第2話 お手伝い

    一、


 翌朝七時半。ぼくは時間通りに木工室へ来たけれど、扉には鍵が掛かっていた。都築先生の事だから時間通りかそれより前には来ていると思っていたのに、鍵が掛かっているということは都築つづき先生はまだ来ていなくて完全に無人であるということになる。

 ぼくが鍵を取ってきて中に入るには、職員室に居る先生へ訳を話さなければならないのでそれは出来ない。

 びくともしない扉の前でぼくが途方に暮れていると、ゆらりとした不気味な気配を感じた。ぼくはびっくりして、ばっと勢いを付けて気配の方へ振り返った。気配の正体は……都築先生だった。

「おはよう、ごめんね遅くなって。……どうしたの、オバケでも出た様な顔して」

「おばけかと思ったんです、朝なのに」

 ぼくがきっぱり言うと先生は、ひどいなあ、と言いながら木工室の扉の鍵を開けようとしていた。

 都築先生の不健康な見た目はちょっとした暗がりで見ると正に〝おばけ〟なのだ。木工室の前の廊下はこの時間少し暗いし、今朝の都築先生はふらふらと足取りがやや覚束おぼつかなかったから、余計におばけみたいだった。井戸端で皿の枚数を数えさせたらさまになりそうだ、などと失礼な事を考えていると

「はい、開いたよ。入って」

 と声を掛けられ、ぼくは失礼な事を考えているのがバレたのかと思ってびくりと肩を震わしてしまった。先生はぼくがまた先生をおばけと思って驚いたのかと思ったらしく「あんまりじゃない?」と、じと目で僕を見て口にした。

 ぼくが入れるよう先生が扉を押さえてくれて、ぼくは朝の木工室へ足を踏み入れた。木材の匂い──目に入るほとんどがベニヤ板のように見えるけれど──がぼくの鼻をくすぐる。

 ぼくが中に入ったのを確認した先生が続いてふらりと木工室へ入り、重たい扉をそっと閉じた。

 先生は浮かない顔をして、肩には自分の荷物が入ったトートバッグを掛け、腕には物がいっぱいに入ったスーパーの大きな白い不透明のレジ袋を提げていた。

 レジ袋の中身はぼくとの時間の為に買ってきてくれた物だろうか。厚かましくもぼくはそう思った。

「先生、何かあったんですか。ええと……袋、持ちましょうか?」

 重そうだし、とぼくは言ったけれど先生は

「ううん、大丈夫。鞄、重たいでしょう」

 と沈んだ声色で答えた。そして、昨日何度も聞いたよりも一際大きな溜息をついた。

「本当に、何が……」

 あったんですか、とぼくが言おうとしたその時先生は

「ああもう、本ッ当にツイてない!」大声でそう言った。

「ツイてない、ってどうしたんですか」

 ぼくは困惑のあまりそう訊き返すことしか出来なかった。なだめるつもりも、少しあった。

「んー? 今朝の朝礼の後にさあ、教頭に捕まっちゃって……『もう少し職員室に居る時間を取れ』だの、好き放題言ってくれちゃってねぇ」

 駄々っ子みたいな態度になる都築先生は初めて見る。こんな一面もあったんだ。

「僕、昨夜ゆうべは持ち帰りの仕事やっててロクに寝てないし、今朝はキミとの約束があるっていうのになかなか放してくれなくてさあ。朝から参っちゃったよ」

 都築先生とぼくの足は木工準備室へ向かっていた。都築先生の不満は止まらない。

「主任は他の先生よりも仕事が多いから、少しでも集中して早く片付けたくて木工準備室あそこに籠ってるのにケチつけられて、じゃあ僕はどうしたらいいのさ。僕の仕事が終わらなくて困るのは僕じゃなくて学校でしょう?」

 都築先生はぼくたち一年生の学年主任なのだ。ぼくは学年主任の先生の仕事を具体的に知らないし、他の先生と仕事量に差があるとも知らなかった。都築先生が「昨夜はロクに寝てない」と言ったのを聞いて、ふらふらとした足取りをしているのに合点がいった。

 教頭先生への不満をつらつら並べている都築先生だったけれど、教頭先生と都築先生は上司と部下の関係だろうからその話についてぼくは「大人の世界は大変だなあ」と愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。大人って大変だ。

「やっぱり袋持ちますよ。寝不足なんですよね」

 ぼくは半ば奪い取る様に先生が提げていたレジ袋を持つのを代わった。一体何がどれほど入っているのか、結構重たい。

「え。あ、ごめんね。ありがと……。僕、寝不足だなんて言ってた?」

「え? 言ってたじゃないですか。『昨夜は持ち帰りの仕事をやってロクに寝てない』って」

 先生はついさっき言った事すら覚えていないようで、やはり寝不足と疲れで頭の回転が鈍くなっていそうだった。先生は、あちゃあ、という顔をして

「ウソ……気が付かないで口走ってたみたい。心配かけてごめんね」

 そう言って木工準備室の扉を開けた。ドアを押さえてくれたので、ぼくは再度先生より先に中へ入った。今度は先生が提げてた荷物を携えて。

「みんながそっとしておいてくれれば、人生は素敵なものになるのに」

 背後から聞こえた先生のひとことに振り返ると先生は「チャップリンの受け売り」と溜息交じりに言って捨てた。

 先生は背の低い木製のハンガーポール──昨日は特に気に留めなかったけれどこれも先生のお手製だろうか──に自分の荷物を掛けると自作の椅子へ座り、ぼくも通学鞄を下ろして生徒用の椅子へ腰掛け、ぼく達は定位置に着いた。

 先生はバツの悪そうな顔をして

「朝から愚痴なんて聞かせてごめんね。リクエストのココア、用意してきたよ」

 と、レジ袋の中からごそごそと色々取り出した。スティック型の粉末ココアが入った箱、同じ形のインスタントコーヒーの箱、スティックシュガー、クッキー、おせんべい、二リットルペットボトルの水……凄い気合の入れ様だ。昨日、紅茶を飲んだマグはぼくが帰った後に先生が洗ったのか、机の上に並んで蓋を被せられていた。

「こんなに買い込んで……自腹ですか?」

 ぼくが呆気にとられていると先生は電気ケトルに水を注ぎながら「まあね」とお茶目に機嫌良く返事した。ぼくは先生の切り替えの早さに驚いた。

 ぼくは先生が寝不足で疲れていると知った今、先生から話題を提供させて頭を使わせるのがはばかられていた。

 今朝はぼくから何か話を振るべきだろう。今のぼくには、先生の目元にあるクマがより濃く見えていた。電気ケトルがぽこぽこと湯を沸かしている。

「さて、今朝は何のおはなしをしよっか」先生がぼくへ向き直る。

「ええっと……先生は、読書って好きですか」

 会話下手なぼくは自分から話を振るべきと分かっていて適切な話題が何も思い付かず、とりあえず自分の趣味である読書について話を切り出していた。正直、正解が分からない。

「読書? そうだなあ、まあまあ好きな方だよ。キミ、読書が好きなの?」

 ぼくはこくこくと頷いた。先生が読書嫌いじゃなくて良かった。そう安堵した。

「そうなんだ。今読んでる本ってある? それとか、好きな作家とか」

 先生が問い掛ける。ぼくはそれに答える。

「今は丁度、太宰の『人間失格』を読んでるところで……」

「ええっ、もう太宰なんて読んでるの」先生は間髪容れず言った。「キミの歳じゃ難しいでしょう。僕なんて高校生の頃に読んだよ」

「確かに、ちょっと難しいです……。あの時代の事とかよく分からないし」

 だけど、とぼくは続ける。

「文章の所々が、ぼくの心を鷲掴みにするような……そんな気がして。主人公? の葉蔵ようぞうの気持ち、何となく分かるんです。ぼくは、そんな、道化とかするタイプじゃないけど」

 思いがけず先生がアンニュイに

「恥の多い生涯を送ってきました」

『人間失格』の一節をそらんじた。この作品の象徴的な一文を口にする都築先生は、小説の中から現れた『葉蔵』その人だった。

「印象に残る一節だよね。……僕も、葉蔵に感情移入するタイプの読者だった。特に読んだ頃の僕は『葉蔵』そのものだったよ。今は……今もそんなに変わらないかも」

 現代の現実に現れた葉蔵──都築先生は切ない顔をして言う。

 都築先生の話はどういう事だかぼくにはよく分からなかったけれど、読んでいて上手く思い浮かべられなかった葉蔵の姿は、都築先生の姿を取って頭に浮かんだ。

 そうしてぼくがぼうっと彼を見ていると

「あ、ごめん。僕の話じゃなかったよね」

 彼の顔からアンニュイさが消え、現代の葉蔵はいつもの先生に戻った。先生は言う。

「でもさ、こうして世代を越えて色んな人の心を魅了するなんて、ある種のを持ってるのかも知れない一冊だよね。『人間失格』って」

「ふへんせい?」

 耳慣れない言葉が出てきてぼくは咄嗟とっさに訊ねた。

「『普通』の『普』に『あまねく』って書いて『普遍』。『性』は立心偏りっしんべんの『性』ね。うーん、何て説明したら分かりやすいかな……。『誰にでもある性質』とか『何にでも通ずる性質』もしくは『いつの時代でも変わらない物事』って言ったらいいかな? 詳しくは図書室で辞書を引いてごらんよ」

 先生はとても丁寧に説明してくれたのでぼくは忘れないように「ふへんせい……」と繰り返し口にした。昼休みは図書室へ行こう。

「そうだ」先生が言う。電気ケトルも湯が沸いたことを知らせる。

「太宰を読んで面白いと思うなら、坂口安吾とかどうかな。『暗い青春』とか『堕落論』が面白いよ。まだ読んでなかったら、キミならきっと気に入ると思う。あとは、いずれ国語の授業で触れると思うけど漱石の『こゝろ』もキミ、好きそう」

 先生はそう言いながら二人のマグにそれぞれコーヒーとココアの粉末を入れ、そこへお湯を注ぐ。

「どれもまだ読んだことないです。どんな作品なんですか」

 だ知らぬ文学作品にぼくの食指が動いた。先生は読書を「まあまあ好きな方」と言っていたけれど、自覚しているよりもずっと読書家なのではないだろうか?

「内緒。読んでからのお楽しみだよ」

 はい、と使い捨てのマドラーと共にココアを淹れたマグを渡された。ぼくは先生からそれを受け取って、

「そんなのってずるいじゃないですか」声を尖らした。

「ふふ、読む楽しみってあるでしょう?」先生にはするりとかわされた。

 躱されたのがちょっと悔しくて、ぼくは少し膨れてマグの中身を掻き混ぜた。マドラーを動かす度に甘苦い香りが漂う。口にしてみれば、牛乳でなくお湯で割ったために少し味が薄かった。

「先生は、最近は読書してるんですか」

 ぼくは過去の先生ではなく、現在の先生が触れている作品が気になった。先生はマグにスティックシュガーを何本も入れていた。甘党なのかな。

「最近は本当に便利だよね。スマホで小説が無料で読めちゃうんだもん、著作権切れてるやつに限られるけど」先生はマドラーを揺らしながら言う。

「僕さ、最近になって今更カフカの『変身』が気になって……恥ずかしながらまだ読んでなかったんだよね。だから今は『変身』を読んでるよ。本当に空いた時間にちょっとずつだけど」

 そしてマグの中へふう、と息を吹き掛けていた。

「あ、ぼく、この間読破したばっかりです。『変身』」

「本当? どうだった?」

 期待を込められた先生の眼差しを裏切る様にぼくは

「それは秘密です。『読む楽しみ』ですよ」

 先生は、参った、と笑って

「こりゃ一本取られたね」

 ちょっとした意趣返しに成功してにんまり顔が隠せないぼくは、ところで、と訊ねた。

「先生は電子書籍派なんですか?」

 ぼくはどちらかと言うと紙の本の方が好きだ。電子書籍は、何となく受け容れ難い。気が散るのだ。

「そうだなあ……紙の本の方が『読んでる』って感じはするけど、本棚のキャパシティってあるじゃない? それと、普段持ち運んでる荷物の量とか……」

 そう言って先生は砂糖たっぷりのコーヒーをすすった。ぼくは先生の回答へ曖昧な返事をした。ひどく現実的な理由から電子書籍を選んでいるのか。

「それなら、本棚にはどんな本が入ってるんですか。前に読んだ本が入ってるんですよね」

 ぼくが訊ねると、先生はマグに口を付けたまま目を大きくした。相槌らしい。口に含んだものを飲み下すと先生は

「専門書が多いけど、物語調の本だったら推理小説が多いかも……? 一度読破すると種も仕掛けも判っちゃってるから古本屋に売ってもいいんだけど、置きっぱなしになってる」と言う。

「推理小説ですか」

「キミは読むの、推理小説」

 ぼくは先生の問いに、ううん、と考えた。

「アガサ・クリスティーくらいですかね」

「キミは趣味が渋いなあ」

 渋い趣味、と誰かに言われたのは初めてのことだった。ぼくには同世代の友人が居ないから、流行りの現代小説の類にはとんと疎い。読書仲間も特に居ないし、読むのは両親が過去に読んで本棚に入れて放置している小説ばかりなのだ。太宰の『人間失格』もそうだし、カフカの『変身』だってそうだ。先生がさっき勧めてくれた作品さえ、家の書室を漁ればあるだろう。

「図書室から何か最近の本を借りてみたら。学校の蔵書なら今の子の好みに合った本が沢山置いてるだろうし」先生が勧めてくる。

「本なら借りなくても家に沢山あります……」

 ぼくが言うと、先生は「そういう事じゃなくて」と言う。

「僕がキミの話を聞いて思うに、キミは同世代の子と共通の話題に乏しいんじゃないかなって。周りと同調しろとまでは言わないけど、内に閉じこもってばかりいないでたまには新しい風を取り入れてみたら? って思う。風通しが悪いよ」

 ぼくは、そうかなあ? と頭に疑問符を浮かべた。

 先生は、そういえば、と何か思い出したみたいで話を続ける。

「僕の知り合いでね、刑事さんが居るんだけど、その人もキミみたく風通しが悪くてさ。僕から教えるまでSNSの事、何も知らなかったんだよ。本人は『人見知りが激しくて人と仲良くなるのに時間が掛かる』って言ってたんだけど、多分、共通の話題に乏しいのが周りと馴染みにくくさせてたんじゃないかな、って思ったんだよね。だから、少しくらいは周囲で今何が話題なのか知っておいた方がいいと思うよ?」

 くだらないと思えば入れ込まなければいいんだし、と先生は言う。

 ぼくにはその重要性が今ひとつ分からなかったけれど、教室では学校から帰った後や夜寝る前に観たテレビ番組か何かの話題が挙がっていることが多かった気がしたから、ぼくは登校したばかりなのに下校したらテレビを観てみようかなと思った。ぼくは、帰って宿題をする以外は読書に充てることばかりで、テレビなんてろくすっぽ観ていないのだ。

「じゃあ、手始めにテレビ……観てみようかなって、思いました」

「え? テレビ?」先生が頓狂とんきょうな声を上げた。

「だって、教室で何かテレビ番組の話してるっぽいから」

 先生は「あ、そうか」と呟いた。何がそうなのだろうか。

「キミの歳じゃまだSNS使えないんだっけね。利用規約で禁止されてる筈だし、キミはスマホを持ってるけど、大人と同じ様には使えないようになってる筈だし……」

 なるほど、そういう事か。

「ペアレンタルコントロール? でしたっけ。多分、ぼくのもそうなってると思います」

 校則では携帯電話の持ち込みは禁止になっているけれど、ぼくは少し遠くから通学しているから一般的なスマートフォンを学校の許可を得て持たされている。盗まれたりいたずらされるといけないから、通学鞄の中に隠す様に入れて持ち運んでいるのだけれど。冬服だったら学ランの内ポケットへ隠し入れるのに、夏服は隠す場所が少なくて本当に困る。

 そうだよね、と先生は言った。

「本格的に使っていいのは、僕が授業でインターネットのいろはを教えてからかなあ……。小学校でもさわりは教わってると思うけど。多分、三学期になってからかな」

「随分と先なんですね」

 まだ一学期の途中なのに、三学期の事なんて想像つく筈が無かった。

「そりゃあ、カリキュラムで決まってるからね」

 先生はころころと笑って言った。

「あ、でも」先生が何かに気付いた様に言う。

「なんですか」

「ひょっとしたら、クラスのみんなが話題に挙げてるのって、テレビ番組に限らず動画サイトに投稿された動画についてかも知れないよ」

 ほら、あるでしょ、と先生は二つほど例を挙げてくれた。そういえば小学校でもそんなのがよく話題になっていたっけ。

「ああ、そういえば。ありますね。……何から観たらいいんだろう」

 何を押さえておけばいいのか、ぼくには皆目見当がつかなかった。

「僕の個人的なオススメは……スライム、かな……」

 先生がこめかみを押さえながらぼそりと言った。スライム……?

「スライム? あのびろーんって伸びる、工作で作ったり縁日で売ってる、あの?」

 あまりに意外なオススメをされて、ぼくは小学生みたいな事を言ってしまった。

「そう、そのスライム。何て言うか、触ったり切ったりする音がいいのかな。色んな種類があってね、寝る前に再生して、その音を聞いてるといつの間にか寝てるんだよね」

「はあ……スライムですか……」

 真剣な顔をして説明を試みている先生に、ぼくは微妙な反応しか出来なかった。それを見てか、

「あの、本当に、僕のすっごい個人的なオススメだから、キミが観る上では全っ然参考にしなくていいからね?」

 先生はとても焦った様子で言っていた。

 昨日のあわあわとした様子と言い、見たことも無い先生の必死さにぼくは故意でなく笑ってしまった。先生はそんなぼくに少しむっとして

「ちょっと、人の趣味なんだから笑わないでよ」と言う。

「ふふ、変だから笑ったんじゃ、ないです。昨日といい、そんなに慌てた先生、見たこと無かったから」

 先生は今度は苦虫を噛み潰した様な顔になった。

「僕、笑われるほど慌ててた?」

「違うんです、ぼくの……ぼくの、笑いの沸点が低いだけ、だと思います」

 ぼくは呼吸を整える。

「教室とか授業では見たことが無い都築先生だったから、そんなリアクションもするって知らなくて。多分、ぼく以外のA組の誰が見ても『都築先生ってそんな風になるんだ! 意外!』って驚くと思います。上級生がどうなのかは、知らないですけど……」

 先生はきょとんとした顔になると

「僕ってA組のみんなからはどんな先生だと思われてるの?」と、ぼくへ訊ねた。

「え、それは……」

 ぼくがクラス代表みたいに答えていいのだろうか、と考えをめぐらせた。

 どうすべきか判断を仰ごうと都築先生の顔を見れば、少し不安そうな顔になってどんな先生と思われているかを気にしてぼくの口から聞きたそうに佇んでいる。ぼくは、ぼくが思うに、の話として伝えることにした。

「優しくて、穏やかな……慌てたり感情的になるところなんて想像がつかない、落ち着いた感じの先生、だと思ってると思います」

 あとみんなに分け隔て無い先生、とも付け加えた。

 先生はぼくが話す間ずっと不安げで、少し何かに怯えた様子を見せていたような気がしたけれど、ぼくにはその理由は分からないし、あくまで「そんな気がした」だけだったのでぼくの思い過ごしと思うことにした。

「そっか……。八方美人な先生だと思われないように気を付けなくっちゃあね」

 手遅れだったらどうしよう、と先生はまた不安がった。

「どういう事ですか」

 ぼくの質問に先生は薄く笑って深く溜息をついた。

「『誰にでも分け隔てない』って、悪く言っちゃえば『八方美人』って事じゃない? だから、その……もしも八方美人だと思われてたら嫌だな、なんて」

 先生はマグに口を付けて目を伏せた。

 昨日、ぼくへ「悲観的だ」と言った先生がとても悲観的な物の見方をしていて、ぼくは何とも言えない気持ちになってしまった。何とも言えない気持ちだったから上手い事のひとつも言えなかった。口をいていたのは

「先生って悲観的なんですね」

 だった。最悪だ。場が凍ったわけじゃなかったけれど、ぼくの口からそんな冷たい言葉が出てくるなんて。先生は

「うん、キミといい勝負かもね」

 なんておどけた調子で返してくれたけれど、伏せた目は上がること無く、暗い顔のままだった。

 何がそんなに先生を落ち込ませ、不安にさせるのだろう。ぼくは先生の事を何も知らない。先生は一体何を思って……。

 いいや。まだまともに会話するようになってから二日目じゃないか。お互いの事、特に先生の事なんて知らなくて当たり前だ。なのにぼくは決めつけるような事を先生に言って──

「あの、先生」

「ん? なぁに」

 先生は悲しげに微笑んだ。

「ぼく、先生の事何も知らないのに先生を『悲観的だ』なんて決めつけるような事を言って……」

 先生はやっと楽しそうに、ふふ、と笑い

「いいよ」

 困ったような笑顔で言った。

「悲観的なのは事実だもの。僕自身、そういう自覚はあるよ」

 先生はぼくへ怒るでもなく、ぼくを許すでもなく、ただ自分自身の事を認めた。

「そう、ですか」

 そんな先生にぼくから返せたのはそれだけだった。先生は視線を上げるとぼくを見て

「あんまり重く受け止めなくていいよ」

 先生は目を閉じて、マグの中身へふう……と大きく息を吹き掛け、また言う。

「悪いと思った事を素直に謝れて、キミは偉いね」

 悪いと思っていても素直に謝れないのが大人だから、と先生は残念そうに言った。

「先生……何か不安な事って言うか、なんか……その、あるんですか」

 ぼくがおずおずと訊ねる間、先生はコーヒーをこくりとひとくち飲んだ。そして目元に弧を描くと

「ううん、別に?」明るい声で言った。

 ウソだ。ぼくは直感的に思った。

「本当にその、何も無いんですか」

 ぼくで力になれるかどうかは分からないけれど、言ってみた。

「無いよ。どうしたの急に」

 先生はおかしそうにころころと笑う。直感に従うなら、この笑顔の裏側にきっと嘘が隠れている。

 ウソはやめてください、と口にしようとした矢先、無情にも八時二十五分のチャイムが校内に鳴り響いた。朝学活の予鈴よれいだ。

「おっと、もうこんな時間。朝から話し込んじゃったね」

 先生が言う。ぼくは口をつぐんだ。

「さて、ココアは全部飲んだかな? 水が欲しかったら言ってね」

 先生がそう言ったので、ぼくはマグの中身がまだ半分も残っていたことに気付いた。話に夢中ですっかりぬるくなってしまっていた。ぼくはそれを一気に飲み干して、

「一時間ってあっという間ですね。ぼく、早く教室に行かなきゃ。水は大丈夫です、水道で飲めばいいから」

 先生は、うん、と笑顔で頷いた。

「なんだか、朝から駄々ねたり辛気臭い顔見せちゃってごめんね。僕も職員室に出席簿取りに行くから、また教室で。続きは放課後に」

 ぼくはそう言う先生に「はい」と返事して教室へ急いだ。


    二、


「先生、ご飯どのくらい食べますかー?」

 午前の授業が終わり、給食の時間になった。今は給食当番の生徒が都築先生が食べる分の盛り付けをしている。先生はほぼ必ず、教室で生徒と一緒に給食を食べる。

「お茶碗半分くらいでいいよ」

 先生の食べる量は、その身体の細さを裏付ける様に少ない。極端に少食なのだ。

「ええ、今日もですか。ちゃんと食べないと体に悪いですよ」

「あ、生意気言って。それを言うなら成長期の君達の方がきちんと食べないと体に毒でしょう。僕は普段動かないから、食べたら食べただけ太っちゃうの」

 食べた分だけ太る、というのは大人の口からよく聞いているけれど、都築先生の食べる量はその調節だとしても度を越している。

 いっそ食事が嫌いなんじゃないかと感じるくらいだ。

 ひょっとして、都築先生が小柄なのはぼくくらいの年齢の頃から少食だったのが原因だったりして。

 けれどもまあ、僕も別に食い意地が張っている訳ではないから食事の量は適度に腹が満たせればそれで構わない。

 ぼくの机には既に給食当番の生徒に盛り付けてもらった自分が食べる分の給食が上膳あげぜんしてある。この日の献立は主食にゴマご飯、主菜は塩焼きにした鯖、副菜としてひじきと大豆を煮たもので、汁物は味噌汁で、デザートは特に無く、飲み物は牛乳だった。

「あ、僕の分の牛乳はおかわりしたい人が持っていっていいからね」

 都築先生は牛乳を飲まない。胃腸が弱いだとかで、飲むとお腹を壊してしまうそうだ。

 ぼくは「いただきます」の音頭を待つようにして太宰を読んでいた。行儀が悪いかも知らんが知ったことか。

 嫌な事を嫌と言えず、尊敬の眼差しすら恐ろしく、人前で恥をかきたくない葉蔵とぼく。

 ぼくに人から尊敬されるところなど無いだろうから、尊敬の眼差しがどんなものかぼくにはハッキリ言って分からない。それはともかく、葉蔵は『道化』という手段で以て周囲の目を欺いていたけれど、ぼくにはそういったものは何も無い。どうもぼくは茶目っ気に欠けるのだ。

 葉蔵は女遊び、煙草、酒に溺れた。それらに溺れる感覚というものはぼくには全く未知のものだ。煙草とは吸ったらどうなるのだろう、酒とは飲んだらどんな感覚だろう。女遊びは……ぼくには要らないな。ぼくは色恋というものに対して激しく胸焼けがするのだ。それはさておき、『喜劇名詞』に『悲劇名詞』……自分なりに当てはめてみたら楽しいかも知れない。

「なあ」

 誰かが声を上げたのが本を読みふけるぼくの耳が捉えた。

「なあ、おいってば」

 横から小突かれもしたので誰が呼んでいるのかと本から目を離せば、給食や班活動の時に複数名の机同士をくっつけた時に真横に居る——つまり、普段は後ろの席のヤツがぼくに向かって話し掛けてきているではないか。

「え、ぼく?」

「お前以外に誰がいるんだよ」

 ぼくに話し掛けてきた隣の席のヤツは伊藤いとうつかさと言う男子生徒だ。名前に『辞典』の『典』の字が使われているからクラスでは「テンちゃん」と呼ばれているみたいで、千葉と仲がいいことは知っている。と言うより、伊藤の事を「テンちゃん」と呼びはじめたのは他の誰でもない千葉だ。

「ごめん……本読んでて気付かなかった。何か用?」

 正直、普段は必要外でぼくに話し掛けてこないクラスの一員である伊藤がぼくを呼んだのは意外だったし驚いた。

「用ってか、お前いつも本読んでるじゃん」

「そ、そうかな……」

 誰もぼくの事など気に留めていないと思っていたから、「いつも本を読んでいる」と言われたのにはびっくりした。

「そうだよ。で、今何読んでんのか気になって……」伊藤は本のカバーをしげしげと見て「『人間失格』? どんな話?」とぼくへ訊ねた。

 どんな話かと訊かれるとぼくは答えに窮してしまう。何せぼくはこの物語を百パーセント理解出来ていないし、まだ結末まで読み進めていないのだ。しかしながら、伊藤に興味があって訊いてきたのかはともかくとして、とりあえず物語の説明を試みることにした。

「まだ読み途中なんだけど……『葉蔵』っていう男の人の一生を描いた話かな。自分に自信が持てなくて、嘘の自分を演じて生きている男の人の話」

 ぼくの説明に伊藤は

「なんか、難しそう。国語の授業でやりそうな感じ」

 と一刀両断した。理解してくれれば嬉しかったけれど、元々理解を求めて説明した訳じゃない。あと、多分この作品は国語の授業で扱うには難しすぎると思う。

「いつもそんなの読んでるの?」

 伊藤が言った。

「う、うん。そうかも……」

 そう返答しながら、今朝、都築先生から「共通の話題に乏しい」と言われたことを思い出したぼくは、勇気を出して伊藤に質問してみることにした。クラスメイトとの会話に挑戦するのだ。

「ええと、伊藤は本読むの?」

 ぼくの言葉に伊藤は、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になっていた。それはそうだろう、爪弾き者のぼくは普段クラスの誰かに話し掛けることなど用が無ければ無いのだから。

「えっ。まあ、読むけど……」

 戸惑っているのが声色から判った。だけど、ぼくは知らぬ振りをした。心臓がドキドキと早鐘はやがねを打っている。

「何かオススメある?」

 伊藤はぼくの質問に眉を寄せて考える素振りを少し見せると答えた。

「あ、そうだ。アレ面白いんだよ、世迷言よまいごとシリーズ。登場人物多いし時系列もごちゃごちゃしてるから頭こんがらがるけど」

 世迷言シリーズ。知らない。ライトノベルと言うやつか? 伊藤は続ける。

「図書室でリクエストしまくって最近やっと並ぶようになったんだよな」

 図書室に並んでるのか。ぼくは今日の昼休み、丁度図書室に行く予定がある。見てみて損は無いだろう。

「へえ、そうなんだ。借りてみようかな。シリーズものなら一巻があるんだよね」

「ん、あるある。『ユビキリサイクル』から始まるんだよ。……てか、お前いつも本読んでる割に知らないのな」

 痛い所を突かれた。更に心臓が早鐘を打つ。緊張しすぎて胸が痛い。

「う、うん……。家にはそういう本、置いてなくて……初めて聞くタイトル」

 ぼくがそう言うと全員分の配膳が済んだらしく、いただきますの音頭が取られようとしたのでぼくはすかさず本を閉じて机の中にしまった。いや、伊藤との会話を試みた時点で既に本は閉じていた。

 ぼくがそうしていると伊藤は「読んだら感想聞かせてくれな」と言った。ぼくは伊藤の目を見たまま、頷くことも返事することも出来ず固まってしまった。

 そして、教室中に「いただきます」の声が響いた。


    三、


 給食の時間が終わり、ぼくは図書室に足を延ばした。

 図書室の中は静かで、人はまばらにしか居なかった。居るのは高校受験を控えた三年生くらいだろうか。

 ぼくが図書室へ来たのは『ふへんせい』という言葉を辞書で調べるのがメインの目的だったけれど、給食の時間にクラスメイトの伊藤から勧められた『世迷言シリーズ』も見てみようと思った。

 まずぼくは国語辞典が並んでいる本棚へ向かって、手頃な辞書を手に取って開いた。ハ行、フ、ふへんせい……。あった。

 

ふへん−せい【普遍性】

〘名〙すべてのものに通じる性質。また、広くすべての場合に適合できる性質。

 

 今朝先生が説明してくれたのとほとんど同じ内容が書かれていた。

 耳慣れない言葉だし、日常会話で使う機会は今のところ無さそうだけれど、頭の中に入れておくことにしてぼくは辞書を閉じて本棚に戻した。

 次は『世迷言シリーズ』だ。伊藤は『ユビキリサイクル』から読むといいと言っていたっけ。給食の時の伊藤の口振りからして新着図書の本棚に並んでる可能性が高そうだったから、新着図書へ目星をつけた。

 普段なら家の書室からぼくの興味を惹いた一冊を持ち出してそれを読んで満足しているから、実は図書室の本棚なんかをまともに見るのは入学して以来初めてのことだったりする。

 新着図書が陳列されている本棚は何と言うか、平積みではないけれど、表紙をこちら側に向けてブックスタンドに立て掛けられた本のほとんどがギラギラとした印象の派手な表紙が多いように感じた。特に新書サイズの本はそういう感じを受けた。

 ぼくはとりあえず文庫本の背表紙を一通り見たけれど、目当ての『ユビキリサイクル』は見当たらなかった。

 とすれば新書かそれより大きなハードカバーか。

 なんて当たりをつけてみたりしたけれど、初めて耳にして読むシリーズの本なのだからどれがそれだか、文庫なのか新書なのかハードカバーなのか全く分からないのが本当のところだ。昼休みもあまり長くはないのだし、一人で探し出すよりも司書の先生に訊いた方が早いだろう。

「すみません、『世迷言シリーズ』の『ユビキリサイクル』ってありますか」

 ぼくがうるさくないようこそこそと声を掛けると、眼鏡を掛けた大人しそうな女の司書の先生は「ちょっと待っててね」と貸出履歴か何かを引っ張り出して調べてくれた。しばらくすると、

「ごめんね、今は貸し出し中だった。人気作だからすぐ借り手が付いちゃうのよね……」

 と言った。人気作か。確かにぼくはそういうものに疎い。都築先生が今朝言っていた事が頭の中に浮かんだ。

「少し先になっても良ければ、予約しておく?」

「あ……」

 ぼくはどうしようか少し迷った。ぼくの中ですべからくして読みたい本という訳ではなかったのが理由として一番大きい。

 けれど、都築先生の言った「何か最近の本を借りてみたら」と、伊藤から言われた「読んだら感想聞かせて」。この二つがぼくの背をそれとなく押した。

 それにしても、学校の図書室で貸出予約が出来るなんて知らなかった。

「じゃあ、お願いします」

 ぼくがそう言うと司書の先生は

「そしたら、ここに名前を書いてね。あなたの前に二人借りる予定だから、今月中には順番が回ってくると思う」

 と言って予約表とボールペンを渡してきた。まだ月頭なのに〝今月中〟、貸出期間を考えると月末になりそうなのはあまり深く考えなくても分かった。

 どのみちぼくはまだ太宰を読んでいる途中だし、ぼくの番が回ってくるのが遅くなるのは一向に構わない。ぼくがそういった事を黙諾もくだくして渡された紙とペンを受け取って記名していると

「貸出予約で借りた本は貸出期間の延長が出来ないのと、借りる予定の日から三日経つとあなたを飛ばして次の人の番になるから気を付けてちょうだいね」

 と、釘を刺された。本を読むスピードには自信がある方だから貸出期間については問題無い。もうひとつだが、仮に太宰がまだ読み途中であれ、そちらは自宅から持ち出した本で、期限などは無いからいざとなれば太宰を中断してそちらの本を読めばいい。

「じゃあ、これが予約引き換えのプリントだから。なくさないようにね」

 司書の先生の言葉にぼくは「はい」と短く返事して引換券とでも言うべき印刷物プリントを受け取るのと同じくして記名に使った筆記具を司書の先生へ返した。もうすぐ、昼休みが終わる。

 それにしても、今日のぼくはまだ今日すら終わっていないのにひとっ飛びに物凄い進歩を遂げた。

 たまたまとは言え、等しく苦手意識を持っていたクラスメイトと言葉を交わし、流行りのものを教えてもらって、先生の言葉を思い出してそれを自分に取り入れようとしたのだ。この事を早く都築先生に話したい。

 ぼくは今日の放課後、都築先生と話すのがとても楽しみだ。


    四、


 午後の授業も全て終わり、終学活も終えていよいよ放課後だ。ぼくは何だか誇らしい気持ちに胸を高鳴らせながら木工室へ足を運んだ。重たい扉に体重を乗せて開くとそこは椅子と机、それから上下にスライドする大きな黒板と端切れの木材を残しただった。備品の点検をする木工室の主の姿は無い。

 きっともう準備室の中でぼくを待っているのだろう、と準備室のドアノブに手を掛けたけれど、開かない。ぼくは奇妙な感覚を得てドアを数回ノックして声を掛けてみた。

「都築先生、ぼくです。いらっしゃいませんか」

 ……返事は無かった。折角せっかく色々な事があって聞いてもらいたい話があるのにあんまりだ、と肩を落としたその時

「わっ」

 と、いきなり背後から声を出され、左肩には手の様な感触があった。

 ぼくは大層驚いて

「わあぁ⁉︎」

 なんて大声を出してしまって、振り返った。背後から肩に手を掛けて声を出したのは……都築先生だった。

 都築先生はぼくの肩に掛けていた左手を引っ込めると、ぼくの顔を見て「しーっ」というジェスチャーをした。ぼくがそれに気付いて慌てて口を塞ぐ。もう大声を上げてしまった後なのに。この際、先生の使った手口が古くさいのはもうどうでもいい。

「オバケかと思った?」

 いたずらっぽく先生はころころと笑う。さては、今朝ぼくが先生の事をおばけかと思ったのを根に持っているな。

「ち、違いますよ。誰も居ないと思ってたのに真後ろからいきなりなんて、誰だってびっくりするに決まってるじゃないですか」

 ぼくの必死の弁明に先生はおかしそうに、うふふ、と笑う。ぼくはちょっぴり恥ずかしかった。先生は言う。

「ごめんね、印刷室に少し用があって留守にしてたの」

 ぼくがそれに溜息混じりで「そうだったんですね」と返すと

「それじゃ、今日も放課後の〝お手伝い〟よろしくね」

 先生はまたもやいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

 

「今日は何だか随分と浮き足立ってる感じじゃない? キミの方から何か話したさそうにしてるけど、どうかしたの?」

 そう言いながら木工室の主は電気ケトルに水を注ぎ、ひと口サイズのクッキーが入った袋を開けた。「好きにつまんでいいよ」と言うのでぼくは素直にお言葉に甘えることにした。クッキーをひとつ口に入れてぼくは

「あ、あの、ほの……ほうなんれふそうなんです。聞いてほひい話があると言うか」

「ふふ、お行儀悪いよ。逃げたりなんかしないから飲み込んでからね。喉に詰まらせても危ないし」

 彼に軽くいさめられてぼくは今日起こった出来事全てに興奮していて、それを隠しきれていなかったことを自覚した。

「喉に詰まらへるなんてちいな子供じゃあるまいし……」

 ぼくは恥じらいから、クッキーを入れた口を手で覆い隠し呟いた。

「だって、そのくらいの勢いがあったから」

 彼は楽しそうにころころと笑い声を上げた。

 そしてぼくがクッキーを飲み下した頃を見計らった彼は

「今日は何か特別話したい事があるみたいだけど、何があったの?」

 と訊ねてきた。ぼくは何から話そうか迷ってしまって少しあたふたした。

「えっと、実は給食の時間にクラスのヤツ、伊藤と話して……あっ、伊藤の方から話し掛けてきたんです」

 ぼくの話に木工室の主は「うんうん、伊藤くんね」と相槌を打って話の先を促してくれた。

「それで、伊藤がぼくの読んでた本について訊くからそれに答えて」

「水を差すようだけど、『人間失格』ってキミの口から説明するにも難しい作品じゃない? 何て答えたの」

 ぼくは、ええと、と少し頭の中を整理して

「『葉蔵』っていう人物の人生を描いた物語……って」

 木工室の主は感心した様子で「へえ」とこぼして

「まだ完読してないのによくそんな端的に説明出来たね、凄いよ」

 と、褒めてくれた。その褒め言葉がくすぐったかった。木工室の主は「それから?」と更に先を促した。

「えっと、それで……伊藤と会話してみようと思って、挑戦してみたんです」

 いつの間にか沸いていたお湯を、袋の封が切られたインスタントコーヒーとココアの粉末がそれぞれ入ったマグに注ぎながら、木工室の主は目を丸くしていた。

「それは思い切ったね。伊藤くんが誰かと話してたのは何となく見てたけど、キミとだったんだね。それで、どんな話をしたの」

 そう言って木工室の主はぼくにココアの入ったマグを渡してくれた。

「緊張して大した話は出来なかったんですけど、伊藤は本読むのかとか、読むって言うから何かオススメはあるか……とか」

 ぼくは自分でも思い切ったと思う行動を指摘されたのが照れくさくて、マグを両手で包み込む様に握ったまま俯いてしまった。

「そしたら伊藤くんは何て?」

 木工室の主は穏やかに優しく言った。

「え、と……『世迷言シリーズ』ってシリーズの本がオススメだって……」

 ぼくがそう言うと木工室の主は「ああ、世迷言シリーズ」と軽く相槌を打った。まさか知っているとは思わなかったからぼくは面食らって、ふと俯いていた顔を上げた。ぼくは手にしたココアをひとくち飲んで

「今朝、先生が『普遍性』って言葉を教えてくれたじゃないですか」

「うん? ああ、そうだったね」

「それを先生の言った通り辞書で調べようと思って、昼休みは図書室に行ったんですよ」

 木工室の主はぼくの言に、スティックシュガーを追加したマグに息を吹き掛けながら大きな瞬きひとつで返事してくれた。

「それで、辞書を引いた後に伊藤が言ってた『世迷言シリーズ』、シリーズ第一巻だとかで『ユビキリサイクル』から読むといいって聞いたので探してみたんですよ」

 口元からマグを下ろした木工室の主はぼくへ訊ねる。

「え、ひょっとして借りようと思ったの。どういう風の吹き回し?」

 ぼくは少し膨れた。

「先生が言ったんじゃないですか、『何か最近の本を借りてみたら』って。それに、伊藤にも『読んだら感想聞かせて』なんて言われちゃったし。だからこれを機に流行りの……ライトノベルって言うんですか? そういうのも読んでみようかなって思ったんです。『ユビキリサイクル』はその足掛かりです」

 木工室の主は「まあ、確かにそうは言ったけど……」と何となく煮え切らない態度だった。すると

「それで、借りられたの」と言う。

「……今は貸し出し中だそうで借りられませんでした。人気作らしくて、予約しないと借りられないほどで」

 ぼくが少しは残念に思ってそう言うと、木工室の主は噴き出し、肩を揺らして笑いだした。それにぼくはそれに向かっ腹を立て、

「人が残念がってるのにどうして笑うんですか」

 と言い返した。すると木工室の主は今度は声を上げて笑った。

「あっはは、ごめんごめん。キミにそこまで行動力があったなんて思わなくて、つい……ふふふ」

「馬鹿にしてるんですか」

 ぼくはむくれた。

「違うよ、そうじゃなくて……こほん。あんまり吃驚びっくりしたから思いがけず笑っちゃったよ、ごめんね」

 そう言うと木工室の主は自分の鞄の中をごそごそと漁りはじめた。一体何かとぼくが首を傾げていると、彼は鞄の中から一冊の本を取り出した。

「『ユビキリサイクル』って、これだよね」

 彼が手に持っていたのは、可愛らしい女の子のイラストが表紙絵に描かれたそれなりの厚みがある新書だった。

「あっ、今の借り主って都築先生だったんですか⁉︎」

 予想外の事にぼくの声は裏返ってしまった。木工室の主こと、都築先生はうっすら歯を見せて笑い「まあね」と言った。更に加えた。

「世迷言シリーズ、流行ってるみたいだったから僕もどんな内容なのか気になってさ、司書の先生に無理言って借りちゃった」

 ……確か、先生はカフカの『変身』を読んでいる途中ではなかったか?

「『変身』が途中なんじゃないですか」

 ぼくが言うと先生はくすぐったさそうに

「流行りってどうしても気になるじゃない。勿論、生徒が優先だから僕の貸出期間はすっごく短いよ。昨日借りて、明日には返却予定。その間『変身』はお休み。でもねぇ、二段掛けでこの厚さだから三日で読破……出来るかなあ? ってとこ。時間もあまり無いし」

 などと事も無げに言ってのけた。ぼくの頭にはある単語が浮かんでいた。

「先生って……ミーハー?」

 ぼくが渋い顔になってそう言うと先生は腹の底からおかしそうに、あはは、と笑った。

「ミーハーなんて言葉、よく知ってるね。とっくに死語だと思ってたよ。ホント、キミって物知りだなあ」

 先生は一頻ひとしきり笑って目に浮かんだ涙を指先で拭うと言った。

「まあ……ミーハーって言われたら確かにそうかも。キミと比べたらずっとミーハーだよ」

 ぼくは先生へ苦言を呈した。

「こんな事言うのもどうかと思うんですけど、流行りものを追いかけ続けて恥ずかしいとかは思わないんですか」

 先生は、目をまん丸にした。

「えっ、別に。どうして流行を追うのが恥ずかしいことだと思うの?」

「え、それは……」

 ぼくは漠然と流行を追いかけるのは恥だと思っていたから、自分の中に明確な答えを持っていなかった。先生は言う。

「僕は全然恥だとか思わないよ。だって、今世間で何が流行っているのか知らなければ……僕自身の話で恐縮だけど、ものづくりは難しいし、生徒と交流するのも難しいもの」

 先生は自身の経験談をぼくに聞かせてくれた。

「高校時代とか大学時代、確か高校の時だったかな。どんなデザインのファニチュアが流行っていて、そこにどんな利便性があるかみたいな内容のレポートを書かされたこととか、考えさせられたことがあってね。だから僕は人よりちょっぴり流行りに敏感なの」

 ぼくが「はあ」とか曖昧な返事をして聞いていると先生は続ける。

「それにさ、どの世界でも『自分が流行りだ』なんて言えちゃう超一流の人でない限り、時代に合わせて流行を追うのが精々出来ることだよ。でなきゃ時代に合わせられない頑固者だと思う。もっとも、僕もかつてはその頑固者の一人だったんだけどね」

 そういうものかなあ、とぼくは思った。

「ぼくって頑固者ですか」

 そうだなあ、と先生は言う。

「そんな風に素直になれるのはキミの長所だと思うけど、なかなか周囲に合わせようとしない頑固なところは短所だと思うな。関連して言うと、流行りをキャッチするのは世渡りに大切な事なんだよ」

「それはどうしてですか」

 ぼくは先生の言葉に今ひとつ納得していなかった。

 先生はマグの中でマドラーを揺らして、ううん、と明後日の方向に視線を遣っていた。昨日もやっていたし、授業中にも見られるのだけれど、これは先生が何かを思い出そうとしたり考え事をする時の癖なのだ。

 そうして何かを思いついたのか先生は口を開く。

「少し拡大解釈かも知れないけど……『流行を追う』って『空気を読む』のと通ずるところがあると思うんだよね。ちょっとたとえが生々しいけど、空気が読めない人が教室にいたらどうなるかな」

 先生の喩えがあまりに生々しかったものだから、ぼくは思わず顔をしかめてしまった。だけど答えた。

「多分、『アイツ空気読めない』ってみんなから敬遠されると思います……」

 うんうん、と先生は頷いて質問を重ねた。

「じゃあ、どうして空気が読めないとみんなから敬遠されちゃうんだろう」

「それは……」

 ぼくはそれがどうしてだか全く思い浮かばなかった。

「どうしてですか」

 先生は、ちょっと難しかったかな、と言うとこう言って聞かせてくれた。

「空気を読むことが動物的な本能だからだよ」

「えっ、本能……ですか。空気を読むことが?」

 ぼくには意外な答えに驚かされた。

「例えば『計算が出来る犬』とか言って、簡単な算数の答えの数だけ吠える犬なんて居るでしょう? アレって言葉も話せない犬がどうやって計算してるか気になったこととか、無い?」

「確かに言われてみればそうですね。人の言葉が通じてるのかと思ってましたけど、通じてたところで……って感じですよね」

 先生は、ふふ、と楽しそうに笑った。

「アレってちゃんと種と仕掛けがあってね、あれは犬が『空気を読んで』質問者の答えてほしそうな数を感じ取ってその回数だけ吠えてるだけなんだよ。だから、間違った答えを思い浮かべてる人を前にするとその間違った回数を吠えちゃうの」

 これを〝クレバー・ハンス効果〟と言うのだ、と先生は教えてくれた。

「まあ、それくらい空気を読むことって動物的な事なの。太古の人間も動物と同様に言葉を持たなかった筈なんだけど、それでも……うーん、例えば……仕留めた獲物の肉の中で特に美味しい部位があるとするじゃない」

 ぼくは「うん」と頷いて相槌を打った。

「それって思わず誰かに伝えたくならない?」

「確か、に……。独り占めしようとか、魔が差さなければきっと伝えると思います」

 段々僕の中で点と点が繋がってきたような気がした。先生は「魔が差さなければ、なんてひねくれてるんだから」と言いつつもぼくへ訊ねる。

「でも言葉を持ってないよね。どうやって伝えよう?」

「えっと、ジェスチャー……とか?」

「そこで相手がそのジェスチャーの意味を汲み取れない、空気の読めない人だったら?」

「あっ、そっか!」

 空気の読めない人が敬遠される意味が分かって、ぼくは膝を打った。

「もう分かるよね。きっとその人は煙たがられて、次の狩りに誘われなくなって、やがて集団の中で孤立する」

 ぼくは先生の言葉に首から頭が取れてしまいそうな勢いで何度も大きく頷いた。

「それで、僕がなんで『流行を追う』が『空気を読む』と通ずるところがあるって言ったかと言うと、」

 ぼくは先生が最後まで言うのを待たずに

「その『流行』が先生の喩え話で言うところの『美味しい部位』だからですか」

 先生はそんなぼくににこりと笑顔になって

「そういう事。飲み込みが早いね」

 と言ってくれた。そして

「ちょっと難しい話して疲れてない? お菓子の手も止まっちゃってるし。食べていいんだよ」

 と言って自らクッキーをひとつ口に入れてみせた。極端な少食の筈なのに。

「先生って、給食は全然食べないのにお菓子は食べて平気なんですか。それとも、お菓子でお腹いっぱいだから給食は食べないとか」

 先生はゆっくりとクッキーを噛み砕いていて、すぐには答えてくれなかった。コーヒーで流し込むように噛み砕いたクッキーを飲み込むとようやく答えた。

「そんな訳無いでしょう。今は僕が手を付けないとキミも食べづらいかな、って思って食べただけ」

 言わせないでよ、と先生は困り顔で肩をすくめた。

「じゃあ、給食を全然食べないのはどうしてですか」

 ぼくはそう訊ねてクッキーをひとつ口に入れた。チョコチップの入ったココア味のクッキーは手元のココアとの相乗でかなり甘く感じられた。

「ぼくには……先生が、食事が嫌いな風に見えるんです」

 感じていた事を率直に伝えてみると先生は

「うん……そう。そうだね、食事はちょっと苦手かも知れない」

 何となく歯切れが悪かった。今日のぼくには少し図々しさがあったので、その話を少し掘り下げて聞こうと思った。当初の約束通りならば、先生はぼくの質問に必ず答えてくれる筈なのだから。

「食事が苦手な人って珍しいですよね」

 先生はぼくの言葉に「そう?」と首を傾げた。やはり先生はお菓子に手を伸ばそうとしない。

「だって、ぼくも量を食べる方じゃないですけど、それは別に食い意地が張ってないだけで、食事が苦手って訳じゃないですから。何か苦手になるきっかけでもあったんですか」

 黙ってマグのコーヒーを消費していた先生は口からマグを離すと言った。

「……何を食べても、砂の味しかしなくなったことがあったんだ」

 空気がぴりりとした気がした。

「砂の……味?」

 小さな子供の頃、転んだ拍子に砂が口に入ってしまって味わったことがある。あの味しかしなくなったということだろうか。先生はぼくに応える。

「『砂の味』っていうのは物の喩えなんだけどね。でも一時期、そのくらい味覚がおかしくなっちゃったの」

「それは……どうしてですか」

 無知なぼくはその理由わけを訊ねた。

「精神的なもの、だよ」

 先生は短く答えた。

「あの、ええと……。その、すみません……」

 ぼくは返す言葉も無く、あまりに無神経な質問をただただ悔いたけれど

「謝ること無いよ、昔の話だもの。気にしないで。むしろ、気を遣わせてごめんね」

 先生は過ぎた話だと言って逆にぼくを慰めた。更には

「僕の話が聞きたければ何だって話す、って言ったの忘れちゃった?」

 とまで言う。顔つきは穏やかそのものだ。

「でも、答えにくい事を訊いちゃって」

 そう言うぼくに先生は

「責任を感じてるなら、僕の話に付き合ってもらっちゃおうかな」と、微笑んだ。

 ぼくは、それで責任が取れるのなら、と何度も何度も頷いた。

「それじゃあ、どこから話そうかな……」

 先生は宙を仰ぐ。

「昔話なんて慣れてなくてさ。でも、そのくらい昔の話。精神的にかなり参っちゃった頃があってね」

 ぼくはクッキーをつまんで、ココアを飲みながら先生の話に耳を傾ける。

 大変失礼な話だけれど、先生のやつれた感じを間近で見ているぼくからすれば先生にそんな時期があってもおかしくないな、と感じた。先生は続ける。

「その頃に、何を食べても味を感じなくなっちゃったの。好物を食べても砂を噛んでるみたいでさ」

 そういう状態を「砂の味がする」と言うのか、とぼくは思っていた。

「それで、毎食毎食砂の味がするものを食べるなんて嫌じゃない? だからその頃にはもう食事が嫌いになってた」

 確かに、毎食味がしないものを食べるのはたとえぼくの食い意地が張っていなくても、例えばこのクッキーに味が無かったら嫌だな、と先生の話を聞いて感じていた。食事が嫌いになっても無理は無い。

「段階的に食べる量が減って、一番ひどい時にはほとんど全く食べなくなってたから両親……特に母親には心配されたよ。僕の母親って小学校の保健室の先生だったんだ。養護教諭ってやつ」

 お母さんが保健室の先生。それはさぞ心配されたことだろう。

「今は、苦手なだけですか? それとも嫌いなまま?」

 ぼくの素朴な疑問に先生は

「嫌いってことは無いよ、苦手だけどね」

 と軽快に答えた。そして懐かしむように言う。

「少しずつ味覚が元に戻って、少しずつ食べられるようになって。苦手なのは味がしなくなった頃の事を覚えてるからかな」

「なるほど、それで……」

 相槌を打つぼくに先生は失笑しながら

「ちょっとやめてよ、そんな顔で見ないでってば」

 ぼくは先生の発言にはっとした。

「えっ、ぼくどんな顔してましたか」

 先生は笑顔だったが、目は笑ってなかった。そうして溜息混じりに

「可哀想な人を見る人の顔」

 と言った。先生はぼくに憐れまれる筋合いなど無いだろうから、そう言われても仕方無かった。

「すみませんでした……」

 ぼくが謝ると先生はにこっと笑った。

「成長期に食べなかったお陰あって僕、背が全然伸びなかったんだよね。来年には今年入学した男の子のほとんどに身長超されちゃうなあ」

 最近の子はよく育つからね、と先生は愉快そうにころころ笑いながら沁み入るように言っていた。ぼくは「食べなかったお陰も」という先生の言葉に少し引っ掛かる感覚を覚えていたけれど、今のところは突っつかないことにした。あつものに懲りてなますを吹く、というやつだと思う。

「ぼくも来年には先生の身長を超しちゃったりして」

 ぼくはそんな事を言って茶化してみた。思えば〝道化〟とはこういう事なのかも知れない。

「ええ、キミが? どうかなあ」

 先生も冗談めかして返してくれた。二人のマグの中は空になっていた。

「あ、おかわり飲む? 何がいい?」

 先生はマグの中が空になっていることに気づいてくれて、ぼくへおかわりを勧めた。

「じゃあ、紅茶で」

 先生は「分かった」と電気ケトルに残っていたお湯で紅茶を淹れてくれた。その最中、

「まあ、食事が苦手になった経験があったからコーヒーなんて趣味もあったりするんだけどね」

 と、新たに趣味を打ち明けてくれた。

「先生、コーヒーが好きなんですか」

 そういえば、ぼくと話している間にも先生はずっとコーヒーを飲んでいた。

「まあねぇ。学校ではインスタントで済ませてるけど、帰れば豆からこだわってるつもり。家ではお砂糖も入れないよ。はい、熱いから気を付けて」

 ありがとうございます、とぼくはマグを受け取った。

「どんな時に飲むんですか」

 そう訊いてから、答えるのが難しい質問を投げかけてしまったのではないかと思った。けれども先生は

「そうだなあ、主にリラックスしたい時かな」

 何て事は無さそうに答えてくれた。機嫌が良くなったのかこんな話も聞かせてくれた。

「学校の先生って朝早い職業じゃない。それあって僕、すごく早起きなんだけどね、未明の静かな時間にゆーっくり味わって飲むのが好きなんだ。コーヒー」

 それが至福のひとときなのだろう。元々柔らかな先生の顔がいつになく柔らかくなっていた。

「目覚ましも兼ねてそうですね」

 ぼくがそう言うと、自分の分のコーヒーのおかわりを淹れていた先生は驚いたように目を開いた。

「そうなのかな。そんな事、意識したこと無かったよ」

「あれ、そうなんですか」

 ぼくは何か的外れな事を訊いていたようだった。

「じゃあ、そのコーヒーには砂糖を入れるのに、家で飲むコーヒーには入れないのはどうしてですか」

 ぼくは先生が自宅で飲むというコーヒーには砂糖を入れないという話にフォーカスした。

「んー……それ訊いちゃう?」

 先生は回答を渋っているけれど、ぼくは畳み掛ける。

「だって気になるじゃないですか。何か差があるんですか」

 ううん、と先生は唸る。ぼくは先生がこだわりを持っていそうだからこそ訊ねたのだ。

「いやあ、だってさぁ……インスタントコーヒーって、正直、豆をいてドリップして淹れるのに比べたら不味まずいじゃない」

「え?」

 ……不味い?

「ええと、そのー……砂糖を入れると何が変わるんですか」

 ぼくは、ブラックコーヒーは苦くて必ず砂糖を入れてしまうのでブラックと砂糖入りの差なんかさっぱりだった。ただ、苦し紛れに出てきた質問がこれだった。

「お砂糖を入れると? ……まだ飲める味になる」

 本当に不味いコーヒーって泥水みたいでさ、と先生は小気味良く言う。

「先生……少食な割にグルメなんですね」

 本当に、食べないくせに味にこだわるようだ。逆に、味覚に異常を来たしたことがあるからこそ味にこだわるのだろうか。

「そうかなあ、自分がグルメだなんて思ったこと無いよ」

 と、先生は言って楽しそうにころころ笑う。ぼくは何だか真面目に取り合うのが馬鹿らしくなってしまって、話の筋を〝読書〟に戻そうと思った。

「話はかなり戻るんですけど、先生って今、カフカの『変身』を読んでるって今朝言ってたじゃないですか。どうして今になって読もうと思ったんですか」

 ぼくはそう投げかけて、回答を待つ間にクッキーをぱくぱくつまみながら渡された紅茶を飲んでいた。夕食前でお腹が空いていたのか、話している間じゅう一人で半分は食べてしまっていた。先生は複雑そうな面持ちで

「読もうと思った切っ掛けかあ……」

 と、独りごちていた。

「いやぁ、本当にキミの前ではそれこそミーハーな理由だから言いづらいんだけどね……」

 ためらいがちに先生は言う。ぼくは、もう今更そんな事は気にしない、と回答を促した。少し急かしていたかも知れない。

「最近プレイしてるゲームで、『変身』のフレーズが多く引用されてたから、なんだよね……」

「えっ、ゲーム⁉︎ 先生ってゲームするんですか!」

 都築先生がゲームをするなんて、意外中の意外だ。あまりに意外すぎて、つい大きな声を出してしまった。先生はまたも新たな趣味を打ち明けてくれたのだ。

「しーっ! 他の先生とかみんなには内緒にしてる趣味なんだから!」

「それにしたって意外すぎますよ!」

 先生は『ゲーム』という趣味を周囲へひた隠しにしてるだけあって囁き声でぼくを制したけれど、ぼくは仰天して声が上擦ってしまっていた。

「もしかして昨日、『キミくらいの頃はゲームに興じた』って言ってたのって……」

 先生はばつの悪そうな顔をする。

「僕がそうだったから、てっきり……」

 ぼくは、なるほど、と一人で勝手に納得していた。

「先生って、結構多趣味なのに自己紹介の時に言ってくれた趣味はギターと家具店巡りだけでしたよね」

 なぜ他の趣味は一切話題に出さなかったのか、純粋に不思議に思った。

「僕、自分の趣味を誰かに知られるの何となく嫌なんだよね……」

 先生は、分かるでしょ、とぼくへ少し目配せをするとがっくり肩を落とした。

「まあ……ぼくもあまり積極的に言いふらしたくない方ですけど、形でバレますし……。それにしても都築先生がゲーム……」

 ぼくはゲームの事なんか何一つ知らないけれど、ちなみに、と訊ねてみた。

「どんなゲームなんですか。ジャンルとか」

 ゲームについて全くの無知のぼくがそのジャンルを聞いたところで絶対にピンと来ないのは火を見るより明らかだけれど、会話とはこういうものなのかも知れない。

「ジャンルかあ。今やってるのはアクション……サバイバルホラー、かな。二十五年以上続いてる、ホラーゲームの金字塔的シリーズの外伝的なもの」

 都築先生がホラーゲーム……⁇ 全くイメージが湧かない。

「先生ってホラーは平気なんですか」

「いや、全然そんな事無いよ。ビックリ演出には驚いて言葉通りコントローラーを投げ出しちゃったこともあるし、雰囲気に呑まれてすごく緊張しちゃう」

 それは「ホラーが苦手」と言うのではないか、とぼくは思ったけれど飲み込んでおいた。ただ、と先生は付け加える。

「周回プレイって言って何度もプレイしたり、シリーズ通してプレイしてるとどこがビックリポイントなのかとか覚えてくるし見当もつくから、慣れてはくるかな」

「一回クリアしたら終わり、じゃないんですか?」

 先生は首を振る。

「ううん、そうでもないよ。僕が長くプレイしてるシリーズは自分なりの攻略法を編み出したり、どれだけ早くクリア出来るかの挑戦なんかも想定されてるからどちらかと言えば周回プレイを想定してるんだよね。一定の条件を満たさないと使えない隠し武器とか隠しモードがあるし」

「『隠し武器』って言うと、まず武器を使うゲームで……何かと戦うんですか?」

 先生はにっこり顔で頷く。

「ゾンビもの、って説明したら一番伝わりやすいかな。基本はサバイバルだから不要な戦闘はなるべく避けていくんだけど」

〝ゾンビもの〟と聞いたぼくは内心、ひええ、と思っていた。ぼくはおばけが苦手だし、ホラー作品全般があまり得意でないのだ。

 他にも先生は今プレイしているゲームの事を話してくれて、オンライン上でチームを組んで相手チームを倒して目標を達成したら勝ちになるゲーム——FPSとか言っていただろうか——の話なども聞かせてくれた。

 ぼくは全くの未知の世界にただただ曖昧に、へえ、とか、ふうん、と返事することしか出来ずにいた。でも、ゲームの話をする都築先生は心の底から楽しそうで、それがぼくの目にはちょっぴり羨ましく映ったので話に耳を傾けていた。

 先生は温かいコーヒーを口にして、はあ、と息を吐くと懐かしそうに話しはじめた。

「——まあ、その話は置いておいて。話は戻るけど、まだ家庭用ゲーム機が出始めた頃だったなあ。貯めてたお年玉でゲーム機と、さっき言った『変身』のフレーズが引用されてたゲームの……まだシリーズ化する前だよね。第一作目を買ってさ、夜中にこっそりプレイして、怖がって、親に見つかって叱られて。その頃からずっと好きなんだ、そのシリーズ」

 先生は悲しそうな笑顔になって更にぼくへ言った。

「その頃なんて、最低な人生の中でも最悪さがピークだったから……ある意味救いだったの」

「そのゲームがですか?」ぼくは確認の為に訊ねた。

「そう。グロテスクだから、子供にはあまり健全と言えるゲームじゃないんだけど、ストレスの捌け口になってくれてね。その頃はまだ、年齢制限の規格とかも無かったし。親に叱られると言っても『早く寝なさい』ってたしなめられる程度で理解は示してくれてたな。いや、ある意味無関心だったのかも」

 でも、とぼくは気になって口を挟まざるを得なかった。

「学校はどうしてたんですか。その頃の先生って……多分まだ学生ですよね」

 先生は細く溜息を吐いた。

「中学生の頃だったかな。ほら、僕中学はあまり通えなかったから」

 昨日言った通りにね、と肩を竦めた。

「それって、学校をサボってゲームしてたってことじゃあ……」

 ぼくのひとことに先生は笑った。

「あはは、言っちゃえばそうなるかもね」

 しかしその目がまた笑っていなかったので、先生から「これ以上踏み込むな」と言われているように感じた。まずい雰囲気だ。ぼくはその拙い雰囲気の中、これを訊いたらそれ以上の詮索はしないことにして訊ねた。

「あの……もしかして味覚がおかしくなってた時期って、そのゲームと出会った頃と重なります、か……?」

「そう、その通りだよ」

 先生はこれまでの態度が嘘みたいに素っ気なく答えた。凍る様な冷たい眼差しも相俟あいまって余程詮索されたくないらしいことが感じ取れた。先生から何か威圧感さえ覚えた。もしかすると先生から本当の話を打ち明けるタイミングを見計らっていて、今はまだその時でないから詮索されたくないのか、と考えてしまうのは流石に面の皮が厚すぎるだろうか。

 そうは言っても、元々「何を訊いてもいいし、何を話してもいい」という話でぼくと〝おはなし〟をしたがったのは都築先生なのだから、その内種明かしとして話してくれてもいいのではないか、ともぼくは正直に言って思う。

「す、すみません……」

 とにかく、完全に気圧けおされてしまったぼくは、自然と視線が下がり、詫びることしか出来なかった。寸隙すんげきあって、

「やだな、どうして謝るの」

 ころころと笑う声が聞こえ、ぼくは視線を上げて先生の目をちらりと見た。そこには、さっきまでの氷の様に冷たい表情はすっかり解けて目を細めるいつもの先生が居た。あまりの切り替えの早さにぼくは却って恐怖を感じた。

「いや、あの……さっきから多分、無神経な事ばかり言っちゃって……」

 ぼくが意気消沈して言うと先生は

「そんな事無いって」

 と優しく声を掛けてくれた。そして

「キミはまだ、良くも悪くも〝子供〟なだけだよ」

 ぼくは決して見下して言われた訳ではないその言葉に、何だか「悔しい」と思ってしまった。

「……ぼく、早く大人になりたいです」

 ぼくが真剣に言うと、先生は驚いたのか目をみひらいていた。

「大人に? そんなに良いものでもないけどなあ」

「それでも、〝子供〟でいるよりはずっといいと思うんです」

 先生はぼくの言葉に、ふふ、と笑って

「いよいよ第二次反抗期、って感じだね。大丈夫、大人に近付いてるよ」と言った。

 ぼくは今の先生の言葉で勇気が貰えた気がした。何に向ける勇気かは、これから探っていくだろうけど。

「あ、先生」

「なぁに?」

 ぼくは今日、帰ってから用事があるのを思い出した。

「すいません。少し時間より早いんですけど、今日はもう帰らなくちゃ」

「何かあるの? ひょっとして今日は親御さんから早く帰るよう言われてた?」

 いやそうじゃなくて、とぼくは言う。

「今朝言った話なんですけど、今日は帰ってからテレビと動画サイトを観てみようと思ってるから、早く帰って宿題を終わらせないと……って」

「キミは真面目だなあ」と先生が。

「そんな事無いですよ、やりたくない事は先に済ませたいだけです」

 やりたくない事を後回しにして損をするのは自分だ、とぼくは考えているのだ。

「そういうのを『真面目』って言うの! まあ、僕もそういうタイプだけど。食べ物も嫌いなものから食べるでしょ」

「えっ、なんで分かったんですか」

 ぼくはあまり好き嫌い無く食べるけれど、得意でない食べ物から食べるので言い当てられて非常に驚いた。

「ふふ、僕もそういうタイプだから」

 僕たち本当に似たもの同士だね、と先生は笑顔を見せた。本当にそうなのかどうかぼくには分からないけれど、仮に先生がぼくと自分を重ねているのならきっとそうなのだろう。

「じゃあ今日はこれでお開きだね」

 先生が言う。

「はい。お菓子と飲み物、ごちそうさまでした」

 ぼくは、それじゃ、と通学鞄を肩に掛けて木工準備室を後にしようとした。すると

「明日は休みの土曜日だから間違えて学校来ないようにね、真面目くん」

 先生が立ち去ろうとするぼくへそう声を掛けてきた。

「もう、真面目なんかじゃないですってば」

 そう言いつつもぼくは、今日が週末が休みになる第二金曜日だということは先生から「明日は休日」と言われるまですっかり忘れていた。次に登校する月曜の朝は全校集会があるから、朝の〝おはなし〟は無いことにも気をつけないと。

 ……今日の都築先生は、時々少し目が怖かった。デリカシーの無い事を訊いてしまったぼくに非はあるのだけれど、先生が持っている〝本当の〟不可侵領域に悪気無く入り込もうとしてしまった時の冷たい眼差し……背筋が凍りそうだった。都築先生は、あの穏やかな顔は仮面だというのだろうか。少しもやもやした気持ちを抱えて、ぼくは帰宅した。


    五、


「ただいま」

 帰宅したぼくは形骸的けいがいてきにそう言う。返事は無い。親は仕事でまだ帰ってきていないからだ。今日も遅いのかな。

 手を洗い、二階にある自室で制服を脱いで、シャワーを浴び、過ごしやすい格好に着替える。

 ワイシャツを洗濯カゴに入れてからキッチンに置いてある冷蔵庫の中を確認する。やはりと言うべきか、作り置き——と言っても簡単なものだが——の食事が入っていた。朝、母が仕事に出る前に用意していったものだ。それを冷蔵庫から取り出し、レンジの中へ入れて扉を閉じ、『あたため』で再加熱する。

 その間ぼくはテレビを観ることにした。何となくザッピングしていくけれど、この時間は報道番組がメインのようだった。誰が誰を殺しただとか、政治はどうだとか、季節の話題として最新の雨具がどうとか、そのどれもにぼくは今ひとつ現実感が持てないまま、適当なチャンネルに合わせたままぼうっとテレビ画面を見ていた。

 喜んでテレビを観ていた歳頃はいつだったっけ。今よりもっと幼い頃はアニメを観ていた……と思う。バトルものとか、いわゆる勧善懲悪ものとか、子供に分かりやすい番組は観ていた筈である。

 そういえば、恋愛沙汰に対してひどく胸焼けがするようになったのは小学校高学年に上がってからだったので、それ以前は児童向けとは言え、前世がどうとか運命が何とかなどというロマンチックなものも意味が分からず観ていたかも知れない。

 親に訊けばすぐに分かりそうなものだけれど、こんな事を訊いて何になるのだと思ったぼくは特に訊かないことにした。

 その様に考え事をしている内に、電子レンジがピーと無機質な音で再加熱が終わったことを知らせたのでぼくはそちらへ向かう。テレビはがやがやと色んな情報を垂れ流している。

「あちち」

 少々温めすぎたくらいでないと中心まで温まっていないのだ。食洗機から上げてあったご飯茶碗へご飯をよそって、ぼくの夕食を配膳していく。

「いただきます」

 配膳を終え着席したぼくは、誰も居ないリビング・ダイニングで独りごとのようにそう言って食事を摂り始める。一人の時にテレビを観ながら食事をするなんて、どれくらい振りだろう。最早もはや覚えていない。

 夕方の報道番組が終わり、賑やかな音楽と共にバラエティ番組が始まる。どうやらクイズ番組らしい。

 ぼくはなんとなくチャンネルはそのままにぼんやりテレビを観たまま片手間に食事を口に運んでいく。……くだらない。

 教養が無いことは何の自慢にもならないのに、テレビの世界、特にタレントという人種は教養が無い方がウケが良いらしい。よく分からない世界だ。元は塾講師をしていた筈の人物が、教養人として出演しているのも何だか凄くバカバカしい。本業はどうした、本業は。

 あまりのくだらなさ、出来レースに嫌気が差したぼくはチャンネルを変えた。こっちでは歌番組をやっていた。

 ぼくは流行りの曲を全く知らない。興味が持てないのだ。好きな歌手も特に居ない。でも、とりあえず流行りは何か知ろうと観ていたが、特に目立った特徴のあるグループなどは居なく、僕の目にはどれも同じ人間に見えてしまった。一組のアーティストを除いては。

 そのアーティストはとても個性的で、ヴォーカルの歌声も心地好く、パフォーマンスの細部に至るまでとても繊細さを感じた。歌詞も程よく考察の余地を残した感じで、ぼくの心に沁み入るようだった。小説を一本読んだ気分だ。他のグループのパフォーマンスがお遊戯会に見えるくらい、ぼくに鮮烈な印象を残したアーティストだった。

 ぼくはそのアーティストの名前と、番組で披露した曲名をしっかりと覚えて、後で動画サイトでもう一度聴こうと思った。……多分、ぼくが〝お遊戯会〟と思ったグループ(アイドルだろうか?)が流行りなのだろうから、クラスでぼくが「お遊戯会レベルだった」などと言っては袋叩きに遭うと思ったので、それらのグループの話はここでお終いにしておこう。

 食べ終わった食器を下げて、ぼくは二階の自室へ戻った。宿題を終わらせなければ。数学で宿題が出ている。

 通学鞄から教科書とノートを取り出して机に広げ、問題を解いていく。最近になって、数式の中に文字が現れるようになった。aとかbとかxとか、そう言うやつだ。

「このxに代入するのは……」

 黙々とノートに書き進める。特に苦心せず問題を解いて、宿題を終わらせた。自慢じゃないが、勉強は得意だ。

 やりたくない事は終えたので、動画サイトを観よう。幸い、プリインストールされた中に動画サイトのアプリケーションがある。ぼくはそれを開いて、夕食中に見てとても心惹かれたアーティストの楽曲を探そうと思った。アプリケーションを開くと……

「キッズ? 何これ、子供向けの動画しか見られない」

 少し考えを廻らせてピンと来たのは、ペアレンタルコントロールだ。そのせいか、動画サイトは教育番組のような動画や、カートゥーンアニメくらいしかサジェストされなかった。

「なんで……?」

 変だと思ったぼくはブラウジングアプリを開いて、検索窓に『動画サイトの名前』と『ペアレンタルコントロール』と入力して検索した。動画サイト、年齢制限……あった。

「え、十三歳以上じゃないと見られないの? ……なーんだ」

 ぼくの誕生日は十一月だ。なので、ぼくはまだ十二歳である。

「『キッズ』、かあ。……そんなに子供じゃないよ、ぼく」

 良くも悪くも〝子供〟なだけだよ、と都築先生の言っていたことが脳裡のうりぎる。

 せめてもの抵抗として、僕の心を捉えたアーティストの名前と番組で披露していた曲のタイトルを検索する。歌詞をもう一度読みたかった。

 ……やっぱり、素敵な曲だ。力強いメッセージを感じた。抑圧と自由への渇望が対比になっている感じがして、ぼくはとても気に入った。何とかしてもう一度この曲を聴けないものか。溜息が出るほどに良い歌詞だ。ぼくが音楽配信サービスを購読していないことも悔やまれる。

「……来週の準備して、寝るか」

 ぼくは月曜の時間割を参照しながら通学鞄に必要なものを詰めて、早めに寝ることにした。明日は休日だ。何をしよう。多分、読書をして過ごすのだろうな。でも、恐らく両親の仕事も休みな筈だ。ちょっとだけおねだりして、動画サイトを観られるようにしてもらおうかな。あと、音楽配信サービスの購読もおねだりしてみよう。


※一部『デジタル大辞泉』より引用

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