終わらせて
第4話 ゴメンね
4月8日
「寝ているのが怖い 起こして座らせて欲しい」
母に頼まれた
寝ている大人を ただ座らせる
それだけの事が こんなにも大変だと思わなかった
痩せ細った母の小さな身体は 思いの外 重かった
再び寝かせた後 少し側を離れていると
呼び出しのブザーが鳴った
今度は 「御手洗に連れて行って欲しい」と頼まれた
さすがに これは1人では無理だと思い
3階の部屋で寝ていた父を起こして
2人がかりで御手洗に連れて行った
何故 この日 母はこんなにも 起きたがったのか
「寝ているのが怖い」
その意味を もう少し 先で 知ることになる
おむつを外して便座に座らせる
私は母をひとりにできなくて御手洗に椅子を持ち込んで
側に座る
でも、寝不足気味だった私は
いつの間にか 眠ってしまっていた
どれ位寝てたのか 慌てて母を見る
手を触ると 冷たかった
ヒーターを持ち込むも 様子が変だ
「お母さん?」
呼びかけると 返事をしてくれたけど
すぐに 意識がなくなった
身体が冷たい
急に怖くなった
その時 兄から電話が入った
パニック状態に陥っていた私は 電話に出るも
涙で言葉が出ない
「お父さんを呼べ!」
兄に言われて「お父さん!!」
叫びを聞いて 父が慌てて母を連れだし 寝かせた
騒ぎを聞いて飛び起きた妹が大声で母を呼ぶ
父は掛かり付けのお医者様に電話した
私は泣いて母に謝った
自分の判断の遅さを後悔していた
あの時 1度だけ 返事をしてくれた
母の顔が 頭から 離れない
お医者様が来てくれて
2度と身体を起こしてはいけないと言われた
しばらくして 意識の戻った母は
「ありがとう」と繰り返した
「誰も自分を責めたらあかんよ」と何度も言った
そして「ゴメンね」って
何度も 何度も 何度も
この日 訪問看護師と介護用ベッドを頼もうと
兄から言われた
もう 素人介護では無理だと
私はそれを受け入れた
兄が仕事先で色々手配してくれている間に
弟が仕事を切り上げて駆けつけた
母を見るなり 泣き出した
弟が泣くのを見るのは 子供の頃以来だ
それ位 泣かない子が 泣いていた
兄も帰ってきた
母は2人にも 何度も 何度も
「ありがとう」と繰り返した
兄も泣いていた
私の方こそ ありがとう
産んでくれて ありがとう
叱ってくれて ありがとう
心配してくれて ありがとう
4人も兄弟妹を与えてくれて ありがとう
私のお母さんで ありがとう
お母さんに関わる全てに ありがとう
こんな風に思える人に育ててくれて ありがとう
大好きな お母さん
あなたの娘に生まれて 私は本当に 幸せです
本当に 本当に 心から ありがとう
4月9日
介護用ベッドが入った
介護士さんも来てくれた
母をベッドに移すとき 寝たきりになってから
初めて母の背中を見て
泣き崩れた
大きな床擦れができていた
ベッドに移す前に
介護士さんが手当てをしてくれて
泣いている私を抱きしめて慰めてくれた
私はこの時 初めて
自分がずっと 張り詰めていた事を 感じた
介護士さんは 私を抱きしめながら
「初めての事なんだから仕方ない それにあなたのお母さんはそれどころじゃないと思うよ」
そう、母はそれどころじゃないくらいの
痛みに耐えていた
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