二人で遊んだことを覚えている

 ホテルの従業員が総出で、ロビーの混乱に対応している。その中に、毛布にくるまれて座り込むジーナ・ウィンの姿があった。


 マックスはほっと胸をなで下ろした。そこに、杖をつきながらジェイソンがとぼとぼと追ってきた。


 そして言いかけた言葉の続きを始める。


 「ミズ・ウィンを、カルロがすんでの所で突き飛ばした。そしてやつは代わりにシャンデリアの下敷きに……」


 シャンデリアに目を向ける。それは、粉々の硝子片をばらまいてロビーの中央に鎮座していた。


 カルロの姿はシャンデリアの横にあった。引っ張り出されたあと、絨毯に仰向けのまま応急処置を受けていたが、意識不明の状態だった。


 「呼吸はしているが……今はあやつの回復を祈るばかりだよ。しかし弟よ、シャンデリアが落ちてきた瞬間、わたしははっきりと聞いたのだ。あの嫌らしい笑い声を」


 ──ハハッ、ハハッ……


 「つまり、シャンデリアが落ちたのは」


 「恐らくな。悪魔に要注意と言われてまだ半日しか経っておらんのに、仕事の早い奴め」


 兄弟が話し合っている横を、エリックが足早に通り抜けた。エリックもまた事故の話を聞いたばかりだった。血相を変えてジーナのもとに向かい、彼女に声をかけていた。


 ジーナが彼の肩に寄りかかると、エリックはその頭を優しく包み込んだ。


 青年の顔を見たジェイソンは、頃合いを見つつ二人に近づき、慇懃に頭を下げて、マックスを連れてきたことの礼を述べた。


 「いえ、僕は大したことは……マックスさんもすでに落ち着いていらしたので」

 エリックが立ち上がり、言葉を返していると、


 「……思い出したわ、やっぱりそう!」


 唐突にジーナが明るい声を上げて、マックスの傍に立った。


 「マックスさんって……、マックス・ブライトさんですよね?私です。ヘンリーの娘──」


 「……向かいの!」


 マックスは極力、死相の黒い影を見ないように顔を背けていたが、彼女の言葉にようやくケイティという名前を完全に思い出した。

 病気がちであまり会っていなかった、リンダと仲良くしてくれた女の子。


 「本当に、ケイティか?」


 「お久しぶりです。数回しかお会いしてませんでしたけど……」


 そう言って、彼女は手を差し出した。


 マックスは困惑した。


 ──リンダではなかっただと……ケイティはリンダと似ていただろうか?それで姉妹みたいに仲が良かった?しかし、この手から染み出してくる死の影は、リンダに向けられたものと同じだった。


 「マックスさん?」


 「……ケイティ。済まないが、私の手は汚れて──」


 マックスは握手を断ろうとする。が、


 「こら、弟よ。淑女に対して失礼であろう」


 ジェイソンがそう言って、マックスの手を取った。そして、ケイティの差し出した手に引き合わせる。


 「兄さん、そんな真似をしたら……」

 しかし、ジェイソンがマックスの手を掴んでいる間、死の影はふっつりと消えてなくなった。


 「兄さん?霊力が——」

 開眼した?


 ジェイソンは片目をつぶってウインクをすると、「ほれ、早く」と握手を促す。


 マックスは小さく震えながら、彼女の手を握った。

 

 ケイティも優しく握り返して、

 「これからは、ジーナと呼んでください」


 マックスは戸惑いを隠しきれなかった。その姿を気遣うように、ジーナは微笑んだ。




  * * *




 「二十年前のことは、本当に痛ましく思います。エレナさんが自殺するなんて……。リンダが逃げ出したのも、無理もありません」


 あの日、警察の現場検証でエレナの死因はリンダであることが知られていたが、ジーナには伝わっていないようだ。


 「私はあの日、都内の大きな病院に入院していました。回復する見込みもなくて、それから数年間は療養所にも入って……私が家にいて、リンダの傍に居てあげられたら」


 「その気持ちは、ありがたいよ」


 「いいえ……私、何も出来なくて。リンダはあんなに優しかったのに。二人で遊んだこと、昨日のように覚えています。私のお家で人形を使って、家族ごっこをしたりして……」


 その時、遠方から救急車のサイレンが聞こえてきた。


 ホテルのスタッフが救急隊を案内しながらロビーに駆け込んでくる。


 そして、救急隊のあとから警察が入ってきた。制服を着た警官が数人、彼らを引き連れている小柄な女性が一人。年齢は50歳くらいの、ロングコートを着た私服警官。

 彼らはマックスたちを認めると、真っすぐに向かって来た。


 「スタッフの方々に聞いたのですが、事故当時の現場にいたというはあなた方ね?」

 私服警官がそう尋ねた。


 「はあ、そうだが……」と困惑気味のジェイソンが皆を代表して返事した。


 「申し遅れました。巡査部長のポーラです」


 ポーラは警察手帳を示しながら続けた。


 「私は刑事課だけど、事件性があるなんて微塵も思ってないから安心して。ただ、このホテルは以前に……霊が出るって噂がありましたでしょ?クローク・ルームの荷物が荒らされてたって。霊かどうかは知らないけど、このホテルの防犯システムや設備に落ち度がなかったかは、調べないといけなくて──」


 そう言いながら、その壮年の警官はマックスの顔をじっと見つめた。


 何事かと、マックスが見つめ返す。


 ポーラは怪しげな視線を向けながら、

 「……それでは一人ずつお話を聴かせてください、あなたから」


 「ああ、ちょいと」とジェイソン。

 「マックスは事故の時、ロビーにはおりませんでした」


 ポーラは「ふむ」と顎に手を当てて、

 「どこへ?マックスさん」


 「このホテルから湖に沿って歩いたところにあるベンチだ。ちなみにエリックも一緒に居た」


 ポーラは手帳に書き込みつつ、

 「分かりました。それじゃあ神父さんからお話を聞きましょう」




 * * *




 警察に事情を話すジェイソンの横で、カルロが担架に乗せられて、救急車に運ばれていく。


 マックスはカルロの様子を見送っていた。すると、


 ──マキシマスさん。


 ふっと、黒い影がマックスの横に立った。

 

 「ああ……」

 マックスはため息をつく。


 「お前は、助からなかったのか」


 ──あなた方も、お気をつけて……


 カルロの影はそう囁くと、エントランスの人混みを抜けて、湖の方まで飛んでいった。

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