第5話
「ありがと、お兄ちゃん。」
「ほとんど手遅れだったろ。なんでばあちゃんちいけないってわかった時点で連絡入れねえんだよ。」
――――――キッチンに着くなり、きょうこは目を伏せがちに口を開いた。
「だって、お母さんが帰って来なくなって、お兄ちゃん最近帰りも早いし、土日も全然バイク乗らないじゃん………………
今日だって、おばあちゃんの家に行くって言わなきゃ、出かける気なかったんでしょ?」
「何度も言ってるだろ。
俺に気を使ってお前が組織に関わってるんじゃ、大前提が崩れるんだよ。
確かに今日は発散日になったけど、今日である必要はないんだ。」
振り返ることなく家の中を進んでいく。
出会ったばかりの頃の、まだよちよち歩きで全身を使って階段を登っていたきょうこの姿と、隣でスタスタと淀みなく階段を登る姿を重ね合わせ、きざむはなんとも言えない気分に浸ることとなる。
本来これは、親が持つべき視点なのではないかと、自嘲してしまう。
「あと3年、あと、たった3年なんだぜ?」
はっきり言って、今の人口維持は悪法だときざむは認識している。
人口維持の名目で始まった試験管ベイビーの製造。確かに日本の人口は一定のラインを推移する様になったが、全ての人間を国が育てることは不可能。
というよりも、文化的、道徳的に問題が生じる。
少しでも施設出身の子供を減らす為に、超高額の納税か、2人以上の18歳までの子育てかを選択させる。
はっきり言って有明家に金がない訳ではなかったが、社会的地位や詳細な金の出所の監査が必要な養子免除は、悪の組織が関わっている為に事実上不可能だった。
毎月1日に製造ロッドに従い人口子宮から取り出される子供達は、『
ありあけ夫妻も、可能ならば自分の子供を育てたいという気持ちがあったのだろう。きざむも古臭い考えだと納得も同意もしないが、理解はできる。
ただし第一子であるきざむは25歳で結婚して直ぐにすんなりと産んだというのに、そこから2年もの間、かんなは第二子を身ごもらなかった。
養子配布期限の27歳を超え、わざわざ第一子を産んだことによる特例延長を申請して30歳まで粘った結果、最終的に渋々妥協してきょうこを迎えている。
そんな相手に愛情が無いというのも、言っては何だが道理ではあるのかもしれない。
今年できょうこは15歳。
ありあけ夫妻がまだ平の研究員だった頃は、さしたる問題もなかった。せいぜい希薄な親からの愛情と、悪の組織の利益を享受しているという、将来的な良心の呵責が生じる程度だった。
それに対してきざむも、幼いながらも両親の彼女への対応が良くないことだと理解し、己のできうる限りの愛情を以って抗い続けてきたのもあって、きょうこは幾分マシに過ごせたのではないかと自負している。
しかしながら、ある意味、状況が悪化したのは自分にも責任があるときざむは考えている。
確かに悪の組織に所属して、その利益を貪るというのは良くないことだ。そこに目を閉じているというのも、健全なものではない。
それでも、A級能力者なんてものになったきざむの存在により、ありあけ夫妻は地位を得て、きざむも組織を安易に離れることができなくなった。
「お前も、望んでる訳じゃないんだろ?」
「それは、まあ。研究をするにしても、ちゃんと身元が保証されたところでやりたいし、人体改造とかそういうのは、あんまり好きじゃないよ。」
そんな返答に、煮え切らないな、と思ってしまった。
根本的に、きょうこも研究肌な人間だ。
昔から好奇心旺盛で、霊力を消費する機械の構造に興味を抱いて、分解しては元に戻せなくなって泣き出す様な子だった。しっかりとした研究機関に送ってあげられれば、大きな成果を残すのでは、と思っている。
そんなきょうこが、善悪も分からぬ内にがんえんのラボに入り、その研究に興味を示してしまった。
ちょうどかんなが人工のA級能力者を作成して組織内の立場を強めて、がんえんは逆に強化に失敗し、B級能力者を潰し続けていた頃だ。
そんながんえんの焦りときょうこ自身の優秀さ、また、きざむ自身も組織内で重宝される様になったことによって、きざむが気付いた頃にはもう手遅れだった。
きょうこには霊力強化改造の知識が一通り仕込まれ、がんえんもきょうこを便利な助手として見るようになった。
「とりあえず、明日こそばあちゃんちに行くぞ。午前中は空いてるから、俺も付いてく。」
「うん、ありがと。」
自我が弱いな、ときざむは感じる。
根本的に、霊力が強いというのは、自分の在り方に筋道が通っているということだ。
そんな
真に噛みあうことは、ないのだろうな、ときざむは達観するしかなかった。
部屋に入る直前に、きょうこは振り返ってまたもじもじと髪を弄っている。
話したいことがあるならさっさと言い出してくれないかな、なんて考えていると、ようやく口を開く。
「ねえ、お兄ちゃん。」
「なんじゃい。」
「3年後、この家を出たらさ、一緒に住んでくれる?」
「……やだね。」
「どうして?」
「一緒にいるべきじゃ、ないから、かな。」
「やっぱり、私は、哀れなお母さん達の被害者でしかないの?
1日生まれの家族は、手間のかかる
泣き出したきょうこにどう答えるべきか、壁に体重をかけて悩む。
ペット、という表現になるのも致し方ないというのも、きざむは理解している。
確かに、愛のない家族というものは、ここ数十年で露呈した重篤な社会問題だ。
きょうこからしてみれば、血の繋がらない両親相手に好き放題使い潰される状況で、それを否定してくれる血の繋がらない兄。
きざむの行動理念が理解できなくても、仕方ないのだろう。
確かに要素だけを傍から見たら、自分の行動は親の所有物である実験用のマウスを飼う子供の様だと納得できてしまった。
「逆に考えて、ただのペットに、こんなに手間暇かけると思ってるの?
どんな事情があれ、お前は、俺の妹だよ。」
「でも、」
「確かに、お前に対してあいつらの被害者だって、憐憫の感情を持ってるのは否定しないよ。
もう、俺はとっくに糞親の被害者を名乗れるところは過ぎたけど、まだお前は巻き込まれただけの運のない一般人だ。
だから、黙って俺を踏み台に、お前が、妹が、普通の生活に至るための道具に………………してくれ。そうじゃないと、いけないんだよ。」
無償の愛を与えられるのは家族だけ、というのは、よく言ったものだ。
それを口にするのは、押し付けである。自分でその結論に至ってもらわないと、価値のないものだ。伝わってくれればよいのだが。
そんな考えにきざむは、やはり自分はヒーローと対局にある存在なんだな、と自嘲する。
顔も知らない無辜の民のために、自分は命を差し出せない。
目の前で泣いている女の子一人を守るので、精一杯だと。
「とりあえず、また明日な。送るから、ちゃんと起きてこいよ?」
「まあ、起きれたら…………って、いたいいたい、」
この期に及んで惰性からさっきまでの緊張感を失う妹に、こやつどうしてくれようか、なんて若干頭に血が上り、こめかみをグリグリと指で押し込む。
全てにおいてずぼらな妹に呆れながらも、ううー、なんて呻いているこの子が愛おしいと感じる。
やりたいことは勝手にやって、やりたくないことに舌を出しながら急かされる。そんな、根本的に悠々自適で堕落しているとも取れる日常に、浸かっているべき少女なのだ。
何があっても、殺伐とした他者の犠牲の上に成り立つ様な世界に、汚してはいけないと再確認する。
「寝てたら起こすから。じゃ、おやすみ。」
「おやすみぃ…………」
涙目のきょうこが部屋に入るのを確認し、きざむもベットとクローゼットがそれぞれ1つ置いてあるだけの部屋に戻った。
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