イベントホール・術使いとの決戦

 カルロに対して二人は構えた。悪魔祓いをする時のように、ジェイソンが堂々と立ち、マックスがそのすぐ後ろを守る態勢。


 「ハハッ、美しき兄弟愛ですな!」と、カルロ。そして二人を交互に睨みつけた。


 「兄が表に立ち、弟はその背に潜む……兄の影、と言ったところか」


 「ごちゃごちゃ言うでない、カルロ・オンブラよ。このイアソンを罪、あがなってもらうぞ」


 「おお、恐ろしい。魔法使いみたいに杖を振る回しておいて、よくそんな台詞が吐けますな。聖職者の名が泣きますよ」


 その時、舞台を眺めていた観衆の間から、驚くような声が上がった。ガタガタと、バッグを乗せた台車が移動してきたのだ。


 バッグはカルロの傍で停まり、ひとりでに口が開いた。


 ……——カルロ、あの弟を捕えよ。生贄の準備を急がねば。


 「分かっています。しかし、二人は息の合った兄弟。両方とも仕留めなければ、反撃してくることは必至」


 カルロは不敵な笑みを浮かべて、懐から分厚いリングノートを取り出した。『宿泊名簿』と書かれている。


 「ここに記されたお名前は、本日お泊りになる方々のもの。そして、この箇所にはあなた、イアソン・ブライトゥスのご署名!」


 カルロは名簿を開き、兄弟に分かるように見せると、影を纏った手でペンを握りしめ、Iasonイアソン.Bと記された部分の中心に突き立てた。途端に、


 「うぐぅ!」


 ジェイソンが胸を押さえるようにして、その場に膝をついた。


 「実はこれ、宿泊名簿であり、呪いを与ふる書でもあります!名は体を表すもの。傷つければ、体に影響が出てしまう。さあ次は弟さんの番だ!」


 マックスは間髪入れず、走り出した。

 「その書を手放せ!」


 「おっと、近づくな」


 カルロはニヤリと笑いながら、『Maximusマキシマス.B』の『M』字にペン先をグリグリと押しつけた。


 「くっ……」


 マックスは頭を押さえ、その場に屈み込んだ。


 「このまま大人しく……するようなお人ではなかったですね。では、霊力にあふれたその心臓、さっさと渡してもらおう!」


 そう叫び、カルロは『Maximusマキシマス.B』の中心を目掛けて、ペンを思い切り突き刺した。


 「や、やめろ……————お?」


 マックスには何も起こらない。


 「ハハハハッ……——ん?」


 唖然とするカルロの隙をついて、マックスは素早く、鞭のようにストールをしならせた。


 カルロの手から呪いの書を弾き飛ばし、さらにストールを振り抜く。小太りの体を横一線に打ち叩いた。


 「ぐあっ!……な、なぜ利かない!」


 「危ないところだった。お前の刺した『imus』の部分、普段は呼ばれることがない。身に覚えのない部分を刺されても利かなかった、ということだろう」


 「おのれ、何という、屁理屈を……!」


 「運が良かったのだ、或いは——」

 兄さんの計略、だな。


 カルロは力尽きたように、がくりと倒れた。




 * * *




 マックスは、兄を助け起こした。

 「すまん」とジェイソンはフラフラの体で立ち上がった。そして、倒れ伏しているカルロを眺めて、


 「今回の依頼人を倒してしまった……稼ぎも無し、か」


 「いや」

 マックスはバッグを見つめた。


 「稼ぎにはなるまいが、仕事はまだ終わっていない。そうだろう、悪魔よ」


 その時、バッグがふわりと浮き上がった。


 「影の気配も痕跡もなく、術使いの仕業でもないのにバッグがひとりでに動いた。これは、光の届かぬ闇より生まれし者、悪魔の存在でしか説明できない」


 「ハハッ……隠れていても無駄のようだ」


 宙を浮くバッグの口から、小さな子供が飛び出した。すとん……、と猫のようなしなやかさで、舞台の上に降り立った。


 霊体ではない、生身の体である。そしてその姿は、マックスが部屋で見かけた子供の霊と瓜二つであった。


 ただ違うのは、その子供の目や口が、真っ黒な深淵を覗かせていることだった。


 「その子の魂には私の部屋で会ったが……。悪魔め、体だけを奪ったのか」


 子供の姿をした悪魔は口元から黒い液体を垂らしながら、にんまり笑った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る