第38話「舐めるなよ」

 レースの序盤は順調に進んだ。


 ――さすがに風除けに隠れてばかりいるわけにはいかないな。


 フレデリクはトップ集団の中を周囲にいた竜をうまく風除けにしていた飛んでいたが、中盤に差し掛かったあたりでやり方を変えることにした。


「ほかの竜を盾にしてばかりいては『レイデュラントも堕ちたものだ』と民衆に笑われてしまう」


 的確に風を読み、その影響を最小限にするために他の竜を盾にするのも高い技術の表れではある。

 しかし、そうして隠れてばかりいるのは、竜騎兵ドラグーンとしてはいささか不格好だ。


『難儀なものですね』

「ハハ、まったくだ」


 ドラグーンの長というのは、出立の時も、凱旋の時も、そして戦端を開く時も、常に先頭を往く。

 それでこそ兵士たちは士気をあげるし、なにより長についてくるようになる。

 指揮官でもあり一番槍でもあれというのはまったく合理的ではないが、それがドラセリアにおけるドラグーンの在り方だ。


「行こう、アルマージ」

『お心のままに』


 そうしてフレデリクはアルマージと共に飛翔速度を一段上げる。

 後方から吹いてきた風を的確に捉え、一瞬にして加速、トップ集団の先頭に躍り出る。

 引き離されまいといくつかの竜影が同じく加速するが、かろうじてアルマージの尾を視界に捉えるのが精いっぱいという体だった。



 事態が急変したのはそれからさらにレースが進んだあとのことだった。

 

 ――さすがに足に来るな。


 自身が先頭に立つと風は猛威を奮いはじめる。

 風は目に見えないが、空を飛んでいるとそこにたしかにあるものだということがよくわかった。


『重い風の群があります。右に避けますよ』


 アルマージは急な軌道変更を意図して行わないようにしているが、それでも強い向かい風を避ける際はあらかじめ首を左右に揺らし、フレデリクに合図をした。

 その際、フレデリクはアルマージの首根っこを挟んでいる足に力を込め、意識して体幹を支える。


「くっ……」


 どうにか耐えているところに風が手を伸ばしてきて、さらに上体を揺らしてくる。

 この繰り返しは徐々に、しかし確実にフレデリクの体力を奪っていった。


『っ!』


 と、何度目かの急転換を行った直後、アルマージが合図なく大きく飛翔軌道を変えた。

 フレデリクの上半身はその急な方向転換に追いつけず、横向きに放り投げられそうになる。

 かろうじて腹筋に力を込めて上体を戻し、アルマージに何事かと問いただそうとして――


「――来たか」


 その前に自分で事態に気づいた。


「フレデリク・レイデュラント、ここで死んでもらう」


 後方から一気に加速してきた竜騎兵が、槍を片手にフレデリクに告げた。


◆◆◆


「ドラゴン・レースでは他者を直接攻撃することが許可されていないが?」

「わかっているだろう。竜の影の所属員を弟に持つお前なら」


 その返答を聞いて、フレデリクは事態が思っている以上に周到に進められているということに気づいた。


「うぬぼれるつもりはないが、よく私たちのことを調べているようだ」


 自分だけでなく、ラディカのことも調べられている。

 竜影機関に所属し、もっともその情報が外に出づらいラディカのことまで知っているとなると、少なくともレイデュラント家に関してはそのほとんどの情報を持っているということになる。


「どこの国の差し金だ」

「答えると思うか」


 同時、その男が竜の手綱を引いて一気にフレデリクとアルマージに接近する。


「答えるなら生かしてやろうと思ったが」


 対するフレデリクはその接近に動じない。

 魔術を発動させ、自分と刺客の男の間に氷の盾を生成する。


「抵抗するな。家族がどうなってもいいのか」


 刺客はその氷の盾を前にして忌々しげに言った。


「……」

「すでにお前の家族の元にも刺客が送り込まれている」


 刺客はにやりと下卑た笑みを浮かべた。


「これでドラセリアは終わりだ」


 その言葉を聞いて、フレデリクはほんの一瞬、安堵を覚えた。

 

「……そうか、私はそう思われるだけの存在にはなれたか」


 他国がドラセリアを潰す最も手早い策は、王を暗殺することである。

 しかしそれは手早くはあっても容易ではない。

 そうなると、次点としてドラセリアの核となりうる者を暗殺する方法が浮上する。

 その候補として、自分が挙げられたからこそ、こうして刺客が空にやってきた。


「なにを笑っている」

「なに、こちらの話だ。だが今の貴様の言葉で大方どこの差し金かはわかった。少なくとも国内の者の仕業ではないな」


 レイデュラント家に対して敵意を持っている国内の者の仕業ではない。

 そうであれば、『ドラセリアは終わりだ』などとのたまうことはないからだ。


「――ヨルンガルドか」


 魔導の国ヨルンガルド。

 かの国はあらゆるものを力でもって奪い去る。

 ヨルンガルドのやり方は、その苛烈な攻勢に思わず目をくらませてしまうものだが、実際は気づきにくいだけで搦手も使ってくることが多い。

 侵略帝国は他国を食いつぶすことにかけて、あらゆる手段を駆使する。だから勝利した。


「そうか。もうそういう段階にあるのか」

「気づいたところでお前にはどうしようもない。竜などにかまけて時間を浪費したな。お前の家族も今日この日に死ぬ」


 家族の身を盾にしてもフレデリクが抵抗の意志を緩めないことを知った刺客が、本性をあらわにする。

 もともとレイデュラント家の人間を生かすつもりなどないのだ。


「――舐めるなよ」


 しかし、その言葉に対してフレデリクは力強く答えた。


「私の弟妹たちは、私よりもよっぽど厄介だぞ」

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