第18話「動き出す者たち」
その日の夕刻。
フレデリクが政務をほどほどに切り上げてリビングへ向かうと、そこにはルナフレアの姿があった。
「あ、お兄様……」
「どうしたんだ、そんな暗い顔をして」
文武両道、才色兼備、ドラセリア国内のもっとも格式の高い学園に通いながら、その中でも特に優れていると評判の末妹。
家のことにかかりきりな長兄、勝手な行動の多い次兄、そしてなにを考えているかたまにわからない少し頑固な一つ上の兄を持ちながら、よくぞここまでまっすぐに育ってくれたものだとフレデリクは自分自身を戒めながら思う。
「ラディカ兄様がまたどこかへ行ってしまいました……」
「はあ……本当に根無し草だな、あいつは」
久々の一家団欒も三日と持たなかったらしい。
兄妹全員が揃ったことを誰よりも喜んでいたのはルナフレアだ。
どんなに優秀とはいえまだ十三歳の少女。
寂しい部分もあるのだろ――
「ほんっとうにラディカ兄様はダメダメです……! 昨日ナンパして仲良くなった街娘のところに行ってくるって……!!」
ばん、とルナフレアが机を手のひらで叩き立ちあがる。
「え? あ、ああ」
「フレデリクお兄様! 次はラディカ兄様の首に縄をかけましょう! わたし、束縛の魔術を最近練習しているんです! そこらの竜くらいだったらもうとっ捕まえられます!!」
わなわなと震えながら手の中に術式を編みはじめるルナフレア。
当然ながら目を見張るほど精巧な術式だ。
それに加えて身体からは思わずたじろいでしまうほどの魔力があふれている。
「か、加減はしたほうがいいかもな」
「加減なんて必要ありません!! 大丈夫です! ラディカ兄様は結構丈夫です!!」
こんな兄たちだからこそ、彼女はここまでたくましくなったのだろう。
フレデリクは認識を改める。
「はは、あまり心配ないようだな」
「え? わたしなにか心配されるような顔してましたか?」
「まあ、少しだけ、寂しそうに見えたかな」
「あー」
ルナフレアは間延びした声をあげながら再びリビングの椅子に座る。
「寂しいです。フレデリクお兄様も、ラディカ兄様も、学園を卒業してからはなかなか家に帰って来なくなりました」
「……そうだな」
「でも、わかってもいるんです。フレデリクお兄様はもちろん、ラディカ兄様もわたしたちのことを思って外に出ているんだって。――ラディカ兄様は単純に女に目がくらんでるときもありますけど」
やはり彼女は聡明だ。
そして強い。
案外自分より彼女の方が公爵位を継ぐのにふさわしいのかもしれないとまで思った。
「お兄様たちが外でがんばっているから、わたしはこうして平和に学園に通っていられるし、ミアハお兄ちゃんも自分のやりたいことをやれている。ミアハお兄ちゃんもそれはわかっていると思います。口では言わないけど、感謝してるんだって……」
「ミアハは照れ屋だからな」
「そう、お兄ちゃんは照れ屋なんです。もっといろんなことを言ってくれてもいいのに、なにをしてくれって言わないから――たまにお兄ちゃんがなにを考えているかわからなくなります」
「……」
ルナフレアが真面目な顔で窓の外を見た。
レイデュラント家の人間は、物思いにふけるときに空を見る癖があるらしい。
フレデリクはさきほどまでの自分を思い出した。
「そのミアハは?」
「『少し外に出てくる』といって侍女と外出されました」
「ふむ、珍しいな。ミアハがこう連日外出したがるなんて」
必要に駆られれば外に出るミアハだが、必ずしもアウトドアな性格なわけではない。
むしろなにもなければ部屋の中で読書にでもふけるのがいつものミアハだ。
「アルマージのところにでも行ったのだろうか」
「お兄ちゃんならありえます。お兄ちゃんは竜と話してるときが一番楽しそうだから」
ミアハは自分が竜と話しているところを人に見せたがらない。
もしかしたら昔、竜と話しているところを見られて『竜憑き』と呼ばれたのが尾を引いているのだろうかとルナフレアは思う。
「お兄ちゃんは、なにになりたいんでしょうか」
「……」
ふとルナフレアの口からこぼれた言葉に、フレデリクは答えかねた。
おそらく二人の脳裏には同じ言葉が浮かんでいただろう。
けれどそれを口にすることは、二人にはできなかった。
「わたしはお兄ちゃんの手伝いがしたい。わたしを命がけで守ってくれたお兄ちゃんを、今度はわたしが助けたい。だから、やりたいこと、なりたいものがあるなら、それを為す手伝いがしたい。……でも、お兄ちゃんはわたしになにも言ってくれない」
「それはきっと、ミアハも同じなんだ」
その点に関してはフレデリクも自信を持って言えた。
「ミアハもまたルナフレアがやりたいこと、なりたいものになれるように手伝いをしたいと思っているんだ。だから、あまり自分の望みは口にしない」
「でも、それじゃあ誰も自分の望みを口にしなくなっちゃいます」
「……それもそうだな」
互いが互いを思っているからこそ、言った方がいいこともある。
「じゃあ、今度二人でミアハに聞いてみようか。今、なにがしたいかを」
「――はい」
あるいはそれは、また二人に悲しさを思い出させるかもしれない。
けれど、それを受け止めてなお先に進もうとしなければ状況は変わらない。
昨日の叙勲式を経て、レイデュラント家はまた新しい舞台へ上った。
いつまでも子どものままではいられないのかもしれないと、フレデリクは心の中で静かに思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます