第8話

「一々聞くのめんどくせえや。」


 死んだ目をしたきざむの一言で、2人は外へ出てきた。

 真っ白な空間にポツンと浮かぶ、深紅の着物と黒のライダースーツ。


「変身」


 そんな軽い一言と共にきざむの胸部からは霊力が噴出され、その霊力は濃度がある一点を超えると、淡い灰褐色の光となりきざむの周囲を漂い始める。

 霊力の噴出口である虚空の様な底の見えない空間の中に手を突き入れ、鎖を引き出すと力の光と絡み合いきざむの体を隠していく。

 胸部の霊力が体を覆っていき、その霊力から赤みが抜け、今度は純粋な灰色と化していく。

 鎖が収縮しきざむの全身に絡みつくと、灰色の霊力は肌に纏わりつく赤い布と灰色の袴へと変貌する。

 最後に漂っていた霊力が集まり黒い外套を形成すれば、霊装は完成される。

 あっという間にありあけきざむという人間のラベルは、剣鬼怪人グレイニンジャとなった。

 

「やるかぁ……」


 心底面倒だと言わんばかりに首を鳴らしつつ、グレイニンジャは背中に太刀とピストルを発生させて戦闘準備を完成させる。

 欠伸までしそうなグレイニンジャとは裏腹に、廻燐珠鬼の顔色は凄まじい勢いで悪くなっていく。


「こんな霊力、あってええんやろか…………???」

「A級と対峙するのも初めてかい。A級じゃなくて、絶対的な格上と出会うのが、っていう表現が正解か。」

 

 生唾を飲むしかない廻燐珠鬼。

 彼女の大胆に露出された肌で感じる霊力それは、自らの霊力それを遥かに凌駕している。

 肌には汗が浮かび、玉になって頬を首をと伝う。

 見かけ前提で調整されているはずの奥歯は、嚙み合うことなく暴れだす。

 無意識の内に、足が後ろに向かいそうになる。


 根本的に霊力を使用した戦闘というのは、霊力の削り合いだ。

 いかに少ない霊力で、いかに大きな霊力を消耗させるか。

 そこに卓越した技巧による多少の大番狂わせはあれど、原則として霊力の総量が多いほうが勝つと相場は決まっている。

 

 霊力測定の技術が発展して早10数年。

 根底にあるのが精神力という安定しない存在を、クラウンブレッドの科学者が大まかではあるが測定できる装置を開発し、悪の組織間ではその数値が標準指標となった。

 だというのに、今の廻燐珠鬼にはそんな数値の価値を見出せなかった。

 ニドヘガル研究所で彼女が告げられた自身のランクはB級。目の前の怪人のランクはA級。

 その実、ランク差は1つだけ。

 字面だけ見れば、条件次第でいくらでもひっくり返せるはずだ。


 それでも、自分の肌が、直感が、そんな理性理論理屈を、戦うまでもないと否定してくる。

 目の前にいる怪人は、自分の力だけでは崩せない。

 少なからずB級能力者ということで、他人よりも優れていると、単なる有象無象ではないと、自認していた。

 

 初めて味わう感触の嵐。

 感じているのは恐怖ではないと理解した。

 この感情は、畏怖だ。

 絶対的強者に対する、屈服にも近い。


「まあ、適当なとこで止めるから、とりあえずお前の好きに打ち込んで来ていいよ。」

「打ち込む……………………打ち込む?」


 どうやって、と疑問に思うが、それは無意識の内に倒す方向に考えてしまっているのだと気が付く。

 余裕綽々なグレイニンジャは、どんな攻撃をされようとモロに食らうはないと。そう言っているのだ。

 あまりの霊力の圧に冷静さを一瞬失ったが、最初からこれは手駒になる怪人を推し量る為のタスクでしかないのだと、勝てと言われているわけではないのだと、ようやく理解することができた。

 

「行かせていただきます。」

「いいからはよせえ。」


 大きく息を吐く。

 廻燐珠鬼が腕に霊力を込めると、目の前に黒い札が降って来る。

 それを手に取り胸に押し付けると、札から黒い霊力が噴き出し廻燐珠鬼の体を覆う。

 

「降魔招来・四鬼転謳」


 霊力の影が姿を消すと、廻燐珠鬼の衣装は全体的に漆黒の影炎が纏っていた。体に纏う天女の様な美しい帯も、長く垂れた袖口も、スリットの様に彼女の足を覗かせた妻下も。


 「あああああああああああああああああ!!!」

 

 彼女の絶叫と共に、炎は暴れ狂い、眼球も濁りが走り、その息は荒く、深くなっていく。

 

「へえ、二段階変身モードチェンジする奴はけっこう見るけど、自我を持った外的存在を平然と降ろすってのはあんまり見たことないな。」


 廻燐珠鬼の霊装は常時発動型。

 睡眠時以外常に展開できる程に低燃費ながら、一定ラインの戦闘能力を常に維持できるというのが強みで、怪人側ではそこそこの数はいるし、ヒーロー側にも時折存在する霊力特性だ。特に洗脳型のE級能力者はこれをベースにした調整が加えられている。

 ただし、総じて変身型と比較して、突発力、つまり瞬間的な出力に劣るという弱点も存在する。

 それを解消するのが、外部装置や霊力特性を利用した外部的要因による二段階変身だ。

 二段階変身自体は特にヒーロー側によく見られる特性で、メダルや小型のディスクに封印されたなんらかに特化された能力を、状況に応じてその身に宿すことで、本人の慢性的な能力不足を補う手法だ。

 B級能力者の怪人が、推定D級のヒーローに敗北したなんて話がよく出てくるが、そういった場合、大抵二段階変身の急な出力変化に対応できなかったというのが原因だ。


 それでも、10年を超える怪人としてのキャリアを持つグレイニンジャですら、彼女の例は初めて見た。

 彼女のそれは誰の目からしても、その身に宿した力によって自我を侵食され、それに抵抗しているのが伺える。


「風鬼・舜風!」


 廻燐珠鬼が吐息を手の平に向けて放つと、彼女のその手の上で小さな旋風つむじが巻き起こる。

 それを足元へと投げる様に送ると、彼女の体は緩やかに宙を舞った。


 技というのは、存外決められた行為以外をすると出力が下がる物だ。故に、例外を平然と実行すると称賛されるという話はあるのだが、それは閑話だ。

 特に霊力を用いた技というのは、その技名に真贋が乗るものだ。

 降魔招来

 これは、字面を偽れば霊力の出力が下がりかねない物。つまり、文字通りの意味を受け取ればいいのだ。

 

 彼女は、『魔』と呼ぶべき物をその体に宿している。最近はそういった名前を聞かないが、昔組織……というより母から詰め込まれた知識を呼び起こす。

 四鬼、と言われれば安直に考えれば「藤原千方の四鬼」だろうか、ときざむは考察した。

 かつて飛鳥の世に存在した藤原千方が使役したという、それぞれ風、水、金、虚4つの属性を行使する4体の鬼。

 

 やっていることの本質は、陰陽師系能力者が使う式神作成と同質だと察するが、その使い魔に対してどこまで支配が及んでいるのかきざむには計り知れない。

 そもそも、霊力が表舞台に上がった数十年前はそういった名称の能力者も居たらしいが、今の時代に陰陽師と称するべき能力者はもう絶滅危惧種となっている。

 元々弱い相手を使役したとて結局は失っても惜しくない数合わせにしかならない。自分より強い相手を使役しようとしてしまえば自滅してしまう。

 大成したとて所詮は平均レベルの本体と同格の駒が増えるという微妙な能力に、霊力開発が進んだ現代においてはあまり用はないというのが現実。

 そんな能力を作るよりは、単独で戦闘できる能力者を作る方が建設的だ。

 故に、グレイニンジャの10年を超えるヒーローや組織間の抗争による交戦経験を以ってしても、その底を図るには至らない。


 どれだけの種類の魔を取り込めるのかは今のきざむからは察することはできないが、彼女のコンセプトとしてはベースとなる王将つまり『廻燐珠鬼』に、金銀桂香となる『魔』を合体させて、疑似的に飛車や角行と同格にしようとしていると表現するのが正しいだろう。

 幸いにも、それを目的に作成した彼女がB級に至ったことで、かなり実用性の高い戦闘員が出来たのだろう。


「金鬼・剛体」


 その体の周りに更に霊力を纏わせ、技の発動と共にそれは金色の鎧に変わる。

 そのまま廻燐珠鬼は浮いた体を人間砲の様に突撃させる。

 グレイニンジャは迎撃として大きく回転し、廻燐珠鬼それを蹴ると爆発が起こり、互いに90度軸線がずれた先に吹き飛ばされる。


「隠形鬼・虚影」

 

 黒煙が収まると、空間には廻燐珠鬼の姿はない。

 きざむも移動しながらではあるが途中までその軌道を見ていたというのに、廻燐珠鬼の技の起こりと同時に一瞬にしてその痕跡が消失した。


 グレイニンジャはただ平面の中で次の動きを待っている。

 10秒、20秒と待っても、廻燐珠鬼は動かない。

 

 教科書通りか、ときざむは悟った。

 確かに隠形で相手を仕留めるならば、根競べをしてチャンスを待ち、大きな一撃を加えるべきだろう。

 目視どころか霊力すら全く完治できないレベルで気配を遮断できる上、B級能力者で属性能力を長時間運用するに足る霊力総量を持った彼女に戦い方を教えるならば、自分でもそうする。

 確かに、極端な格上か極端な格下としか戦うことがない、経験不足気味なヒーローや怪人相手には、それで十分だろう。

 しかしなればこそ、それなりに経験を積んだ相手からすれば、対処法も教科書通りで十分だということも、ニル研は教えるべきだったと呆れてしまう。


「虚栄花火」


 グレイニンジャの足元に、1つのサッカーボール大の球と、その周りを旋回する無数の球が発生する。

 足を差し込み球を浮かせて軽く1回リフティング。大きく振りかぶって、上空へと打ち上げた。

 攻撃モーションを隙だと判断したのか、グレイニンジャの後方に霊力を貯めている廻燐珠鬼が姿を現している。上段に両手を合わせて構えている辺り、放出系の技を撃とうとしていたのだろう。

 しかしながらその顔は、想定外の方向に撃ちだされたグレイニンジャの攻撃に困惑が浮かんでいる。


 大きい方の球が爆ぜた。

 周囲に撒き散らされる小さい方の球。地面に衝突するなりそれは炸裂を繰り返し、その場に存在する物を全て吹き飛ばそうとする。


「水鬼・流砲!」


 それでも、対処判断は的確だった。

 前に打ち出そうとしていたそれを、上に向けて修正して放つ。

 彼女が用意していたのは水の砲弾。

 一筋の水が彼女の胴を軽く超える太さを維持したまま、天井へと到達する。

 無論、その道中にあったグレイニンジャの球を巻き込んで、霊力による圧力を食らったそれを爆破させつつ、だ。

 しかしながら、先行した群体の爆発を食らい、小規模な爆発とはいえそこに込められた霊力の量に、廻燐珠鬼の霊装は大きなダメージを受けてその実態を揺らげている。


「虚爆具足」

 

 息を付く暇はない。

 単純な話、廻燐珠鬼は迎撃とはいえ攻撃をしたのだ。

 本来姿が見えないことでグレイニンジャの先手を無為にして一手優位に立っている予定だったというのに、攻撃に使う予定だった技を迎撃に回したことで踏み倒す予定だった一手と実際に攻撃に使った一手を失った。

 対して、グレイニンジャが消費したのは上へと向けた一手のみ。

 先手グレイニンジャ、後手廻燐珠鬼。グレイニンジャにまた手番が回ってきたということ。

 白銀の鎧を纏った上段の回し蹴りが、廻燐珠鬼の無防備な側頭部に迫っている。

 

 完全に虚を突かれている。

 霊力の貯めもない。

 ああ、目まで瞑ってしまった。


 刹那の最中、きざむは悩む。

 このまま打ち抜いてもいいが、それでは完全なノックダウンもあり得る。

 これまでの経験通りに部下に対して絶対性を叩き込んでもいいが、

 

 結果、直前で具足を砕いて爆発を起こすことにした。


 グレイニンジャは反動で勢いを殺し、軽くたたらを踏みつつ後退する。

 多少は説教をしなくてはなと、2つの人影の周囲が爆煙良好なのを確認したきざむ・・・は、居住スペースの屋根の上でやる気なく四肢を投げ打ち、うつ伏せだった体を持ち上げて現場に急行する。

 

 2つのグレイニンジャ。

 元からいたグレイニンジャの影は、グレイニンジャきざむの到着と共に跡形もなく消失し、その場に元からいたかの様にグレイニンジャきざむが入り込んだ。

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