第5話  終わらせて

母は幼い頃 大病を患い 強い薬を使って

その薬の副作用で ものすごく苦しんだらしい

だから 余命宣告を受けて 入院治療を

一切しない事を決めた時


一切の薬を使う事も 拒否した


痛み止めさえも


末期癌の痛みは想像を絶するものらしい

母は その痛みに 耐えていた


「あなたのお母さんは凄い 並大抵の精神力じゃない」


ベッドに移ってから 母は 窓の外を眺めるようになった

和室でカーテンがなかったから つっかえ棒にカフェカーテンをつけて 外から見えない様にしてたんだけど

母は風になびくカーテンを触ろうと

何度も手を挙げては届かず 力無くパタンと下ろすのを繰り返していた


「川沿いの桜、綺麗に咲いたよ」


部屋の窓からは 桜は見えなかった



もう この頃には 母は 殆ど喋れなくなっていた

何かを訴えていても 聞き取れなくて 辛かった



次の日

私は久々に出勤した

仕事をしながら 考えまいとしてるのに

母の事を考えてしまう

そして 泣きそうになる

我慢しろ 仕事中だ

妹がひとりで母を看ている

心細いだろう


10時半頃

会社に私宛ての外線がかかってきて

心臓が凍る

「危ないかもしれないから集まって欲しいって」

取り乱さないように

「もう少しで午前中の仕事が終わるから」

電話を切って その後 どんな風に仕事したのか

覚えてない

やる事やって「早退させて下さい!」

返事も待たずに仕事場を飛び出した


更衣室で着替えていると同僚が入ってくる

「電話があったからもしかしたらと思って…大丈夫?」

「大丈夫 大丈夫」

自分に言い聞かせる様に呟く

何が大丈夫なんだか意味がわからない

大丈夫ってどんな意味だっけ…。


実家に着いて部屋に入ると 涙が溢れる


「お母さん…ただいま」


母は目を閉じたまま 頷いてくれた



介護士さんから 2、3日がヤマになると思うから

覚悟するよう 言われた


そんな覚悟 できるわけがない


一旦は落ち着いたけど 母はこの日を境に

「もう 充分」と口にするようになった


そして「終わらせて」と言った


……そういう事なんだろう


こんな 辛い 悲しい 言葉 知らない


終わらせたいくらい 苦しいのに


1日でも 1秒でも 長く 生きていて欲しいと願うのは 我が儘なのかな


お願いやから そんなこと 言わんといて って


言いたかったけど


母の苦しみを思うと 言えなかった



4月11、12日と仕事に行く

なんで 仕事なんかしてるんだろうと思う反面

ホッとしている自分もいる

逃げてるだけなんだ 現実から…


13日

久しぶりに自分の家で朝を迎えた

洗濯やら家事やらの雑事を片付けていると

妹から「早く来て欲しい」とメールがきて

急いで実家へ


母はとても苦しそうで


「お母さん!お母さん!」


子供の様に 母は お祖母ちゃんを呼んでいた



14日

眠っている母と一緒に妹とたくさんムービーを撮った

2人で何度も母のホッペにチューをする


私達は 笑ってた


眠っている間は 痛みに苦しめられる事はないからさ


午後 お医者様が来てくれた


別の部屋にいた 私と妹が 呼ばれた


母は 眠っているんだと 思ってた


思っていたのに


母は 意識が なくなっていたんだ

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