第10話

 ――――――私、駆堂雪が、つまんないな~、なんて悲しい言葉を心の中で呟いたのは何回目だろうか。

 

 相対的に見れば確かに食事会としては素晴らしい。

 菊咲伴炎先輩が主催する食事会に参加するのはこれで6度目になる。

 

 この集まりについて私はサークルのほぼ全員が参加する様になった後のことしか知らないが、最初はかなりこじんまりとした集まりであったらしい。

 具体的に言うならば、伴炎先輩の昔からの陸上仲間である5人の先輩達。

 ばんえん先輩のお母さんが有名なコックで、その腕を引き継いだ先輩の食事はその道を目指さないのが惜しい程の物がある。それを楽しむための会だったのが、あの子をたまには呼ぼうなんてことを繰り返していたらリピーターが増え、いつの間にかサークル全体の恒例行事にまで肥大化したそうな。

 流石にばんえん先輩一人では手が足らずにマネージャー陣にもその叡智が享受される様になって、私の料理の腕も上がっていると思う。


 それに、1つ大きな楽しみができた。

 

 まあ、今回はその楽しみを早々に失って、1人虚しく缶のお酒をストローでちゅーちゅー吸っている訳なのだが。

 

 みんなお酒が入っていることもあって、片付けは次に日にすると決まっている。

 とはいえ、片付けといってもそこまで人数はいらないし、あまり夜遅くなると誘拐事件に巻き込まれたりして怖い。

 数年前から現れた5人組のヒーロー、サンボイルジャーがこの辺りを中心に活動しているおかげもあって、比較的怪人騒動が少ない地域にはなったが、それでも夜の行動はあまりよろしくない。

 21時頃にはぽつぽつと人が消え始め22時に残っていたのは、私含め片付けの為に残ったマネージャー陣3人と、当初から片付け前提で参加しているばんえん先輩と仲がいい4人の計7人。

 先輩のお家が大きいからできることだが、残ったメンバーはおっきなマットレスを敷いてごろ寝お泊り会に変化するつもりで参加している。

 今は鍋やお皿をキッチンに押し込んで、残ったメンバーで二次会と言わんばかりにゆったりとお酒を飲んでいるところだ。

 

「ゆきちゃ~ん、お目当ての男に逃げられたからって拗ねないの~」

「拗ねてないでーす平常運転でーす」


 部屋の隅で体操座りしていた私のところに、マネージャー仲間のゆめ先輩が寄ってきて、ほっぺをツンツンしてくる。

 ゆめ先輩は相当出来上がっている様子で、顔の上から下まで真っ赤だ。まだまだ飲む気満々で、手にはおじいちゃんが飲んでそうな昔ながらの無骨なカップ酒。


「ほんとーにー?きざむっちが帰る前と後のテンション違いすぎなーい?」

「違わなーい。」


 きゃーなんて囃し立てつつ抱き着いてくるゆめ先輩。

 好意を隠しているつもりもないが、素直に認めるのもなんだか癪だった。

 あと、すっごくお酒くさい。


 れもんのおさけがおいしいなぁ。


 テンションを極めたゆめ先輩の声が中々に大かったせいで他のみんなの注目を浴びた様で、部屋の隅だというのに人が集まってきてしまった。

 人が、というよりも伴炎先輩の友達組が、というべきだろう。他のマネージャー2人はテーブルの前で乳繰り合っている。


「きざむなんかに惚れてるのほんと趣味悪いって……顔に関しちゃ趣味趣向は人それぞれって言えるけど、はっきり言って人間性はゴミのそれだよ?あれ。盲目になってるだけだって。」

「概ね否定しないけど言い過ぎだよらいこ。オブラートオブラート。」

「せんじ……そこは否定してやれ……」

「何言ってるんだあんや。遊ぶ友達としてなら兎も角、パートナーとして趣味が悪いって言われたら何1つ否定できないよ。」

「ばんえん、貴様…………一応貴様が奴の一番の友だろう…………」


「散々に言われますね、きざむ先輩。」

「「「「「そりゃあねぇなぁ」」」」」


 盛大にハモる先輩方。

 

「よく勝手に自分の範囲決めては、ささっと終わらせて勝手に寝ているな。」

「無駄に綺麗に等分した量な上に、無駄に内容が完璧だから何も文句言えないのが腹立つよなぁ、あれ。」

「まー恩を売るのも買うのも好きじゃないからなぁ……」

「絶対家のことしてる最中に「じゃ、俺の分は終わったから」って言ってくるわよ、あいつ。」

「めちゃくちゃ言いそ~だね。てか、今日さっさと帰ったから次の片付け全部やるとかも言い出しそうじゃない?」

「言うだろうね~……というか、中学の時に千羽鶴折ろうって話になった時前科1犯だったりする。逆に見てるこっちがいたたまれなかったわ!」

「なにがあったらそんなことになるのか、凄まじく気になるのだが?」


 きざむ先輩の愚痴大会が始まってしまった。出てくる言葉に全員が全員、含蓄のある頷きを繰り返す。

 なんなら奥にいるマネージャー二人も時折こっちを向いて激しく頷いている。

 

「逆にゆきはどこまで本気か知らないけど、なんであいつに粉かけるのよ。」


 らいこ先輩になんで、と問われてしまった。

 人の恋心の言語化をそんなに簡単に要求しないでほしい。

 

「なんででしょうね~」

「一匹狼気取ってるだけの自己中めーんだぞ~」


 ゆめ先輩に一匹狼、と言われてなんとなく、少しだけ言語化ができたかもしれない。


「わんちゃんみたいだから?かな?」


 それを聞いて全員がぶふぉっと噴き出すのはどうなんだろう。

 こっちは割と真面目に話しているというのに。


「ぷぷ…………わんちゃん?wきざむが?w」

「思いません?」

「ちょっと、思えないかなw流石にねw」


 なんて説明したものか。

 

「わかった。馴れ初めから聞くべきだよ、これは。初めて会ったの……は?多分4月にばんえんがきざむっちを練習に呼んだ時だよね???」

「そうですね……新人歓迎会って名目で食事会をした時の練習で、初めて会いましたね。」

「なにかあったっけ?あの時のきざむっち、いつも通りばんえんと一緒に走って、いつも通り好き放題食べてただけだと思うんだけど………………」

「あんときのタン美味かったよなぁ……味付けなんて塩胡椒だけだろうになんで店で食べるのよりも美味しくなるんだろうね。」

「せんや、しゃらっぷ。で、どうなの?そこ?そこで好きになっちゃったの?一目惚れなの?顔なの?」


 本当にすごい質問攻めだ。

 食事会の度に出会うきざむ先輩。私がきざむ先輩に少しずつアプローチをかけていたところを見て、ゆめ先輩はずっとこの話を聞きたくて聞きたくてそわそわしていたのが見て取れる。

 それが今日、これまでになく露骨に攻めてみたのを見て、お酒の力もあって決壊したのだろう。

 適当に逃げる、という選択肢は最早ない様に感じた。

 

「その、会った日の練習なんですけどね。」

「うんうん。」

「ドリンクを入れなおしたボトルを運んでたんですけど、ちょっと多く持ちすぎちゃって、どささささっと。おまけに慌ててボトルを踏んづけちゃって、おしりからどっしんと。」

「ありゃりゃ。」

「したらちょうど、遅れて練習に来たきざむ先輩が、通りかかったんです。」

「で、それを拾ってもらって優しいな~ってなったの?」

「いいえ?横で立ち尽くしてジッと私を見てました。」

 

「クズじゃん。超クズじゃん。女の子だから~とか言う気はないけど、それにしても人間としてクズじゃん。きざむっち、いつものことだけどよくわかんないことやってんなぁ……」

「ああ、いえ、最後には手伝って貰ったんですけど。うーん………………これには続きがあって、」

「わっつ?」

「私もちょっとムッと来ちゃって、実際に言っちゃったんですよ、「見てるだけなんですか?」って。そしたら、きざむ先輩、「助けてもいいけど、お前はそれでいいの?」って。」

「わっつ?」

「私も意味がわからなくて、何も考えず「助けてください」って、言ったんです。したら、表情1つ変えずに私を起こして、持ってた新品の水のボトルを開けて擦り傷のあった手の平を流してくれて。それが終わったらボトルを集めてくれた上に、何も言わずにジャージで縛って休憩所まで運んでくれたんです。」

「きざむっちらしい対応だね。」


 ゆき先輩は、ほかの先輩達も、それを普通の、仕方ないことだと言わんばかりに頷いている。

 けれど、あれは、まさしく汚点だ。

 あそこで選択を間違えていなければ、私はもう少し前に進めていたのかもしれない。

 

「あの時にきざむ先輩の中で私は、価値がなくなっちゃったんだと思います。好き嫌いとかじゃなく、無関心。」

「なるほどね~。」

「え?ばんえんはそれで納得するの?できたの?どの辺に惚れる要素あった?大分話飛躍したよ?」

「ま、なんとなくは。そんなことで惚れるなら、とりあえずお似合いなんじゃない?って言っておこう。」


 なんだか、ばんえん先輩の目が気持ち悪くなった気がする。


「という訳で、追求はここまで!俺はこの二人のくっつけ大作戦を始めるぞ!」


 1人で盛り上がるばんえん先輩。

 正直な話、こっぱずかしい話をさせられて頬が熱い。手助けよりもそっとしておいてほしいのだが。


「きざむとは幼稚園からの付き合いぞ!17年来の知識、経験を総動員してアドバイスしてしんぜよう!」

「ばんえんあんた、きざむの恋愛観とか分かるの?」

「もちのろん!」

「きざむが性欲を表に出すところを見たことがないのだが、本当に大丈夫か?」

「大丈夫だ!俺は奴が初めて白いおねしょをした日から、初めて読んだエロ本まで知っているんだぞ!」

「えぇ…………」


 ばんえん先輩の唐突な下ネタに、周りの空気が冷めていくのを感じた。

 聞いてみたい気持ちもあるが、そこまで内情に踏み込んだ話はさすがに本人がいない場で聞くのは憚られる。

 

「まず第一前提!きざむは肉々しい感じの女の子は趣味じゃない!」

「肉々しい?」


 続けるのか、という全員の無言のツッコミを無視して、ばんえん先輩は続ける。

 

「具体的に言うなら、胸は形重視であんまり大きいのは好きじゃない!お腹周りはくびれてて、あばら骨浮いてる様な細身女の子が一番だな!」


 下に視線を動かす。

 そこには薄いシャツワンピースを押し上げる、我がEカップ。

 太っていないと信じてはいるが、おなか周りは日本人らしくほとんどくびれていない寸胴型で、細身だとか痩せているとかとてもいえない程度には肉が付いている。

 あれだけ自分を信じろと言われた挙句に出てくるのが、自分とは正反対の存在で気落ちもするし、なによりみんなの視線が胸に集まっているのが恥ずかしい。

 ほとんど無意識に、横に逃がしていた足を上げて三角座りに変更した。


「らいこ、レッツゴー。」

「ホップ、ステップ、ジャンピング!天誅チョップ!」

「チョベリグッ!!!」


 せんじ先輩によって発射された、らいこ先輩の華麗な3段階ジャンプからの急降下チョップによって、悪は滅ぼされた。


「話を最後まで聞くのです!」


 人類文明が存続する限り、悪は滅びないのかもしれない。


「確かに、俺はきざむがこれまで見てきた本に映像にゲームに、全年齢も18禁も関わらず大体知ってる!」

「そもそもなんで18禁の方を知ってるんだ。そんなオープンな奴ではないだろう、きざむは。」

「それは置いといて、その結果あいつの女の趣味は完全把握してるってこと。そのパーフェクトブレインによれば、確かに見てくれだけで抜くどっ……ぐふっ……き、はそういうスレンダー系が大好きだけど、

 それとは別にあいつが好きなキャラの傾向からして、精神性とかそういう面で好きな相手はそうじゃないだろうね、ってことが言いたいのさ。」


 ……………………………………


 肘打ちされて悶絶している目の前の先輩が言いたいことは、分からなくもない。


「とにかく!俺たちはゆきちゃんときざむの恋愛を応援するぞ!」

「勝手に賛成側に巻き込むな!」


 外は真っ暗だ。

 妹さんのことで忙しいと聞いているが、きざむ先輩は今何をしているのだろうか。

 ボコボコにされるばんえん先輩を肴に、お酒は進んだ。

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