兄の訪問
「おい、マックス……居ないのか?」
勢いよく開けたものの、部屋が真っ暗であったために、ジェイソンは及び腰になった。声を低くして、杖を両手で固く握りながら、恐る恐る前に進む。
マックスは兄へ応答するよりも、子供の霊を気にかけた。
——仕事の依頼で聞いた、夜な夜な現れる子供の影、それはお前なのか?
隅に束ねられたカーテンがわずかに揺れた。
イエスか、ノーか、なんとも言えない霊の返答。マックスは悩んだ。そのとき、
「なんだ、居るではないか!」
ジェイソンはマックスの姿を認めて、扉横のスイッチを入れた。薄暗い部屋に暖色の明かりが満ちた。
「寝ているのか?風邪をひくぞ」
近づくジェイソン。その両肩にはゆらゆらと黒い影。支配人のカルロに張り付いていた、不吉な影の残留物だった。肩を回して大げさに抱き合ったらしい。
マックスは懐から小瓶を取り出した。
「マックス、それはなんだ」
マックスは兄に向けて、十字を切るように聖水を振りかけた。
「ぶあっ、何をする!」
* * *
「いつまで経っても慣れんものだな。お前の振る舞いには」
ジェイソンはそう言いながら、ベッドの端に腰を下ろした。
「半年ぶりの再会なんだ。そうムスッとするのはよせ」
「……兄さんは相変わらず神に愛されている。何よりだよ」
お決まりの挨拶。お前も相変わらずだな、とジェイソンは心の内で呟いた。
——エレナがあんなことになって、一人娘のリンダも
「……仕事の話だ。午前中の調査報告を伝える。おい、聞いとるのか?」
マックスは子供の霊のことを兄に言うべきか、迷っていた。噂の霊はカーテン裏にいる子供のことかもしれない。
しかし、マックスは思いとどまった。ジェイソンと情報を共有するにあたり、気がかりなことがあった。
それは、ジェイソンが
霊が同じ部屋にいることを伝えれば、ジェイソンは怯えるだろう。「早く除霊を!」とわめくに違いない。子供の霊は、彼の反応に警戒して姿を消すおそれがある。
そうなれば、あの霊はマックスを信用しなくなる。何を伝えようとしたのか、分からないまま終わる。
悪魔祓いや幽霊との交信はマックスの専任だ。ジェイソンの仕事は主に、仕事の依頼を受け、日の明るいうちに調査をして、神聖なる
はっきりと判るまでは黙っていよう、マックスはそう判断した。そもそも依頼の件は、別の霊の可能性もあるのだ。
マックスは自らの沈黙など無かったかのように、「調査の結果は?」と、兄に成果を訊ねた。
ジェイソンは不満を漏らしつつ仕切り直して、
「ポーターの青年が出くわしたのは子供の影だ。荷物をバックヤードに運んでいる際に、荷物に飛び乗ったり、笑い声が聞こえたりしたらしい。それだけなら無視しただろうが、なんせ客の荷物を吹っ飛ばして、損害を出したようでな」
「人的被害はどうだ?」
「今のところはない、が、ハサミの切っ先がポーターの青年めがけて飛んできたこともあったとか」
「
「その線も調査したが、生贄の跡も呪印も、怪しげな像も見つからなかったよ。黒ミサの形跡はない。悪魔の可能性は低いだろう」
「子供の姿、ハサミで攻撃する、悪魔ではない……」
マックスはカーテンの方を一瞥する。
カーテンの端が、ぱたんと揺れた。
……まさかな。あの子供はもっと大人しい。ポーターを襲ったのは、もっと狡猾なやつだ。子供の霊の悪戯と見せかけている。
マックスが考え込む様子に、ジェイソンはあのことだと早とちりした。
「子供の影だが、リンダではないようだな。あの子がまさか、こんな悪戯をするとは思えん」
「そうだな。期待半分だったが」
「なあ、マックス。俺たちは二十年間、リンダの影を探している。それでも見つからないってことは、あの子はまだどこかで……いやすまんな。忘れてくれ」
リンダに言及するときの、ジェイソンの気を遣うような態度が、マックスには不快だった。それで話題を変えようと、疑問に思っていたことを幾つか訊ねた。
「ところで、ラテン人みたいに呼び合うのは何故だ?イアソンさん」
「ああ、それか。あの支配人はイタリア人だろう。ローマで暮らしたことがあると言ったら、たいそう喜んだものでな。つい」
「ローマには三か月滞在しただけだ。あんな風に呼び合った覚えもない」
「三か月でも暮らしたことに変わりないだろう?」
「……で、杖をついて歩いている理由は?」
「これは……あれだ。俺もいい歳だからな。膝に水が溜まって痛むんだ」
マックスは眉をひそめた。
「何を隠している?」
「お前に隠し事なぞ……」
その時、トントン、と遠慮がちに扉を叩く音。ジェイソンは、助かったと言わんばかりの表情で、
「おお、そう言えばポーターの青年をここに呼んである。さあ、世にも恐ろしい現場検証に向かうぞ!」
そう張り切って立ち上がり、扉を開けてポーターを迎えた。
マックスは現場に向かう前に、カーテンの方を見た。気配は、いつの間にか消えていた。
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