第4話

 有明の家は居住ブロック4のかなり南方の端に存在する一軒家だ。この地域にまで来ると道路以外は再開発の手が及んでおらず、半世紀前の原風景が残っているただの住宅街となる。

 夜もそれなりに進み閑静な雰囲気が漂っていたが、静音モードに切り替えることもせず全力でエンジンを回すバイクがそれをぶち壊し、年中開けっ放しの門柵を超えて簡易的な車庫へと雑に雪崩れ込む。

 きざむは家に入りヘルメットを専用のスタンドに放り投げ、本来あってほしくはなかった靴があることを確認してドカドカと二階へと上がっていく。

 

 目的地である今日日一般家庭ではあまり見かけない木製の引き戸からは、光は漏れていない。


「きょうこ、開けるよ。」


 一応ノックをしたが、返事を待つ気はない。

 案の定、中は空だった。

 女子高生らしいピンクピンクしたカーテンやベッドが月明かりに照らされている。

 脱ぎ捨てられた衣服や解体された機械部品やらを、足でどかして床を確認しつつ中に入る。

 朝出かける時に着ていた服が、椅子の上に脱ぎ捨てられている。つまりは部屋着に着替えてはいることを確認した。

 

「くそがよぉ………………」


 誰に対して吐き捨てたのか、と問われたら、「自分」と即答するだろうな、ときざむは自覚した。

 その瞬刻の後に、夜になるまで連絡をくれなかった祖母と無駄に気を遣った妹に対しての罵倒でもあるのだと認識が噛みあう。

 本当に無駄な配慮だ。

 連絡が入った瞬間に予定をすべてキャンセルするということは、単にそれだけ優先度が高いということなのだから。


 ここに来るまで居間以外には光は無く、その居間も偽装用にライトを付けているだけだろうと結論付け、キッチリへと大きな足音を隠すことなく突き進む。

 換気扇の上のパネルを叩き付けると、今度はシンク下からガコンッ、という動作音が鳴り響く。

 シンク下収納の扉を開けて中に入り込み、スロープを滑り落ちると、そこには一面の白が広がっていた。


 結論、清潔だの無菌だのは白い環境で追求するのが一番手っ取り早い。

 きざむがそこに足を付けるなり、赤い洗浄液とエアーによる歓迎を3周も受けて先へと進む。

 

 そこには、まさしく研究所といった風体の部屋が広がっていた。

 中央には、ガラス板によって隔離された、手術台と遠隔アームやらが立ち並ぶプラットフォーム。

 壁面は培養液に浸された縦置きのカプセルが10台並んでいる。

 内6台の中には、きざむにも本名を知り得ない。まだ10代前半に見える少年少女が裸で浮かべられている。 

 彼ら彼女らに意識は無く、焦点の合わない二つの目をただ虚空に向けている。

 いや、意識が無い、というのは正確ではない。しっかりと観察すれば、その頭部は襟足から耳の高さまでの肉と頭蓋骨を排除され、太い電極が刺されていることが伺える。

 彼ら彼女らは脳と肉体の接続を無理やり遮断され、差し込まれた電極から好き放題に都合のいい情報を流し込まれ、少しずつ、その在り方を曲げられているのだ。

 

 そんなおぞましい部屋の中で、カタカタと古臭い物理キーボードを叩く音がする。

 もう40も半ばだというのに、無駄に派手な暖色を散らしただけのシャツとパンツに身を包んだ男。

 隣には、かなりゆったりとした寝間着の上に古典的な白衣を着た少女、というかきょうこがいる。その服装と雑に一本に纏められた髪が不本意に引っ立てられて来たことを示している。

 男、つまりきざむの父である有明がんいちなのだが、入って来たきざむに気が付いていないが、きょうこの方は入ってきて直ぐに死んだ目を向けて来ている。

 その白衣には、洗浄液で多少流されてはいるが血の跡が残っている。

 

 確かきざむの記憶の中では、ここにいる実験体の数は4人だったはず。つまりは今の状況はカプセルの中に入れる実験体の下処理を終えて残りは後処理といったところだろうか。

 きょうこが父方の祖母の家に泊まるということで、昼前になってきょうこが家を出たのを確認して俺も家を空けたが、先ほどきざむの元に入ってきた連絡は、その祖母からだった。

 きょうこが来る途中で祖母の自宅付近で警報が鳴り、交通機関が麻痺。そのまま一度帰らせたがしっかりと帰宅しているか、といった内容だった。

 祖母は直線的に無能な父とは別ベクトルに無能で、即座に自分に連絡していれば何も問題ないというのに、時間がたっぷりと経ってから不安になったのだろう、ときざむは結論付ける。

 父と違って根は善良ではあるのだが、いかんせん要領が悪いな、と思う。

 悪の組織の研究者として落ちこぼれた父とは、ある意味血の繋がりを感じるというべきか。


 そんな現状把握は終え、きざむは雑に男に近寄り、その座っている椅子を蹴り飛ばす。

 おわぁ、なんて見苦しい悲鳴を上げながら尻餅を付いたがんいちの首根っこを掴む。


「な、なにをするんだきざむ!!」

「黙れよ。俺の問いにだけ答えてろ。」

「なんだ親に向かって!お前は………………」

「黙れ。」


 殴打。

 肉の潰れる気持ちのいい音と共に伊達メガネが床を転がる。

 その後もがんえんはきざむに対して抗議を続けるが、「やめっ」だの「俺は」だのと口を開く度に頬を殴り、黙るまでに20発は殴られ沈黙した。

 頬を赤く染め鼻から血を流し、力の入らない首では涙すらも髪に向けて垂れていく。

 そんな父を馬乗りになって眺めるきざむの目に、憐憫の感情は微塵も含まれてはいなかった。

 

「俺がなんでまだお前らと一緒に生活してるか、わかるか?」

「は、ひゅ、」

「きょうこをこっちの世界に巻き込ませない為だ。」


 追加で殴る。

 内出血で赤くなっていたきざむの拳は皮膚が裂けて、攻撃する側の傷となっていくが、きざむは気にしている様子がない。

 ただ純粋に、目の前の男を害するという意思一つで、その腕は振られている。


「確かに俺は契約したぞ。

 俺がクラウンバレッドに所属して成果を上げ続ける限り、きょうこは一般人としての生活を保障され、国の養子保護の切れる18歳以降に家を出ても組織の非襲撃者リストに載せると。」


 きざむの顔に、感情は浮かんでいない。

 悲しいかな、7歳から悪の組織で活動してきた彼には、有事に感情それを出す程浅い訓練はされていない。

 それでも、きざむ今この場で父の顔を殴り続けるのは感情からだった。

 しかしきざむは、どうせこの男は、これで懲りることを知らない。ただ組織の研究員としての立ち場を強めるために、好きにきょうこを助手として、自分の手駒として、利用するだろうと決めつけている。

 打撲の傷等、治療液に浸かっていれば数時間で大方治癒してしまうのだから。

 ならばせめて、鬱憤くらいとその乱打を続ける。

 いい加減がんえんもその意識を失い白目を剥いてきた。

 

「そこいらにしておきなさい、きざむ。」


 振り上げられた拳が止められる。

 霊力を展開しているのか、ガタイのいいきざむが全力をかけても動かない。

 何よりも聞きなれた声に、きざむは多少の情が沸く。

 この無能な父とは違い、今後ろに立っている母とはそれなりに家族の付き合いはしてきたつもりではある。

 

「あんたも止めろよ。」

「きざむの気持ちもわかるけど、止まる人じゃないでしょ。

 研究の為なら、ひたむきになっちゃう人だもの。他はダメダメだし、研究自体もダメダメだけど、そういうところに惚れたんだから。」

「心底気色悪い。その年で女見せんな。」

 

 その手を振り払いつつ、最後っ屁とばかりに腹を蹴りつけておく。

 振り返ると、その蛮行にやれやれとばかりに肩をすくめる有明かんな………………いや、悪の組織の上級怪人、ブエルラギナがいた。

 霊力由来なのだろうが白衣に身を包み、その下にはかなりパンクな棘付きのボンテージ衣装を身にまとっている。

 その後ろには、護衛であろう女の戦闘員が2人。きざむも母の研究室で何度か見かけて顔はなんとなく覚えているが、怪人名は聞いた覚えがない。恐らくⅮ級能力者なのだろう。


 ブエルラギナは本人がC級能力者でありながら、研究員としてもC級能力者をB級へと昇格させるという快挙を、2度も成し遂げた、クラウンブレッド内の次期幹部として呼び声高い怪人だ。

 

 すべては、有明刻………………つまり、天然のA級能力者にして現上級怪人グレイニンジャを生み出した功績により、組織の幹部に目を付けられ、正しく成り上がった結果だ。

 とはいえ、母はその絶好の機会を活かし、戦闘員の強化研究を成功させて本部内の研究室を与えられる程になったというのに、父はその機会を活かしきれず、年々引き下げられていく分配された被検体の数と予算に焦りを覚えているのだが。

 なんにせよ、きざむにとっては組織と交わした契約を守る気のあるこの母自体には、父程のヘイトは向いてはいない。


「何しに帰ってきたんだよ。D級が2人も流れてきたって喜んどったから、ひと月は研究室に籠ったままやと思っとったんやけど。」

「まあ、そのつもりだったんやけど。1人は元々素質がすごくてな?あっさりとB級に手が出そうなくらいのC級に調整できちゃったんよ。

 もう1人はちょっと問題ありで時間がかかる割にやることがなくてね?手が空いちゃった。

 そしたらちょうどきざむに招集命令が出たから、伝えついでに帰ってきたの。」

「さいでっか。」

「明日の2時に本部に行ってね。あ、ちゃんと集合時間の30分前には着いてないとあかんよ?いくら組織が緩いからって、そういうところを疎かにすると癖になっちゃうからね?」

「わぁーってるよ。」


 そんな家庭の日常のような会話をしている間にブエルラギナの衣装は霧散し、地味なシャツ姿の有明かんなになっていた。

 話は終わりだと、呆然と立ち尽くしていたきょうこに目配せをして歩き出すきざむ。

 上へと戻る為のポールエレベーターの前で、一応釘を刺しなおすかと振り返る。


「流石にどっちもいなくなるたんびにこれじゃ、俺もそろそろ止まんねえぞ。」

「わかってるよ、上級怪人グレイニンジャ殿。」


 肩を竦めて微笑むブエルラギナに、本当かよと心の中で悪態を付き、電磁式のポールエレベーターに捕まる。

 スロープの上を前後に並んで滑走し、有明兄妹は研究所を後にするのだった。

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