第15話「公爵位叙勲式典」
「もう! お兄ちゃんったらなにしてるのかしら!」
式典当日の朝。
その場にいた執事と侍女たちの内心を代弁するように、末妹ルナフレア・レイデュラントは地団駄を踏んでいた。
「式典がはじまるっていうのに……!」
ルナフレアは長い赤髪と着飾ったドレスを揺らしながら、目にいら立ちを乗せる。
絶対に学園では見せない姿だが、ミアハのこととなると自分を抑えきれないのも自覚していた。
「まさかまだアルマージと話しているんじゃないでしょうね……!」
ルナフレアは竜があまり好きではない。
国を守るために必要な相方というのもわかってはいるが、あの事故がきっかけでかつて抱いていた憧れはすべて消え去った。
そのうえ今でも、竜に大好きな兄を取られている気がしている。
――声ばかり聞こえるし。
ドラセリアに住む竜は良い竜が多い。
それもわかっている。
ただ、〈竜の喉〉を持たないルナフレアは彼らの問いかけに答えられない。
ボディランゲージにも限界がある。
一方的に話を聞かされるというのは、たとえ相手が人間であってもなかなかつらいものだ。
「お嬢様、そろそろ式典が……」
傍らに控えていた侍女がおずおずとして言った。
「ああもう!」
なんでこう自分の兄たちはダメなのだ。
フレデリクはマシだが次男のラディカと三男のミアハは勝手な行動が多い。
「わたしだけ先に行くわ! お兄ちゃんが来たら最速で準備して連れてきて!」
「か、かしこまりました」
侍女にそう言伝して、式典の会場へと向かう。
ドラセリア王城。
ちなみに第二王女とは学園の同級生だ。
第一王女とは直接話したことはないが、たいそう美しい人物だという。
たしか年はミアハと同じだ。
「くそぅ! どいつもこいつも!」
なぜだかルナフレアはあの紺色の髪を持った第一王女が嫌いだった。
――お兄ちゃんが取られる気がするっ!
女の勘によるかなり一方的な嫌悪であった。
◆◆◆
式典の場、ドラセリア王城につくと、すでにそこには国中の貴族が集まっていた。
見知った顔の貴族やその令嬢に挨拶をしつつ、長兄フレデリクの姿を探す。
――いた。
「お兄様!」
フレデリクは円卓の一つに座り、別の貴族たちと談笑しているところだった。
やや笑顔がぎこちない。
みなフレデリクのことを完璧な貴族だというが、実際はそうでもないのだ。
それを知るのは自分と、今は亡き母くらいだろう。
「ああ、ルナフレア。今日はひときわ綺麗だな」
「そんなことより聞いてくださいお兄様! お兄ちゃんが――」
ミアハの愚痴を言いかけたところで、大広間に澄んだ声が響いた。
『これよりレイデュラント公爵家長男、フレデリク・レイデュラント子爵の叙勲式を執り行う』
「悪いな、ルナフレア。私は行かなければ」
「ああ……式典が始まっちゃうぅ……」
ルナフレアは頭を抱えてうめいた。
そんなルナフレアの肩を優しく叩いて、フレデリクが広間の最奥に設置された壇上に上がっていく。
そうして叙勲式ははじまった。
◆◆◆
終始叙勲式は終始なごやかに進んだ。
式典その物はお堅いものだが、会場に集まった貴族はおおむね顔見知りばかりである。
政治的なつながりを作るのがうまいフレデリクは、ドラセリア王国の貴族たちからも評判が良い。
気品、礼節、あるいは貴族としての迫力。
すべてを兼ね備えつつも、けっして驕らない。
人間としての器が違うのだと、ルナフレアはいつも周りに自慢していた。
「あ、陛下だ」
「陛下がいらっしゃった!」
サプライズが起こったのは叙勲式も半ばを過ぎてからのこと。
本来出席するはずのなかったドラセリア王が、その場に現れた。
「え? なんで陛下が――」
ルナフレアも当然目を丸くした。
「そりゃあ、レイデュラント公爵の記念すべき誕生日だからね」
「あ、ミミアン」
隣から声が聞こえて、ふと振り向くとドラセリアの第二王女、ミミアン・ドラセリアの姿がある。
ドラセリア王と同じ銀色の髪の美少女。
学園では見慣れているが、式典に現れた彼女は華麗なドレスを身に纏っていて、さすがに王族としての気品を醸し出していた。
「ドラセリア王国とレイデュラント公爵家。政務は王族、軍務はレイデュラント。これは昔から続く伝統みたいなものでしょ?」
「う、うん」
ミミアンは銀色の髪をぴょんぴょんと揺らしてにっこりと笑った。
「ここまでいろいろあったし、今日は特別な日なのよ。父様も表情には出してないけど、思うところはあるんだと思う」
第二王女ミミアンがそう言った直後、壇上の脇から現れたドラセリア王はフレデリクに近づいてその肩に優しく手を置いた。
「諸君、よくぞこの記念すべき日に集まってくれた。今日は特別な日だ。第十三代竜騎兵団団長、アルフレア・レイデュラントが祖国のために殉死し、それからドラセリア王国もヨルンガルドという暴国に侵されはじめた。しかし今日、ドラセリア王国は再度復活する。このフレデリク・レイデュラントの叙勲とともに、ドラセリアは再び確固たる力を身に着けるのだ」
ドラセリア王国は十二年前のヨルンガルドとの戦争――〈オルネア戦役〉でヨルンガルドと争って以来、緩やかな衰退を見せている。
原因は軍事力の低下だ。
アルフレア・レイデュラントという軍務筆頭をその戦争で失くし、以来、ドラセリアは十分な外交戦力を用意できていない。
あとを継いだ副団長は、その重圧に耐えきれずに病に臥せ、それ以後高い統率力を持った者も現れなかった。
ドラセリアの軍人をまとめるには単純で強力な名声がいる。
それは――
「誰よりも強く、誰よりも速く、ドラグーンとして最高の力を持つ者でなければ、ドラセリア竜騎兵団の長は務められない。この国の中で、あるいは大陸の中で、いや世界中で誰よりも竜に乗るのがうまい者でなければ、ドラセリアの軍はまとめられないであろう」
竜乗りとして最上位に位置することこそ、竜騎兵団をまとめる最大の力になる。
「フレデリク、三日後のドラゴン・レースを楽しみにしている。そなたにならできる。レイデュラントの名を再び世界に知らしめるのだ」
そうしてドラセリア王は最後にフレデリクと握手をし、壇上を去った。
そんな中ルナフレアは王の後ろに一人の女がついていたのを見る。
「あれって――」
「わたしのお姉ちゃん。第一王女〈セルマ・ドラセリア〉よ」
ドラセリア王やこの第二王女ミミアンとは似ても似つかない深い紺色の髪。
氷のように動かない表情と息を呑むような美貌。
その視線はいっそ刃かのように鋭く周囲を観察している。
――〈紺氷の姫君〉。
まさしくその異名に劣らぬ様相であった。
「ミミアンのお姉ちゃんって、なんか怖いよね」
「あはは、王族にそんなこと言えるのルナくらいよ。でも気持ちはわかるわ。わたしのお姉ちゃんは完全無欠。むしろ自分で竜に乗った方がいいんじゃないかっていうくらいだし」
王が退場するのに合わせて彼女もゆっくり音もなく去っていく。
歩き姿一つとっても無駄がない。
あれはさぞ礼節講師を泣かせている、とルナフレアは思った。
「じゃ、わたしも行くね」
「なにしにきたの?」
「観察。あなたの三番目のお兄さん? ミアハ・レイデュラントが見たかったの」
「ああ……」
そこでルナフレアはその兄のことを思い出した。
結局会場に姿はない。
あとで叱らなければ。
「じゃ、また三日後に。ドラゴン・レースでは王城のバルコニーでわたしたち王族も観戦だから、近くにいるなら会えるかもね」
第二王女ミミアンはそう言い残して会場を去った。
「うーん……」
妙な胸騒ぎがする。
きっと気のせいだ。
しかし自分の勘が良く当たることを思い出しながら、ルナフレアはフレデリクの妹として式典をそつなく終えた。
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