湖畔のホテルで悪魔祓いを・1
ポーターの青年と二人は挨拶を交わした後、部屋を出た。そして、青年はゆっくりと語り始めた。
「私が目撃した心霊現象は、バックヤード及びクローク・ルームにて起こりました。従業員スペースとなりますので、少々お見苦しい点もあるかと思いますが、ご理解下さい。それでは、移動しながら私の体験をお伝えしましょう。あれは二週間ほど前のこと……————
* * *
——その日、私は午後からのシフトでした。ご到着されたお客様のお荷物を
お客様の中には、客室を広く使いたいと考えて、必要なもの以外はクローク・ルームにお預けになる方がいらっしゃいます。クローク・ルームはロビーからバックヤードに入り、通路を真っ直ぐに渡って右端にございます。
夕方頃、荷物をすべて運び終えて、休憩を取りました。仕事は残すところ、クローク・ルームにて本日お預かりした荷物と、数日前からのお荷物などを整理し、記録に取ることでした。
休憩中、私が仲間と談笑していると、副支配人が近づいてきました。何やら、穏やかではない表情で、眉間にしわを寄せていました。
「君たち、仕事は済んだのかね?」
私がお客様の荷物は全て運び入れて、休憩に入ったことを伝えますと、
「ほう、ではロビーの階段下にぽつんと置いてあるものは、私の見間違えかな?」
と、小憎らしい顔で言います。私は慌ててその場所まで確認しに行くと、一台の
どうしてこんなところに……、と驚きました。台車はすべて、指定の置き場所に戻したはずでした。
しかし、この事態に急ぎ対応しなくてはなりません。仲間に尋ねてみても、誰がこのように放置したのか知らない様子でした。お荷物も、どの部屋のお客様のものなのか分からないと言います。バッグには部屋番号を示した札も付いていません。
仕方なく、副支配人と相談の末に、お客様から何らかの応答をいただくまで保管する、という形を取りました。
副支配人にこっぴどく叱られたあと、私はバックヤードに
ハハハハ……ハハッハハッ……
どこからともなく、笑い声がしました。男の声です。誰かが私を馬鹿にしている?しかし、バックヤードの通路には誰もいません。
別の部屋から漏れて聞こえたのだろうか。不安を抱えながら、台車を動かそうとすると、
ドォン……、と勢いよく扉の開く音、背後の方からです。そして、軽快な足音を立てて、男の子が走って来るのが見えました。
七、八歳くらいの、身なりの整った男の子でした。グレーのジャケットに半ズボン、同じ色の帽子を被っていたでしょうか。
男の子は私の横で立ち止まり、ニコニコ顔でバッグに飛び乗りました。
「こらこらっ!いけませんよ、そのようなことをして」
私の注意など意に介さず、男の子は意地悪そうに笑い、バッグの上で数回飛び跳ねたかと思うと、サッと飛び降りて、通路の奥に向かっていきました。クローク・ルームの方です。そして案の定、男の子はクローク・ルームに吸い込まれるように入って行きました。
その部屋には、お預かりした大事な荷物があります。先ほどのような悪戯をされてはかなわない。焦った私は台車をそこに置いたまま、急ぎ足で追いました。
扉を開けて不思議に思ったのは、少年の姿が見当たらないことでした。何処かに隠れたのだと思い、呼びかけますが、返事は当然ありません。
その時、お荷物を置いた棚の隙間を、黒い人影が通りました。
「ねえ、良い子だから出ておいで」
何度も呼びかけますと、反応がありました。棚の上段から、ドサリとスーツケースが落ちたのです。スーツケースは衝撃で留め金が外れ、小さな所持品が散らばってしまいました。
どのお客様のお子さんかは知りませんが、これは許すまじき行為です。私は心を鬼にして、
「いい加減になさい!親御さんに言いつけますよ!」と、古臭いお説教の台詞を叫びました。
ハハハハ……ハハッ……
と、またしても笑い声。まるで私の説教を嘲笑うようで。私は怒りを感じました。が、すぐにそれは恐怖へと変わったのです。
クローク・ルームの棚という棚が突然、ガタガタと揺れ出しました。そして荷物がすべて、騒がしい音とともに落ちてしまった。
私は腰を抜かしました。この部屋から逃げださなくては。そう心に決めて、恐怖に固まった体を引きずりながら扉に向かいました。
ドアノブに手をかける私に、バッグから飛び出た小物がいくつも投んできました。頭を庇いながら振りかえると、ヒュッとハサミが真っ直ぐに飛んできて、私の鼻先を擦り、扉に突き刺さったのです。
無我夢中で私は部屋を飛び出しました。とにかくロビーまで逃げよう!私は全力で通路を走りました。そこに
台車は置いたままでした。しかしバッグが床に転げ落ちていました。逃げている最中でしたから、その時は気にもかけなかったのですが。
台車とバッグを避けて通ろうとしたとき、私は何かに足を取られてしまい、思い切り転びました。頭を床にぶつけて、目を回してしまって……。
床に這いつくばる私の視界に、あのバッグが入りました。バッグの口はわずかに開いている。
ハハッ……
笑い声。まさか、あの中から、あの子が……————
* * *
——話の途中で失礼ですが、バックヤード前の扉に着きました」
「それで、バッグの中身は?」とマックスは冷静に聞いた。ジェイソンはいつの間にか耳栓をしていたので、無言であった。
「……すみません、バッグの中を見るより先に、私は意識を失ってしまったのです。気が付くと、私は仲間に看取られていました」
「仲間は、バックヤードにいるのか?話を聞きたい」
「いるにはいますが、彼らは何も見ていないのです。私は自分の見たことを証明しようとクローク・ルームへ戻りました。しかし、お荷物はすべて、綺麗に棚に戻っていました。それで、私の話を信じる者はいません。ただし……」
「ただし?」
「棚に置いてあったお荷物はすべて、その中身がごった返しになっていたのです。運び方が雑すぎる、と大きなクレームになりました。支配人のカルロは事態を重く受け止め、副支配人に監督責任の不備だとして解雇を言い渡してしまいました」
「それは聞いていなかったな」とジェイソンが知らぬ間に耳栓を取って、堂々とした態度で答えた。
「あまり評判にしたくないことですので。私共といたしましては、あの小うるさい副支配人がいなくなり、仕事に集中できるようになりましたが」
マックスはそれには何も答えず、
「その不思議なバッグは、クローク・ルームに?」
「いいえ、消えていました。私が倒れているところを発見した仲間も、あの台車はあったがバッグは無かったと……。私以外は、本当に何も見なかったし、何も聞いていません」
「……ともかく、実際に見てみないことには始まらん。『来たれ、そして見よ』ってな。弟よ、さあ扉を開けるのだ!」
マックスはそれにも答えず、バックヤードの扉を静かに開けた。
通路は薄暗かった。だが、すぐそこに何かがぽつんと置いてあった。
「ひいっ!」
ポーターの青年は短く叫んで、尻もちをついた。
扉を開けて目に入ったのは、
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