人生で一番 怖い夜

第6話  人生で一番怖い夜

4月14日 夕方


母は眠り続ける


痛みはない? 辛くない? 苦しくない?


今 母の心は 何処にあるんだろう


どうして お母さんなんだろう

なんでこんな辛いめに あわなくちゃいけないの?

こんなに苦しまなければいけない程の 何を

母がしたというのだろう


誠実に 人に優しく 己に厳しく

父を支え 我が子を愛し 道を外れる事なく

正しく 生きてきた母の最期が

どうして こんなにも 苦しいの?


ベッドの横に心電図が取り付けられた


ピッピッピッと母の鼓動を教えてくれる


それだけが 母が生きている事を示していた


私はベッドの横に座って

ただ ただ 眠り続ける母を見つめていた

「寝ているのが怖い」

それは 次は目覚めないかもしれないという

恐怖だったんだ


初春はつはるの柔らかな風が カーテンを舞い上げて 揺れる


「お風呂に入りたい」 と言っていた


「もう少し暖かくなったら髪だけでも洗おうね」

なんて……

もっと早く 洗ってあげればよかった

「元気になったら 何が食べたい?」って聞いたら

「鯖寿司が食べたいなぁ」と言った母

この年のお正月 厄神さんの時にだけ売り出される

懐石料理屋の卯の花寿司

とても美味しそうで 買いたかったんだけど

手持ちがなくて

「来年買ってきてあげるね」って言ったら

「楽しみにしてるわ」って笑った母

来年なんて言わず 買ってくればよかった

母に来年はなかったんだから…


後悔ばっかりだ


もっと一緒に色んな所に連れて行ってあげたかった

色んな種類を少しづつたべるのが好きな人だから

バイキングが好きで よく一緒に行ったなぁ


思えば 母は 私には よく頼みごとをしていた

多分 兄弟妹の中で一番母に近かった

私には甘えてくれていた


寝たきりになってしまった時

「なおちゃんが いてくれて よかった」って

言ってくれたよね

本当に 本当に 嬉しかったんだよ


気が付いたら 部屋は薄暗くなっていた

床の間の明かりが 母の顔を照らす


ご飯を食べる気になれなくて

ずっと母の側にいた


22時過ぎ

妹が部屋に入ってきて 私の後ろに布団を敷いた

「ちょっとだけ寝るから 夜中 交代するから起こしてね」

程なくして 妹の寝息が 聞こえてきた


疲れてるんやね


心電図を見ると120まで下がっていた

「………」

母の手を握る


大好きな母の手の感触

よく指をマッサージしてあげた

「気持ちいいわぁ もっとやって」とせがまれたっけ

どう? 気持ちいい?

母の肌は 柔らかくて とても手触りがいい

弟は幼い頃 母の肘の皮を触るのが好きで

ずっと側にくっついて摘まんでいたらしい(笑)

お母さん 笑ってたなー


そんな母は 私の耳たぶを触るのが好きで

よく 摘まんでいた

似た者親子め(笑)


時計は真夜中の2時を回っていた

心電図が100を切りそうになって妹を起こす


でも 妹は 余程疲れていたのか

一向に 起きなかった

どんなに揺すっても起きない

強めに揺すっても 全然 起きる気配がない

おかしい

いくらなんでも これは おかしい

母を見て「お母さん?」聞いてみたけど

返事をするはずもなく…


心電図は100を切った


怖くて 逃げ出したかった


それからも 何度となく 妹を起こしてみたけど


ダメだった


窓の外が 白みはじめた頃


心電図は80まで下がった


もう ひとりでは 耐えられなかった

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