が聞こえてくるようだった。

 そして残ったジュースなんて、一瞬で無くなる。完全に空になったグラスを見て、しゅんとなる廻燐珠鬼。

 マスターと目が合った。既に手にグラスを持って、言外にどうする?と問い詰めて来た。

 期限の尻はあっても、どうせ日中は表立って動けないから偽装ついでに観光することになる。どうせ急ぐ旅ではないのだ。

 軽く首を縦に振っておく。

 

 戦力として廻燐珠鬼も連れて来たが、ただの待機時間の暇つぶしだと言って、本来の目的は伝えていない。潜入に慣れていないのだから、下手に捜索させて挙動不審になられても困る。

 伝えるのは、ここに『J-SHOCK』の研究施設があると確定したらでいいだろう。


 

 そんなことをしていると、先ほどからしていたエンジン音が最高潮に達する。

 ふと、どんな車両が通るのか気になった。

 

 ………………

 

 ………………………………


 …………………………………………………………


「…………………………………………………………………………えぇ???????」

 

 思考が停止した。

 思考がかなり停止した。

 

 窓の先の長く続く道路。

 真っ先に目に入って来たのは、頭部すべてを覆う編み笠。

 かごを逆さにして被っていると表現すべきそれと飾り気のない質素な灰色の僧衣からして、虚無僧という単語が連想される。

 実際、意識しているのは間違いないだろう。首から下げられている拳よりすこし小さい玉を繋げた数珠と、腰に吊られている尺八がそれを確証させてくれるからだ。

 そして、本来視界確保にスリットが入っているであろう全面部分は、なぜかヘルメットのバイザー部分の様な黒塗りの固形素材になっている。


 そんな奇天烈な存在が、機械部分丸出しの古臭いバイク乗っているのだ。

 まあ、100歩、いや10000歩譲って虚無僧の恰好は良しとしよう。

 要はこれ、確か天蓋笠とかいう被り物をヘルメットとして改造しているということ。

 ああいや、冷静に考えたら因果が逆だ。ヘルメットを天蓋笠に改造している。意味が分からない。混乱してきた。


 まず現代において虚無僧なんて物が存在している理由が分からない。

 虚無僧なんて物はざっくりとしか知らないが、仏教的な苦難こそ至高みたいな思想の元に各地を回る物ではないのか。

 現代でそれをしている、という可能性も無くはないが、こんな改造をした上でバイクに乗って登場する意味が分からない。混乱してきた。


 一歩間違えば、というかこれを日常的にしているのならば絶対に通報された経験があるだろう。いや、なくてはならない。これが怪しまない環境があって溜まるか。

 

 ………………柱によって姿が隠れる寸前、ウインカーが点灯した。

 あろうことか、あの怪しさ全開の虚無僧ライダーは、この店に侵入するつもりのようだ。


「おー!見慣れないバイクが停まってたからんー?ってなったけど、本当に閑古鳥が鳴いてないとは~珍しいねー。」

「…………裏の猫の糞入りコーヒーとデスソースたっぷりのサンドイッチがお望みなら続けろ。」

「超勘弁!」


 窓越しに見えたままの恰好の虚無僧が入ってきた。扉を開けるなり軽快にマスターと話を弾ませてながら席を物色する。

 

「お隣失礼。」


 失礼すんな、と声門を超えるところまで出かけた。

 6席の内の右端1席を空けて廻燐珠鬼と並んで座っているのだ。左半分3席残っているのだから、その真ん中に座って1席開けろと。

 間が悪いというか運が悪いというか、マスターが廻燐珠鬼にグラスを持ってきてしまった。

 嬉しそうにアイスを口へと入れる廻燐珠鬼に、逃げる口実を失いしばらくの間ここに拘束されることが確定してしまった。

 

「あ、マスターいつもの。」

「何度も言うがお前のいつものは一体何種類あるんだ。」

「やだなぁ……ホットコーヒーと玉子サンドに決まってるじゃないか。塩多めに振ってよろしく。」

「あいよ。裏で新鮮なの取ってくるからちょっと待ってろ。」

「猫の糞取りに行こうとしてない?ねえちょっと待って、マスタァァァァァァ!!!!」

「嫌なら最初から素直にオーダーしやがれ。」

 

 うるせえなぁ、と喉を超えて舌の根っこまで出かけた。

 普通の雑談を咎める程短気ではないと思っているが、それにしても声量、内容共に面倒で、無駄に直感的で躍動的なバタバタした動作に腹が立ってくる男だ。

 テンションはイカれているが、声の感じだとあまり若い雰囲気は感じない。アラフォー辺りと言われるのがしっくりくる。

 

「表にあったバイクは君のかい?」


 話しかけてくんなよ、と唇の裏まで出かけた。

 

「話しかけてくんなよ………………」

「聞こえたぞー。酷いなー。」

「文句があるなら自分の恰好見直してから言ってほしいんですけど。」


 口の中で止めたと思っていたが、しっかりと口から漏れ出ていた様だ。

 当の本人はあははは、と軽く笑って流そうとしているが、怪しさ満載の虚無僧に酷いと言われたくない。


「で、あれ君のだろ?BC9Kとはセンスいいな。あのサイズってことは1600ccくらいかい?」

「2100。」

「おーめちゃくちゃ良いの乗ってるじゃん。好きものだねえ。」

「いや、完全にディーラー任せで俺のセンスは一切介在してないんで。速度出ればなんでもいいっって伝えた結果ですよ。親の脛で贅沢三昧する金にも困ってませんし。」

「ありゃ。」


 実際、バイクそのものへの愛着はない。速度を出すことによって、風を感じて開放感を得るのは好きだが、それをするならオープンカーでも構わない。どちらがいいか悩んだ結果、取り回しがいいバイクを選んだだけのこと。仲間扱いされてバイク談義でもされたら困る。


「両親がすごい人なんだ?」

「まあ。が、大病院の院長ってだけですよ。」

「すっごいお母さんのところ強調するね。」

「別に。」

「その子は妹さん?」

「母さんから日常復帰の練習にって押しつけられただけのただの患者ですよ。」

「ああ、Eパックなんだね。それでわざわざこんな寂れた店に来たのか。脛を齧ってるみたいなこと言ってたけど、しっかり親の手伝いしてるじゃないか、偉いな。」


 どうでもいいから早く逃げたい。これと会話をしたくない。

 廻燐珠鬼はまだまだ飲み終わる様子がない。

 しばらくの間、この馴れ馴れしい虚無僧からの質問攻めに適当な返しを続けることになった。

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