イベントホール・悪魔との決戦
悪魔は、口からどろりと黒い物質を吐き出した。床に落ちるが早いか、しゅう……と蒸発するように、それは消えてなくなった。
「うへぇ……なんだあれは」とジェイソン。
「恐らく、影を喰らっていたんだ。口には合わなかったようだが」
気味悪がる二人の言葉に、悪魔はケタケタと笑う。
「悪魔も腹は減るんでね。ところで、この体の
マックスは睨んだまま、何も答えなかった。
悪魔は気にとめず、言葉を続けた。
「この
悪魔はその姿を見せびらかすように、くるりと回った。
「だから、体は人質としていただいた。魂の方はいずれ、体を取り戻しにくるだろうからな」
「今の話、もしも本当ならば」
ジェイソンは怒りに燃えた目を悪魔に向けた。
「全身全霊で、お前を祓ってやるから覚悟せよ」
「……ハハハハッ!霊力も無いのによく吠える!」
その時、観衆からざわめく声が上がった。会場が白く霞んできたのだ。通路へと続く扉、窓の隙間から、濃霧が入り込んでいた。
しかし、煙の臭いも火災警報もないために「これも演出なのか……」と誰かが一言。その言葉に安堵したのか、誰ひとり席を立たずに周囲を窺っている。
悪魔はそんな人々を見渡して、せせら笑うように、
「もうじき、白い妖精がくる。観客もお前たちも、無事に帰れるかなぁ……」
マックスは、ロビーでのおぞましい数の死霊、そして白い妖精の姿を思い出した。ジワリと冷や汗をかく。
「兄さん、時間が惜しい。先手必勝でいく」
「よし来た。で、私は何をすればいい?」
「これを持ってくれ」
と、マックスは紫のストールを持ち主に返した。派手に扱ったために、少々ほつれている。
「弟よ、これは
「そのストールには、まだ霊力を残している。そいつを使って、あの悪魔の注意を引いてくれ。その間に奴を捕まえる」
「捕らえるのか?で、その次は?」
「尻を叩いて、悪魔をあの体から追い出すさ」
ジェイソンは思わず吹いた。マックスは子供の頃、「変なものが見える!」と言うたびに、父親に尻を叩かれた。その頃の恨みをこうして
「よし、やってやろうぞ!弟よ」
「行こう!」
二人は左右に分かれて、悪魔を挟み撃ちにした。
ジェイソンはストールの両端を摘まんで、闘牛士のような姿勢で悪魔に近づく。
が、悪魔はマックスにのみ興味を示した。自分の背後にマックスが立った途端、首だけをぐるりと回して、マックスに微笑みかける。
「……兄上の影法師さん、誰かの後ろに回るのがお好きのようだな」
「何とでも言え!」
「隙あり!」
ジェイソンがここぞとばかりに、ストールを広げて飛びかかった。
マックスもまた、兄の動きに合わせて悪魔を狙う。
悪魔は首をぐるぐる回して、両目両耳、口から大量の影の残留物を吐き散らした。
「いかん!引くんだ!」
その注意よりも先に、ジェイソンは顔一面に影の残留物を浴びた。
すとん、とその場に崩れ落ちて、眠ったように意識を失っていた。
「兄さん!」
「おや……寝たのかい。
「おのれ、何をした!」
「何って、暗闇を浴びたら悪夢を見るもの——」
——きゃあっ!
突然、観衆の中から甲高い叫び声。観客席は、すでに濃霧が立ちこめていた。その中で、首に手を当てて息苦しさを訴えている人々のざわめき。
——おい、やはり火事じゃないのか!
——誰か!うちの主人が息をしていない!
——こ、これも演出か?
観客たちが席を離れようと慌てふためく中を、ひらひらと白い衣をなびかせながら歩く妖精の姿。
「くそ、もう来てしまった……」
「人の心配、している場合なの?」
悪魔の声に、ハッとした。すぐ耳元から聞こえた。
視線を舞台に戻す。悪魔が鼻先を掠めるほどに顔を近づけて、目尻を弓なりに曲げて微笑んでいる。
「影法師さん。じゃあ、あなたもお休みなさい」
悪魔は口から真っ黒な液体を吐き出して、マックスの顔に浴びせた。
マックスは、深い眠りに落ちていった。
* * *
マックスは、その日も静かに目を覚ました。目覚まし時計が鳴る、ちょうど五分前。
ベッドから静かに這い出ると、洗面台に立ち、冷たい水で顔を洗い……、自分の顔をよくよく眺めた。
40歳の頃の自分が、鏡の前に立っていた。
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