第9話

「完敗でございます。」


 戦闘の余波が去り煙が晴れると、仕掛けて来る様子のないグレイニンジャの態度に手合わせが終わったことを悟ったのか、廻燐珠鬼は頭を下げる。

 霊装はボロボロ。霊力によって守られている間は表面に直接の怪我をすることはないとはいえ、攻撃を受けたらその中身である肉体には衝撃が走る。

 硬化してぶつかり合った初撃は兎も角、炙り出しに使われた2回目の攻撃は、正面方向から飛んできた大多数は迎撃できたとはいえ、周囲で爆発した分はかなりの攻撃を食らっている。


「別に勝ってもらうことを目的としてないんだけどさ。」

「お眼鏡にはかないましたでしょうか?」

「全然?全く?一ミリたりとも?かなっておりませんが?」

「申し訳ございません。」


 きざむが嫌味ったらしく返すと、一度上げた頭を再度深々と下げてしまった。

 何も言わず溜息で返すと、おずおずと怯えた様に頭を上げる。すると、肩にかけていた着物がずり落ちて晒しの様な下着が露出してしまった。

 元々甘く肩にかけているのを、霊装の自己保存性によって繋ぎとめていたのだろう。霊力を削られてその出力が下がり、霊装自体が破壊されてあちことが緩んでいる。

 

「とりあえず今は仕掛けないから。張りぼてでもいいからさっさと霊装直しな。」

「お見苦しい物をお見せいたしました……」

「別に。」


 いそいそと落ちた着物を肩に掛け、内側からのみではなく手からも霊力を込めることで霊装を修復していく。

 元々陶器の様に滑らかできめ細かい肌が、冷や汗をかいてしっとりとした張りを持っている。悲しいかな、男のさがというのは正直なもので、彼女の潰されながらも肉感を放つ双丘に目が泳いでしまう自分に、若干の嫌悪感を抱くきざむ。

 そういう目的でも製造されているだろうに、当の本人も恥ずかしいという感情はしっかりと持っているらしく、そんな視線に気が付いたのか頬を赤らめているのがさらにきざむの気分を害する。

 もっとも、頬を赤く染める動作まで刷り込まれているなら、ニドヘガル研究所は大したものだと感心するが、そこまで考えて結局本人の惰性かんがえるのめんどくせぇから思考を放棄した。

 

 顔に巻かれた赤い布の下は、とても歪んでいる自覚がある。

 そんな自覚を持っている人間だからこそ、自分にはこんなにも大層な覆面が霊装として発現したんだろうな。

 なんて、そんな余計なことを考えていると廻燐珠鬼の修復が終わった様で、手を前に組んでお行儀よくきざむの次のアクションを待っていた。


「まず確認だ。お前のさっきの二段階変身モードチェンジ、外部装置を介さないお前自身の霊力属性だな?」

「はい、間違いありません。私の霊力属性は「降魔」。読んで字のごとく、かつて存在した魔や怪といった物を、霊力に混ぜ込みその力を行使することができます。」

「その存在はどこから引っ張って来ている?」

「大本は、ニドヘガル研究所にいた頃に仕込まれました。普段は私の中で眠っていて、それを引き出す形で発動しています。」

「じゃあ、急に変身形態が増えました~とか、中の存在に主導権を握られる~なんてことは起きないんだな?」

「少なくとも、私には魔を増やす手段は持ち合わせていませんし、中にいる存在には、自我はありません。

 他の存在の霊力と自分の霊力を混ぜ合うので、その反発で霊力の消費が激しいこと以外は、この能力にデメリットはありません。故に、四鬼転謳は単調な能力ではありますが実質四種の能力が使えるので重宝しています。」

「ああそう。」 

 

 大体はきざむの予想通りだったが、その能力にを持った存在がいないことには少々驚いた。

 しかしながら、廻燐珠鬼は知り得ないであろういくつかの情報には、興味があった。そのうち抗争覚悟でニドヘガル研究所を突いてみてもいいかもしれないな、なんて危なっかしいことを考えている。

 

 ――――――――ただでさえ狭い視界を無にしたくなった。

 ふと気が付いてしまった。

 廻燐珠鬼のその手が震えている。

 ニドヘガル研究所出身の高ランクの怪人と関わることは、これまでもそれなりにあった。

 

 組織が4つ程絡んだ大規模な乱戦の最中、愚直にもヒーローに突っ込み一瞬で玉砕した男。

 指示役の上級怪人が倒されて何もできず拘束され、埋め込まれた爆弾で首から上が吹き飛んだ女。

 上級怪人に好き放題嬲られ、霊力が歪んだ男もいた。


 どれもこれも、異常なまでに人間性を感じない奴らばかりだった。

 逆に言おう。

 商品に人間性を残すな、と。

 調整ミスだと文句の1つでも垂れたくなる、と。


「まあいいや。とりあえずだけどさ。」

「はい。」

「攻撃食らう直前に目ぇつぶんの、やめな?

 眼球なんてどうせ霊装の下にあるんだから、よっぽど霊力落ちてないと傷付かねえよ、B級能力者。

 第一、攻撃を食らうって言うなら、衝撃の瞬間まで霊力を練って練って練り続けろ。ほつれた霊装を補修するよりも、一瞬だけ強度を上げた方がそのまま霊装に使った分の霊力を他の部分の霊装に横流しできるから得だ。

 むしろそういう、防御してるって実感がないから、生身が傷付きかねえねぇって、目ぇつぶっちまうんだよ。」

「申し訳ございません。」

「謝罪求めてんじゃねえんだわ。俺も、お前が経験不足なのは知ってるから、改善します~でいいんだよ。」

「了解しました。」


 あとは、人間砲弾による攻撃と水の放出系の攻撃は順番が逆の方がいいだとか。気配を消した後の動きが悪いだとか。

 そんな言葉がつらつらと頭の中に湧いてくるが、ひとまず言うことはある。

 

 ゆったりとした歩調で廻燐珠鬼へと近付き、右手を上げる。

 そんなきざむの動作に、実戦で証明しろとでも言われているのかと錯覚したのか、全力で頭部に霊力を集めて目を見開いている。

 

 ――――そんなに霊力を集められたら俺の霊力弾かれちゃうじゃない。


 なんて考えつつ、その頭にそっと触れる。


「ま、俺とこんだけやれるなら上等よ。現場で死なないように、これから頑張れよ。」

「ふえ………………?」


 予想外の行動と、予想外の優しい衝撃で見せた廻燐珠鬼の間抜けた表情に、少し笑みがこぼれるきざむ。


 贋造


 それが、ありあけきざむに与えられた霊力属性。

 今、きざむの表面に漂っている霊装…………というよりも、霊力は、きざむが設定した廻燐珠鬼の霊力とほぼ同質の物になっている。

 

 他人の霊力というのは、反発し合う物だ。

 何もしていない霊装同士が触れ合うだけならば、学習用の棒磁石が反発する程度の物だが、戦闘用に貯めた霊力同士がぶつかれば、電気が走ったかのような衝撃が発生する。

 

 故に、廻燐珠鬼は勘違い含めて相応の物を覚悟していた。

 それがどうだろう。

 

 やさしい物を、廻燐珠鬼は感じた。

 自分を包んでくれるような、そんな暖かさが、グレイニンジャの手からは受け取れたのだ。

 

 変身前の、常に薄目で睨んでいるのかそもそも関心が薄いのかといった風体。

 変身後の、自分の事は何も見せる気がないといった右目しか見えない霊装。


 ニドヘガル研究所で、指示役の怪人には尽くさなくてはならないと教えられたのは、いつからだったろうか。

 ニドヘガル研究所で、自分はボタン1つで処分できる使い捨ての備品だと悟ったのは、いつからだっただろうか。


 少なくとも、今、目の前の怪人の右目からは、それ以上の何かがあることが、伝わってきた。

 それが、情欲なのか、愛情なのか、はたまたもっと他の感情なのか、廻燐珠鬼にはわからない。

 それでも、今言うべきことは、わかっていた。


「ありがとうございます。」

 

 にこやかに軽く礼をする廻燐珠鬼。しかし、

 

「ま、それはそれとして。」


 そういって、きざむは左人差し指に自身の霊力を貯めて、廻燐珠鬼のへその辺りに打ち込んだ。

 おふっなんて、女の子が出すには惨めな声を出しながら、廻燐珠鬼はくの字に体を軽く折る。


「防御に霊力練るのはいいけど、頭に来るって決めつけてそこに霊力集中させてちゃ、他のとこへの攻撃に変更されたらモロ食らうでしょ。なるべくギリギリまで、霊力は自由に動かせる様にしておくこと。」

「ふぁ、ふぁい………………」

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